ランラン気分の女騎士
「・・・エノクさん、こちらの手甲はいかがですか?」
「エノクさんの腕のサイズにも合いますし、ミスリル製の網目の武具で軽量でありながら防御力も兼ね備えている優れものです」
「はい・・・」
「あと、身体を守る防具ですが、バジリスクの皮をデビルツリーの樹脂で固めて編んだこの鎖帷子もオススメですよ!」
「バジリスクの皮が衝撃を吸収し、毒を始めとした状態異常に抵抗力があります」
「加えて、デビルツリーから取れた樹脂が防具をコーティングすることによって非常に長持ちするのです」
「値段は”25万クレジット”と少々お値段はしますが熟練の冒険者でも使う一品ですよ」
「へぇ・・・」
アイナさんの言葉にエノクは応答するものの、その声色はどこか上の空だった。
ただ、アイナさんはそれに気がついてもいない。
彼女の意識はエノクが着用している防具に集中している。
「ふむ・・・やっぱりエノクさんの身長を考えると、”今履いているその長めのグリーブ”は少し身動きに難がありそうですねぇ・・・」
「体重移動のバランスを考えると、もう少し身軽にした方がいいかもしれません・・・」
そう言ってアイナさんは近くのテーブル椅子に置いてあった試着用の防具を手に取った。
「今度はこれに着替えてみましょう!!」
「この抗魔力スーツは全身に装着するタイプで、魔法耐性に優れています」
「さらに、上半身は先程のバジリスクの鎖帷子を着て、下半身の関節にはミスリル製のプロテクターを装着するのが宜しいでしょう」
「なるほど・・・」
武具店に入ってからアイナさんの話が止まらなかった。
こんなに活き活きと話す彼女は初めて見たかも知れない。
凄いウキウキしてんじゃんアイナさん・・・・
「では、エノクさん!私は試着室の外で待っていますので、着用が終わったらお声がけ下さい!」
「あ・・・はい。分かりました」
エノクがテンションを落とし気味にアイナさんに返事をする。
これで試着は10回目になる。
流石にエノクも若干ぐったりしている。
店内には盗難を見張る衛兵もいて私達のやり取りを監視していたのだが、
そんな彼さえもエノクに憐れみの視線を向けていた。
大変だなぁ、頑張れよ坊主・・・という同情の声が聞こえてきそうだ。
ゴソゴソ・・・
試着室の中で着替えをするエノク。
その間にも次の武具をランラン気分で選ぶアイナさん。
試着室の前のテーブルイスの上に置かれた防護カバンの中から呆れ顔で見守る私。
エノクはかれこれ1時間以上武具の着せ替えをさせられているだろうか。
熱心なのはありがたいんだけど、明らかにアイナさんの趣味も入っているわよね・・・
アイナさんはたぶん武具マニアであると同時に、お人形遊びの趣味もあるのかもしれない。
本人は自分の身体が女らしくないことを気にしてた節があるし、実は結構な乙女趣味を持っているのかもね・・・
・・・まあ、日頃アイナさんには護衛でお世話になっていることだしね・・・
これくらい付き合ってあげるのも甲斐性というものかしらね・・・頑張れエノク・・・・
投げやりになりながら私はエノクにエールを送る。
しかし、さすがにそろそろ退屈になってきた。
まだしばらくアイナさんの気は晴れそうもない。
仕方無しに店に並んでいる品物に目を向けて、武器や防具を観察することにする。
物の値段を知るのもこの世界の世情を知る上で重要な事だ。
館内にある武具を見ながらその横に貼られている値札を見て、”転生者の巻物”のメモ欄に記載していく。
-------------------------------------------------
クレジット:CR
・アイアンナイフ 12,000 CR
・ショートソード 20,000 CR
・ライトスピア 42,000 CR
・アイアンフィスト 50,000 CR
・ロングスピア 65,000 CR
・シャムシール 73,000 CR
・ポイズンナックル 170,000 CR
・クレイモア 180,500 CR
