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レイナの戦い




宿舎の扉が開かれると同時に、僕たちを窘めるような声が聞こえてきた。


中から姿を見せたのは第9近衛騎士団の女性騎士の一人だった。


僕は知らない人だ。


甲冑姿を着て出てきたところを察するにこれから仕事に出かけるのだろう。


彼女は冷ややかな視線を僕たちに向けながら苦言を呈してきた。





「・・・あまり宿舎の前で騒がないで頂きたいものですわね」



「わたくし達は常に品格と優雅さが求められておりますの」



「もし、わたくし達が品格を損ねる事をしたら、王妹殿下の風聞にも傷が付かないとは申せません」



「あなたも第9近衛騎士団の宿舎の警備を担当するならそれをわきまえて任務を遂行しなさい」





彼女はそう言うと、最後はフレッドさんに向かって鋭い視線を向けた。


フレッドさんはすぐさま直立不動の姿勢を取ると、その女性騎士に向かって敬礼をする。





「”カレン殿!”これは大変失礼いたしました!」



「エノク殿が訓練に励んでいる事を聞き、つい”助言”することに熱中してしまったのです!」



「これも彼の先達として武の研鑽を積ませたい一心によるもの!どうかご容赦を!」



「今後はこのような事が無いようにし、騎士団の品格を考え任務を遂行する所存であります!!」





彼はそう言って”カレン”と呼ばれた女騎士に返答した。


言葉だけはとても立派だった・・・


フレッドさんが僕に助言らしいことをしてたのは確かだけど、その内容はとても”武の研鑽”を積ませるような内容ではない。





咄嗟のことなのに、よくまぁこんな舌が回るものだなぁ・・・





彼の言い回しに呆れると同時に感心してしまう。


カレンさんもフレッドさんの言葉に納得するかのように頷いた。





「・・・そうですか。それは殊勝な心掛けです」



「後進の育成は軍の練度にも直結します」



「あなたの意気込みは評価しますし、その行いは先達として当然の義務でしょう」



「ただし、時と場所はわきまえなければなりません」



「以後、気をつけなさい」





カレンさんはそう言うとそのまま王宮の街路へと歩いていった。


フレッドさんはそれを敬礼したまま見送ると、彼女の姿が見えなくなったところで盛大に息を吐いた。





「ふぅ・・・危なかった」



「出てきたのが物分かりの良いカレン嬢ちゃんで助かったぜ・・・」



「もしグレースさんとかだったら、ぶん殴られてかもな・・・」



「・・・すみません」



「僕が声を掛けたからですね・・・次からは気をつけます」





そう言って僕はフレッドさんに頭を下げた。


声を上げて騒いでいたのは主に彼なんだけど、声を掛けたのは僕からだ。


通常、立番している兵士に声を掛けてはいけない。


次からは彼の任務中は声を掛けないようにしないとな・・・


フレッドさんはあっけらかんとしながら、僕に言葉を返してくる。





「まあ、いいさ」



「とりあえず、今日はこれくらいにしとくか」



「今度非番の日にお前にはたっぷり”夜の町の歩き方”を伝授してやるからよ」



「楽しみにしておけ」





カレンさんに窘められたというのに、変わらない彼の物言いに僕は苦笑いを返すしかなかった。





「・・・あははは。伝授を受けるかどうかは考えておきますよ」



「フレッドさん。それじゃまた!」



「ああ、お疲れ」





ガチャ!





フレッドさんに別れを告げた僕は宿舎の中に入る。


建物の中は相変わらずバラの香水の香りで満ちていた。


最初は目眩を覚えていたこの香りにも、1ヶ月経過すれば慣れてくる。


第9近衛騎士団の女性達からはいつも薔薇の香りがするのだけど、この宿舎で生活していれば自然と香りを纏うようになる。


今の僕も外部の人から見たら薔薇の香りがするんだろうな・・・


これまで香水を付けたことが無い僕が急に薔薇の香りを出すようになったら、僕を知っている人はきっと驚くだろう。





アベルが今の僕を見たらまた変な邪推をしそうだよな。ははっ・・・





自分の生活環境がハッキリ変わったことを感慨深げに感じながら、自室へと続く廊下を歩いていく。


宿舎で生活していると当然騎士団の女性達と廊下で遭遇することも少なくない。


彼女たちは僕を見ると「ごきげんよう」と上品な笑みとともに挨拶をしてくる。


僕も慣れない言葉遣いに戸惑いながらも「ごきげんよう」と返す。


こればかりは未だに慣れそうもない。


最初女性ばかりの宿舎に男の僕なんかが入って、彼女たちに拒絶されないだろうかと思っていたけど杞憂だった。


特に何事もなく宿舎に暮らす隣人として僕を普通に扱ってくれている。


・・・まあ、僕を男として見ていないからかもしれないけど・・・


それに腕っぷしは間違いなく彼女たちの方が強いんだから、僕を警戒する必要がないというのもある。


むしろ、僕だけならまだいい・・・


僕と”アイナさん”が一緒に歩いている時の方が彼女たちはよっぽど冷たい反応を返してくる。


あまり突っ込んだことをアイナさんに聞いたことはないから何故かは分からない。


だけど何となく、他の騎士団員にアイナさんがどう思われているか察することは出来る。


・・・もちろん彼女にこれを聞くのは野暮というものだろう。


僕にとってアイナさんは騎士団の中で一番信頼出来る人であり、僕の恩人であり、師匠でもある。


それで十分だ。





ガチャ!





