異世界エビルプリズン①
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伝記集 第8章 怒れる火の山
その山の場所はリーヴ島の中央北にある・・・
それはまさに大陸の火の源とも言うべき山だった。
私が目撃したその山は標高1万メートルにも及ぶ巨大な山で、
その火口は麓から見上げても観測する事が出来るほど広大だった。
これが太古の昔から伝え聞くあの大火山かと思うと身が震えてしまう。
伝え聞く所によれば、この大火山は遥かな昔から幾度も世界を覆うような大噴火を起こしているという。
それは気の遠くなるような時が過ぎ、忘れた頃にやってくる・・・
一度その山から火が噴き出せばその噴煙は高々と太陽まで昇っていき、世界を10年以上も闇で覆い隠すという。
世界からは光が消え、草木は枯れ落ち、食物も取れなくなり、多くの人々が死に絶える。
まさにそれはこの世の地獄、死の災厄とも呼べるもの・・・
神話にあるニヴルヘルがこの世に現出したかのような光景になるという・・・
この怒れる山を鎮めるため、かつて先史文明の人々は救済を神々へ願い奉ったという。
多くの神々はこの山をどうすることも出来ないと匙を投げてしまうのだが、”ウベルリ”という巨大な神だけは違った。
天界に住まわない異教の神ではあったが、彼は人々の願いを聞き入れると、
大陸北にある永久凍土の中にある決して溶けることのない魔法の氷山をその肩に担いだ。
そして、そのまま怒れる大火山を昇っていき、その火口を巨大な氷山で蓋をしたというのだ!
さしもの大火山も決して溶けることがない氷山を溶かすことは出来ず、人々は大噴火を免れることが出来たという。
以来この大火山は”ウベルリ火山”と呼ばれ、有翼人の信仰の対象にされてきた。
現在、蓋をしていたという魔法の氷山は消え失せ、その火口は我々の目で確かめることが出来る状態だ。
伝説は所詮伝説であったのか、氷山の在り処も、大噴火の真偽も今では定かでない。
しかし、願わくばただ伝説の中だけの話であって欲しいものである。
もし、今大噴火が起こったとしても我々にはそれを止めるすべがない。
ウベルリ神や神々はもはや我々の前から姿を消しているのだから・・・・
リーヴ歴992年(カーラ王国歴327年) 著
冒険者ヨルゲン・ビョルク 手記より
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・・・ふむふむ。
リーブ島の中央北には大火山があり、有翼人たちの信仰の対象にされているっと・・・
伝記集の要点を”転生者の巻物”の余白のメモ欄に書き残していく。
転生者の巻物は私の意志、つまり魔力の調整で出し入れ可能なアイテムだ。
ステータスと、能力の一覧表は書き換えは出来ないし、干渉も受けることはない。
しかし、巻物をさらにスクロールしていくと、真っ白な余白のページが無限に続いており、そこは自由に編集が可能なのだ。
書き込みしたからと言って巻物の厚さが変わることもない。
体の良い記憶装置として利用できる超絶便利アイテムだと最近になって気づいた。
エノクが言うには、これも伝説のアイテムらしいが、持ち主にしか触れられないし、見えないアイテムだという。
だから、残念ながら売ってお金にすることは出来ない・・・いや、流石に出来てもしないけどね・・・便利だし。
それに、今の私はとにかく身の回りの情報を集めることに餓えている。
世界の情報を出来るだけ記録しておきたいし、自分の考えを整理してアウトプットして残しておきたいと思っている。
その意味で言えばこの”転生者の巻物”は今の自分にとって一番需要があるアイテムだと言えるだろう。
・・・なぜ私はそんなに情報に今餓えているのか?