・ファイアエレメントガン 650,000 CR
・エアロエレメントガン 650,000 CR
・ミスリルソード 1,500,000 CR
・サンダーエレメントガン 2,000,000 CR
・ミスリルスピア 2,200,000 CR
・フランベルジュ 13,000,000 CR
・グラム(アダマンタイト製) 48,000,000 CR
・
・
・
------------------------------------------------------
お分かり頂けただろうか・・・
はい。そうです。安いものは安いんだけど、高いものはめっちゃ高いです。
ミスリルの武器とか強力そうな武器は軒並み100万クレジットを超えている。
さらに希少品であるアダマンタイトや魔法の効果が付加されている武器は1000万クレジットを超える値段が付けられているものも少なくない。
例えば、炎の属性を持たせた魔法石を加工して作られた魔法剣”フランベルジュ”は1300万クレジットだ。
どんだけインフレしているのよ・・・
一昨日エレノアさんから300万クレジット貰って喜んでいたのが馬鹿みたいじゃない、全く・・・
ちょっとこれじゃリッチに買い物なんて出来そうもない。
エノクの方は一応興味を惹かれる銃を見つけたようなんだけど、値段がね・・・
彼は”サンダーエレメントガン”の前で先程ウンウン唸っていた。
これは30分に一発しか撃てないが、大気中の魔素をかき集めて雷撃魔法を自動で装填してくれる銃らしい。
雷撃を放つ銃・・・・・確かにカッコいいし、強力そうだけどね・・・
この銃たった一つ買っただけで200万クレジットを消費してしまう。
流石に他のアイテムや防具、さらに旅支度に必要な品も揃えるとなると予算オーバーだろう。
買えてもせいぜいファイアエレメントガンなどちょっと安めの銃になりそうよねぇ・・・
後は体術用にナックルダスターや、護身用にナイフを買うくらいだろうか・・・
私が武器の値段にげんなりしている間にエノクの着替えが終わった。
「・・・どうですか・・・?」
防具を試着したエノクが姿を見せると、アイナさんはぱっと花が咲いたような笑顔になった。
エノクの姿を上から下まで眺めるように観察した彼女は満足気に頷く。
「うんうん。良さそうな感じですねぇ!」
「これならエノクさんも立派な冒険者に見られるでしょう!」
「そ、そうですかね・・・・?」
あははという感じでエノクは照れ笑いをしながらポリポリと頭の裏を搔く。
アンチマジックスーツを全身に装着し、上半身にはミスリル手甲とバジリスクの鎖帷子。
下半身には同じくミスリルプロテクターを装着し、動きやすさと防御力を兼ね備えた構成になっている。
確かにこれはなんというか・・・外面だけは悪くないんじゃないかな。
体術戦闘のプロって感じがしていいかも・・・
「ふむ・・・後は頭部の守りですね」
「エノクさんの場合は、相手の攻撃を避けることを重点に置くべきですから、鉄仮面などのマスクタイプよりキャップタイプを選ぶべきでしょう」
「顔全身を覆うマスクタイプより防御力は劣りますが、このミスリルキャップなら防御力と動きやすさを兼ね備えているのでオススメですよ!」
エノクはなすがままアイナさんに帽子を被せられる。
前つばが短く、頭頂部から後頭部まで広域にカバーしてくれるキャップのようだ。
確かにあれなら重くなさそうだし、視界を妨げるものもないから動きやすそうではある。
「うーん。我ながらこれも中々良いチョイスですね・・・♪」
「・・・いや、でも待ってください。こうなるとやっぱり下半身の装備ももうちょっと補強したほうが良さそうでしょうか・・・」
「・・・ただ、エノクさんのレベルではこれ以上の重量では機動性が失われる可能性が高いかもしれませんね・・・」
「グリーブよりも、バンドやバングルで補強すべきでしょうねぇ・・・」
「・・・・・」
そしてアイナさんはまたゴソゴソと物色を再開してしまった!!
