異世界エビルプリズン⑤
「ありがとう。大体未知の領域については分かったわ」
「後、もうちょっと聞きたいんだけど平気?」
未知の領域のメモを終えた私はエノクの顔を伺いながら、質問を続ける。
時刻は既に夜の10時を回ろうとしていた。
エノクは昼間の訓練もあって疲れていると思うし、明日も朝早くから訓練だ。
あまり私の勉強に付き合わせるのもどうかと思うから少し気が引ける。
しかし、彼は嫌そうな顔をせずに頷いてきた。
「うん。大丈夫だよ」
「なんだい?」
これをすぱっと言えるのがエノクの良いところよね~
ここまで人間出来ている子はなかなかいないと思う。
エノクの受け答えに感心と感謝をしながら私は微笑みを返した。
「・・・ありがとう!」
「後聞きたいことはこの地図に表示されている国や地域と種族のことよ」
私は再度世界地図に視線を戻して、リーヴ島を指差しながら質問をする。
「エノクに以前少し聞いているけど、これが”イドゥン連盟”よね?」
「それぞれに国について概要を知っておきたいの」
「それとイドゥン連盟を取り巻く環境についも教えて欲しい」
「北の魔族や西の亜人や獣人の領域・・・・」
「後・・・南西や、南東の島の国の事など、エノクの知っている事を教えてくれる?」
世界の概要を知っておくことは今後の知識のインプットにも非常に重要になってくる。
エノクの持っている世界のあら方の知識は今知っておきたかった。
「分かった」
「だけど僕もイドゥン連盟以外の事はそこまで詳細に知っているわけじゃない」
「イドゥン連盟以外のことはざっとした説明になっちゃうけど、それで構わないかい?」
「うん、それで全然構わないわ。お願い」
私の返事に彼は頷くと、眼鏡の縁をクイッと上げて再び説明を始めた。
「了解。じゃあ、まずはイドゥン連盟について話していこう」
「イドゥン連盟はレイナも知っての通り世界で最も人間たちが暮らしている地域だ」
「カーラ王国を含む8カ国で構成されており、通貨はクレジットが使用されている」
「構成国としては、まず”カーラ王国”」
「言うまでもなく今僕達が暮らしている国で、イドゥン連盟の最大の経済大国であり、商人ギルド連盟の本部もあるイドゥン連盟の中心国家だ」
「そして、大河を挟んで東の孤島に存在しているのが”ゴートランド共和国”」
「イドゥン連盟の唯一の共和国であり、選挙により総督を選ぶ方式を取っている」
「見ての通り島国で、イドゥン連盟の中でも独自の文化と特異な環境を持つ国だ」
「国土の北側は氷で覆われた山岳地帯でここはアイスドラゴンの住処となっているんだよ」
ここにもアイスドラゴンって生息しているんだ・・・
大抵高い山脈の上はドラゴンの縄張りであり、人々が近づいては行けない危険地帯となっているという。
それはこのカーラ王国といえども例外ではない。
カーラ王国の内陸部はゴブリンやスライムといった比較的脅威度が低い魔物しか出現しないとの事だ。
しかし、一歩文明社会の治安が届かない山や森に入れば話が全く変わってくる。
この近郊で言えば”トール山脈”がまさにそうだろう。
その頂上はまさにドラゴンの住処となっており、近づいたものはサンダードラゴン達の雷撃を喰らって絶命させられるという恐ろしい場所だ。
野は人の領分。山は魔の領分。
お互いの領域を侵犯しなければ危険は少ないらしいが、それでもたまにはぐれドラゴンが人里に降りてきて危害を加えるものもいるらしいから安心は出来ない。
まあ・・・・私達にとってやはり魔物というのは日々の生活を脅かす忌避する対象だということだ。
「次にカーラ王国の南東に位置する国が”フィアナ公国”」
「この地域はかつてカーラ王国の領地だったのだけど、100年前の”王権革命”により独立したんだ」