その答えは昨日の出来事に起因する。
昨日は結果的に無事だったとはいえ、アイナさんがいなかったら私達は危なかった・・・
その事実が私に危機感を煽らせたのだ。
昨日の帰宅はリターンが少ない割にはリスクが高すぎたのが問題だし、それに気づけなかったのも問題だ。
今後冒険をすればリスクの高い場面はいくらでもあるだろうが、リターンが多いのならリスクを減らす算段をして臨むことも出来る。
昨日の帰宅を例に取ろう。
帰宅のリターンが多い場合は護衛を増やす要請をしておけばより安全に襲撃者と戦えたし、
リターンが少ないなら事前に家の様子を探らせておけば、怪しいと分かって帰宅を回避できたのだ。
たかだか家財道具の回収のためだけに、襲撃者とやり合う可能性があると分かっていたら私は絶対に帰宅を選択しなかっただろう。
昨日はたまたま襲撃者よりアイナさんのほうが圧倒的に強かったから無事だっただけだ。
これは究極的に言えばただ運が良かっただけに過ぎない。
そして、運が良いのは何度も続くことはない・・・・
運に頼らず戦いを生き残るためにはどうすればいいか。
答えは兵法書の”孫子”が教えてくれている。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
情報の大切さを説くこの格言は戦争のみならず、あらゆる生存競争に適用出来る考え方だ。
「・・・今頃エノクはアイナさんに絞られているんでしょうねぇ・・・・」
伝記集の内容をメモしながら、ふとエノクの状況に思いを馳せる。
エノクも昨日の事がきっかけで自分を変えようとしていた。
彼はこれまで戦闘もしたことないし、肉体を酷使するような訓練も受けたことはないだろう。
しかし、本格的な肉体の強化のために、今まで経験したことのない修羅の道へと彼は一歩を踏み出したのだ。
逆に私は前世はアスリートだったし、身体を動かすことには自信があるが、勉強は二の次だった。
エノクにこれまで何度か助言をしているが、それが上手く行っているのは、私に疑問が出るたびにエノクがその豊富な知識を活かして私に説明してくれるおかげだ。
・・・だが、冒険をする中で今後常に私に説明をしてくれる時間がとれるとは限らない。
戦闘で命が掛かっている場面で呑気に彼の言葉を聞いている暇はないのだ。
彼は肉体を強化して、冒険者として強くなることに集中してもらい、私は知識を蓄え、彼の目となり耳となり、頭となる。
これが私に出来る彼の冒険への最大限のサポートだ。
私は現状圧倒的にこの世界の知識が不足している。
冒険に関することはもちろん、世界の気候、経済、地理、歴史、民情、種族、魔法、アイテムなど・・・覚えなければならない事は山ほどある。
出来るだけ冒険に出るまでにあらゆる知識を頭の中に入れて、どのような状況においてもリスク対策を取れるようにしなければいけないだろう。
私が今情報に餓えている理由がそれだ。
今朝エノクがアイナさんとともに稽古に出た後、私はずっと部屋に籠もって集中していた。
”アナライズ”のイメージトレーニングだけは済ませた後、筋トレやランニングは省略して机の上に用意された”文献3つ”と格闘していたのだ。
昨日手に入れた世界地図、冒険者の伝記集、そして魔物図鑑。
この世界を知る重要な文献資料達だ。
これだけでは覚えたい事はとても賄えないが、やはりまず優先して覚えなければならないことは冒険に関することだろう。
今日は朝からこの3つの本をずっと食い入るように閲覧している。
ページを捲る時が大変だが、まあ・・・そこまで読むのに支障はない。
重要なところは転生者の巻物に転記しているし、あとで振り返る時はそんなに苦労することはないだろう。
「・・・ふふっ、なんかエノクと立場が逆になったみたいね」
私は伝記集に目を通しながら、活字中毒のエノクを連想して苦笑してしまった。
私が今は活字中毒になりそうなくらい本に餓えている一方、逆にエノクは必死に身体を鍛えようとしている。
エノクに負けないように私も頑張らないとね・・・
私はそう思いながら、伝記集から今度は”世界地図”へと目を移した
※リンク先で画像を全体表示後、拡大してご覧ください。
これが世界地図だ。
この世界の事は大まかにだが、以前エノクに聞かせてもらっている。
私はてっきり地球の様に丸い世界が広がっていると思っていたが、実はとんでもない思い違いをしていた事が分かった。
まず、この地図で目につくのが世界をぐるりと取り囲んでいる大きな壁だ。
これは”蛇の壁”と言われており、神話においてこの世界をぐるりと囲んでいる”ミドガルズオルム”が石化した成れの果てだと言われている。
その壁の内側は”ミドガルズ大陸”と言われており、大きな4つの島で構成されている。
中央の一番大きな島の”リーヴ島”、北方の”リーヴスラシル島”、南西の”ヴィーザル島”、南東の”バルドル島”だ。
そして、もう一つ目につくのが南にある世界を真っ二つに割っている地割れだろう。
これは”スルトの地割れ”と言われており、その東側では海の水が流れ落ち、西側では炎の壁が大地の深淵から遥かな天空へと燃え上がり続けているという。
古の大巨人”スルト”が炎の剣で大地を切り裂いた時に出来た傷跡とも言われているらしい・・・
もちろん神話のことだから本当のことかは分からないけどね・・・
ちなみに、最初この世界の事を聞かされた時・・・
『世界の果てには大きな壁と海の果てがあって、海の果ての先では怪獣が待ち構えていて船ごと食べちゃうんだ』
・・・ってエノクがニコニコしながら言うもんだから、半分冗談かと私は思ってた。
しかし、これを見る限りそれは冗談じゃなかったっぽい・・・




