騎士の誓い
私の言葉にアイナが僅かに顔をしかめる。
「任務ですか?」
「それはエノクさんの護衛や訓練にも影響することでしょうか?」
「・・・そうだな。影響があるだろう」
私がそう答えるとアイナの視線がさらに険しくなる。
アイナにしては珍しい反応だった。
誰かの発言に対してここまで拒否感を表に出す彼女を初めて見たかもしれない・・・
だが、アイナは戦力として必要な存在だ。この事は絶対に話しておかねばならなかった。
私は彼女の態度には構わず説明を始めた。
「・・・お前には話しておこうと思ってな」
「近々、劇団の追跡の為に騎士団から精鋭部隊を選りすぐってルリスターン連邦に出撃する予定だ」
「王妹殿下の外遊の護衛という名目でな」
「マルバスギルドとの共同作戦になるが、その作戦にはお前にも参加して貰う予定だ」
「・・・・・」
アイナはしばし考慮した後、真っ直ぐに私の目を見つめてきた。
「隊長、いくつか質問があります」
「出撃の日はいつになるのでしょうか?」
「また、私がエノクさんの護衛の任務を外れる場合、後任者は誰になりますか?」
「訓練はまだ始めたばかりです。エノクさんを一人前にするためにしばし日数が必要かと思います」
「彼を旅立たせるまでが護衛任務だとすれば、最も適任な者はやはり私でしょう」
「それに一度請け負った任務を疎かにする事は私のポリシーに反します」
「エノクさんの護衛任務を完遂させる事を考慮すれば、私を次の作戦に参加させるべきではないと愚考いたします」
誰に対してだろうが意見を忌憚なく述べるアイナだ。
今回の作戦への参加は彼女の本意でないことはこの目を見れば分かる。
彼女はエノクへの調練が中途半端で終わることが嫌なようだ。
「アイナ、お前の気持ちは分からないでもない」
「だが、エノクの護衛より神遺物奪還の方が重要なのは貴様もよく分かっているはずだろう?」
「出撃の日は陛下の裁可を頂いた後になるから、いつになるかはまだ不明だが、恐らく1週間はかかるまい」
「エノクの護衛の任務はそれまでとする。後任を誰にするかはこれから考えるが悪いようにはしないつもりだ」
「・・・・・」
アイナは眉一つ動かさず私の言葉を聞いていた。
普段はアイナの感情は読み取りにくいが、今日に限って言えば彼女の心が明確に分かる。
この表情は間違いなく”怒っている”ということだ。
彼女は敬礼をした後、私に言葉を返してきた。
「命令拝受いたしました」
「ただし、お言葉ですが今回の命令には承服しかねる部分があります」
「意見具申を致します」
「・・・分かった。聞こう」
アイナの言葉に私は頷いて承諾を与える。
アイナは起立をした後、手を後ろに組むと意見を述べ始めた。
「隊長、私にエノクさんの調練の為、1ヶ月時間をお与え下さい」
「我々はエノクさんに命を救ってもらった恩があるはずです」
「エレオノーラ王妹殿下の報奨授与によっていくらか彼に恩を返せたとはいえ、それで足りたとはとても申せません」
「隊長は以前、私にエノクさんの生活にあたり出来るだけ便宜を図るように命令されました」
「そして、隊長は”騎士団の名誉にかけて”エノクさんを守ることを誓ったはずです」
「神遺物の探索が最優先とは言っても、エノクさんへの護衛任務を中断、もしくは他の団員に引き継ぐのは彼に対して不義というものでしょう」
「我々騎士団の名誉と彼への恩返しを考えれば、エノクさんが一人立ちするまで彼に全力で訓練を施して然るべきなのです」
「そして恐れながらエノクさんの特性と彼への最も効果的な訓練方法は私が最も熟知しており、先ほど彼が私以外の者から教わるつもりがないと言っていた事からしても、他の者を充てるべきではありません」
「エノクさんが恩を忘れる人間ではないことは隊長もよくご存知のはずです」
「また、彼なら今後我々が神遺物探索で詰まった時に的確な助言をくれるでしょう」
「今、彼に貸しを作っておけば、後日我々にもたらす利益は計り知れません」
