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修羅の調練②




バキ!!ボキ!





「・・・あがぁ!!!」





防御しようと右腕を上げた時だった・・・


エアロフィストの展開も間に合わず、アイナさんの素足が僕の二の腕にクリーンヒットした!


肩から骨が砕けるような音がした・・・


直後、僕はその衝撃力の強さに受け身もならないまま左後ろにふっ飛ばされてしまった!!






ズザァアアアア!!!






「うあおっ!なんだぁ!!?」



「・・・どうした、どうした?」





どうやら隣で訓練に励んでいた兵士たちのところまで僕はふっ飛ばされてしまったようだ・・・


その異様な光景に兵士達も色めき立つ。


ただ、僕も今の自分の状況がはっきりわからなかった・・・


とりあえず上体を起こそうとするのだが・・・






「・・・・ああああ。があああ!!」






その瞬間右肩から、これまでに味わったことがないほどの激痛が走った。


その余りの痛さに僕は呼吸も満足に出来そうもなかった・・・


生きているのが不思議なくらいの感覚だ。





「はっはっはっは・・・」





丘に上がった魚のように空気を求めて口をパクパクする。


なんとか呼吸が叶っている状態だ。





「・・・おい、なんだよ。あれ・・・?」



「あの女がやったのか・・・?」



「ひでえ・・・」





その同情の声で僕がとんでもない状況に陥ったのは間違いないらしい・・・


もがいているとアイナさんが僕が倒れている側までやってきた。


彼女は僕を見下ろしてこう言ってきた・・・・





「立ちなさい」



「敵はあなたのダウンを待っているほど優しくはありません」



「痛がっている場合ではありません」



「すぐに立ち上がらなければ死にますよ」





アイナさんは氷のように冷たい目で、僕を見つめてきた。


僕の今の状況に一切の同情もなかった・・・





「訓練ですから10秒だけ待ちます」



「立ち上がらなければこのまま”トドメ”を刺します」



「・・・・っ!!!?」





アイナさんの死刑宣告にも等しい宣言に僕の身が震えた・・・!





「10・・・・9・・・・8」





ゆっくりとカウントダウンが始まる・・・


カウントを進めるアイナさんの表情を見れば分かる・・・


あれは本気だ・・・・


昨日、一切の慈悲なく襲いかかる襲撃者たちを一刀両断に斬り伏せたあのアイナさんの目だった・・・


立ち上がらなきゃ・・・本当にやられる・・・・!!!





「7・・・・・6・・・・・5・・・・・」





ぐぐぐ・・・・





「ぐっ・・・!!っぐうぅ・・・・」





右腕と肩がやられてしまった僕は左だけでなんとか身体を起こそうとする。


身体を起こそうとした時右腕に激痛が走った。


それをなんとか歯を食いしばり必死になって耐える。





「・・・・・・4・・・・・・3・・・・・・」





なんとか上半身を起こした僕は今度は足に力を入れる。


立ち上がろうとした瞬間右腕がだらりと下がり、腕がありえない方向に曲がっていった・・・・





「ううう・・・うがああああ!!!」





渾身の活を入れて痙攣する足に立つよう命令をする。


くそうううううううううう立ち上がれえええええええ!!!


今の僕に残ったありったけの力を振り絞った!!!





