セカンダリースキルの限界
体術ぅ~???
アイナさんの突飛な発言にエノクだけでなく私も驚かされる。
肉体労働とかけ離れた仕事をしてきたエノクが体術なんて全然イメージが湧かない・・・
エノクは完全に頭脳労働担当だろう。
まだ攻撃魔法を武器にしたほうが本人のイメージに合うだろうに・・・
「エノクさんの戦闘スタイルを鑑みると、セカンダリースキルを習得するなら体術がいいでしょう」
「まだ、Lvが低いので会得する機会も多いですし、今のうちに体術を得意とする冒険者に教えを乞いに行くべきでしょう」
「もちろんある程度謝礼は出す必要はあると思いますけどね」
「・・・・・」
エノクはしばし逡巡した後、アイナさんに返答をした。
その表情にはハッキリと戸惑いが現れている。
「アイナさんごめんなさい・・・体術を取得する理由がよく分かりません・・・」
「僕のステータスはINTが高めですし、STRやDEFは低めです」
「典型的な魔法職のステータスなので体術の能力を覚えるのではなく、なんらかの攻撃魔法や銃を強化する能力を覚えた方が良いと思うんですけど・・・」
エノクの言うことは最もだ。
この世界の”ステータス”とは魔法科学で定義された肉体強化の数値だ。
そして、”Lv”というのは魔素の肉体への昇華具合を一定の間隔で刻んだものを指す。
魔素を体内で昇華することによってLvが上がり、ステータスの強化をすることが出来るという。
何の数値が強化されるかは個人差があるが、肉体の器の状態に応じて強化されるものも変わってくる。
通常、肉体の器・・・その人の潜在能力は変わることはない。
これは言い換えれば、Lvが上がったときの各種ステータスの数値の変動幅は変わらないということだ。
現在のエノクのLvは【10】。
STRやDEFよりINTが高いということはLvが10上がるまでに、
毎回のレベルアップ後のINTの上がり幅がSTRやDEFなどの数値より大きい事を意味している。
エノクの肉体の器は完全にINTが上がりやすい魔法依存型だという事だ。
当然今後もINTが一番伸びてくるだろうし、将来的な素養を考えても魔術士の方が強みを活かせるはずだ。
エノクが言うには生来持った素養というのは変わることがなく、
器の変容ができるとすれば、それそこ神話のアイテムにしか出来ない事らしい。
「エノクさんの言うことも分かります」
「セカンダリースキルを習得するにしてもINTの強みを活かした能力を習得したいというお気持ちなのでしょう」
「もし、エノクさんが熟練の冒険者程度を目標としているのならそれが一番効率的でしょう」
「しかし、もし大冒険者以上を目指すなら、エノクさんの弱点である肉体の強化や基礎体力を補完する能力を覚えた方が最終的にはエノクさんの役に立つはずです」
「私が体術を推す理由はそこにあるのです」
う~ん・・・?
熟練の冒険者までなら攻撃魔法を覚える方がよくて、
大冒険者以上を目指すなら体術を覚える方が良いってこと・・・?
