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最後の課題②




・・・スチャ!





アイナさんは腰に帯びた剣をゆっくりと抜いていく・・・


銀色にキラリと輝くそれは、鉄をも軽く切り裂く強度を誇り、


あらゆる魔法を付加しても刃こぼれしないと言われるミスリルの剣だ。


ただでさえ常人を超えた力を持つアイナさんがそれを全力で振るえばどうなるか・・・?


今の僕がエアロフィストで風の障壁を展開しようが、同じミスリルのプロテクターで受け止めようが、


身体硬化(ハーデニング)で身体を強化しようが、結果は同じだろう・・・





”真っ二つ”だ!!





・・・つまり、今の僕に抜剣した彼女の攻撃を受け止める力はない・・・!


避けるしかないっ・・・!!





「さて・・・では用意はいいですか・・・?」





彼女が剣を構え僕を見据える。


アイナさんの目は徐々に感情を失っていき、氷のように冷たい視線に変わっていった。


彼女の殺気が僕の全身を貫いてくる。


それは”ならず者達”の首を容赦なく落としていったあのアイナさんの目だった・・・





こ・・・怖い・・・っ・・・





ガクガクと手が震え始める・・・


アイナさんが”本気”だと分かってしまったから・・・


彼女は本気になって僕の首を落とそうとしている・・・!!


震える僕の様子を見てアイナさんが言ってきた。





「・・・エノクさん。開始のタイミングはエノクさんが決めてください」



「貴方が命を捨てる覚悟ができたら始めます。これは訓練です。それくらいの猶予は与えます」



「・・・ただし、一度始まったら、もう後戻りはできません」



「私はエノクさんを”敵”として認識し、貴方の首を全力で落としに掛かります」



「もちろん手加減するつもりはありませんし、能力も全開で使用します」



「私が止まるとしたら、エノクさんが一撃を私に見舞わせた時だけです」



「だからよく考えてください」



「・・・私が言える助言はこれくらいです」



「貴方が生きて訓練を終えることを祈っております」



「・・・・っ」





アイナさんの死の宣告にも等しい言葉を聞き、僕の身体は戦慄を覚える。


彼女は戦闘用の能力まで使うと言ってきた・・・


これまでは彼女は能力を使わずに生身で僕に訓練を施してきたのだ。


レベル差が激しい彼女との訓練でも何とか僕が耐えられてきたのは、彼女が能力を使用しなかったというのも大きい。


それがこの土壇場になって使用を解禁してくるのはまさに青天の霹靂と言ってよかった。





「・・・くっ」





僕は歯を食いしばり、震えを抑えながら必死に打開策を模索し始める。


これが訓練で本当に良かった・・・


こちらのタイミングで戦いを始められるのが唯一の救いだ。


彼女がそのまま”攻撃開始”を宣言していたら、僕はなすすべもなく、首をはねられ絶命していただろう・・・





どうする・・・?


どうすればいいんだ・・!!!?





アイナさんの無言の圧力が僕を襲う中、僕は頭をフル回転させる。


彼女の強さと僕の強さを比較し、手持ちの札でなんとか彼女に手傷を負わせる方策がないか必死に考える。


彼女は完全武装している・・・


僕の攻撃が当たったとしても彼女のミスリル系の防具を貫通させるほどの威力は今の僕では出せない。


それに加え、彼女の一撃は僕の全ての防御を貫通する、”必殺の一閃”だ。


防御は不可能。かといって、それを避けるのも至難の業。


それに彼女の能力を僕は全て知っているわけじゃない。


そんな状態で、彼女に一撃を見舞わせようと近づけば、僕の身体は真っ二つにされてしまうだろう・・・・


あのならず者たちと同じ様に・・・・!





「・・・うぅ」





八方塞がりの状況に思わずうめき声を上げてしまう。


やっぱり、無理だっ・・・!!


彼女に勝てる気がしない・・・!


自分の今のカードを全て切ってアイナさんに挑んだとしても、首を落とされるイメージしか沸いてこない・・・!


