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それぞれの信念




私はそう言ってエノクを説得する。


彼とは既に何回かパーティ選びの基準について話し合ってはいるのだが、お互い主張は譲らず平行線になっていた。


エノクはお互いが駆け出しの頃から苦難をともに経験し、仲間たちとともに成長して絆を育んで行くことを夢見ている。


それに対して私は冒険者の仲間たちに対しては非常に”ドライ”な考えを持っている。


私にとってエノク以外の冒険者は全て”二の次”なのだ。


別にずっと同じパーティで同じ仲間とともに冒険を続けていく必要はないと私は思っている。


冒険者にとって出会いと別れは当たり前。


ギルドの依頼の達成の為や、難解なダンジョンへ挑む為だけにパーティを組むこともザラにある。


そして、目的が達成されてしまえばあっさりとパーティが解散するなんて事も良くある事だ。


だから私はエノクとは違い、冒険者のパーティに対してそんな特別な感情はない。


お互いの目的の為に、お互いが利用し会える関係なのであればそれで十分だと思っている。


しかし、彼は眉をひそめながら、私に言葉を返してきた。





(うーん・・・熟練の冒険者のパーティに付いていくとなると、今の僕とレベルがかけ離れ過ぎていない?)



(彼らが請け負う任務は当然高難易度だし、戦うモンスターも僕が手も足も出ない強敵ばかりだ)



(そんな中で僕が参加してもパーティのお荷物になるだけだと思うよ・・・?)



(万が一、リーダーの人に気に入って貰えてパーティに参加したとしても、仲間の人に僕は役立たずと疎まれるかもしれない・・・)



(そんな状態だと、仲間達と信頼関係を築くことも難しいと思うんだけど・・・)





そう言ってエノクは難色を示してきたのだ。


どうやら彼は自分がお荷物になるのをかなり恐れているようだ。


私は彼の言葉に相槌を打ちながら答えた。





(エノクの言う通りだと思うわよ?)



(でも、だからこそ私は参加する意味があるんじゃないかと思っている)



(えっ・・・・)





彼は私の言葉にキョトンとしてしまう。


私の言葉がエノクは相当意外に聞こえたらしく、戸惑いの表情を隠せないでいるようだ。


そして、私は彼を説得するべく、こんこんと言葉を続けた。





(・・・エノクの言うように気心が知れた仲間とパーティを組み、共に成長していきたいという意見も分からなくもない)



(・・・だけど、そんな環境に身をおいても私は劇的な成長はないと思っている)



(エノクは傷の舐め合いをする為に、アイナさんに命がけで訓練を教わったわけじゃないでしょ?)



(大冒険者を目指す為に私達は冒険に出るんでしょ?)



(・・・だったら、私達新参者や駆け出しの冒険者は常に緊張感を感じ、ミスをしたら容赦なく怒号や罵声を浴びせられ、)



(役立たずと判断されたら躊躇なくパーティから追放されるような環境に身を置いて研鑽を積むべきなのよ)



(それこそ私達は石にかじりついてでも、先人たちに教えを請い、その技や知識を盗まないといけない)



(だからそもそも私達は仲間と対等の関係なんて端っから無理だし、望むべきじゃない)



(本当に信頼関係を結べるのは私達が一人前になった後の話よね)



(私達はパーティの最下層の”雑用”や”荷物持ち”あるいは”使い走り”として、パーティの人達に頭を下げて参加を認めてもらう他ないのよ)



(・・・・!)





私の言葉にエノクは「はっ」としたように、大きく目を開いた。


どうやら私の言葉に彼も思うところがあったようだ。


彼は「ちょっと考えさせて欲しい・・・」と言って、そのまま口元に手を当てしばらく物思いにふけり始めた。


私はそれにトン!と防護カバンを叩いて肯定の返事を返す。





これで、エノクが私の考えに同意してくれると良いんだけどね・・・





・・・私がここまで熟練の冒険者のパーティに入ることを推す理由は、私の信念が大きく関係している。


『劇的な成長は”苦難”と”絶望”のうちになされ、偉大な成功の種火は”孤独”のうちに作られる(byレイナ)』という信念を私は持っている。


これは一言で言えば、ぬるま湯に浸かっていては成長はしないし、仲間と群れていては隔絶した成功はないという事を言っている。


冒険の中で仲間が命を脅かすミスをしているのに「ドンマイ気にすんな!」と傷を舐め合うようなパーティに参加なんかしたら、私達は成長もしないし成功もしないだろう。


仲間と夢を追いかけるのは私達が一人前になった後で良いのだ。最初からそれを望んではいけない。


そして、それまではパーティで孤立することを恐れてはいけないというのが私の考えだった。


ちなみに、私も当初はこんな考えではなかった。


エノクのいうように関係性を重視して、付き合いが良さそうなパーティに参加したいと思っていたのは私も同じだった。


ところがこの1ヶ月・・・冒険者の伝記集を読んできてその考えがガラリと変わってしまった!


例の”90:90:90”の生存率の法則の原因を探ろうと、多くの冒険者たちの「失敗例」を私は見てきた。


そして、駆け出しの冒険者たちが冒険を始めて間もない頃に命を落とす惨状について、その理由が分かってきたのだ・・・


失敗する冒険者は「自己流」で冒険を始めている事がほとんどだったのだ・・・!!


