戦場の青き薔薇
ドランの能力使用の宣言にアイナさんの目が険しくなった。
これまで以上に相手を警戒しているのが見て取れる。
アイナさんが剣を正面に構え直し、受けの体勢を取ったその時だった・・・!
ふっ・・・
・・・一瞬私の目からドランが消えたかのように錯覚する。
影のようなものが恐ろしいスピードでアイナさんへ向かって動いていた。
次に奴の姿を捕捉出来たのはアイナさんの目と鼻の先の距離での事だ。
奴はおよそ10メートルもあった距離を一瞬で縮め、その手に握られた大業物を大上段から振るっていた!!
ガキイイイィン!!!!
「・・・くっ!」
アイナさんはそれを剣で受け止めるが、ドランとの体格差や剣の重量にそもそも圧倒的な差があった。
彼女はその重みに耐えきれず後ろにふっとばされてしまう!!
ストン・・・!
しかし、彼女を身体を後退させると同時に宙返りをしてその衝撃を受け流すと、なんなく背後の地面に着地を決める。
「・・・凄い・・」
その鮮やかな身のこなしにエノクが思わず感嘆の声を上げた。
私も彼女の一挙手一投足に釘付けにされてしまう。
アイナさん・・・あなた凄いのね・・・
「・・・・ほう?」
「俺の攻撃を受け止めきれるとは大したもんだな・・・」
「あの攻撃を受けて生き残ったのはお前が初めてだぜ・・・」
ドランもアイナさんの身のこなしに感心をしたようだ。
アイナさんは再び剣を構え直すと、ドランを見据えた。
「・・・なるほど。力は強いようですね」
「・・・それに、今の縮地のような動きは” 瞬間加速”でしょうか?」
「効果時間は短いですが、一瞬の内に自らのスピードを超加速させるという能力・・・」
「・・・へっ、よく知ってやがる」
アイナさんに能力を見破られたというのに、奴はなぜかニヤリと笑った。
その顔にはまだ余裕を感じられる。
「・・・言っておくがな・・・今のは全力じゃないぜ?」
「てめえに俺の力を見せてやるために、あえて手加減してやったのよ!!」
「・・・今ならまだ間に合うぜ?」
「・・・・・」
だが、アイナさんはそれには答えず、彼に別の質問を返す。
「・・・少し尋ねます」
「あなたの雇い主は誰ですか?」
「・・・なぜ、後ろの少年を狙うのです?」
「・・・・けっ、言うわけないだろ。バーーカ!!」
ドランが吐き捨てるようにアイナさんに返答する。
アイナさんは特に表情を変えず、ドランに言葉を続けた。
「そうですか」
「では、次は全力で能力を使うことをお勧めします」
「それがあなたの最期の使用機会になると思いますので」
「・・・・て、テメエ・・・・!!」
アイナさんの挑発とも取れる言葉にドランは激昂する。
「・・・いちいち癇に障る女だ・・・!」
「いいだろう・・・もう手加減なしだ!!」
「グシャグシャに潰して殺してやるよぉ・・・!!!!!」
そう言って大剣を振りかざすと、彼は腰を低く構えた。
言葉の通り今度は本気なのだろう・・・彼のぶち切れ具合がこちらにまでピリピリと伝わってくる。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は一瞬無言の対峙を続ける。
機を見計らっているのだろうか。動いたのはやはりドランからだった!
「瞬間加速!!!!」
消えた・・・!!!?
その瞬間ドランの身体は文字通り、その場から消え失せた。
先程はまだ動く残影みたいなものが見えたが、今度はそうではない・・・
完全に私の肉眼から彼の姿が消えたのだった・・・!
「・・・あ・・・アイナさん!!!後ろ!!」
エノクが思わず声を出す!
声に導かれるままに私はアイナさんの後ろに目をやると、今まさにドランがアイナさん目がけて大剣を振り下ろしていた!!!
「死ねえええええ!!!!」
怒声とともに分厚い閃光がアイナさんを襲った!!
その刹那アイナさんはちらっと後ろを振り向いたが、明らかに反応が遅れている!
だ・・駄目・・・!!
間に合わない!!
思わず私も叫んでしまいそうになった。
分厚い閃光がアイナさんの身体を引き裂いていく・・・・!!
「―――なっ!!!??」
その瞬間ドランも私達も驚愕する!!
奴の大剣はアイナさんを真っ二つに引き裂いた・・・のだが、そこには実体がなかった・・・
アイナさんの身体は蜃気楼の様にそのままふっと消え去ってしまったのだ・・・!
