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ヒステリックな坊っちゃん




部屋の中で誰かが誰かを問い詰めている様な声だった。


男性の声だったけど、どこかヒステリックな声がしてあまり理知的な印象は受けない。


ふとエノクを伺うと、彼は手を掲げて固まったまま顔が真っ青になっていた。


どうしたのだろう彼は・・・?


私が彼の調子を訝しげると、部屋の中からさらに声が聞こえてくる。





「坊っちゃん・・・あんたも何度も来てしつこいねぇ」



「だから言ったでしょ?エノクのやつは今は特別な任務を帯びてここにはいないんですよ・・・」



「俺もあいつの居場所を口外することは出来ないんだよ」



「素直に諦めてくれ」





今度は中年の男性らしき人の声だった。


先程のヒステリックな男性と違い落ち着いていて、その声は張りがあり威風堂々としていた。


問い詰められているというのに、少しも怯む様子が感じられない。


この人がエノクの親方なのだろう。





「ブラッドフォード殿・・・分かっているのか!?」



「奴は王都襲撃事件の重要参考人なのだぞ?協力してくれないと困る!!」



「俺にはクレスの町の次期領主として、王家へ忠節を尽くす責務があるんだ!!」



「それに俺はあいつが事件の犯人と繋がりがあると確信しているんだよ!!」



「犯人だと分かっている奴がいるのに、俺達はみすみす逃すことになるんだぞ!!!」





ヒステリック君の声が再度部屋の中から響き渡る。


私は聞いたこと無いけど、この声の調子と話の内容からして声の主に心当たりがあった。


この人、もしかしたらあのカインって人なんじゃない?





「・・・エノクの奴が犯人だって・・・?」





ここで、親方の声の調子が変わる。


今のカインの発言を聞いて気分を害した様子だ。





「・・・坊っちゃん。流石にそれは聞き捨てならねえよ・・・」



「俺はあいつと10年以上の付き合いになるが、あいつがそんな人間じゃないって事はよく分かっている」



「坊っちゃんとエノクの間にどういうわだかまりがあるかは俺は知らん」



「だがな・・・気にいらないっていうだけでそういう”邪推”はするもんじゃねえよ」



「それはあんたの・・・いや、引いてはグレゴリウス家の品格を落とす事になりかねない」



「今の話は聞かなかったことにしてやるから、もう帰ってくれねえか・・・?」



「俺も忙しいんでねぇ」





そう言って親方は話を打ち切ろうとした。


しかし、ヒステリック君・・・もといカインは今の嗜めるような親方の言動でさらに火が付いてしまったようだ。





「・・・っ・・・ブラッドフォード!!」



「口の利き方に気をつけろよ・・・?」



「父に気に入られているからといって、いい気になっているんじゃないだろうな?」



「アザゼルギルドの権限を使って、貴様の工房を締め上げることも俺はできるんだぞ?」



「俺のさじ加減一つで貴様の進退などどうとでも出来るということを忘れるな!!」



「・・・さあ、もう何度もいわないぞ?」



「王家に対してグレゴリウス家が忠節を示す良い機会なんだ!」



「あのチビ男の場所を今すぐに教えろ!!」



「これは次期領主の・・・俺からの命令だ!!!」



「・・・・・」





カインの脅迫のような言いがかりに親方は黙り込む。 


一方、エノクは歯を噛み締め、唇をキュッと締めて険しい表情をしながら聞き耳を立てていた。


親方の事を心配しているのだろう。


一瞬の沈黙の後、親方が再度口を開いた。





「坊っちゃん・・・あんまり俺を怒らせないでくれよ」



「・・・俺がブチギレてあんたをぶん殴る前に帰ってくれねぇかな・・・?」



「俺が”以前”何やってたか坊ちゃんなら知っているだろう?」



「あんたをぶちのめす事なんて俺は簡単にできるんだぜ?」



「出来れば俺はそんなことしたくねぇんだ」



「・・・き・・・きさまぁ・・・!」





親方の言葉にカインが歯ぎしりをする。


カインの言葉で今度は親方に火がついてしまったようだ。


その声は低く抑えられているが、言葉の節々から底知れない威圧感が放たれていた。





「ブラッドフォード・・・」



「今日俺に対して吐き捨てたその言葉俺は絶対に忘れんぞ!!」



「・・・俺に楯突いたこと後悔させてやる!!!」





そして次の瞬間ガンっ!!と椅子を蹴ったような音が部屋から響いた!!