「ただいま~」





帰宅を告げながら、自室の部屋のドアを開ける。


部屋の中に入ると辺り一面に積み上がっている”本の山”が僕の目に飛び込んできた。





「おかえり」





レイナの返事が聞こてくる。


しかし、彼女の声は聞こえてもその姿はすぐには探し出せなかった。


いつもレイナが寝泊まりしている仮設住宅(ドールハウス)が置かれているテーブルの近辺には特に本が密集している。


レイナが読書のためにあの近辺に本を積み上げた結果だ。


恐らくレイナはあの中だろう。


僕が買い物袋を椅子の上に置くと、冒険者の装備を外しながらレイナに声をかけた。





「・・・レイナ。そこにいる?」



「今日もずっと本を読んでたのかい?」





僕がそう問いかけると彼女の気だるげな声が返ってくる。





「うん。まあねぇ・・・」





ドールハウスの近くの本の山の中からだった。


レイナは今日もドールハウスの前に敷かれたクッションの上で本の山と格闘しているのだろう。


彼女の要求に応えて、先日王立図書館からあらゆるジャンルの本を借りている。


それからレイナはずっとこんな調子だ。


それこそ寝る時間と食事の時間以外、彼女は常に本に向き合っていると言っても過言ではない。


彼女は僕が起きる前から本の読書を開始し、僕が寝てからも夜遅くまで読書を続けている。


最近のレイナはどこか鬼気迫ると言っていいくらい、知識の吸収に夢中になっていた。





「・・・・・」





僕は無言でレイナの様子を伺う。


僕も寝る間も惜しんで本を読んでいた事はあったけど、それは自分の興味のある本だったからだ。


だけど、彼女が今読んでいる本はそれこそ僕が全く触った事もないようなジャンルの本も多い。


政治や経済、法律等を始め、ギルドの成り立ちや構成。


各国の歴史、地理・風土、特産品や農業・工業生産物、貿易、果ては占いや、哲学の本にまで手を出している。


もちろん、本文の冒険に関する事も彼女は忘れていない。


冒険者の伝記集、サバイバル技術、アイテムや武器、魔法、魔物の生態などの本にも手を出すありさまだ。


いくら僕でもここまで広範に読みふけったことはない。


彼女は凄まじい速さで本を開いては閉じ、また開いては閉じ、メモを取り続けるといったことを繰り返していた。


何でそこまでして知識を得ようとしているのかと彼女に問いかけると・・・





『私は生身で戦うことが出来ないからね・・・』



『冒険の為にせめて必要な知識だけは徹底的に入れておきたいと思ったのよ』



『エノクが命を掛けて冒険している中で、私だけ優雅にカバンの中で寛いでいるなんて事は出来ない』



『私の戦いは知識と知恵を持ってエノクをサポートすることよ』





・・・という回答が返ってきた。


レイナは転生者だからこの世界のことを初めから知っているわけではない。


彼女はその差を今必死になって埋めようとしているのだろう。


レイナの言いたいことは分かるし、彼女の智慧の凄さは僕が一番良く分かっている。


彼女が知識まで手に入れたら、まさに鬼に金棒だろう。


あまり根詰めすぎて体調を崩さないか心配だけど、ここまで言われてしまっては僕も止めることは出来ない。


というより、僕が止めてもレイナが聞き入れないだろう。


こういうところレイナはとても頑固だからな・・・


一度こうと決めたら彼女は徹底的にやるタイプなのかもしれない。


この集中力の凄さは凄いと思うし、感心すらしてしまう。





ちょっと心配だけど、今は邪魔をするべきではないんだろうな・・・


頑張れレイナ・・・





彼女に見えないエールを送りながら、僕はエプロン姿に着替えた。


そして、今日の夕飯のために買い込んできた豪勢な食材に手を付ける。


結局、僕が今出来ることはいつものようにご飯を作ってあげて彼女の気を少しでも紛らわせてあげることくらいだろう。


ほっぺたが落ちるような美味しい料理を作ってレイナをびっくりさせてやろう!


密かに闘志を燃やした僕は目の前の食材の調理を始める。


まな板で野菜を切り、それを炒めようとフライパンに火をつけた。





バタバタバタバタバタ!!!





「ふぎゅううぅ!」





んっ・・・


何だ今の音は・・・?


それに、変な奇声も聞こえなかったか?





料理に気を取られていたから、僕は一瞬何が起きたのか理解できなかった。


おもむろに音がしてきた方向に目を向ける。


すると・・・





「・・・なっ!」





レイナが読書していた辺りの本の山が崩れていた・・・


すぐに僕はレイナに何か異変があったことに気づく!





「・・・レ・・レイナ!!?」




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