人事を尽くせ!
「帰れっ!」
空気を震わせるような大声が小さな酒場の一角で響き渡る。
私達に目の前にいる冒険者は顔にいくつもの切り傷が残っており、歴戦の猛者の様な風格を漂わせていた。
そんな彼が青筋を立てて、エノクに大声を張り上げてきたのだ!
しかし、エノクはそんな事にもめげずに彼にすがりつくように懇願をする。
「お願いします!!」
「見習いでも、使い走りでも何でも構いません!!」
「給与ももちろんいりません!!」
「皆さんのパーティに入れて、学ばせて下さい!!」
そう言ってエノクは深々と頭を下げた。
しかし、エノクのそんな態度にも目の前のいかつい冒険者は歯ぎしりをしてエノクを睨みつけてくる。
「さっきから、しつこいんだよてめぇ!!」
「いったいどれだけの奴が来たかと思ったら、レベル【14】だぁ!!?笑わせるんじゃねえよ!!!」
「てめえみたいなお荷物入れてたら、うちのパーティは全滅しちまうよ!!」
「俺に殴られる前にさっさと失せろ!!!」
「・・・・・うっ」
その冒険者に殴られるようにモーションを取られて、エノクも流石に尻込みしてしまう。
彼の後ろでは彼のパーティだと思われる仲間達がエノクを冷ややかな目で見ていた。
「・・・・・あはは!なに、あれ?」
「レベル14って・・・酷くない?ママのおっぱいでも吸ってろって感じよね・・・」
「おいおい・・・お前たち笑ってやるな。・・・ちょっと世間知らずな坊っちゃんなんだろう・・・ふっ・・・」
彼らはリーダー格の男の後ろでクスクスと嘲笑をエノクに向けている。
私はそんな状況を見て、エノクに魔力波を送る。
(エノク・・・こりゃ駄目ね・・・)
(ここも諦めましょう・・・・)
防護カバンの中から状況を見守っていた私はエノクにそう言って諦めるように言った。
エノクも私の言葉に頷くと、リーダー格の男に言葉を続ける。
「・・・・わかりました・・・・」
「お時間を取らせてしまい、すみませんでした・・・・」
そう言ってエノクはゆっくりと頭を下げた後、すごすごとその場を退散した。
背後では「ふん・・・!」と鼻を鳴らす声が響き、私達を嘲笑する声が続いていた。
「はぁ・・・・・・」
エノクの深く付いたため息が私のいる防護カバンの中にも響いてくる。
彼は酒場を出ると近くのベンチに腰掛けて、そのまま意気消沈しながら項垂れてしまった・・・
・・・彼がため息をつくのも仕方のない話だ。
これで断られたのはもう5回目になるからだ。
マルバスギルドの酒場や宿屋で待ち合わせを告げていた熟練の冒険者のパーティに私達は声を掛けていったのだ。
・・・だが、結果は今見た通り門前払いも良いところだ。
相手にされない事や、素直に言葉で断られればまだいい方。
今みたいに、敵意ムキだしでウザがられ、挙句の果てに腕力で追い払おうとする輩もいる。
・・・まあ、今の冒険者パーティが一番酷かったといえば、酷かったけどね・・・
今のやつらのパーティは『銀狼の牙』という名前だ。
その名に恥じずに、パーティのリーダー格の男”ロニー・ノイマン”はワイバーン級の熟練の冒険者だ。
「ワイバーン級」はレベル71~の冒険者達で使用されるランクだから、確かに彼は実力者なのだけど・・・
たくっ・・・!
いくらなんでもあの言い方はなくない・・・?
それにあの仲間たちの人を人とも思わない見下した態度はなんなのよ・・・
あんな奴らこっちからお断りだっつーの!!
そう心の中で文句をブツクサと言いながら、私は防護カバンの中で一人でキレていた!
先ほどエノクに御高説を垂れて、「石にかじりついてでも先人たちに教えを乞え!」と言っていたというのにこのザマだ。
・・・だけど仕方ない。ムカつくもんはムカつくのだ!