いつも通り訓練に臨めばいいなんて甘い考えをもった自分が恨めしい・・・


考えがあまりにも浅はかだった・・・


アイナさんがここまで全力で僕を殺しにかかるなんて流石に予想していなかった。


当たり前だ・・・


僕がいくら強くなったとしても、まだまだ僕のレベルは常人の域を出ていない。


アイナさんにはある程度手心を加えてもらえなければ、僕とアイナさんは戦闘にすらならないのだ。





「・・・あれ・・・でも待てよ?」





・・・そこで、僕は呟く。


この最後の課題の設定に違和感を覚えたのだ。


これは明らかにおかしくないか・・・?


これまでの訓練でいくら僕のレベルが上がったとは言え、アイナさんとのレベル差は未だに大きく差が開いている。


それに加え、アイナさんが完全武装し、さらに能力まで使われてしまったのなら、今の僕が勝てる道理はないのだ。


アイナさんは襲いかかってきた多数のならず者たちを傷一つ付かずに撃退したんだ。


そして、彼らのうちの1人、リーダー格の男は今の僕より全然高いレベルを誇っていた。


彼は有用な戦闘スキルを持っていたし、常人を超えた怪力も誇っていた。


それにも関わらず、アイナさんは襲いかかってくる彼ら全員をまるで子供扱いするかのようにその首を落としていった。


今の僕が1人でアイナさんに立ち向かうより、彼らはよほどアイナさんに一撃を見舞わせる可能性があっただろう。





「・・・さあ、覚悟は出来ましたか?エノクさん・・・」





アイナさんが剣を構えたまま僕を急かしてる。


そろそろ潮時か・・・


いい加減答えを出さなければならない。


彼女の殺気がビリビリと僕の肌を震わせてくる中、


僕はなんとなく今の自問自答をしていく中で”答え”が見えたような気がしたのだ・・・


しかし、確信を得るにはまだ至っていなかった。


もしかしたら、彼女を激怒させるか、失望させる結果になるかもしれない。


しかし、僕は決して死ぬわけには行かない・・・


彼女には申し訳ないが、僕にはやることがあるのだ・・・・


だから僕は彼女の最後の課題に対し、こうするしかなかった。


考えて、考えて抜いた結果の僕の結論だった・・・・!





