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エミリアの心意気




今日の執務室はやけに声の通りが良かった・・・


日中は第1小隊の隊員が複数名控えており、キースやディーナ等の庶務を担当する者も別室で滞在しているのが常だ。


・・・だが、今日に限って言えば人の気配は私と、目の前にいる”エミリア”だけだった。


私の執務デスクの前に丸椅子を持ってドカっと足を組んで座った彼女からは得も言われぬ威圧感が放たれている。


上背があり、鍛えに鍛えられた肉体を誇る彼女は立ち姿もさる事ながら、座っていても歴戦の猛者の様な風格がある。


そんな彼女に私は朝からずっと話し続けていた。





「――――ルリスターン連邦への派遣部隊の編成はそんなところだ」



「マルバスギルドの傭兵部隊はジェラルド殿がうまく取りまとめてくれるだろう」



「・・・そうか、分かった」





エミリアが私の説明に言葉少なげに頷く。





「他に話しておくことはないか?」



「・・・いや、そんなところだ」





エミリアの問いに私は静かに首を振った。


・・・私が王妹殿下の近衛騎士団団長の職を退く事が先日決まった。


エミリアへの団長職の引き継ぎが、今まさに終わったところだ。


ルリスターン連邦への騎士団派遣が私の最後の引き継ぎ事項になった。


殿下とリーファ殿に動いて頂き、外遊が正式に決まったのが救いだ。


意地でもこれだけは叶えたかったので、最後に僅かながら溜飲を下げる事が出来た。


もっとも私は外遊には同行できないがな・・・


殿下の外遊の警護責任者は新団長の”エミリア”になるからだ。


彼女たちをルリスターン連邦へ見送ることが事実上私の最後の役目になる・・・





あっけないものだ・・・


私のエレオノーラ様への最後の奉公がただの見送りになろうとはな・・・・





私は団長としての職は降ろされるが、騎士としての地位は依然として保持している。


しかし、高齢で辞職したわけでもないのに、前任の団長がいる騎士団の運営はやり辛いに決まっている。


私も第9近衛騎士団に一騎士として留まるのは考えられなかった。


団長としての職位が終われば、それをもって騎士団も辞める意向であることを殿下に伝えている。


私が退団の意向をエレオノーラ様に伝えた時、殿下はただ一言「ご苦労さまでした」と返してきた。


殿下が寂しそうにそう告げてきた顔は目の裏に今も焼き付いている・・・


・・・残るべきだったのかは今でも分からない。


・・・いや、そもそも残ることは許されないだろうがな・・・


私はこれから新国王の后となるべく準備をしなければならない。


戴冠式と結婚式が来年の年始早々に予定されている。


私も新国王の后としてふさわしい振舞いをするために、今後は王室の礼儀作法を徹底指導されることになるだろう。


今までのように気軽に王都の外に出歩くこともままならなくなる・・・





「・・・そうか。手間を掛けたな」



「それでは私は殿下の警護に戻るとしよう」



「・・・・・」





ガタッ!





長い引き継ぎが終わり、エミリアが席を立つ。


彼女は私の肩に手を置きながら、僅かばかりの労いの言葉を掛けてきた。


彼女はそのまま執務室の部屋の扉に向かい、私はそれを無言で見送る。


エミリアと私の関係は一言ではなかなか言い表せない関係だ。


団長と副団長という関係にありながら、仕事中のお互いの交流はあまりない。


私と彼女は別任務でそれぞれ動いていることが常であり、基本お互いの仕事には干渉してこなかったし、それで上手く行っていた。


彼女とは長い付き合いがあるとは言えず、かといって交流が深い仲とも言えないのだが、不思議なことにエミリアとは妙にウマが合った。


現に彼女が騎士団長をやってくれるのなら安心してエレオノーラ様の警護を任せられると感じている。


それは一般的に”信頼”と呼べるものなのだろう。





「・・・なぁ、今日の夜時間はあるか?」





・・・気づいたら、私は扉を開けて出ていこうとするエミリアを引き留めていた。







ゴクゴクゴクゴク!!





