神殺しの剣③
ヘルマンさんの言葉にエノクは息を呑む。
エノクの様子を察してヘルマンさんは言葉を続けてくる。
「どうして・・・?って顔しているな」
「はい・・・理由を教えてもらってもよろしいでしょうか・・・?」
ヘルマンさんの言葉にエノクは頷きながら理由を尋ねる。
エノクの言葉にヘルマンさんは「ふぅ・・・」と首を振った後、静かに言葉を続けてきた。
彼としてもあまり言いたくなさそうな雰囲気を感じる。
「ああ・・・・俺としても、こんな世知辛い事は言いたくないんだがね・・・金の問題だよ」
「お前の依頼を受けた時の報酬と、同行者としてパーティに加えたデメリットを勘案したが割に合わないと俺は判断した」
「お前のレベルが【14】で戦闘面ではサポーターに徹して貰うしかならず、戦力としては役に立たないというのも理由としてはあるがね」
「・・・・えっ?」
ヘルマンさんの言葉にエノクは驚きの表情を露わにした。
私もエノクと同じように唖然としてしまう。
えっ・・・エノクのレベルが【14】だって事・・・なんで知っているの・・・・!?
確か言ってないはずなのに・・・!?
私とエノクが呆気にとられていると、ヘルマンさんはドヤ顔で続けてきた。
「ふっ・・・驚いた表情をしているな?」
「俺のパーティには情報収集に長けた奴がいてね」
「素性が知れない奴や、敵として対峙しそうな冒険者や魔物には隙を見て”測定魔道具”を付けさせて貰っているんだ」
「お前の左腕を見てみろよ」
「・・・・あっ!!」
ヘルマンさんに言われるままエノクは左腕を見てみると、そこには小さな円形状の黒いオセロの様な魔道具が付けられていた。
いつの間にこんなものが付けられていたのだろうか・・・
ヘルマンさんとの会話に集中したとはいえ、私達は全く気付けなかった・・・
・・・流石、熟練の冒険者のパーティといったところか。
彼らの技術に思わず私もエノクも舌を巻いてしまいそうだ。
ヘルマンさんはまだ呆気に取られているエノクを見据えながら、淡々と続けてきた。
「・・・そういうわけでお前の強さはこっちは分かっているってわけだ」
「お前がいくら護衛が必要がないと言っても、依頼人を死なせると俺達のパーティの評判にも傷が付きかねないのでねぇ・・・」
「魔物との戦闘が発生した際にはお前のサポートに回らざるを得なくなる・・・」
「お前の強さを考えると、仲間一人は常時お前のお守りをしないとならず、一時的にでもパーティ全体の戦力ダウンが見込まれる」
「そして、お前のお守りの為に余分な武具やアイテムを調達しなければならない」
「さらには、戦力ダウンがしている状態だと危険な領域への冒険が出来ず、俺達も思い切った活動が出来なくなるわけだ」
「お前が思っている以上に俺達の活動は制限され、高報酬の依頼を受けられない機会損失が発生し、さらには余分な資金も掛かるわけよ・・・」
「こんな状態だと、お前の報酬を勘案しても、依頼を受けるメリットが俺達にはほとんどないと言えるわけだ・・・分かるか?」
「・・・・・」
ヘルマンさんの理路整然と並べ立ててくる正論にエノクは口を閉ざすしかなかった。
・・・ぐぅの音も出ないとはこの事だ。
彼の言っていることは最もだった。
リーダーとしてパーティをまとめる上で危ない橋を渡ることは出来ないし、割の合わない依頼を受けることは出来ないのだろう。
彼の慎重さと的確な判断があるからこそ、彼らは熟練の冒険者のパーティとして現在活動出来ているのだろう事は想像に難くなかった。
ふふっ・・・彼だったら、”合格”ね・・・
私は心の中でニヤリとそう微笑んだ。
「・・・まっ!そういう訳だ」
「お前みたいに、根性あるやつは俺は嫌いじゃない」
「お前の示した将来の魔道具と武具の”優待購入権”も俺は興味がないわけじゃないんだが、今の俺達は戦力に余裕がなくてね・・・」
「俺もパーティを預かっている身だから安請け合いは出来んのよ。残念だが、諦めてくれや」
「お前らも請けないって事でいいよな・・・・・って」
「”ヴァネッサ”!・・・てめぇっ、なに食ってんだ!」
エノクに諦めるように諭しながら、ヘルマンさんが彼のパーティに顔を向ける。
すると、そこにはエノクの”差し入れ”を頬張る先程の泣きぼくろの女性の姿があった。
「へぇ、おいしい!あんた料理上手じゃん!」
もぐもぐとピロークを頬張る”ヴァネッサ”と呼ばれた女の人は満面の笑みを浮かべていた。
それに釣られ、他のパーティメンバーもエノクの差し入れを口に運ぶと、彼らから驚きの声が上がる!
