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立派な冒険者になったエノク




シュン!





白い光のトンネルを抜けると、カーラの国章であるヘルヴォルの楯の軍旗が目に入ってきた。


広大な石造りの空間には魔導人形(オートマタ)が転送陣の周囲を囲むように配置されている。


これは転送陣の近くに控えている魔術師が緊急時にガーディアンとして起動させる為に設置されているらしい。


先日劇団を追跡する際、私達は初めてこの転送魔法陣を使った。


その後、王都に戻った後のエノクのはしゃぎぶりが半端なかった。


転送陣の利便性の凄さを嬉々として聞かされた私は、ウンチクの知識もエノクにたっぷりと植え付けられてしまったのだ。





「エノクさん、では、付いてきてください」





アイナさんが魔術師たちに敬礼をしながら、外へ続く通路を進む。


エノクもそれに倣って、アイナさんの後に続いた。


仮ではあるとはいえ、エノクはまだ軍属の身分だ。


一般人は基本的に転送陣を使うことが出来ないのだけど、軍属の身分ならば使用が許可される。





「アイナさん、ありがとうございます!」



「まさか転送陣(テレポーテーション)の使用許可が下りるなんて思いもしませんでした」





嬉々とした調子でエノクがアイナさんに話しかけた。


また転送陣を使えたことが嬉しいのだろう。





「ふふっ・・・隊長が融通を利かせてくれたおかげですよ」



「我々近衛騎士団は視察を兼ねて各地の街に出向くこともよくあります」



「隊長から出来る限りエノクさんの力になるよう言われておりますし、これくらいお安い御用です」





アイナさんは微笑みながらエノクにそう答えた。


今日の彼女はいつにも増して上機嫌だ。


アイナさんの視線がエノクの身につけている”真新しい装備品”へちらちらと向けられるところからもそれは伺える。


結局、あの後私達はアイナさんに見繕ってもらった武具をそのまま買う事にした。


エアロフィストも合わせると、武具の総合計費用は263万クレジットだった。


銃は今回諦めることになった。


銃は強敵に対する切り札になりうる武器だが、そんな相手は未開の地やダンジョンの奥深くに潜らなければ中々出てくるものではない。


それに連射が利かないというのも平時の武器としてはあまり役立つ場面が少ない事から、今回はエアロフィストを選択した。


もちろん出来るなら両方武器があるに越したことはないのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。


一応、防具を減らして銃を購入するべきかエノクと相談したのだが、結局はアイナさんの提案を私達はそのまま採用することにしたのだった。


防具を手厚くした理由はもちろん命が最優先だからだ。


防具に投資せずして、冒険で命を落としたらそれこそ後悔するというもの。


それにアイナさんの見立てた武具がバランスが取れており、かつ予算内で購入できる範囲だったのも決め手だった。


・・・とはいえ、エノクの方は銃を諦めきれなかったようだけどね・・・


武具店を出る時、名残惜しそうにサンダーエレメントガンを見つめる彼の目が哀愁を誘った。


まあ、いずれ資金が溜まったら購入する機会もあるだろう・・・





タッタッタ・・・





アイナさんの後に続いて通路を歩くエノクの靴音が妙に私の耳に残る。


それというのも彼の雰囲気がいつもとまるで異なるからだろう。


今のエノクは魔法技師ではなく”立派な冒険者”だと言っていい装いをしていた。


ウェットスーツの様な黒いアンチマジックスーツの上に薄茶色のバジリスクの鎖帷子。


頭と両腕にミスリルキャップとミスリルの手甲。そして膝にはミスリルプロテクターを装着している。


駆け出しの冒険者では到底用意することが叶わない豪華な品だった。


アイナさん曰く、装備だけならオーガ級冒険者にも劣らないという。


オーガ級は大陸を股にかける冒険者であり、概ねLv30~50の冒険者が所属するランクだという。


冒険者のランクはLvだけで決まる訳では無いが、Lvはそのランクに属するために必要な絶対条件だ。


例えば、オーガ級冒険者になるためにはLvは必ず30以上でなければならない。


この意味で言えば、エノクは既にLv30以上の冒険者の装備を手に入れたと言って良いわけだ。


私達はそのまま転送棟の外へ出ると、”クレスの町”を一望できる小高い丘の上の街路に出た。





「アイナさん。予定通りまずは町の中央にある図書館に向かってください」



「その後は僕の自宅に行く予定です」





アイナさんがエノクの言葉に頷くと、私達はそのままクレスの町の中心街へと歩を進める。


小高い丘の坂道を下っていく際、しばらくぶりのクレスの町が眼下に広がっていた。


王都に拠点を移してからまだ3週間ほどしか経っていないが、それでもこの町並みが懐かしく思えてしまう。


