神殺しの剣①
(翌日・・・)
「・・・あっ、いた。たぶん、”彼ら”だね・・・」
エノクがそう呟きながら、指差した先には6人程のパーティがホテルのロビーテーブルを囲んで談笑していた。
彼は拳をギュッ!と握りしめ、「よしっ!」っと言って気合を入れる。
そんな彼に私は魔力波を送って言葉を掛ける。
(エノク、落ち着いてやりなさい)
(これが駄目でもまだまだ募集をかけている熟練のパーティはたくさんいるんだから、あまり気負わずにね?)
私がそう言って励ましの言葉を送ると、彼は僅かに破顔しながら言葉を返してきた。
(うん、ありがとう。レイナ・・・)
(思ったほどは緊張していないから大丈夫だよ)
(ははっ・・・断られるのも昨日で大分慣れたしね・・・)
(それにレイナのアイディアである、この”差し入れ”もあるし・・・)
(無下には断られないんじゃないかと思うよ)
エノクは苦笑いをしながら、手提げ袋に入れてある”差し入れ”に視線を向ける。
そこにはエノクの手作りの”ランチボックス”が入っていた。
・・・そう、差し入れとは文字通りエノクお手製の料理の事だ。
昨日、何の成果も上げられなかった私達は家に帰って作戦を練る事にした。
昨日はマルバスギルドの建物で待ち合わせをしている熟練の冒険者のパーティにアプローチを試みた。
当たって砕けろの精神で、その場の勢いで突撃してしまったのだが、結果はご覧のとおりだ。
・・・アプローチを掛ける前に作戦を練っても良かったのだが、熟練の冒険者たちの反応を見てから見極めたい部分もあった。
とりあえずは失敗覚悟で得るものもあるしね・・・
”再起が可能な失敗”なら私はいくらでもして良いと思っている。
むしろ、出来る失敗だったら、積極的にするべきだ。
それが自身の経験に繋がり、その人の生きる糧になるからだ。
「一度も失敗をしたことがない人は、何も新しいことに挑戦したことがない人である」と、かのアインシュタインも言っている。
実際、失敗を重ねて彼らの反応を肌で感じる事により、私はなんとなく悟った。
「冒険者」として熟練のパーティに参加を申し入れるのは無理があるということに・・・!
昨日は7つの冒険者パーティに参加の申し入れを行ったのだが、想像以上にエノクに対して拒否反応があったのだ。
彼らは「冒険者」の募集を掛けているわけだけど、こちらがパーティに参加したいと申し入れの意志を示した途端彼らの目つきは”ギロリ”と鋭くなった。
エノクの全身を舐め回し、こちらを推し量ろうとするその視線は物凄く”冷淡”であり、”無情”だった。
彼らもパーティの選定には命が掛かっているから当然なのかもしれないが、こちらが見習いや、使い走りで良いと申し出ても、彼らはエノクを”冒険者”として認識してくるのだ。
そして、冒険者として認識した途端、彼らのこちらの全ての判断基準は”レベル”や”スキル”に依存するものになってしまうのだ。
これではエノクがどう取り繕ったところで、彼らの篩に掛けられ、私達は門前払いを喰らい続けることになるのは容易に想像がつく。
ならばこの際、発想の転換をしてみたらどうだろうか?というのが私のアイディアだった。
つまり、冒険者として参加しなければいいのだ。
こちらの目的は熟練の冒険者に同行して、彼らの知識や技術を盗み、経験を積むことだ。
そしてこれは、彼らの仲間にならずとも同行すれば実現可能なことだった。
極端な話をすれば彼らの「依頼人」になったとしても、こちらの”目的”は成就できるのだ。
そう・・・つまり今からやる”交渉”は”参加申請”ではなく、彼らに対しての”依頼”になるという訳だ。
そして、エノクは意を決して彼らの席に向けて足を運ぶ。
「あの・・・すみません!ちょっといいですか?」
エノクがテーブルで談笑している一人に話しかけた。
話している内容からして彼がリーダーの男だろう。
その男は年齢は30手前と若く、ガタイが良い戦士タイプの冒険者だった。