ザッ・・・





そして、固い地面を踏みしめる感触を2本の足の裏で感じる事が出来た。


その瞬間・・・周囲で見ていた兵士たちから驚きの声が上がる。





「・・・・すげえ、あいつあの状態で立ち上がったぜ・・・」



「へえ・・・根性あるじゃねえか、あの坊主」





フラフラと足取りがおぼつかない状況で、いつまた倒れてもおかしくない状況だった・・・


だけど、なんとか僕は立ち上がった。





「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」





息を切らせながら、アイナさんを睨みつける。


訓練とはいえ、いきなりこんな事をしてきた彼女に腹が立ってしまった。


半分瀕死状態になりながらも立ち上がれたのは、アイナさんへの反骨心が沸き上がったのもあるだろう。


たぶん、外野から今の僕の状態を見たら異形のモンスターだと見えてもおかしくない。


手はだらりと無惨に垂れ下がり、足は震えて立つのもやっとの状態だ。


さらにその目は血走り、睨むような目で目の前の美女に眼光をくれ、歯ぎしりしながらふぅふぅと口呼吸するアンデッド。


何も知らない一般人が僕を見たら、そのおぞましさに嫌悪の表情を浮かべるか、怯えるかのどちらかの反応を示すだろうが・・・





「・・・よく立ち上がりました」





そう言って僕を見つめるアイナさんは、とても穏やかな笑みを浮かべていた・・・・


僕が立ち上がったことを彼女は心底喜んでいるのだと僕は悟る。


そして、アイナさんに抱いた負の感情を深く恥じた・・・・


僕はなんて馬鹿なんだ・・・・


彼女が訓練と称して僕を痛めつけて喜ぶサディストなんじゃないかと、一瞬でも疑ってしまった自分が嫌になった。


そして、僕はアイナさんの要望に無事に答えることが出来た嬉しさと、安堵感でふっと身体から力が抜けてしまう・・・・





「・・・あっ」





気づいたときにはもう、僕の身体は前のめりになって倒れていた。


足の踏ん張りが効かず、地面に倒れ込む衝撃を和らげようと左手で受身の態勢を取ろうとするのだが・・・





ボフッ!





「・・・おっと」





あれ・・・・?





しかし、硬い地面に激突することはなかった。


代わりに僕はクッションのようなものに顔を埋めることになる。


どうやらアイナさんに抱きとめられてしまったらしい・・・





え・・・ええ・・!!!?





「エノクさん。このまま動かないでください・・・一旦治療します」



回復術師(ヒーラー)!!」



「彼の手当を!!!」





そう言って、アイナさんは訓練場に控えていた回復術師を呼び出した。


遠方から誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえてくるが、アイナさんにガッチリと抱かれている僕は満足に首を動かすことも出来なかった。


回復術師の治療が終わるまで、彼女に身を預けたまま僕はじっとさせられることになってしまう・・・


アイナさんのクッションは張りがありつつも柔らくて、とてもいい匂いがした・・・・・







「治癒完了しました」





回復術師の終了の宣言とともに、僕はようやくアイナさんの腕の中から解放される。


回復魔法を掛けてもらってから30分程で僕の腕は完治した。





「役目ご苦労だった」



「これから何回も頼むことになるだろうが、引き続き頼む」



「はっ!」





アイナさんのねぎらいの言葉に回復術師は敬礼をしてその場を立ち去った。





「ありがとうございました」





僕も立ち去る彼にお礼の言葉を述べる。


彼を見送った僕たちはお互い地面に座りながら、改めて顔を見合わせた。





「・・・エノクさんもう腕は問題ないですか?」



「あ・・・はい。それは大丈夫です」





・・・まあ、腕はもう問題ない。


骨が折れ、肩が脱臼したが回復魔法のおかげで今は問題なく腕も回せる状態だ。


問題は別の所に発生しているのだけど・・・





「・・・顔が赤いようですが、何処か気分が優れないのでしょうか?」



「それにさっきからなぜ股間を押さえているのですか?」





アイナさんの問いに僕は慌ててお茶を濁した。





「・・・あ、あははは!!」



「地面に倒れる際にちょっと他の所もダメージ受けちゃったんですかねぇ?」



「あ、でも、これは大丈夫です!!すぐに直ると思いますので!!!」



「・・・・?」





アイナさんが首を撚る。


何のことかどうやら分かっていないらしい・・・・


自分のことを女らしくないとか言っていたし、もしかしたらって思ってたけど・・・


この人自分の魅力に気づいてなさすぎるよ・・・


・・・僕だって健全な男なんだ。


あんな事されていたら、反応しちゃうに決まっているだろう!!