「アイナさん・・・すみません!僕は今回の課題”棄権”します!」



「・・・・!」



「・・・なっ!?」





僕の言葉にアイナさんは眉を動かして反応したが、彼女は冷静に僕を見つめてきた。


一方、驚いたのは傍で見ていたクリフォードさんだった。


彼にとっては予想外の回答だったのだろう。


クリフォードさんが訝しげな表情で僕に問い正してくる。





「・・・どういうことだ?エノクくん?」



「何故このタイミングで”棄権したい”なんて言うんだ?」



「訓練が怖くなったから、止めたいと言っているようにしか聞こえんぞ・・・?」





そう言って、首を傾げてくるクリフォードさんに対し、僕は相槌を返す。





「はい・・・その通りです・・・」



「・・・・!」





クリフォードさんの目がさらに鋭くなった。


彼はしばし考え込む姿勢を見せた後、僕に重ねて問いかけてきた。





「・・・理由を聞かせてもらっていいかな?」



「私には君たちの訓練に付き合ってきた者として、理由を聞く権利がある筈だ」



「これまで君は訓練を通して、致命傷に至るような怪我を何度も負ってきた」



「だが、それにも関わらず、君は勇敢にもアイナさんと打ち合い、飛躍的に戦闘能力を向上させてきた筈だ」



「それが、この土壇場になって、なぜ、急に棄権するなんて言い出すんだ?」





クリフォードさんが顎に手を当てながら、眉間にシワを寄せていた。


そしてここで、それまで静観していたアイナさんもクリフォードさんの後に続いて問いかけてくる。





「エノクさん、私も理由が知りたいです。お話しいただけますか?」





アイナさんは剣を構えたまま僕に鋭い視線を向けてきた。


どうやら、彼女はまだ戦闘態勢を解除するつもりはないようだ。


僕の回答を見定めるつもりなのだろう。





「分かりました・・・」





僕は2人を見据えて頷くと、理由を説明し始めた。





「・・・僕はこの1ヶ月で飛躍的にレベルをあげることが出来ましたが、それでもアイナさんのレベルに遠く及びません」



「まともに立ち会えば僕とアイナさんの勝負なんて一瞬で付いてしまうでしょう・・・」



「それは先日、ならず者たちを撃退している所からしても明らかです」



「彼らは今の僕よりレベルが高かったですが、アイナさんは傷一つ負わずに撃退しました」



「つまり最初からこの課題は僕をクリアさせることを目的として設定されていないと僕は感じたのです」





僕の説明にクリフォードさんが目を大きく開いた。


意外な僕の言葉に「まさか・・・」と驚いているようだった。


彼も今の説明で気づいたのだろう。


そして、僕はクリフォードさんから今度はアイナさんの方に視線を送った。


彼女は既に剣を下ろしていた。


その表情は相変わらず無表情だったが、心なしか口元が緩んでいるような気がした。


そんなアイナさんに僕は今度こそ確信を持って尋ねる。





「アイナさん・・・貴方は、僕を試しましたね?」



「手傷を負わせればクリアなんて言ってましたが、実際はそれが出来る可能性は著しく低い」



「僕は100回アイナさんに挑んでも90回以上はアイナさんに首を落とされるでしょう・・・」



「そんな勝負無駄死にするだけです」



「以前アイナさんは戦闘を行うべき時とそうでない時を僕に教えてくれました・・・」



「今回はまさに戦うべき時ではないと僕は認識したんです」



「この戦いから逃げることこそが、”正解”なのではないですか、アイナさん?」





僕とクリフォードさんの視線を受けるアイナさん。


彼女は次の瞬間ニコリと微笑むと、剣を鞘に納めたのだ。





「お見事です・・・エノクさん。本当に立派になられましたね・・・」





彼女は本当に嬉しそうにそう呟いたのだった。


そして、彼女はコクリと一回頷いた後、話を続けてきた。





「今、エノクさんが仰って頂いたとおりです」



「この課題では私と戦ってはいけません。その理由は今エノクさんが言った通り、戦いにならないからです」



「”自分より明らかに強い敵とは戦わずに全力で逃げろ”・・・これは以前私がエノクさんに教えたことでしたね?」



「課題に騙されずによく状況を見極めて選択できました」



「戦いにおいてもっとも難しいことは戦うべき時と、そうでない時を見極める事なのです」



「そして、それを見極められたエノクさんは間違いなくこれまでより”しぶとくなった”と言えるでしょう」



「もう、本当に私が教えるべきことはありませんね・・・ふふっ」





そう言って彼女は満足そうに笑みを浮かべた。


そして、彼女は兜を脱ぎ、それを腕に抱えると、右手を僕に差し出してきた。





「・・・これで訓練は終了です。そして、私の役目も終わりました」



「短い間でしたが、貴方の護衛が出来た事を光栄に思います。エノクさん」



「貴方は間違いなく強くなるでしょう・・・」



「貴方が冒険者として大成し、その冒険譚が人々に詠われる日が来るのを、私はカーラの片隅で心待ちにしております」



「・・・アイナさん」





アイナさんの言葉に僕は目頭が自然と熱くなる。


2ヶ月にも満たない間だったが、彼女には本当にお世話になった・・・


僕が今こうして生きて、いっぱしの冒険者として歩めるまで成長できたのは全て彼女のおかげだった。


僕は彼女の手を取り、深々と頭を下げた。





「・・・アイナさん、ありがとうございました・・・!」



「僕もアイナさんが護衛になって頂いて本当に良かったです!!」



「・・・僕は必ず強くなります!」



「そして、冒険者として有名になって、神話のアイテムの謎を解明し、皆さんに恩返しをしに行きます!!」





アイナさんの手をぎゅっと握り、感謝の気持ちを彼女に伝える。


アイナさんは僕の言葉に「待ってます」と言い、満面の笑みを浮かべた。


そんな僕達の様子を見て、パチパチとクリフォードさんも拍手をしてきたのだった・・・









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