ズザ!!!
大剣は宙を空振りすると、そのまま地面に激突した。
「・・・・ぐがぁ!!」
そして次の瞬間・・・なぜかドランは血を吐いていた・・・・
奴の胸から剣が突き出ており、それは明らかに急所を貫いている・・・
「アイナさん!!」
エノクが叫ぶ。
ドランの後ろを見るといつのまにかアイナさんの姿があった。
彼女はドランの背中から剣を突き立て涼しい顔をしていた・・・
「” 幻影舞踏”」
「・・・これが私のプライマリースキルです。戦闘スキルは貴方だけが使えるわけではありません」
「・・・・・」
バタン!
彼女の言葉と共にドランの巨体が地面に倒れる。
「・・・加えて言うならば、私のLvは”41”です」
「こう見えても騎士団の中ではエミリア副団長の次に強いんですよ?」
「・・・まあ、貴方に言っても仕方ありませんけどね」
アイナさんの言葉にドランが言葉を返す事はもうなかった・・・・・
・
・
・
「・・・エノクさん、タオルありがとうございます」
「これはもう使えませんね・・・」
アイナさんはそう言って血糊を拭い取ったバスタオルを見て申し訳無さそうに話した。
「・・・いえ、こんなの気にしないでください」
「こちらこそ命を助けていただき本当にありがとうございました」
エノクはそう言ってアイナさんに深々と頭を下げた。
アイナさんは戦いで派手に返り血を浴びたのでエノクが自宅にあったバスタオルを貸したのだ。
・・・戦いは終わった。
私にとっては初めて見た実際の戦場だった・・・
・・・血飛沫が舞いあがり、首や臓物が地面に転がる戦場。
覚悟はしていたとは言え想像以上に悲惨な光景だった・・・
夢に出そうで嫌ね・・・
しかし、今後幾度も経験するであろう戦場だ。慣れていくしか無いのだろう。
唯一の救いはこちらに被害が全くなかった事だった。
アイナさんに命を救われたわね・・・
彼女にはしばらく頭が上がらない。
アイナさんは圧倒的な強さだった。
あれだけの相手の人数だったのに彼女はかすり傷一つ付いていない。
彼女の戦いを間近で見て私もエノクも驚愕の連続だった。
ドランは決して弱い敵ではなかった・・・
・・・いや、彼は常人の倍近いLvを誇っていたし、オーガ級と呼ばれた冒険者にも近しい存在だった。
今の私達では逆立ちしたって勝てる相手では無かったはずだ。
彼の唯一の誤算だったのはこちらにアイナさんという強者がいた事くらいだろう。
彼女が護衛で本当に良かった・・・
「・・・外の状況どうしましょうか?」
エノクが玄関から外に広がる惨状に眉をひそめる。
既に外は夜の帳が下りていて、外の光景を覆い隠してはいるが騒ぎになるのは時間の問題だった。
このまま放置して翌朝になれば大騒ぎになるのは間違いないだろう。
「・・・私の方から衛兵に襲撃者達の事は伝えておきましょう」
「ついでに彼らの身元も確認させるつもりです」
「もっとも、彼らの雇い主が誰かまでは探ることは出来ないでしょうが・・・」
「ありがとうございます・・・・よろしくお願いいたします」
エノクが頭を下げてお礼を述べた。
・・・奴らに背後にいる依頼主が誰なのかある程度絞り込みは出来るだろうが尻尾を掴むことまでは出来ないだろう。
だが、エノクに敵意を持つ奴なんて言ったら2つしか考えられない。
商人ギルド連盟か、カインの奴のどちらかだ。
エレノアさんの報奨目当てにエノクを狙う輩は他にもいるかも知れないが、少なくともエノクの命を狙うことはしないだろう。
明確にエノクが狙われていると知った今カーラの地を離れる時がいよいよやって来たかもしれないわね・・・
しかし、だからと言って今すぐに冒険者になれるなんて私達は思わなかった。
外見だけ立派に整えたとしても中身が伴わなければ意味がない・・・今日のことで自分たちがいかに未熟で弱いか思い知った・・・
90:90:90の法則・・・・・
このまま冒険者になったとしても、数多の冒険者と同じ運命を辿ることは明白だった。
・・・だからこそだろう。
エノクは意を決したかのようにアイナさんを見据えた。
「――――アイナさんお願いがあります・・・!」
「僕に戦い方を教えてください!!!」
・
・
・
・
・