仲間と談笑している時はにっこりとした笑顔が素敵なナイスガイなのだが、時おり垣間見せる鋭い視線が得も言われぬ威圧感を感じさせる。
仲間と楽しく会話している間も、周囲に警戒を怠らず、隙がありそうで全く無かった。
その僅かな振る舞いだけで、初心者の私でさえ彼が修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士なのだと感じさせた。
「おまえか・・・」
「さっきから俺達を見ていたようだが、なにか用か?」
そう言ってその男はさして驚くこともなく、エノクに言葉を返してきた。
どうやらこちらが話しかけてくることも察していたらしい。
さすが、熟練の冒険者というべきか・・・
この冒険者のパーティは『神殺しの剣』という。
リーダーの名前は”ヘルマン・ヴェランデル”といい、ゴーレム級の冒険者だ。
パーティのメンバーは6名で、前衛3人に後衛、支援、回復がそれぞれ1名という構成になっている。
彼らは主に貴重な鉱石や薬草の採取、そして魔物退治で生計を立てているパーティのようで、中央のリーヴ島と南東のバルドル島を中心に活動をしているらしい。
エノクがリーダーと思われる”ヘルマンさん”に声を掛けると、パーティのメンバー全員の視線がエノクに集中した。
エノクはそんな彼らににこやかに微笑みかけると話を切り出し始める。
「はじめまして!僕はエノク・フランベルジュと申します」
「実は冒険者の皆さんに”依頼”があってお声がけさせていただきました!」
「こちらは僕からのお近づきの印です!」
「どうぞ食べてみて下さい!」
彼はそう言って手提げ袋の中からランチボックスを取り出した。
そして、彼らが囲むテーブルの上に、大きな鍋と料理がラップされた大皿を広げる。
エノクが彼らへの土産用に作った香ばしいボルシチとピロークだった。
エノクが鍋の蓋とラップを取り外すと、香ばしい香りが辺りに広がった。
初対面でいきなり贈り物をしてくるエノクの行動に彼らは少し面食らったようだ。
彼らは訝しげな表情でお互い顔を見合わせた後、ヘルマンさんが聞き返してきた。
「・・・おいおい、いきなりだな坊主・・・依頼だって・・・?」
「それに訳も分からずこんなもん貰って、はいそうですかって食えるか!」
「・・・なんか毒でも入っているんじゃないか、これ・・・」
ヘルマンさんはエノクが広げたランチをマジマジと見つめて疑惑の感想を述べてきた。
・・・まあ、彼の反応は至極当然のものだ。
私だって、面識がないのにいきなり食べ物をプレゼントされたら、何か毒でも入っているんじゃないかと疑ってしまうだろう。
エノクはそんなヘルマンさんに微笑むと話を続ける。
「いえいえ!そんな毒なんて滅相もないです!」
「本当にただ皆さんに挨拶も兼ねて食べてもらいたいと思って持ってきただけです」
「試しに僕が食べてみますね!」
エノクはそう言うと、小皿を取り出し、ポルシチとピロークをスプーンで取り分けそのまま口に運ぶ。
そして、もぐもぐと咀嚼して特に変なものが入っていないことを彼らに披露した。
彼らはそんなエノクを見てとりあえず料理に変なものが入っていないことは納得したようだ。
パーティの一人の女性がエノクに声を掛けてくる。
「・・・へぇ・・・あんた、面白いじゃん!」
「初っ端からこんな挨拶してくる奴、初めてみたよ」
そう言って感心するように肘をつきながら彼女はエノクをしげしげと見つめてきた。
セミロングの赤毛と目の下の泣きぼくろが特徴的な長袖のローブの女性だった。
そんな彼女に同調するようにヘルマンさんも頷いてくる。
「・・・ああ、そうだな」
「エノクと言ったっけな?とりあえず座れよ。話はそれからだ」
「はい。失礼します!」
エノクはヘルマンさんに指し示された場所に座る。
とりあえず、”贈り物作戦”と”依頼人偽装作戦”が功を奏したのか、第1印象はそこまで悪くないようだ。
だけど、本番はここからだ・・・!