私は聖人君子ではないしね・・・
いくら腹を据えて見習いや使い走りになったとしても、理不尽なことをされたら人というのはムカつくもんなのだ。
それに、ムカつく以外にも今のパーティに参加するべきではない理由は他にもある。
むしろこちらの理由のほうが大きいのだが、彼らはエノクの参加を”全く”メリットと捉えていないというのが問題だった。
最悪のケースを考えたら、敵中のど真ん中で見捨てられたり、守ってもらえない可能性すら出てくる。
つまり、この場合は見習いや使い走りとすら見られずに、完全に”ゴミ”や”クズ”としてしかこちらを認識していないという事だ。
そんなパーティに参加するのはリスクが高すぎる。
仲間としては見てもらえないまでも、最悪こちらが人間としての扱いをされなければならない。
いざとなったら守ってもらわなければ、わざわざ頭を下げて熟練の冒険者のパーティに入る意味がないのだ。
従って、エノクの参加が長期的にはリターンが返ってくるだろうとパーティに思わせ、雑用で”少し”はなにか役に立ちそうだと思って貰う必要はあるという事だ。
「まあ・・・それが難しいんだけどね・・・」
私は自嘲しながらそう呟く。
結局冒険者の一番のステータスである”強さ”は熟練の冒険者に比べれば格段に落ちる。
強さ以外でのアピールをするしかないのだが、エノクの一番の強みはむしろ冒険者としてよりも「魔法技師」としての経歴だろう。
まだ、創作難易度【1】程度のものしか作ることは出来ないのだが、それでも「ポーション」や「アンチドーテ」を作成する事が彼は出来るのだ。
冒険者にとってはこの2つの魔法アイテムは日用品として重宝されているから、彼の有用性を分かってくれる冒険者は絶対いるはずなのだ。
それにもう一つ、私は彼に”強力なアピールポイント”があると思っている。
・・・まあ、これは刺さる人と刺さらない人(ちなみに、私にはめっちゃ刺さっている)がいるから、なんとも言えないが刺さればこっちのもんだと思う・・・
ただ、いずれにしろ、私は全然諦めていなかった。
諦めることは私のもっとも忌避することだ。
人事を尽くして天命を待ち、それでも駄目なら諦めも付くが、まだやれる事は腐る程ある。
私は「よし!」と頷くと、防護カバンをトントン!と叩いたのだ。
「うん・・・?」
エノクが私の合図に気づいて防護カバンを見つめた。
今エノクが座っている場所は人目につかない場所だし、ここなら彼と直接話しても大丈夫だろう・・・
実は念話を使いすぎて既に私のMPはすっからかんになってしまっていた。
レベルが低いうちは多用は出来ないわよね・・・
パタッ!
「お疲れ様、残念だったわね・・・」
私は防護カバンの蓋を開けるとそう言ってエノクに労いの声を掛ける。
エノクは私の言葉に力なく微笑むと言葉を返してくる。
「あはは・・・今回も駄目だったよ」
「やっぱり、僕のレベルじゃ中々参加を認めてもらえなさそうだ・・・」
「・・・分かっていた事とは言え、直接あんなに拒絶されるのはやっぱり堪えるものがあるね・・・」
彼は意気消沈した様子で首を振ってくる。
そんな彼に私は優しく声を掛ける。
「けしかけた私が言うのも何だけど・・・エノクは良くやったと思う・・・」
「エノクは最善を尽くしたし、今回は時の運が無かっただけよ」
「だから、気にせず次に進みましょう!!」
「必ずチャンスは巡ってくると思うからさ!!」
そう言って私は彼を元気づけるように、ポン!と彼の腰を叩いたのだ。
本当は彼の肩を叩いて励ましてあげたいところなのだけど、小人だとこの位置が限界だった。
エノクは私の言動に苦笑しながら、言葉を返してくる。
「ははっ・・・その前向きな姿勢流石だよね・・・」
「なんかレイナにそう言われたら僕もやれそうな気がしてきたよ・・・!」
そして気合を入れ直すかのようにエノクは顔をパンパン!と叩いた後、それから「ふぅ・・・」と息を吐き、自分を落ち着かせたのだ。
その光景に私は「おおっ・・・!」と思わず驚いてしまった。
こういっちゃ何だけど、エノクってこんなに根性があると思わなかった・・・
彼も冒険者を目指すに当たり明らかに肝が座ってきていることを肌で私は感じるようになっていた・・・
「・・・・よしっ!」
「もう、大丈夫だよ・・・いつまでもへこたれてなんかいられないよね!」
「・・・次、行こう!」
「ええ・・・!」
そう言って私とエノクはお互い頷いて気持ちを新たにする。
そして、私達は次の場所へと再び向かうのだった・・・
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