「まずっ・・・!」





その音を聞いた直後、エノクは反射的に部屋の近くの物陰に身を潜ませる。





バンッ!!!


ダッダッダッダ・・・!!





蹴破るようなドアの開閉音と共に、肩を怒らせながらズカズカと出ていく長身の男性の姿が私の目に入る。


金の文様が散りばめられたウェストコートに王冠を付けた獅子が刺繍された赤マント。


一目で彼が高貴な家柄の人間だと分かった。


なるほど、エノクから聞いていたように確かに美青年ね・・・


童話に出てくるような王子様の様な風貌を彼はしていた。


あれなら確かに周りの女性が放って置かないのも分かる。


・・・まあ、私はあんなのごめんだけど。


彼はそのまま脇目も降らず階段を下りて姿を消した。





「・・・たくっ!おとといきやがれってんだ!」





ドアが開け放たれた部屋の中から親方の吐き捨てるような声が聞こえてきた。


嵐のような二人の言い争いが終わった後、周囲はシーンと静まり返った。


親方がカインに蹴られた椅子を戻して、開け放たれた扉を閉めようと顔を出す。





「・・・・んっ?」



「そこに誰かいるのか?」





柱の物陰に潜んでいたエノクに親方が気付いた。


ビクッと一瞬エノクの身体が震える。


そして、エノクは拳をギュッと握りしめると、静かに親方の前に姿を表した。





「・・・親方。僕です」



「・・・っ!エノクじゃねぇか!!?」





親方も流石にここでエノクの登場には驚いたようだ。


彼の大きな声が辺りに響いた。


親方は筋骨隆々の大男で、薄手のシャツ一枚に厚手のパンツという非常にラフな格好をしていた。


あごひげが似合うダンディなオジサマという感じの人だ。





「どうしてここにいるんだ!?」



「・・・それに、その格好はどうしたんだ?」



「一瞬どこの誰かと思っちまったじゃないか!」





エノクは親方の前に出ると畏まりながら、それに答える。





「・・・あ、はい。親方に色々と話さなきゃ行けないことがあって来ました」



「・・・でもその前に、ごめんなさい・・・」



「親方にご面倒をお掛けしてしまったようで・・・」





親方から視線を外し、エノクが気まずそうに謝罪の言葉を口にした。


これは先程の親方とカインのやりとりに対しての謝罪だろう。


エノクの居場所を秘密にしたがゆえに、親方がカインからいらぬヘイトを受けそうだからだ。





「・・・あん?」



「なんで再開していきなりお前に謝られなきゃいけねえんだ?」



「俺は神父様の様に懺悔の対象にされるほど徳を積んじゃいねぇぞ!?ガハハ!!」





エノクの背中を親方のぶっとい腕がバシバシ叩いた。


痛そう・・・


親方の激しい再会の挨拶にエノクも苦笑いを返している。


今のでエノクも少し元気が出たみたい。


本当お父さんみたいな人ね・・・





「まあ、せっかく来たんだ!部屋に入れや!」



「話はそれからよ」



「はい・・・お邪魔します」





親方に促され、エノクは執務室の中に入る。





バタン!





部屋の中に入ると、正面の壁に工房の意匠のハンマーの実物が掛けられていた。


かなり大きい・・・それこそ人の身長くらいはありそうな程の巨大なハンマーだ。


壁には他にも様々な工具が掛けられており、作業台の上には書きかけの魔法アイテムの設計図が置かれていた。


いかにも工房の親方の部屋と呼ぶに相応しい内装だった。


部屋の中央にある応接間に通されたエノクは椅子にちょこんと着席した。


親方もテーブルを挟んだ対面の椅子にドカッと!座る。





「それで今日はどうした?」



「確かお前、クラウディアの嬢ちゃん所に今は世話になっているんだろ?」




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