修羅の調練①
「・・・ここでいいでしょう」
アイナさんが僕に向き直る。
周囲は、練習用の武具を装備した者達の稽古の掛け声で活気に満ちていた。
ここはカーラ王宮の兵舎区画にある練兵場の一つだ。
毎日何人もの兵士たちが訓練に励んで汗を流しにくるという。
昨日、僕がアイナさんに戦い方の教授を依頼したところ、アイナさんは快く引き受けてくれた。
善は急げということで、今日から早速僕はアイナさんに手ほどきを受けることになったのだ。
ちなみにレイナに一応訓練の見学をするか聞いてみたのだけど、彼女は留守番しているとの事だった。
どうやら昨日手に入れた本の中身を早く確認したいらしい。
彼女には彼女の考えがあるのだろう・・・
僕は僕で冒険者になるための訓練に集中しなければならない。
頑張らないとな・・・
昨日に引き続き僕は冒険者の装備で完全武装をしている。
一方、今日のアイナさんの方はというと、甲冑姿ではなく非常にラフな格好をしていた。
彼女の上半身は胸元だけを覆うタンクトップで、下半身はブルマだけ。
加えて、靴も履いておらず素足ときている。
アイナさんの美しくも引き締まった身体が、否が応でも僕の目に映ってしまう状態だった。
・・・正直目のやり場に困っちゃうんだよなぁ・・・
いけない、いけない・・・
そんな不純な動機で訓練をお願いしたわけじゃないんだ・・・
集中しないと・・・!
「・・・アイナさん。指導よろしくお願いいたします!!」
「まず、僕は何をすればいいでしょうか?」
鼻息荒く僕はアイナさんに尋ねる。
アイナさんは僕の勢いに少々目を丸くしたが、微笑みながら返事をしてきた。
「・・・エノクさん。やる気十分ですね」
「私も教えがいがありますよ」
「・・・だけど、訓練は非常に厳しいです。覚悟はいいですか?」
「・・・はい。もちろんです」
アイナさんの問いかけに僕は力強く頷いた。
そんなの覚悟の上だ。
むしろできるだけ厳しくしてもらいたい。
昨日のように緊張でガチガチになって戦いも満足にできない状態になんて僕はもうなりたくなかった。
自分が今後生きていくために死にものぐるいで強くならなきゃいけない事が嫌というほど分かったのだ。
絶対に強くなって見せるという強い覚悟で僕は臨んでいる。
自分の為にも・・・そしてレイナのためにもね・・・
「・・・分かりました」
「訓練を始める前に1つ確認があります」
「訓練をする上でエノクさんのレベルも上がっていくでしょう」
「せっかくですのでセカンダリースキルの習得もこの際実践していくべきです」
「エノクさんは具体的に覚えたい体術スキルはありますか?」
「もし、まだ目星が付いていないようなら騎士団にも体術を会得している者がおりますので、何か披露させることも出来ます」
アイナさんからの提案だった。
セカンダリースキルを覚えるのはレベルアップの時だけ。
つまりレベルが上がる前に計画的にセカンダリースキルを覚えるよう準備を整えておく必要がある。
そして、セカンダリースキルを覚えるためにそのスキルを十二分にイメージできるように、
一つのものに特化し、そのスキルを何度も目で見て覚え、頭の中で反芻し、肉体でも演習をしておくことが望ましい。
「アイナさん・・・それについてなんですけど」
「実は一つあるんです・・・僕にとって忘れたくても忘れられないものが・・・」
「だから目星についてはもう付いています」
・・・そう、僕にはうってつけの体術スキルが一つあったのだ・・・
” 身体硬化”・・・これは忘れたくても忘れられない・・・
だけど、強烈なイメージが脳内にこびり付いているからこそ、セカンダリースキルとして覚えるには最適な体術スキルだった。
オロフさん・・・あなたの技使わせていただきます。
「そうですか。それなら結構です」
「では、実践をする中でイメージを固定化していく練習もしていきましょう」
「・・・はい。お願いします!」
アイナさんに改めて僕は頭を下げる。
「・・・では、訓練の内容について説明していきます」
「最初にエノクさんに教えるべき事は”防御”と”回避”の仕方になります」
「体術はこれが基本中の基本です」
「戦闘が始まったら、相手との間合いを計り、見切り、しのぎ切ることをまず優先しなければなりません」
「これが出来なければ相手への攻撃など考えてはなりません」
「・・・なるほど」
・・・確かに防御も出来ない状態で攻撃に転ずるなんて相手と刺し違えるような状況にでもならない限りないもんな。
「私が今から拳や脚を使ってエノクさんを攻撃していきます」
「エノクさんは”エアロフィスト”を使ってそれを受け流していってください」
「エアロフィストで受け止めるのが難しいなら、次善の手としてミスリル手甲かプロテクターで受け止めることです」
