親方とエノク
親方の問いにエノクが頷く。
「・・・あ、はい。そうです」
「親方の取りなしのお陰で無事に騎士団の庇護を得ることが出来ました」
「あの時は本当にありがとうございました!」
親方にエノクが頭を下げる。
「おう!そうか、そうか!」
「まあ、あの時は訳も分からないまま書いたが、役に立ったようで何よりだ」
「あんな手紙で良ければいくらでも書いてやるぞ!ガッハッハッハ!!」
親方は大口を開けて豪快に笑った。
その奔放な彼の性格に私もすぐに好感を持つ。
エノクが親方のことを凄い慕っているというのも頷けるわね・・・
「今はクラウディア団長の騎士団の宿舎で生活をしています」
「クラウディア団長は僕に護衛の騎士まで付けてくれたんです」
「おかげさまで気軽に外に出ることも出来てますよ」
「・・・ほう?」
エノクがアイナさんの事に言及したら親方が反応した。
「確か、クラウディアの嬢ちゃんところの騎士って全員女だっただろう?」
「おまえ・・・大丈夫なのか?色々・・・」
「えっ・・・?」
大丈夫ってなんの事やねん!
いや、親方の言いたことはある程度予想付くけど・・・
「その護衛って別嬪さんなのか?」
「・・・え、えええ?」
いきなり、話の話題があっちの方面に飛んだのでエノクが困惑したようだ。
「い、いきなりなんですか!!?」
「どうなんだ?」
しかし、親方は真面目な顔してエノクに問い詰めてきたので、それでエノクも押し黙る。
しばしの沈黙の後エノクが口を開いた。
「それは・・・綺麗な方ですよ。凄く・・・」
・・・とエノクは顔を少し赤らめながら親方に返答した。
「ガッハッハ!!そうか!そうか!」
「朴念仁のお前でも綺麗だと思う女がいたんだな!!」
「そりゃめでたい!」
「お前にもようやく春が来たってことだな!!」
来てねぇよ!
というかこれからだわ!!
「その護衛はお前の女か?」
「もう、キスくらいしたのか?」
違うわよ!んなわけあるか!
「・・・ち、違いますよ!」
「何言わせるんですか!!親方!!」
「僕とアイナさんがそんな事するわけないじゃないですか!!?」
あれぇ~・・・?
親方に旅立ちを告げるために私達来たんじゃなかったっけ・・・?
なんで、こんな青春真っ只中な会話しているんだろうこの二人・・・
さっきまでの緊張感はどこいった?
「ガハハ!照れるな照れるな!」
「俺は”セト”の奴に息子を頼むって言われているからなぁ!」
「これでようやく俺もあいつに顔向けできるってもんだ!」
「お前がついに大人の階段を登ったってな!!」
「・・・ちょっと!!親方!!話を聞いてください!!」
「ここで父さんの事を話に出すなんて卑怯ですよ・・・もう!」
そう言ってエノクは親方に口を尖らせた。
そっか・・・”セト”っていうのがエノクのお父さんの名前なのね・・・
エノクの両親は小さい頃に他界していたことは聞いていたが、名前は今初めて知った。
でも、心なしかエノクも満更でもなさそうな感じよね・・・
エノクは口を尖らせて拗ねてはいるものの、本気で嫌がっている様子ではない。
むしろ、下らないことを話題に出したせいか先程より打ち解けた雰囲気になっている。
・・・親方気を使ってくれたのかな?