アイナさんにホールドされている30分・・・僕は別の意味で耐えるのが大変だった。


周囲の野次馬から「羨ましい坊主だなぁ・・・」ってぼそっと声が聞こえてきた時は恥ずかしさで死にそうだった。


怪我をした僕を最初は憐憫の目で見ていたというのに勝手なもんだ。





「・・・そうですか。では続けましょう」



「立ちなさい」



「・・・はい」





僕の安否を確認すると、アイナさんから漂う空気がピリッとまた引き締まった。


アイナさんに促されて立ち上がり、再び僕達は対峙する。





「・・・・・」



「・・・・・」





・・・不思議なことに先程より恐怖感が薄れていた。


アイナさんのあの攻撃を受けて、彼女の攻撃が凶悪だと分かったにも関わらずだ。


この感覚がなんでなのか、僕は不思議でしょうがなかったのだが、アイナさんが僕の心情を察してきた。





「・・・どうやら極度の緊張はなくなったようですね」



「なによりです」



「・・・?」





僕が不可解な顔をしたので、彼女が説明を始める。





「・・・先程は私の攻撃を過大に評価しすぎていました」



「私の攻撃がどれだけのダメージを及ぼすか想像がつかなく、死への恐怖が身体全体を覆ってガチガチになっていました」



「しかし、ダメージを直に受けて死線を乗り越えた事で、エノクさんは以前より私の攻撃を正しく把握することが出来るようになったということです」



「攻撃が当たれば骨は折れるだろうが、急所に当たらなければ死ぬほどではないとね・・・・」





・・・確かに石を木っ端微塵にするアイナさんの蹴りを見た後、僕の頭によぎったのは死への恐怖だ。


彼女の攻撃を一発でも受けたら、僕の身体も粉々に粉砕されてしまうのだと恐怖が先行した。


しかし、実際に彼女の攻撃を受けて、回復魔法で完治が出来ると知って恐怖が薄らいだのは事実だった。


アイナさんはさらに説明を続けてくる。





「相手の攻撃に適切に対応するためにその相手の攻撃がどれくらいのダメージを及ぼすか正しく予測する必要があります」



「その攻撃は避けるべきなのか?あるいは防ぐことが出来るものと判断して、全力で防御に回るか?」



「・・・そのとっさの判断を正しくするためにはエノクさんの身体に覚え込ませる必要があります」



「・・・酷な話になりますが、エノクさんにはダメージを負ってもらうのが一番だったのです」



「そして、今後も訓練をする中でダメージを負うことになるでしょうが、それによってエノクさんは”痛み”と同時に、相手の攻撃に対して正しい対処方法も身体が覚えていくことになります」



「・・・・・」





アイナさんの言葉に僕の身体に戦慄が走った・・・


防御と回避・・・言うのは簡単だし、僅かな回数相手の攻撃を受けるのなら適切に対処することは難しくないのかもしれない・・・


だけど相手の攻撃を連続で捌き続けるのは至難の業だというのは容易に想像できる。


回避をし続けられるのが一番いいかもしれないが、それだけだと不利な場所に追い込まれる可能性もある。


あるいはフェイントを掛けられ態勢を崩され、渾身の一撃(クリティカル)を受けることにもなりかねないし、時にはあえて敵の攻撃を受けなければいけないときもあるだろう。


・・・相手と自分の立ち位置、力量差、そして周囲の状況全てを認識し、常に万全の態勢で受け続けられるようにする・・・


もの凄く高度な技術と身体能力を併せ持たなければこれは出来ないことだ・・・・


しかしそれを会得する為には僕は”痛み”を伴わなければ、その見切りの極地というべき体術の技に至らないのだろう・・・・・





「どうします、辞めますか?」



「無理に訓練をしろとは私は言いません」





アイナさんが感情を込めずに僕にそう問いかけてきた。


絶句している僕が訓練に恐れをなしたと彼女は思ったのかもしれない・・・・


・・・確かに、訓練の過酷さに改めて僕の身に震えが走ったのは否定しない。


アイナさんは躊躇なく僕の身体をイジメ抜いてくると宣言した様なものだ。


骨が折れ、激痛に苛まれる事なんてこれから何度となく経験することになるのだろう。


だけど・・・こんなのでへこたれてなんていられるか!!





「・・・続けます!」



「だけど、僕も簡単にダメージを負ってやるつもりはありませんよ・・・!」



「・・・次の攻撃は防いで見せます!!」





そう言って僕は”エアロフィスト”を全力で展開して態勢を低く構える。


僕の腕の周囲に風の障壁が姿を現した。


これは先程の反省を踏まえた上でそうした方が良いだろうという判断からだ。


アイナさんの攻撃が来るのを待ってから展開がしたのでは明らかに遅い。


格上相手には最初から全力で行かなければ一瞬でやられてしまう・・・!


先の攻撃だけでもそれを悟るに十分だった。


そんな僕の構えを見たアイナさんは口元に僅かに笑みを讃える。





「・・・その意気や良し・・・」



「エアロフィストを最初から展開するのも良い判断です」



「では、続けるとしましょう・・・覚悟はいいですか!」



「はい・・・お願いします!!!」









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