「・・・・ふぅ」





目の前のラガービールを私は一気に飲み干す。





「おい・・・飲み過ぎじゃないか・・・?」



「お前がこんなに酒を飲む奴だとは思わなかったぞ・・・」





若干引き気味にエミリアが私に苦言を呈してくる。


いつも精悍な表情で隊員の指導にあたっているエミリアの引きつった顔は新鮮だった。


まさかエミリアが私の酒に付き合ってくれるとは思わなかったが・・・


彼女としてこうして飲むのは初めてだった。





「知らなかったのか?私は結構酒を嗜むぞ・・・」



「・・・それに今はひたすらに飲みたい気分なんだ・・・!」





ドン!!





ビールのジョッキをカウンターテーブルに置き、酒場のマスターにお代わりを注文する。


浮島のギルド街の一角にあるこぢんまりとした酒場だった。


私が一人でこっそりと酒を嗜む際に来る場所だ。


当然、訪れる時はいつも平服で訪れているのもあるが、ここには私を王国の騎士だとか、貴族だとか持ち上げてくる奴はいない。


私が一個人のクラウディアとして寛げる数少ない場所だった。





ゴクゴクゴク!!





「・・・ぷはぁ・・・」



「・・・・・」





私の飲みっぷりを呆れ顔で見守るエミリア。


彼女は私と対象的にボトルワインをグラスに注ぎちびちびとやっている。


彼女は下戸ではないのだろうが、飲酒のスピードは私とくらべてとても遅かった。





「おい。いつもの神速の剣さばきのエミリア様はどこいったんだ?」



「随分と飲酒のスピードが遅いじゃないか・・・」



「それで酒を味わっていると言えるのか?私が注いでやろう」



「・・・いい。私はゆっくり飲むのが好きなんだ・・・」





私の絡み酒に不満を漏らす、エミリアだった。


私は再度ビールを注文して、空になったジョッキを見ながら、ポツリと言葉を発する。





「・・・・今の私はこの空になったジョッキと同じだな・・・」



「何もなくなってしまったよ・・・」



「・・・・・」





エミリアはカウンターに肘を付き、ワイングラスを回しながら、無言で私を見つめてくる。


エミリアの視線を受けながら、私は内に溜まった鬱憤を吐露し始める。





「私にとってカーラと王妹殿下は全てだった・・・」



「自分の命を掛けて来た・・・」



「そしてこれからも掛けたいと思っていた・・・」





注文した代わりのビールが私の前に置かれても、私は手を付けずに無言で空のジョッキの底を見ていた。





「王妹殿下の騎士団の団長を拝命された時は文字通り天にも昇る気持ちだったよ・・・」



「あの時ほど、自分が貴族に生まれて良かったと思うことはなかった・・・」



「そして、今回ほど自分が貴族に生まれて嫌だと思うことはなかった・・・」



「・・・ふっ・・・因果というのはよく出来ているものなのだな・・・」



「・・・・・」





エミリアは私の言葉をただじっと聞いていた。


彼女は空になったグラスにワインを注ぎながら、ゆっくりとグラスを煽る。


優雅さが欠如している私への当てつけなのだろうか・・・?