「かつてのカーラ王国は門閥貴族達が国政を牛耳って国内は酷い状態だったという」
「それをクーデターによって現王族の祖先が門閥貴族を一掃して、王権を取り戻したという歴史的経緯があるんだ」
「この時、商人ギルド連盟とフィアナ公爵家がそのクーデターに協力することにより、」
「商人ギルド連盟はカーラ王国で様々な免税特権を手にすることが許され、フィアナ公爵家は褒美として独立国家として認められることになったんだ」
「以来フィアナ公国とカーラ王家は友好国として共に歩んできた経緯があり、イドゥン連盟ではカーラと一番関係が深いと言っても過言ではない」
「カーラ・フィアナ間での王族・貴族同士の婚姻が最も盛んに行われているところからもそれは明らかだね」
これは初耳だった。
そして、ある意味腹落ちした。
商人ギルド連盟がどうしてあんなにカーラ王国で幅利かせているのかと少し疑問だったんだけど・・・
なるほどね・・・王家は商人ギルド連盟に大きな借りがあったわけだ。
「カーラ王国の南、フィアナ公国の南西に位置するのが”アバディーン王国”」
「強力な騎馬軍団を有する草原の国で、かつてはカーラによく侵攻を繰り返していた国なんだ」
「イドゥン連盟が結成されてからはそういう事も少なくなったんだけど、仲が良いかと言われると正直微妙なところだね・・・」
「再び戦争にならない事を願うばかりだよ」
「イドゥン連盟は決して一枚岩じゃないと言うことだね」
「・・・・・」
・・・同じ人間同士なんだからそこは仲良くしなさいよと思うんだけど、
そこはそれぞれの国の主義主張や利権の問題も複雑に絡んでくるんでしょうね・・・
イドゥン連盟は決して仲良しこよしの集団ではないという事だ。
カーラは内にも外にも脅威を抱えていることがよく分かるわね・・・
「さらに、その西にあるのが”フェルデン王国”」
「ここは国土の半分が砂漠地帯となっており、亜人・獣人国家とも国境を接している」
「そのためカーラと同様異種族から侵略を受けやすい国であり、国内は多くの城塞都市で成り立っているんだ」
「地図を見れば分かる通り、この国には獣人のギルムット王国との間に巨大な湖、”レムリア湖”が存在しているでしょ?」
「さらにその北には先史文明の遺構が存在すると言われている”虹の大迷宮”もあるんだ」
「フェルデン王国とギルムット王国がこの2つの場所を巡って争い合っているんだ」
「小競り合いがしょっちゅう起こっているから、入国の際にはちょっと注意が必要な国というわけだね」
今のエノクの説明をメモしながら、私の頭にふと疑問が浮かび上がってくる。
「・・・1つ質問なんだけど、亜人・獣人と人間の関係性はどうなの?」
「カーラ王国とルリスターン連邦は上手くやっているって前言ってたわよね?」
ルリスターン連邦とカーラ王国はイドゥン連盟が結成される前から比較的上手いことやっていたらしい。
それと対比すると、フェルデン王国とギルムット王国は随分といがみあっている印象を受けてしまう。
エノクは私の質問に少し考えた後言葉を続けてきた。
「・・・そうだね」
「表立って争うことは減ったから、現在は友好関係を築きつつあるというのが僕の印象かな・・・」
「イドゥン連盟の国家は異種族からの侵攻があった場合共同戦線を張るという条約が交わされている」
「異種族もその防衛協定は知っているから、今は侵攻されることは滅多になくなっているんだ」
「だけど、一言に亜人・獣人と言ってもその種族は多岐に渡るし、その文化も考え方も全くと言っていいほど異なってる」
「亜人で言えばハーフリング、ドワーフ、ハーピー、ハーフエルフ、魔族、巨人族のエグリゴリ」
「獣人で言えば、ワーウルフ、リザードマン、ドラゴニュート、セイレーン、オーク、コボルトなど・・・」
