死の法則と最強の銃
「・・・落ち着いたか?」
「はい。すみません・・・取り乱してしまって・・・」
平静を取り戻したエノクが親方に頭を下げた。
赤く腫れた眼は未だ若干の潤みを帯びている。
親方は二カッ!と笑ってエノクに言葉を掛けた。
「良いって事よ!」
「・・・それより旅立ちにあたり、お前に渡しておく物がある!」
「・・・・?」
「なんでしょうか?」
エノクは親方の言葉に首を捻った。
親方は自分の机まで行くと、引き出しの中からアタッシュケースを持ち出した。
彼はそれを持って、エノクの前で開けた。
ガチャ!
「・・・・こ、これは・・・!?」
「ま・・まさか、アニヒレーションガン!!!?」
エノクが中に入っているものを見た時、彼は目を見張った。
・・・そこには銃が入っていた。
何の銃なのかは判別がつかないが、一目でその銃がただの銃でないことが分かった。
「・・・持っていけ」
「お前の旅立ちにあたって、せめてもの俺からの餞別だ」
「・・・で、でも・・・これは・・・!」
親方の銃を素直にエノクは受け取ろうとしなかった。
彼の顔には明らかに迷いが生じている。
「なぜ受け取らないんだ・・・?」
「・・・だ、だって、こんな高価なもの僕が貰うわけにはいかないですよ・・・!」
「それに、明らかに今の僕が持つには分不相応な強力過ぎる武器です・・・」
・・えええ!!?
これそんなに凄い銃なの・・・?
「・・・俺が”以前”何やっていたか、お前は知っているよな?」
「・・・はい」
「親方も以前”冒険者”をやっておられたんですよね・・・?」
エノクの口から親方の過去が語られる。
・・・私もこれはなんとなくだけど予想していた事だ。
さっきのカインとの会話からして親方はなにか壮絶な修羅場を経験してきたような威風があった。
あのイキリ散らすカイン相手にまるで怯んでいないところからして、本物の戦場を経験しているようなそういう凄みを彼からは感じられたのだ。
エノクの問いかけに親方は頷く。
「・・・そうだ。俺も昔は冒険者だった」
「大冒険者とまではいかなかったが、これでも”ワイバーン級”と呼ばれた熟練の冒険者だった」
「・・・世界を旅する中で冒険の苦難を嫌というほど味わった経験から確かに言えることがある・・・」
「・・・・」
親方が腕組をしながら神妙な顔をして静かに語る。
「それはな・・・冒険者はどこまで行っても弱肉強食の世界だという事だ」
「そして、その世界で生き残るのは強欲な人間であり、強くなるために手段を選んではならないということだ!」
「・・・仲間を裏切るという事は唯一除いてな・・・」
「・・・!」
エノクは親方の言葉を固唾を飲んで聞いていた。
ここで私達は冒険者の間に伝わるある話を聞かされる。
「・・・冒険者の”90:90:90の法則”って知っているか?」
「なんですか・・・それ?」
聞き慣れない言葉にエノクは首をひねる。
「これはな・・・"Lv90"までの冒険者の内、冒険を始めた最初の”90日”の間に、”90%”の冒険者が脱落することを意味している」
「まことしやかに噂されている冒険者の生存率の法則さ」
「・・・そんなものが・・・」
なんか洒落みたいな法則ね・・・
・・だけど・・・冗談に聞こえないのが怖いところだ。
「この”脱落”は引退した奴も含まれているようだが、死ぬやつか行方不明者が殆どだという」
「・・・少し誇張は入っているだろうが、俺の経験からしてもこれはそこまで的はずれな法則じゃない」
「感覚的には当たっていると言っても良い」
「・・・・・」
親方の真剣な瞳がエノクを改めて捉えた。
「・・・今、お前はこの銃が高価だと言って、受け取るのを遠慮したな?」
「謙遜や譲歩は日常生活では美徳のある行動として評価される事もあるが、冒険者にとってその考えは命取りになる」
「お前が今日この武器を取らなかったせいで、未来のお前は生きられるすべを一つ失うんだ」
「それをよく覚えておけ!」
「・・・親方」
親方の言葉にエノクはギュッと拳を握った。
「受け取ってくれるな?エノク」
そして、親方の言葉にエノクは今度こそ迷いのない表情で答える。
「親方・・・ありがとうございます」
「使わせていただきます!」
親方からアタッシュケースを手渡されたエノクはそれを大事に腕に抱えた。
「エノク・・・最後に一つ教えろ」
「お前は前々から言っていたな?」
「神話のアイテムを自分で創れるようになりたいと・・・」
「冒険者になる理由はその為か?」
「・・・・」
親方がエノクを見据えて理由を尋ねる。
普通は最初に旅立つ理由を聞くもんだと思うんだけど、
旅立ちを肯定した後でこれを聞いてくるのがなんともこの人らしかった。
「・・・はい。その通りです」
「魔法技師として神遺物を作れるようになるのは魔法技師全員の夢ですし、」
「自身のプライマリースキルの能力を枯らさないためにも挑戦したいと思ったんです」
うんうん。
それがエノクの夢だもんね。
自分の人生を掛けるに足る目標だとエノクは言っていたくらいだ。
その心に嘘偽りはないだろう。
「・・・・本当にそれだけか?」
「・・・・・」
意外にも親方がエノクの発言に疑問符を出す。
親方のその言葉にエノクは何故か顔を少し赤くして答えた。
「・・・いえ、それだけじゃないです・・・・」
「・・・ふっ・・そうか・・・」
「・・・ならいい」
えっ・・・?
