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久方ぶりの我が家




タッタッタッタ・・・





早歩きをしながらエノクは懐に忍ばせた懐中時計を確認した。





16:43





時刻は既に夕刻になっており、黄昏時を迎えている。


カーラは今夏季の為今しばらく日没まで時間があるが、それでも後2時間ほどで夕闇が辺りを覆い隠すだろう。


この近辺は街灯も少なく、周囲を照らす明かりは家屋から漏れた僅かな光のみになってしまう。





「・・・アイナさん、すみません」



「大分遅れてしまったようで・・・」



「・・・いえ、お気になさらず」





エノクの詫びの言葉にアイナさんが言葉少なげに首をふる。


先を歩く彼女の意識は周囲へ集中しており、護衛に専念しているようだ。


私達は今クレスの町のブロンズ通りを進んでいる。


ここら辺りの夜は治安があまり良くない。


ブロンズ通りの端は衛兵の歩哨ルートからも外れており、スリや空き巣のような事件は日常茶飯事なのだ。


日頃王国の諸都市を回っているアイナさんならここら辺りの事情も当然知っているだろう。


彼女は首を横に向けて後ろを歩くエノクに声をかけてきた。





「・・・エノクさん急ぎましょう」



「今の季節なら日没は19時過ぎですが、18時までにはエノクさんのご自宅を出立したいです」



「1時間くらいで荷物をまとめるつもりで臨んでください」



「・・・はい。分かりました」





アイナさんの言葉にエノクが頷く。


思いのほかガングマイスター工房での滞在時間が長くなってしまった。


アイナさんが待つ店に戻ったときには16時を大分過ぎてしまっていた。


エノクの自宅から工房への道のりは徒歩で片道1時間ほど掛かる。


しかし、アイナさんが急かしたこともあり、工房からここまで30分程で歩いて来ている。


このペースなら後数分でエノクの自宅に到着しそうだ。


アイナさんの護衛における基本方針として日没を過ぎての屋外行動は避けたいらしい。


・・・いくらここら一帯が治安が悪いと言っても、通行人を襲うような事件は稀だ。


エノクが日没を過ぎて帰宅することも過去に何度かあったが、不審者に襲われる事はなかったし、ひったくりに会った事もない。


・・・だから、まあ、正直日没を過ぎてもそこまで身の危険はないのだが、彼女は”もしも”の事を考えて要望を出してきたのだろう。


そして、その方針には私も賛成だった。


アイナさんも私達が避難した経緯を知っていることだしね・・・






「ファーーゴ!!」



「マーーーオ!!」






おお、おお・・・


この鳴き声が聴こえてくると我が家に戻ってきたという感じがするわねぇ・・・


ネコ達が周囲を闊歩し、縄張り争いに勤しんでいる姿を見ると帰ってきたという実感が湧く。


いつもの見慣れた光景が広がっている。





「・・・アイナさん、そこの角を左に曲がってください」



「その通路の右手側に僕の家があります」



「・・・了解です」





エノクの案内に従ってアイナさんが角を曲がる。


私達はエノクの自宅の街路に出た。





「・・・あそこのテラスハウスの一番奥が僕の自宅です」





エノクが指差す方向には横に長く連なる集合住宅があった。


レンガ造りの建物が並び、中には空き家となってボロボロになっている家もチラホラと見受けられる。


私があの強欲な兄弟から逃げてきた時にはこの長屋の屋根を延々と辿ってきたのだ。


この付近の建物は屋根が繋がっているから、あの兄弟の家からここまで結構な距離があったにも関わらず逃げてこられたのよね・・・


・・・あいつら今頃どうしているのかな・・・


私が一人で物思いに耽っている間にエノクの自宅が見えてきた。


狭い街路に人気はないが、物陰から何人かがこちらに視線を向けてきている。


アイナさんやエノクの事を警戒しているのかもしれない・・・


一人はカーラ王国の騎士であり、もう一人は冒険者の格好をしているからだろうか。


エノクが以前出歩いていた時にはこのような視線を向けられたことはなかった。


以前のエノクは出歩くにしても工房の作業着だったし、ガングマイスター工房の衣装はクレスの町では浸透している。


物騒な格好をした余所者を警戒しているのかしらねぇ・・・?