「おおっ!こりゃ確かにいけるな!」
「・・・ふむ、確かに悪くない」
「・・・うん・・・美味しいかも・・・」
2人の筋骨隆々な男性と、1人の魔女の様な風貌をしている女性から感嘆の声が上がった。
どうやら彼らはエノクの料理をお気に召したようだ。
1人だけ手を付けずに無言で様子を見守るひょろっとした優男。
そして、リーダーのヘルマンさん以外はこれでエノクの差し入れを食べたことになる。
エノクの差し入れを頬張る彼らを見て、ヘルマンさんは眉をひそめながら言った。
「おい!”ランベール”、”ユリアン”、”ミランダ”!」
「お前たちも勝手に食ってんじゃねぇよ!」
「今、この坊主の依頼を断ろうとしているんだから、貢物なんか受け取ったら断りにくくなるじゃねえか!」
そう言って、ヘルマンさんはもぐもぐと美味しそうにエノクの料理を頬張る4人に対してツッコミを入れた。
すると、料理を頬張るその4人からヘルマンさんに不満の声が上がる。
「ええ~・・・別にいいじゃん。お近づきの印なんだしぃ・・・」
「そうだそうだ!ヘルマンお前も食ってみろよ。これ、相当美味いぞ!」
「・・・・俺達の中でまともに料理できる奴いないんだから、その坊主の依頼ちょっと考えてあげてもいいんじゃないか・・・?」
「うん。そうよそうよ!料理は大事!!」
なんとヘルマンさんの仲間からエノクに対してまさかの援護射撃が入った!
しかし、ヘルマンさんはそんな彼らに対して首を大きく振りながら断固とした態度を取る。
「だめだ!だめだ!」
「俺達は”地割れの島”の”冥府の大洞穴”に挑むって決めてたじゃねえか!」
「戦力にならない奴を入れる余裕は今の俺達にはねえんだよ!!」
「それに、これは俺のポリシーだ!総合的に考えて割に合わない依頼を請けることはリーダーとしてできねえ・・・」
「下手な依頼を請けたら、お前達を危険な目に晒すことになるからな!」
すると、ブーブーとパーティのメンバーからヘルマンさんに対して不満の声が上がる。
「・・・この頑固者!だから、仲間の募集をかけてもいい人来ないんだよ!」
「・・・お前こういう時、本当頭硬いよなぁ・・・」
「あーあ。意固地モードに入っちゃった・・・こうなったらヘルマン絶対聞かないのよねぇ・・・」
「なんだと!これはお前らの為を思ってだなぁ・・・!」
彼らに対してヘルマンさんは説得を試みようとするのだが、そんな彼に対してパーティの面々から非難の言葉が返ってきた。
何も知らない外野からすると、彼らは喧嘩しているようにしか見えないのだが、どうやら本気で言い争っているわけではないようだ。
彼らはヘルマンさんを罵りつつも、その裏にはリーダーに対する信頼があるだろうことは一目で分かる。
そんな彼らを見てエノクも思うところがあったのだろう。
彼は防護カバンをトントンと叩いて合図を送った後、私に魔力波を送って言葉を掛けてきた。
(ねぇ・・・レイナ)
(僕は彼らだったら信頼しても良いと思うんだ・・・)
(”切り札”を出してもいいんじゃないかな・・・?)
(・・・・うん。私もそう思ったところ)
私はそう言ってエノクに肯定の返事を返した。
ヘルマンさんはエノクの依頼を断ろうとしているのだが、逆にそれで彼が信頼に足る人物だと分かったからだ。
依頼を断った彼の言葉には納得ができる。
仲間を不必要な危険に巻き込まないために、メリットがない依頼は請けないというスタンスはリーダーとして必要な素質だろう。
彼はエノクの”価値”を認めてくれつつも、こちらの依頼を受けた時の金銭的な負担と高報酬の依頼の機会損失という経済的な理由で断ってきた。
しかし・・・実は経済的な理由だったら、私達には”切り札”があるのだ・・・
エノクは私の言葉に相槌を打つと、決意を固めたようだ。
仲間とまだいい争っているヘルマンさんにエノクは声を掛けた。
「・・・あの、ヘルマンさん・・・・!」
「それなら・・・これならいかがでしょうか?」
エノクはそう言うと、背後に隠してあった”アタッシュケース”を取り出した。
そして、彼らの前にアタッシュケースを置くと、中身を開いて見せたのだ・・・!