「とにかく急所へのダメージは避けてください」
「また、敵によってはこちらの能力の弱体化を狙って”タリスマン”の破壊を目論む者もいます」
「タリスマンへの被弾も極力避けるようにすることです」
「エノクさんが私の攻撃をきっちり受けられるようになるまでこれを続けます。よろしいですか?」
タリスマンはバッドステータスの中和アイテムだ。
それを破壊されるということは、自らの弱点が露呈することを意味している。
被弾を避けろとアイナさんが言っているのは当然の事だった。
「はい。分かりました・・・」
「あの・・・でもちょっと気になる事があるんですが・・・」
アイナさんの言葉に頷きつつ、僕はさっきからどうしても気になっていたことをアイナさんに尋ねた。
「・・・その、言いにくいんですけど・・・」
「アイナさんはそんな生身の状態で攻撃して大丈夫なんですか?」
「僕がエアロフィストを展開した時や、ミスリルプロテクターで攻撃を受け止める時にアイナさんの身体にも凄い反動が来ると思うんです」
「アイナさんもフィストやグリーブで自分の身体を保護した方が良いと思うんですけど・・・」
「・・・・・」
「・・・ああ・・・そういうことですか・・・」
アイナさんが僕の言葉に反応するのに、一瞬変な間があったので混乱する。
・・・なぜそこで不可解そうな顔したんだろう・・・
僕が言ったことがおかしかったのか、アイナさんは微笑を浮かべてきた。
「・・・ふふっ。お気遣い感謝します」
「しかし、その心配は無用です」
「どうやらエノクさんはステータスの事は知識で知っていたとしても実践ではあまり見たことがないようですね・・・」
「・・・・?」
僕が戸惑いの表情を見せていると、アイナさんは手近に転がっていた石を拾って僕に見せてきた。
人の手の平くらいの横幅があり、拳くらいの厚みがある結構な大きさの石だ。
「・・・見ていてください」
アイナさんがそう言って、石を上方に軽く投げた。
そして、次の瞬間・・・アイナさんはそれに向かって素足を高々と蹴り上げたのだ!!
「・・・はっ!!!!」
パァン!!!
「・・・・・え」
その光景を僕は唖然としながら見送る。
・・・石はアイナさんの目線くらいの高さで粉々に砕け散った。
彼女は能力なんて使っていない・・・
純粋に自らの身体能力だけで石を粉砕したのだ・・・・
そして、アイナさんの素足には傷ひとつ付いていなかった。
「・・・・お分かり頂けましたか?」
「これがステータスの向上・・・すなわち魔素の昇華によって強化された肉体の強さです」
「体内に巡る魔力をコントロールすることにより、常人では到達し得ない強度やスピードを持たせることが出来ます」
「私くらいのレベルになれば、能力を使わない生身の状態でも盾や鎧を砕くことが可能になるのです」
「・・・・・」
す・・・凄い・・・
人って生身でもこんなに強くなれるもんなのか・・・?
これならアイナさんが見せたあの人並み外れた膂力も頷けるな・・・
僕にとってこれは衝撃的な光景だった。
・・・アイナさんはLv41だって言っていたけど、
まだ熟練の冒険者の域に達していない彼女でさえ、もう並の人間を遥かに上回る身体能力を持っている。
「・・・びっくりしました」
「てっきりアイナさんが生身だったのは僕への攻撃の加減を考えてくれているからだと思っていました・・・」
だけど、これを見る限り僕の勘違いも良いところだった訳だ・・・
その勘違いを正すかのようにアイナさんも首をふってきた。
「・・・むしろ逆ですよ」
「木刀や、フィスト、グリーブを装備した状態で攻撃すれば武具によって衝撃が緩和されてしまいます」
「中途半端な武具を装備するより、私が生身で打ち込んだほうが威力はあるでしょう」
「・・・もちろん手加減はするつもりですが、生身の攻撃だからと言って油断していたら訓練でも死にますよ?」
「死ぬ気で私の攻撃を防いでください」
「・・・・・」
ゴクッ・・・
僕の体に俄に緊張が走る。
生身だからこそアイナさんのこの訓練に掛ける本気度が感じられる・・・
「・・・さて・・・では始めるとしましょうか」
「構えなさい」
彼女の目つきが変わった・・・
その表情は無機質なものになっていく・・・昨日見た戦闘時のアイナさんの様に・・・・
その無言の圧力に僕の身体が反応する・・・
僕はアイナさんの言う通り構えはするものの、昨日と同じ様に身体がガチガチになって震えが止まらなかった・・・
しかし、そんな僕をアイナさんはもう待ってくれなかった・・・
「行きます」
ヒュ・・・
その掛け声とともに彼女が僕の前から消えた・・・
そして、次に目視できたものは、僕の肩に向かって蹴り上げてくる彼女のしなる左脚だった!