「・・・お前の方が上品に見えるな全く・・・」



「第9近衛騎士団長に相応しい振舞いだ。結構なことだな・・・」



「・・・・皮肉か?」





エミリアは私の愚痴のような言葉に首を振りながら、ため息交じりに言葉を返してきた。





「私が、優雅さや上品さとは無縁なことはお前が一番よく知っているはずだろう?」



「代わりがいるのだったら、今でも断りたいくらいだよ、私は・・・」



「王国で一番敬愛されている殿下の身辺警護を任されるのだ」



「貴族でもなんでもない平民出の私が務められるのか、不安で一杯さ・・・」





そのエミリアの弱気の言葉に私は目を見開く。


意外な言葉だった・・・


エミリアが弱音を漏らすのをこれまで聞いた事がない。


常に自信満々に部隊の統率を行う彼女がそんな風に感じているとは思いもしなかった・・・


エミリアは再度グラスにワインを注いでそれを一気に煽ると、その勢いのまま私に質問をしてきた。





「・・・逆にお前は何がそんなに不満なんだ?」



「・・・えっ」





意味が測りかねて戸惑う私に、彼女は続けてくる。





「・・・貴族の令嬢様は、王族との婚姻を切望するものじゃないのか?」



「それが、次期王位の正統後継者との婚姻となれば願ってもない展開だろう」



「お前の今の立場を羨む女は、平民・貴族に関わらず、それこそ星の数程カーラにいる」



「それに騎士団は辞めることになっても、王妃としてカーラを担う立場になるのだ」



「立場は違えど、これまで以上にカーラの為に働けるだろう」



「そこまで悲観する理由が私には分からん」



「・・・・・」





ゴクゴクゴクゴク!


ドン!





私はムスッとしながら、目の前のビールを一気に飲み干した。


そして、飲み干したビールジョッキを音を立てながらカウンターテーブルに置く。





「・・・お前は”奴”とまともに会ったことがないからそんな事が言えるんだ・・・」



「国王陛下や王妹殿下と奴は人としての器がまるで違う・・・」



「あんな小物に私が嫁ぐことになるなんて侮辱されるに等しいよ」



「結婚するんだったら、エレオノーラ様のような大物とが良い・・・」



「ああ・・・私が男だったらどんなに良かったことか・・・」



「そしたら王妹殿下と結婚できたのになぁ・・・」



「・・・・・」





私の言葉に再びエミリアが引きつった顔を見せる。


それで私の溜飲も少し下がった。


ふん・・・「何が不満なんだ?」とかふざけた事を言うからだ・・・





「・・・あいつがこの前私に何て言ったか、教えてやろうか?」



「”お前と交わる日が楽しみだ”」



「”お前がどのように喘ぐのか、想像するだけで堪らなくなる”」



「そう言ったんだ、あの馬鹿君は・・・・」



「お家断絶だーーっと言いながら奴のあそこ切り落としてやろうかな・・・・」



「そうしたら、奴の目も少し覚めるかもしれん・・・」



「・・・・おい。お前が言うと冗談に聞こえんから止めろ・・・・」





酔いが回って悪ノリした私をエミリアが窘める。


冗談でも言ってなければやってられなかった・・・・


自分の人生の目的が突如なくなった喪失感が私を襲っていた。


カウンターテーブルの下を向いた顔はいつまでも上げられそうになかった・・・





「・・・・・」



「・・・・・」





それから、お互い無言だった。


ただ無心に酒を飲み続け、気を紛らわせるだけの時間が過ぎていく。


そうしてしばらくすると、エミリアが席を立った。





ガタッ!





「・・・行くのか・・・?」



「ああ、”役目から開放された”お前と違い、私は明日も早いからな・・・」



「・・・金はここに置いていくぞ」





そう皮肉を述べながら、エミリアは銀貨数枚をテーブルの上に撒くと、上着を羽織って私に背を向ける。


彼女は出口に向かう去り際、再度声を掛けてきた。





「・・・クラウディア」



「私にはお前の立場の辛さを分かってやることはできん・・・」



「だが、これだけはお前に言える・・・」



「エレオノーラ殿下の事は私に任せておけ」



「殿下の身は私が全てを掛けて守ってやる」



「それが、第1近衛騎士団から追い出されて、根無し草になっていた私を拾ってくれた殿下とお前への礼だろう・・・」



「だから、お前はお前の道を進め」



「私が言えるのはそれだけだ」





ギィ・・・バタン!





そう言ってエミリアは酒場を後にした。


後に残された私は空になったビールジョッキの底をじっと見つめていた。





「・・・こんなに不味い酒は初めてだな・・・」








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