「ハッハッハ!すまん、すまん!」
「少し悪ふざけが過ぎたようだな、許せ!」
「お前がこれから本物の男になろうとしているのが分かって、俺も浮かれているんだろうなぁ!」
「今日はそういう意味で言えば二重の記念日だ!!ガッハッハッハッハ!」
「・・・?」
「・・・えっ・・・親方それってどういう意味ですか・・・?」
親方の言葉にエノクは戸惑っているようだ。
本物の男になろうとしているとか、二重の記念日だとか意味深なセリフを言った親方・・・
そっか・・・とっくに彼は気づいていたのね・・・
そこで私は察した。
「どういう意味も何も無いだろう」
「冒険者になるんだろう・・・お前?」
「・・・・えっ!!」
エノクが目を大きく見開いた。
まさか!という表情をして驚いている。
親方に気づかれているとは思わなかったのだろう。
「・・・なんだ?」
「気がつかれないとでも思っていたのか?」
「そんないっぱしの冒険者が使うような武具を装備していれば誰だって分かるわ」
「それは決して護身用で買ったわけではないという事くらいな」
「・・・親方・・・」
エノクは呆然と親方を見据えると、恐る恐る親方に問いかけた。
「怒らないんですか・・・?」
「・・・・あん?」
エノクの呟くような言葉に親方が眉を潜める。
「・・・なぜ俺が怒らないといけないんだ?」
その親方の逆質問を機に、エノクは内に溜まった不安を吐き出し始める。
「・・・だって僕は親方の工房を辞めようとしているんですよ?」
「それにギルドだって・・・あんなに親方に助けて貰ってメンバーに選ばれたというのに・・・」
「先日のオークションや、クラウディア団長への取りなしだってそうです」
「僕は親方へ何も恩を返せていません・・・・」
「それにさっきのカインの件だってそうだ・・・」
「親方は僕を庇ってくれたせいで、カインに目をつけられたんですよ・・・」
「恩を返すどころか、恩人に後ろ足で砂をかけて冒険に出ようとしているんですよ?」
「僕を恩知らずもいいところだと思わないんですか・・・!?」
「・・・・・」
親方は腕組をしたままエノクの述懐を黙って聞いていた。
エノクを見据えていたその表情は真剣だ。
先程まで茶々を入れていた雰囲気は既にない。
親方はエノクが話し終わるのを待って、静かに言葉を返してきた。
「・・・・エノク。お前の問いに対する俺の答えは単純だ」
「俺は怒っていない・・・いや、むしろお前が旅立つと分かって嬉しいくらいなんだぜ?」
「なんでそんなお前を俺が恩知らずなんて言って糾弾しねぇといけねえんだボケが」
「俺が怒るとすれば、そんな事で怒ると思われている俺への信頼の無さに対してだろう」
「お前はもっと人に寄りかかることを覚えるべきだな」
「・・・まだ10代半ばのガキが何人生悟ったような事口走ってやがるんだ、まったく・・・」
「砂を掛ける?上等だ」
「・・・もっと、頼ってこい。もっと傲慢になれ。もっと世話を俺に焼かせても良いくらいだお前は」
「・・・・親方」
親方の嗜めるような言動にエノクは唖然としている。
怒るどころか、もっと迷惑を掛けろと言っている親方に驚いているようだ。
「加えて言うならば・・・男には自分の人生を掛けてでも何かに挑戦をしなきゃいけねぇ時がある・・・」
「男が何かを決意して旅立とうとしているんだ」
「・・・その門出を祝福せんでどうする?」
「それにな・・・俺はお前の本当の親ではないが、親として接してきたつもりだ」
「その息子に等しい奴が、自分から進んで苦難の道に行くって言うんだ」
「親としてこれ以上嬉しい言葉があるか?」
そして、親方はエノクの肩に手を置いて真っ直ぐにエノクを見据える。
「・・・行って来い!!」
「お前には才能がある・・・お前だったら俺を超えられるだろう」
「・・・だからこそ、やるんなら中途半端は俺は許さねぇ・・・」
「工房は辞めてもらうし、ギルドも除籍してもらう」
「後腐れなくして、全てを掛けて冒険者になってこい!!」
「そして、今よりも大きくなって帰ってこい!!」
「・・・これが俺からの返事だ」
「・・・・・」
気がつけば、嗚咽と共にエノクの瞳から涙がこぼれ落ちていた・・・
「・・・親方・・・ありがとうございます」
「僕・・・親方の元で魔法技師の修行をさせてもらって本当に良かったです・・・」
「お世話になりました・・・・」
エノクは一旦下を向き涙を拭うが、後から出てくる涙は留まるところを知らなかった。
そのままエノクは泣き崩れてしまう。
良かったわね・・・エノク・・・
親方も私もしばらく彼を黙って見守るのだった・・・・・
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