「ゆえに、私に1ヶ月のお時間を頂きたいのです!」
「・・・・・」
こんなに熱く物申してくるアイナは初めてだな・・・
確かに彼女の言う通り騎士団の名誉にかけてエノクの身を守ると私は誓った。
騎士団の一員の一人としてアイナがその約束を守ろうとするのは理解できる。
・・・だが、彼女がここまで熱心に護衛任務を果たそうとする理由は他にも何かあるはずだ。
そこで私はアイナに真意を確認するべく、重ねて彼女に尋ねた。
「・・・アイナ。お前の意見は分かった」
「彼に貸しを作れば我々の利益になるという言い分も理解できる」
「だが、そこまでおまえを熱くさせているものは何なのだ?」
「単に、騎士団の名誉や、任務を疎かにすればお前のポリシーに反するという事だけが理由ではあるまい?」
アイナは一度目を閉じて物思いにふける。
彼女は少し間をおいてから私に言葉を返してきた。
「・・・はっきり申し上げれば、私はエノクさんに完全に情が移りました」
「彼が死ぬことは私の”騎士の誓い”に反します」
「彼には絶対生きてもらいたいと思います」
「だから、私は他の者に訓練を任せることは出来ません!」
「・・・・・」
・・・はっきり言うものだな。
エノクに情が移ったから他のものに訓練を任せられないなんて完全に私情が混じっているのだが、
ここまで開き直られてしまったら私も何も言うことが出来ない。
それに”騎士の誓い”は我々がこの職に就いている根本的な存在理由だ。
騎士に叙任された際、カーラ王家へ忠誠を誓うのとは別に、リーヴ神と楯の乙女にもそれぞれ誓いを立てる。
何の誓いを立てたかは各自の胸の内に秘められるわけだが、今回の件はアイナの誓いに反する結果になったのだろう。
その誓いを破れというのは、騎士を辞任しろと言っているに等しい。
それに彼女の言い分も理解できる。
「・・・1ヶ月でいいんだな?」
私がそう尋ねると、アイナは敬礼をして答えてきた。
「はっ!1ヶ月で構いません」
「それだけあればエノクさんを一人立ちさせる事が可能でしょう」
アイナの言葉に私は頷きながら右手を上げて答える。
「・・・分かった」
「お前の言う通り1ヶ月の猶予をやろう」
「ただし、それが私が出来る最大限の譲歩だ」
「1ヶ月後お前の護衛の任を解く」
「その後、ルリスターン連邦で殿下の護衛部隊に合流せよ・・・以上だ!」
「はっ!承知致しました!」
アイナは今度こそ、力強く命令を受け取った。
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「隊長、お疲れ様です!」
私が離宮の殿下の執務室の前まで到着すると、ケイファとセルマの敬礼を受ける。
今週の執務室前の警備は第1小隊の当番だ。
彼女達へ私も敬礼を返す。
「ケイファ、セルマ、役目ご苦労!」
「エレオノーラ殿下に用があるのだが、今はお手すきでいらっしゃるか?」
私の問い掛けにケイファが答える。
「はっ!殿下はいらっしゃいますが、現在来訪者への対応中でございます」
「終わるまでしばしお待ち下さい」
「火急の要件でしたら、取次いたしますがいかがしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。そこまで急ぎというほどでもない」
「ここで待つとしよう」
私はそう言うと、窓の外を眺めながらしばしの時を過ごす。
ケイファとセルマは私と会話を交わすこともなくそのまま立番を続けた。
当たり前だが警護の任務中はお互い私語は厳禁だ。
彼女たちが当直の間は私から談笑することも許されない。
それに私が神遺物探索の任務で多忙の為、現在の殿下の警護責任者はエミリアになっている。
皮肉な事に、私の本文である殿下の警護任務は疎かにしているという状況だ。
・・・ふっ・・・
これでは外務省の奴らに文句を言われても仕方あるまいな・・・
窓の外を眺めながら思わず自嘲してしまう。
それから程なくして訪問客の対応が終わったようだ。
ガチャ!