クレスの町は私にとっての今生での故郷と言っていい町だ。


この町の中心街で私はこの世界に転生を受け、あの強欲な兄弟に拉致され、逃亡してエノクの家に流れ着いた。


嫌なこともあったが、良いこともあった。


冒険に出ることになれば中々戻ることもないだろう。


私はこの光景を目に焼き付けておく事にした。


・・・それからほどなくして私達はクレスの町の中心街へ到着する。


ここから北に向かえば領主の館やこの町の有力者の高級住宅が立ち並ぶ小高い丘がある。


そこから南に下っていけばギルド街と町の中心に位置する商店街があり、図書館はその中の一角に建っている。


西に行けばシルバー通りがあり、南に行けばエノクの家があるブロンズ通りが町の郊外へと伸びている。


雑然と商品が立ち並ぶ市場を尻目に私達は図書館へと入っていった。


図書館に入ると、早速エノクは司書の元へと足を運ぶ。





「こんにちは。エノク・フランベルジュと申します」



「以前に複写依頼していたものを取りに来ました」



「はい、ご依頼品の受け取りですね。少々お待ち下さい」





司書の女性の人はエノクに頭を下げると、受付からバックヤードに下がっていった。


依頼された物を取りに行ったのだろう。


この前図書館に来た時は、満足に気分転換が出来なかったし結局本も見れなかったのよねぇ・・・


私は新しい住居でも相変わらず暇を持て余している。


空いた時間はトレーニングをして時間を潰しているが、知識の欲求だけは満たせていなかった。


やっぱり本は欲しいと思っていたところだ。


今日図書館に寄るとエノクが言ったときは、私もちょっと胸が踊った。





「お待たせしました。ご依頼の品はえーっと・・・」



「”冒険者ハーネス著:世界地図”と”吟遊詩人ギルバード著:冒険者の伝記集”、それに”アモンギルド監修:魔物図鑑の3点でお間違い無いですよね?」



「はい。そうです」





エノクが肯定の言葉を返す。


そうそう、世界地図と冒険者の伝記と、魔物図鑑を頼んだのよね。





「複写代として合計6000クレジットになります」



「はい」





エノクが代金を司書に手渡した。


彼は司書から複写本を受け取ると、持っていた手持ちカバンに3つの本を入れる。


複写本の代金の相場は1つ2000クレジットくらいかな?


給料の額を考えると結構な高値だけど、まあ、武具に比べればこれも安いものかしらね・・・





「どうもです」





エノクはミスリルキャップのつばに手をあて司書に会釈をする。


司書の女性はアイナさんやエノクの格好を見ても特に驚くこともなく自然に対応していた。


館内を見回してみると冒険者たちの姿もチラホラと見受けられるから、こういう光景に慣れているのかもしれない。


一応、衛兵も巡回しているから治安という面で言えば大丈夫なのだろう。


私が司書なら、こんな物々しい装備をしている人間が入ってきたら何事かと驚いちゃうと思うんだけど、これも文化の違いかしらねぇ・・・


本を回収した私達はそのまま図書館を後にした。


空を見ると、まだ日は高く夕暮れまで時間はありそうだ。


エノクが手元の懐中時計を取り出すと時刻は”14:37”を指していた。


この後はエノクの自宅に寄る予定だ。


その目的は家財道具の回収の為。


先日の引っ越しでは必要最低限の荷物しか持っていけなかった。


出来れば冒険に必要な生活用品や、エノクが所蔵している本は騎士団宿舎に持っていきたいところだ。


本はこの世界では高値で売れる貴重品。いざとなったら冒険の旅費の足しにでも出来る。


このままエノクの自宅に直行すると思ったのだが・・・





「あの、すみません、アイナさん・・・」



「まだ時間があるので、自宅に戻る前に親方の工房に寄りたいんですが、いいでしょうか・・・?」





ここでエノクが予定にないことを口に出す。


アイナさんに護衛をしてもらっている関係上、彼女には事前にどこへ行くのか伝え、許可を貰うようにしている。


彼女に断りを入れたのはその為だ。





「構いません」



「ただし、あまり遅くならないようにしてください」



「19:00までには転送棟に戻るつもりでお願い致します」



「日没を超えての屋外行動は護衛の観点からあまりオススメできませんので」



「分かりました。ありがとうございます!」





アイナさんの承諾の言葉にエノクは頭を下げた。


私達はそのままエノクの仕事場である工房へと向かう。


ギルド街の総合掲示板がある広場を抜けると、工房ギルドに属する建物のエリアになる。


周囲は巨大な高炉と煙突が設置された製鉄所が建ち並び、金床を叩く音や蒸気の排気音で満ちていた。


その中の一角に一際大きな建物が見えてきた。


建物の入口には、見覚えがあるハンマーの看板が掲げられている。





「あそこが、ガング・マイスター工房です」




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