エノクはそんなアイナさんを唖然とした表情で見つめている。
甲斐性を発揮すべき時だぞエノクくん・・・
虚しいエールを再び送る私。いや、私ももう帰りたいんですけどね・・・
もちろん厳選するのはそれはそれで意味のあることなのだけど、
こちらの予算のことなんてお構いなしに選んでくるから正直勘弁して欲しい部分はあるのよねぇ・・・
そこで私はアイナさんが選んでくれた防具の値段を見積もった。
・ミスリルの手甲 350,000 CR
・ミスリルプロテクター 膝用 200,000 CR
・ミスリルキャップ 280,000 CR
・アンチマジックスーツ(全身用) 350.000 CR
・バジリスクの鎖帷子 250,000 CR
とりあえず現時点の装備で合計143万クレジット・・・・
いや、いくらなんでも防具にお金かけすぎじゃない?
これに武器とアイテム、さらに冒険用グッズなんかも調達したら、どう考えてもお金が足りないわよ・・・
ちなみにエノクは魔法技師なんだから自分で作ればいいじゃないかと思うかもしれないが、
流石に今のエノクのレベルでは高レベルの武具を作るのは出来ないようだ。
武具やアイテムにはそれぞれ創作難度があり、彼が現状作れるのは創作難度【1】のものまで。
値段で言えば10万クレジット未満のものは大抵創作難度は【0】か【1】らしい。
いくら天才少年とは言え、エノクはまだ魔法技師の見習いだという事だ。
彼の年齢で【1】のものを製作できるのは凄いことらしいけど、
流石に熟練工の魔法技師に知識は及んでも技術は及ばない。
という訳で良い装備を整えるのは現状購入するしかないわけだ。
お金はあるんだからケチケチしてもしょうがないのは分かっているんだけど、それでも限度がある。
「・・・あの・・・アイナさん」
「選んでくれるのはありがたいんですけど・・・・もう予算的に厳しいんで・・・」
やんわりとエノクがアイナさんに伝える。
そこでようやくアイナさんも自分の暴走に気がついたようだ。
「・・・・失礼しましたエノクさん」
「私の方が選ぶのに夢中になってしまっていたようです」
「お恥ずかしい・・・・」
エノクから視線を外して、手を前に組んで恥じらいの表情を見せるアイナさん。
その仕草だけ見ても優美であり、周囲の者が彼女にコロッと墜ちそうな可憐さを醸し出している。
その仕草ずるいわよ・・・・
「・・・アイナさん、防具はひとまずこれで十分です」
「体術用の武器でオススメはありますでしょうか?」
「出来れば耐久力があって、長く使える武器がいいのですけど・・・」
エノクが話題を変えた。
彼は体術用の武器が置いてあるエリアに視線をやる。
そこには拳にはめるタイプの武器、メリケンサックや鉤爪などの武器がずらりと並んでいた。
アイナさんはエノクの言葉に頷き、店員に頼んでショーケースの中に展示されていた手袋を手に取った。
その手袋には中心に何かの宝玉が嵌め込まれていた。
魔力の波動を感じることから、あれは魔法を使う武器なのだろう。
「これは”エアロフィスト”という拳の武器です」
「空気を圧縮した塊を拳の周囲に纏わせてその圧力で相手を吹き飛ばします」
「攻撃としても使えますし、防御としても相手の衝撃を和らげる効果がある攻防一体の優秀な武器です」
「風の発動にはMPを消費しますが、INTが高ければ強力な風を纏わせることが可能になり、魔法職に適正がある方にもおすすめできる代物です」
「エノクさん、試しに魔力を込めてみて下さい」
そう言ってアイナさんは手袋をエノクに手渡した。
エノクはエアロフィストを受け取ると、拳に装着して手の先に意識を集中させる。
「おお!アイナさん。これなんか・・・凄く良いですね!」
フィストからは小さなつむじ風がエノクの拳の周囲に纏わりついていた。
当然MPを全力で込めている訳では無いだろうが、それでも風の威力を防護カバンの中でも感じることが出来る。
衝撃を緩和させる風の障壁は防御にも確かに有効に作用しそうだ。
汎用性が高そうな武器ね・・・
流石・・・アイナさん。良いもの選ぶ。
ちなみに値段はおいくらなんでしょ・・・?
私はちらりと値札に目をやった。。
・エアロフィスト 1,200,000 CR
・・・いや、だから、高いんだっつーの!!
アイナさんが選んだ武器はやっぱり高かった・・・
・
・
・