部屋の中から宮廷服を着用した2名の官僚が出てきた。
ケイファとセルマが敬礼をして彼らを見送る。
私も彼らに視線を向けつつ敬礼をした。
「・・・・・」
「・・・・・」
出てきた初老の男性と視線が合う。
彼は私を見て僅かに目を細めたが、すぐに顔を背けるともう一人の若い文官とともにその場を去っていった。
”ヘルヴォルの盾に2対の剣の紋様”・・・彼らは王都防衛省の文官か。
彼らの着用する宮廷服は王都防衛省のものだった。
王都防衛省はカーラ王都の国軍を統括している省庁だ。
軍の組織上は近衛騎士団も王都防衛省に所属していることになるのだが、私達は彼らの命令で動くことはない。
近衛騎士団に対する彼らの役目は国王陛下の代理として、各騎士団の団長の任命と軍需物資の提供のみであり、統帥権はないからだ。
近衛騎士団は護衛対象である王族に忠誠を誓っており、一度団長が任命されれば独立で動く特殊部隊である。
軍隊の中ではかなり異質な存在と言って良いし、だからこそ神遺物の探索などという任務の遂行が可能になるのだ。
しかし、そうなると今回彼らは何の用があってエレオノーラ殿下のもとまで訪問してきたのだろう・・・
以前から陳情していた追加の軍需物資の提供が決まったのだろうか・・・?
あれ程陳情していたにも関わらずこれまで聞き入れられず、殿下の自費を使って騎士団の運営が賄われてきたというのに・・・・・
「・・・・・」
嫌な予感がする・・・
「ケイファ、すぐに殿下へ取次を頼む!」
「はっ!確認致しましす。お待ち下さい」
ガチャ!
ケイファが私の要望を受け入れ、部屋の中へ入っていった。
リーファ殿に確認しているのだろう。
程なくしてケイファが部屋から出てくると私に許可を出してきた。
「隊長、お待たせ致しました!中へどうぞ」
「・・・ああ、すまない」
ケイファに手を上げて答えると、私は殿下の部屋の中に入る。
ガチャ!
「エレオノーラ殿下、失礼致します!」
執務室の中に入った私は正面に座る殿下を見据え、敬礼をした。
側にはエミリアとリーファ殿も控えている。
エミリアの表情は特に変化はなさそうだが、リーファ殿は違っていた。
彼女は私の姿を見てその瞳が揺れていた。
「・・・フィリア」
「来ていたのね・・・」
・・・そして、それはエレオノーラ様も同じだった。
私の姿を見たエレオノーラ様は、私を”フィリア”と呼んだ。
軍務中であるなら私のことをクラウディアと呼んでいたにも関わらずだ・・・
だが、邪推してもしょうが無い。
私は単刀直入にエレオノーラ様に伺うことにした。
「・・・エレオノーラ様、今王都防衛省の文官が来ておりましたね」
「一体彼らの用は何だったのでしょうか?」
「騎士団に追加の軍需物資の提供が決まったのでしょうか?」
「・・・・・」
私の質問にエレオノーラ様はすぐに返答なされなかった。
殿下はデスクの上に置いた両手をギュッと握りしめ、うつむき加減で歯を食いしばっておられるようだ。
そして、エミリアは私から視線を外し、リーファ殿は小さく息を吐いて目を閉じてしまう。
それで私は先の悪い予想が当たってしまった事を確信するに至る。
殿下は「ふぅ・・・」と深い溜め息を付かれた後、私を見据えてきた。
その目は今にも泣きそうで、贖罪を求めているかのようだった・・・
「フィリア・・・」
「兄上に代わり貴方に伝えなければいけないことがあります・・・」
・・・そして、殿下は今度こそハッキリと私に告げてきた。
「来月”9月30日”をもって、貴方の近衛騎士団団長の職を解きます」
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