私が周囲の視線に気を取られている時だった・・・・・






「こ・・・これは!!?」






エノクの絶句した声に私は意識を目の前に戻す。





「・・・エノクさん。周囲の警戒を・・・」



「・・・・・」





アイナさんの言葉にエノクは僅かに首を縦に振るが、その意識は目の前に状況に釘付けにされている。


ちょっとショックを受けているようだ。


それもそのはず。エノクの自宅のドアが”破壊”されていた・・・


ドアは明らかに外部から圧力がかかったようにへしゃげ、床に投げ出されていた。


エノクの自宅の扉は木製ではあるが非常に分厚い。


さらに、ドアの表面は鉄柵でカバーされており、そう簡単には壊れる仕様ではないはずなのだ・・・


よほど強い衝撃を与えでもしない限りは・・・





「・・・アイナさん」



「僕の家は空き巣にでも入られたのでしょうか・・・?」



「・・・・・」





エノクが呟くようにアイナさんに尋ねる。


アイナさんはそれには答えず、無言でしゃがみ込み、床に落ちているドアを手で確認した。


確かに打ち捨てられた家には空き巣が入っている事も多い。


でも、これは多分違うだろう・・・


私がそう思うと同時にアイナさんも首を振った。





「・・・いえ、これは違うでしょうね・・・・」



「ここを見てください」





そう言ってアイナさんがドアの凹みを指さした。


そこにはなんらかの刃物・・・おそらく斧だと思われる深い切れ込みの跡がある。





「・・・ただの空き巣がこんな深い傷跡を残す刃物を振り回すでしょうか?」



「・・・中に入るだけなら裏庭から回って窓から侵入することも出来たはずです」



「ワザワザ轟音を立ててまで玄関を破壊するような事はしないでしょう・・・」



「・・・・・」





エノクはアイナさんの言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。


空き巣だとしたらこれは確かに常軌を逸している・・・





「エノクさん。何はともあれ急ぎましょう・・・」



「あまりここに長時間いるのは得策ではありません」



「要件を手早く済ませて、すぐにここを離れましょう」



「・・・そうですね」





アイナさんとエノクは周囲を警戒した後エノクの家に入る。


既に日没も近いため、室内がとても薄暗く明かりがなければ満足に見ることも出来なかった。





ポッ!





エノクが室内の魔法灯を点ける。


そこには以前の室内とは違う光景が広がっていた。





「・・・うっ、酷い」





家の中の惨状にエノクが思わず顔をしかめてしまう。


辺りには物が散乱しており、明らかに室内が荒らされたような跡があった。





「どうやら・・・しっかり空き巣にも入られていたようですね・・・」





エノクがボソリとそう呟く。


あんな状態でドアが打ち破れていれば入ってきてくださいと言われているようなもんだ。


どこのどいつがドアをあんな状態にしたのやら・・・


・・・ってまあ、ある程度予想はついているけどね・・・


しかし、今はどこの誰がやったかを考えるより、さっさと目的のものを回収することが先決だろう。





「・・・アイナさん」



「とりあえず何が残っているのか確認させてください」



「・・・少しお時間いただきます」





エノクがそう言ってアイナさんに振り返ると彼女は頷いた。





「分かりました・・・では、私は終わるまで玄関で見張ってましょう」



「はい・・・お願いします」





エノクの言葉にアイナさんは頷くと、玄関付近で外の警戒を始めた。


一方、エノクは荒らされた室内の探索を始める。


部屋の中の机や椅子、棚やランプなどの家具類は横転し、食器類や一部の工具類、図面用紙など、あらゆる物が床に散乱していた。


そして、陶磁器の食器類やオークションに参加した際に着用した礼装など、自宅に置いてきた金目のものは全て持ち去られていた・・・


逆に私が愛用していた小人用の食器とか、エノクが製作途中だった魔導具、エノクが読む難解な専門者なんかは残っていた・・・


まあ、無造作に捨てられている状態だったけどね・・・


ここを襲った奴らはこれらを金目のものじゃないと見たのだろう。


まだ本が残っていたのは不幸中の幸いだと言える。





「良かった・・・本は残っていたよぉ・・・」





エノクがほっと一息つく。


例の「グロース」と「ミニマム」の補助魔法効果研究書も無事に残っているようだ。


室内に残っていた本の中身は当然エノクはもう暗記しているだろうが、これ自体は売れば結構なお金になる。


日頃読書などに縁遠い人間にすればこんな紙の束など二束三文にしかならないと思ったのかもしれないわね・・・


襲ったやつか、あるいはその後に便乗して空き巣に働いた奴どちらにも言えそうなことだが、あまり育ちはよくなさそうな印象は受ける。


やはり、ゴロツキか・・・・


エノクはとにかく本があったことに安堵しているようで、室内にあった本を片っ端から回収して手提げ袋に収納していく。


・・・今のエノクはかなり重装備だ。


冒険者の装備に、私が入っているショルダーバックの防護カバン。


親方から貰ったアニヒレーションガンが入っているアタッシュケースもあるし、図書館の写本3冊が入っている手提げ袋を持っている。


そして、さらに背中に背負っているリュックの中に10冊くらいの分厚い専門書や例の補助魔法効果研究書を入れようとしていた。





なんというか・・・これはもう重量オーバーじゃない・・・?


というか修行・・・?





エノクは私の心配を他所にどしどしとリュックに本を押し込めてそのままリュックサックを背負って立ち上がろうとするが・・・・





「・・・うわっ!!」





ドサッ!!!





リュックは一瞬宙に浮き、そのまますぐに地面に着地する。


エノクは全てを持って立ち上がろうとしたが、流石に重みで満足に立ち上がることも出来なかった。





「・・・これは、流石に一人じゃ無理か・・・」



「・・・・・はぁ、仕方ないな」





エノクの溜息が聞こえてきた。


本当はこれくらい持ち歩けるようになりたいところなんだろうけどね・・・


現状ではエノクの身体能力は並の人間と変わらない。


通常の人間でも身体の成長とともにLv15くらいまでは上がるらしいから、エノクはまだ身体も成長しきっていないと言えるのだ。


むしろINT特化型だから、身体能力は普通の大人と比べても少し弱いだろう。


彼は入り口にいるアイナさんの方へと振り返った。





「・・・あのすみません、アイナさん・・・」



「大変恐縮なんですが、荷物を持つの手伝って頂けないでしょうか・・・?」





申し訳無さそうにエノクがアイナさんにお願いをした。





「・・・・・」





・・・・しかし、アイナさんからはすぐに返事が来なかった。


私もエノクも彼女の方に注意を向ける。





「・・・アイナさん?」





エノクが声をかけた時、彼女は腰を落として身構えていた。


入口の外に鋭い視線を向けながら・・・





「・・・エノクさん」



「どうやらお客さんが来たようです」




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