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マリュス公の思惑




バン!!!





「父上はおられるか!!!」





屋敷の玄関扉を勢いよく開けた私は大声を張り上げ、大広間の中へズカズカと入っていく。


不機嫌な顔を隠すこともなく、メイドたちの困惑した表情の視線を浴びながら父を探す。





「お嬢様・・・落ち着いてくださいませ・・・!」



「一体何があったのでございますか?」



「その様に大声を張り上げられましたら、周囲の者は驚いてしまいますよ」





横に付いているリディアがそう言って私を窘めてきた。


今回の突然の帰宅は彼女にも話していなかったから リディアも驚いていた。


当然だ・・・


私も別に実家に帰宅する予定はなかったのだ・・・つい先程までな・・・・


我がヒルデグリム家は100年前の王権革命でのし上がった貴族の家系だ。


それまで王国の政治にも関わることがない一地方の下級貴族だったのだが、


100年前のクーデターで現王家に協力して第1級の功績を上げたことにより公爵位を賜った。


他の地方貴族のように直轄領は持っていないが、王宮の隣接地に屋敷と荘園を構えることを許され、


王国の政治にも直接関与できる権限を所持している。


カーラ王家との結び付きも強く、王族との婚姻も数多く行われ何人もの親類がいる。


カーラの中でもかなりの格式と影響力を持つ貴族の名門と言って良い。


現・マリュス公”フリードリヒ・ロサ・マリュス・ヒルデグリム”


・・・つまり私の父は、現国王ヴァルファズル5世陛下の側近として仕えている王国の重臣の一人だ。


私が王妹殿下の近衛騎士の団長の職を得てからは実家にはあまり戻ることはなくなった。


その為、最近は父とも顔を合わせていなかったので、久しぶりの実家帰りということになる。


いくつものシャンデリアが吊るされた豪華な装飾の広間の大階段から2階へと上がる。


この時間の父のことだ・・・執務室と兼用になっている自室にいるに違いない。


私は2階の一角にある父の部屋の前まで来ると、ノックもせずに扉を開いた。





ガチャ!!