「今、挙げた種族以外にも数多く存在しているんだ」
「中にはギルムット王国の様にイドゥン連盟の国家と明確に領土問題を起こしている国もあるんだけど、彼らももちろん馬鹿じゃない」
「明確な軍事侵攻と捉えられるほどの戦力で侵攻は掛けてこないし、地域限定の紛争レベルに抑えているという状況だ」
「亜人・獣人社会も一枚岩ではなく、人間社会との関係性も国や種族によって全く違うということだね」
「・・・・なるほど。一括りには出来ないというわけか・・・そりゃそうよね」
彼の言葉に頷く。
人間社会に友好的な種族もいれば敵対的な種族もいる。
さらに友好的な種族の中にも人間に敵意を持つ奴はいるだろうし、
敵対的な種族の中には穏健派で和を尊ぶ奴もいるだろう。
バイアスを掛けて異種族を捉えるのは危険だということだ。
そういう意味で言えば人間と一緒よね・・・
「・・・さて、イドゥン連盟の説明を続けようか」
「次に紹介するのはアバディーン王国の南にある”ティローン王国”だ」
「この国はドワーフ国家との交流が深く、貿易と工業で成り立っている工業国家だね」
「特に西のドワーフの王国”クレタ王国”との親交が深く、周囲に敵意を持つ国も存在しないし、国内にドラゴンの様な強大な魔物も確認されていない」
「イドゥン連盟の中じゃ一番平和な国だと言われているよ」
「冒険者にとってはあまり魅力的な国じゃないかもしれないけど、観光目的なら良い場所かもね」
平和の国・・・ティローン王国か。
何かあった時の疎開先として良い場所かもしれないわね。
「そして、南東に位置する”グラーニア王国と”ハンザ王国”」
「この2カ国もかつては同じ国だったんだけど、数百年前にグラーニア王国がハンザから独立して成立したんだ」
「両国ともカーラに次ぐ経済力を誇っており、世界有数の海上貿易国家だ」
「それこそ貿易相手としては、東のヘルモン王国や南のドワーフやダークエルフ」
「北の魔族、西の亜人・獣人、大陸の西端に位置するシグルーン王国とも貿易を行っているという話だよ」
「偏西風や偏東風の関係から、他の大陸や地域に行くのなら、ハンザかグラーニアから出発するとスムーズだろうね」
「カーラから直接南に向かうのは多分大変だろうから」
「ふーん、風ねぇ・・・カーラから船で南へは行けないの?」
カーラ王都にもミンツの町にも港はある。
そこから南に行くのは出来ないのかしら・・・・?
「うーん・・・出来ないこともないと思うけど、日数がとても掛かると思うよ」
「カーラのすぐ東を流れている大河は北の”シアチ海”に合流し、そこは東から西に偏東風が吹いているんだ」
「ミンツから西に行くのは流れに乗ればいいから簡単だろうけど、東に行くのはちょっと大変だろうね」
「・・・そうなんだ」
カーラの北の海は”シアチ海”というのか・・・
そして、東から西に偏東風が吹いているのも興味深いわね・・・
「地図を見るとイドゥン連盟の中は河で接続されているわよね?」
「そうすると河川を使ってハンザかグラーニアに行くことも可能なの?」
「うん。確か、王都からハンザ・グラーニア行きの船が出ていたと思うよ」
「僕は乗ったことが無いから詳細はわからないけど、陸で行くよりは素早く行けるだろうね」
「なるほど・・・」
・・・メモを取りながら私は状況を整理していく。
これまでの話と私の持っている知識を総括すると、
北と西側諸国に行くには一旦”ミンツ”まで転送魔法陣を使って飛び、そこから船に乗るルートが最も速い。
逆に、南東のバルドル島や、東のヘルモン王国に出るには一旦カーラ王都から出ている船でハンザかグラーニアまで河川を下っていき、そこから海に出るルートがもっとも速いということだ。
これはどこかで役に立つかもしれないから覚えておくとしよう。