・・・そう、駆け出しの冒険者は自分の思うまま、気の向くままに行動をしてしまう。


ギルドの依頼を受ける時や、魔物退治、ダンジョンの探索など、全てを”自分のこれまでの判断や経験”だけを頼りに、流れるままに行動する。


それは、良いように捉えれば、臨機応変。悪いように捉えれば、視野が狭くて計画性が全く無いのだ。


未知のダンジョンや魔物に挑む時にでさえ情報を満足に調べる事もなく、準備をする事もない。


彼らは軽い気持ちで”なんとなく”挑み、「死」という代償でそれを贖うことになるのだ。


私にとってはそんなのあり得ないのだが、そんな無計画な行動をする冒険者が世の中には山のようにいる。


今の例は極端な例だが、”自己流”でやる弊害は何も、魔物退治や、ダンジョンの探索だけの話ではない。


ギルドの依頼を受ける時も経験者と初心者ではまるで勝手が違ってくる。


ギルドの依頼1つとっても依頼の内容に良し悪しがある。


依頼の報酬に対して、どれだけ準備をしなければならないのか?


難易度は高いのか?命の危険性があるのか?達成までの猶予はあるのか?


人員を確保する必要があるのか?依頼先までの道のりは険しいのか?


そういった事を勘案して費用対効果を見極める必要があるのだが、初心者にはこれが物凄く難しい。


そして、初心者は分不相応な依頼を受けてしまい自滅するのだ。


ちなみにそういうのは難易度に応じて冒険者ギルドが割振りしてくれるものじゃないの?と思うかもしれないが、ギルドはそんな事はしてくれない。


一応ギルドでも冒険者のランクに応じて割り当てはするものの、あくまでそれは「報酬額」に応じるものであり、難易度とは全く関係がない。


とある冒険者ギルドで実際にあったことらしいのだが、僅か1万クレジットの報酬で『オラの村を襲ってくる”ドラゴン”を倒してくれ!!』なんて依頼が入った事があったという。


もちろん、1万クレジットの報酬だったからどんな低ランクの冒険者でもこの依頼は受けられるのだ。難易度が関係ないことがよく分かるだろう。


ギルドはあくまで依頼の報酬額によってのみ受けられる冒険者を選別する。


高報酬の依頼は当然高ランクの冒険者しか受けられないのだが、結局はそれだけなのだ。


ギルドと冒険者はあくまで対等な関係であり、受けるかどうかは全て冒険者の自己責任なのだ。


だからこそ駆け出しの冒険者は”弁える”必要がある。


自己流で冒険するのではなく、確かな実績と経験と判断を持つ冒険者たちに師事し、冒険者としての身の振り方を学ぶ必要があるのだ!


・・・これが私が1ヶ月書物と向き合って得た「結論」だった。


私が土下座してでも熟練の冒険者のパーティに入ることを推す理由もこれに尽きる。





・・・ただ、まあ、最終的にエノクがどうしたいかよね・・・


私が「信念」を持っているように、エノクも「信念」があるからねぇ・・・


エノクはこういうところ頑固だからなぁ・・・・





そう心の中で呟きながらエノクの「判断」を私は待っていた。


・・・結局やるのは彼であり、私はあくまで提案するだけだ。


ギルドと交渉するのも、他の冒険者と絆を深めるのも、魔物と戦うのも、全ては彼が行う事になる。


その為、最終的にどうするかは彼の判断次第であり、私は彼の決定に従うことになるのだ。


しかし、1つ言えるのはエノクがどういう判断をしたとしても私は彼のサポートを全力で行うつもりだと言う事。


エノクに熟練の冒険者のパーティに何としても入れと茨の道を勧めながら、私はのんびり防護カバンの中から高みの見物というわけには行かないのだ。


エノクとはもう一蓮托生なのだ。彼が死ぬような目に合えば、私も当然死ぬことになる。


生き残りをかけて、お互いズケズケ物を言う間柄で無ければならないし、遠慮はしない事に決めている。


だから、エノクが私の提案を受け入れてくれるかは分からなかった。





・・・それからしばらくして、エノクはどうやら、考えがまとまったようだ。


彼はコクリと頷いて、防護カバンをトントン!と叩いてから、神妙な調子で私に言葉を掛けてきた。





(お待たせ・・・レイナ)



(レイナにいわれた事を考えてみたんだけど、僕も納得したよ・・・・)



(アイナさんの訓練が終わって僕の気がちょっと緩んだのかもしれないね・・・)



(・・・大冒険者を目指すんだったらさらなる修練を積まないといけない)



(そして、僕は今よりも強くなりたいんだ・・・!)



(・・・レイナの言う通り、ただの使い走りでもいいから、熟練の冒険者のパーティに頭を下げて参加させて貰えないかお願いしてみるよ)



(ありがとうレイナ・・・おかげで覚悟が決まったよ!)



(・・・エノク)





エノクがそう言って清々した顔で私にお礼を言ってきた。


ここがエノクの良いところだ。


彼は基本頑固なんだけど、良いアドバイスや意見に対しては、それが彼の意に反したとしても、素直に吟味した上で判断することが出来る。





「・・・行こう!レイナ!」





エノクはそう言って、掲示板から踵を返した。


そして、私達は熟練の冒険者たちが待つ場所へと向かうのだった・・・






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