「父上!いらっしゃいますか!!」





扉を勢いよく開け放つと正面に父の愛用の黒机が存在感を主張してくる。


机の前には長い赤髪を後ろで束ねた黒コートを着た女性が立っていた。





「クラウディアお嬢様・・・・!?」



「いらっしゃってたのですか?」





振り返って私を一瞥してきたのは”アイリーン女史”だった。


父の専属の秘書をしており、王宮の内部事情にも精通している。





「・・・騒々しいぞクラウディア」





そしてアイリーン女史に続き、机の向こうから不機嫌そうな男性の声が聞こえてくる。


片眼鏡を付けて、華やかなウエストコートに身を包んだ初老の紳士の眉間には皺が寄っていた。


彼が私の父だ。


私はアイリーン女史と父の間に割り込むと、その勢いのままに父に迫った。





「どういうことですか、父上!!!」



「何故、”私の騎士団団長の職を解くよう”陛下に上奏したのですか!!!!」





机に身を乗り出す様に手をついて私は父を睨んだ。





「久しぶりに家に顔を出してきたと思ったらこれか」



「相変わらずお転婆は直っていないようだな・・・」





やれやれと呆れるように父は首を振った。


だが、今はそんな事に腹を立てている場合ではない。





「先ほど王妹殿下から話を聞きました!」



「父上が国王陛下に上奏して、新任の団長として”エミリア”の任命も願ったそうですね!?」



「何故、私に何の相談もなくそんな事をなさったのですか!」



「私が今特別な任務についている事は父上もご存知のはずでしょう!!」





身体の中に蠢く憤りをそのまま父に叩きつける。


今回ばかりは周囲への体裁などを気にしている余裕はなかった。


しかし、私が怒りで燃え盛っているとは対象的に、父は落ち着き払って私に冷ややかな目を向けてくる。





「・・・それはお前のためだ、クラウディア」



「”アーダルベルト殿下”との婚姻が決まったというのに、”くだらん任務”にお前を従事させているわけにいかんからな」



「・・・っ!?」





その言葉に私は呆然と父を見つめた。


神遺物奪還の任務がくだらないとは同じカーラに住まう者として信じられない言葉だった・・・





「・・・な・・何がくだらないというのです!!」



「父上も今カーラが危機に陥っているのはご存知でしょう!!?」



「神遺物を奪還しなければカーラの未来は閉ざされるんですよ!!!」





だが、私の言葉に父は静かに首を振り、真っ向から反論してきた。





「危機に陥っているのは、”エレオーラ王妹殿下”と”商人ギルド連盟”だ」



「そこを履き違えてはならん」



「・・・そもそも奪われた神遺物にしても元々は競売に出していた代物だ」



「結果を見ればカーラ王国が神遺物で得られる筈だった資金を失った訳だが、所詮は金だ」



「金なら時間をかければまた調達することは可能だろう。不必要に騒ぎ立てる程の事でもあるまい?」



「・・・・・」





父の言葉にも一理あった。


確かに元々神遺物を売り、資金(クレジット)に換算しようとしていた事は事実だ。


それは魔族の通貨”フィデス”の獲得が目的だったのだが・・・まあ、この話は今はいい。


今は何としても父にこの危機的状況を理解してもらわなければならなかった。





「・・・父上!!カーラ王国は現在エレオノーラ殿下の威光によってまとまっているんですよ!?」



「殿下がこれまでカーラの数々の危機を救ってくれた事をもうお忘れか!?」



「殿下がいなかったら15年前の”クレンヴィル家の反乱”によって荒廃した国内を立て直す事はできなかったでしょう!」



「そして、地方貴族は統制の効かなくなった王家を見放して、カーラは今頃バラバラになっていたはずです!」



「先の事件でエレオノーラ殿下の求心力が下がり、そして今度は陛下が退位なされようとしています!!」



「この状態でアーダルベルトが即位してしまえば、今度こそ国内はバラバラになってしまっても可笑しくありません!」



「我々は神遺物を取り返して、エレオノーラ殿下の威光を復活させなければならないのです!!!」



「父上もアーダルベルトに苦言を呈されていたから、今の危機的状況はお分かりでしょう!!?」



「・・・・・」





私の言葉に今度は父が押し黙る。


・・・そう、アーダルベルト殿下を評価していないという点では父と私は同じなのだ。


だからこそ、先日父がアーダルベルトと私の婚姻の話を受けたと聞いた時は信じられなかった。


父はしばらく沈黙した後、じっと私を見つめる。





「・・・これは我が家にとっても悪い話ではない」



「お前が殿下のお子を産めば、王家の直系の血筋に我が家の血を入れられる」



「そうすれば我が家は王国で並ぶもののない権力と地盤を手にすることができるだろう」



「領地のないお飾りの公爵の地位からようやく脱することもできるのだ」



「次期王の資質などこの際そこまで問題ではない・・・」



「・・・なっ!!?」





その言葉に私は父の正気を疑う。


カーラの国の事などどうでもよいと言わんばかりの言い回しと、国を私物化しようとするその発言。


国を二の次として保身に走っている王国の奸臣共とどう違うというのか!!





「父上!!!」





バン!!!





私は両手を黒デスクの上に叩きつけて父を睨みつけた!





「あなたは正気なのですか!!?」



「アーダルベルトは間違いなく暗君になります!!!」



「奴が興味がある事はただ自分の立場を固める事だけです!!」



「あんな者が王になったら次の代で王国は滅びてしまうでしょう!!!」



「私達が出来る最善の手はアーダルベルトの権威を失墜させ、エレオノーラ王妹殿下のもとで国を統制出来るようにすることです!!」



「その為にどうか父上も力をお貸し下さい!!!!」





私はそう言って必死に父に訴えたのだが、ここで思いもよらぬ事が起こる。





「――――愚か者!!!!」





パーン!!





気がついたら私は父に平手打ちをされていた・・・


手を上げられた事などいつ以来だろうか・・・・


私は叩かれた頬を手で抑えると、父を無言で見つめた。


父は気まずそうに私から一度目をそらした後、静かに怒りを言葉に滲ませる。





「・・・お前は国に内乱を起こす気なのか?」



「そんな事をすればそれこそ国が滅ぶわ!!」



「エレオノーラ殿下に傾倒しすぎてあるべき大義も見失ったのか、この馬鹿者めが・・・!」



「・・・・あっ」





呆然とする私に父はさらに言葉を続けた。





「・・・アーダルベルト殿下が王の資質に欠けるからこそだ!」



「・・・欠けるからこそ、お前が側にいて殿下をお支えしなければならんのだ!!」



「幸いなことにアーダルベルト殿下はお前にとても執心しているようだ」



「お前の言うことなら殿下も耳を貸すだろうし、殿下のお子が生まれれば我が家の影響力がさらに増す」



「我が家の意向が働くようになれば、結果的にそれがカーラのためになるのが分からんのか・・・!」



「・・・父上・・・」





父に叱られて私は二の句が継げなかった・・・


確かに私はエレオノーラ様の権威を復活させようとするあまり、とんでもない思い違いをしていたようだ・・・


私はアーダルベルトの権威が失墜すれば、奴を傀儡にさせてエレオノーラ様が摂政として国を統制できると思いこんでいた。


だが、そんな事をすれば国は二つに割れ、カーラが内乱に陥る可能性すら出てくる。


カーラが弱体化することは他ならぬエレオノーラ様が望むわけ無いというのに・・・・・





「・・・申し訳ありません・・・」





・・・消えきりそうな声でそう返すのが精一杯だった。


父に向けていた激情が急速に冷えて固まっていくのが分かる。


父から顔を背けた私はその場で呆然と佇むしかなかった・・・





「・・・お嬢様。これを」





アイリーン女史がそんな私を気遣ってハンカチを差し出してきた。


私の後ろで様子を見ていたリディアも無言で私の背中を擦ってくる。


その様子を見てアイリーン女史が父に言った。





「・・・旦那様。ここは一旦私達にお任せ下さい」



「席を外して頂いてもよろしいでしょうか?」



「・・・・・」





アイリーン女史の言葉に父は無言で席を立つ。


そのまま部屋の扉まで行きドアノブに手を伸ばした。


去り際、父が私を一瞥して言葉を掛けてきた。





「・・・お前も貴族の家の娘に生まれたのだ」



「腹を括るのだな・・・」



「・・・・・」





ガチャ!


バタン!





部屋を出ていく父を私は無言で見送るしかなかった・・・









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