それだけじゃないってどういうこと・・・?
まだ、他にも理由があるの?
親方はエノクのそんな様子を見て何故か嬉しそうだった。
彼にはエノクの他の理由に心当たりがあるのだろうか・・・?
「・・・その気持ちを大事にしろよ」
「大業を成すには夢を持つことは重要だ」
「・・・だが、それだけじゃ志半ばで折れちまう奴が多い」
「男には”夢”と、”夢を後押ししてくれるもの両方”が必要だ」
「その両方を持ち続ける限りお前は何があっても成長を続けられるだろう・・・それを決して忘れるな」
「・・・はい」
エノクは親方の目をしっかりと見据えて頷いた。
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アイナさんが待っている店へと戻る途中、エノクは元来た道を振り返った。
「・・・・・」
親方と別れた中央棟に視線を向けるエノク。
その顔には一抹の寂寥が表れている。
「・・・・別に、また会いに来ればいいわよ」
「これが今生の別れじゃないんだしさ・・・・」
防護カバンの中から顔を出した私はエノクを励ました。
彼は私の方に振り返ると微笑みながら言葉を返してきた。
「・・・そうだね・・・」
「・・・だけど、僕が一人前になるまではここには戻るつもりはないよ・・・」
「親方もそのつもりで”これ”を僕にくれたんだと思うしね・・・」
そう言ってエノクは例の銃が入ったアタッシュケースを私に示す。
結局その銃が何なのかはまだ聞いていないが、エノクの旅の助けになることは間違いないのだろう。
「・・・これってなんなの?」
「さっき高価な銃って言っていたけど、凄い銃なんでしょ?」
私がエノクにそう尋ねると、彼はその場に立ち止まってアタッシュケースを開く。
そして、アタッシュケースからその銃を手に取ると私の前に示した。
・・・なんというか吸い込まれるような銃だった・・・
全身が銀色に輝いている銃で、砲身には所々ルーン文字が刻み込まれており、青い魔力の波動をそこから感じることが出来る。
銃の形状は”リボルバー”をちょっと変えたようなものといえば分かるだろうか?
銃の中央部分の弾倉にビー玉くらいの弾を入れる穴がある。
弾を入れる穴は2つのみであり、砲身の左右に膨らむ球状の弾倉だった。
しかし、私の興味を引いたものは銃の本体よりむしろ”弾”の方だ。
アタッシュケースの銃の格納場所の横の窪みに銃の弾らしきものが2つ置いてあった。
その弾の内部は透明で、青白い光を放つ1つの大きな玉があり、周囲を4つの小さな玉がグルグルと回っていた。
それは陽子と電子の動きを思わせるような、幻想的な動きだった。
「・・・これはね” |崩壊銃《 アニヒレーション・ガン》”と呼ばれる銃なんだ・・・」
「僕が知りうるものの中で最強の魔法銃だと言って過言じゃない」
「・・・え、マジ・・・?」
まさかの最強銃の出現に私は驚く。
さらに彼はアタッシュケースに入っていた2つの弾を手の平に乗せて私に見せてきた。
「・・・そしてこっちはアニヒレーションガンの弾」
「この弾には超高純度の魔力結晶体が暴発することもなく、安定的に凝縮されている・・・」
「そして銃の薬室内でこの2つの弾を衝突・崩壊させることにより、とてつもない魔法エネルギーを生成して発射することが出来るんだ」
「Lv100以上の魔物・・・例えばドラゴンでさえも、この銃があれば一発で仕留められる威力を誇る」
「今の魔法科学では到底創作することが出来ない先史文明のオーパーツ・・・値段にしたら億は余裕で超えるだろうね」
「・・・ええええ!?」
なんじゃ・・・そりゃ・・・
あまりにも規格外の性能を誇る武器に身震いをしてしまう。
エノクは私の反応に苦笑いを返してきた。
「・・・ははは。流石に驚いたかい?」
「弾が出土することも稀だから、現状では1発しか撃てないけどね」
「だけど、これがあれば危機に瀕したときでも、あらゆる状況を打開する切り札になりうる武器だよ」
「使い所が重要な武器という訳だね」
「・・・・・」
使い所が重要か・・・・
・・・いや、むしろずっと使わないほうが良いのかもしれない・・・
”抑止力”の効果を考えれば、銃は常に撃てる状態の方がいい。
しかし、それにしても親方・・・餞別になんてもの渡してくるのよ・・・
「親方の意志を託されたって感じがするわね・・・」
私がそう感想を述べると、エノクも相槌を返してきた。
「・・・うん。この銃は親方の持っている武器の中で間違いなく最強の武器だったはずだよ・・・」
「それを僕に渡してきた意味を考えると身が引き締まる思いだよ」
「・・・そうね」
親方もエノクがただ可愛いからこれを渡したというわけではないだろう。
エノクに覚悟を促している・・・そう捉えることも出来るのだ。
「・・・さて、じゃあ行こうか」
「旅立ちの準備を進めなきゃね」
アニヒレーションガンをアタッシュケースに収納するとエノクが前に歩き出す。
新たな決意を胸に私達はガング・マイスター工房を後にするのだった・・・
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