私はイマイチまだ要領が分かっていなかった。
「・・・詳しく説明していただいてもいいでしょうか?」
「・・・ええ、もちろんです」
どうやらエノクも私と同じく的を得ていないようだ。
エノクの戸惑いを察して、アイナさんは詳細に説明を始める。
「・・・言わずもがなですが、プライマリースキルとセカンダリースキルには大きな違いがあります」
「プライマリースキルは上限なしに能力を開放できますが、セカンダリースキルは最低MPコストの10倍までです」
「ステータスを上げれば魔法効果も上がるには上がりますが、MPの注入出来る上限が決まっている以上、その上昇の幅も限定的です」
「・・・はい。そうですね」
エノクが頷く。
これは当然私達も既に知っている話だ。
「これは言い換えれば”能力の陳腐化”が起こることを意味しています」
「熟練の冒険者程度までなら攻撃スキルの多さはそのまま攻撃の手数の多さに繋がりますので、戦闘を優位に進められるでしょう」
「しかし、Lv50を超えればそこからセカンダリースキルの効果は伸びにくくなり、相手に通用しにくくなります」
「例えば先程エノクさんの要望通り攻撃魔法を会得し、”ファイアボム”を使えるようになったとしましょう」
「ファイアボムの最低MPコストは【50】です」
「そしてLv50の人族の魔法使いであるのならMPは500を超えて来るでしょう」
「つまりファイアボムを限界まで注げるくらいのMPを熟練の冒険者は持っていることになります」
「MPを限界まで注いだファイアボムであるのならLv50付近の魔物や、同じ熟練の冒険者相手なら一撃必殺の致命の技として通用するでしょう」
「ではそのまま、エノクさんがLv100以上の大冒険者になったとしましょう」
「そして相手もLv100以上の大冒険者を想定したとします」
「Lv50の時とそこまで魔法効果の上昇がされていないファイアボムがこの相手に通用するでしょうか?」
「ステータスも格段に強くなっている相手に致命的なダメージを与えられる必殺の技足り得るのでしょうか?」
「・・・あっ!」
そこでエノクが大きく目を開き、声を上げた。
まさに青天の霹靂と言った表情だ。
私も今のアイナさんの説明で得心を得た。
なるほどねぇ~・・・そういう事か。
確かに下手に攻撃スキルを覚えたとしても相手に通用しなくなるんじゃ意味ないわね・・・
「・・・分かって頂けましたか?」
「大冒険者以上の冒険者やLv100以上の魔物相手には多くの攻撃系のセカンダリースキルは通用しなくなって行くのです」
「もちろん覚えることに意味がないとは言いませんし、自分の戦闘スタイルがその攻撃魔法を有効活用できる筋道があるのなら良いでしょう」
「しかし、せっかく苦労してセカンダリースキルを覚えるのなら、他の能力との相互補完が出来るものを選択するべきなのです」
「自らのプライマリースキルを強化する能力やステータスの弱点を補完するものを選択したほうが、最終的には自身の戦闘力の向上に繋がるでしょう」
「・・・なるほど。そういう事だったのですね・・・・」
アイナさんの言葉にエノクは今度は深く頷いた。
「アイナさん、助言ありがとうございます!」
「僕自身セカンダリースキルの限界を分かっていたはずなのに、言われるまで盲点でした・・・」
「大冒険者でも習得出来ているスキルの数はせいぜい”10個”から”20個”程度だと聞いてます」
「その貴重な枠を考えなしに攻撃系のスキルを覚えてしまうのは、確かに危険ですね・・・」
エノクはそう嘆息すると、メガネの縁をクイッと上げた。
「・・・アイナさんが体術を推す理由もようやく分かりましたよ」
「僕の適正的にSTRやDFE、あるいはVITの伸び率が悪い・・・」
「しかし、体術系のスキルなら肉体強化のスキルが豊富なためその弱点をカバーできる・・・」
「アイナさんは体術・・・特にステータス強化系の能力を僕に覚えろと仰りたいのですね?」
確認の意味を込めてエノクがそう問い返すと、アイナさんはニッコリと微笑んだ。
「はい。その通りです」
「理解が早くて助かります」
「攻撃力を磨きたいなら、エノクさん自身のプライマリースキルの銃の改良技術に頼るべきです」
「それよりもそれを安全に撃てるように守りを固める方策を取ったほうが良いでしょう」
「体術を使えば自らの肉体能力を向上させ、相手の攻撃を避けやすくなりますし、その隙に銃で必殺の一撃を見舞わせるという事も出来るようになります」
「そして、銃が使えない装填時間では出来るだけ敵との交戦を避けつつ近づいてくる敵を最小の間合いで仕留める戦法を取る・・・・」
「これを実行するために長さが極小の武器を使うか、己の肉体を使うのがベストです」
「・・・これが私が体術を推す理由になります」
「はぁ・・・ありがとうございます。凄い参考になりました」
エノクはそう言って、感嘆の溜息を付く。
アイナさんがこの場にいてくれて本当によかったと思っているんじゃないだろうか?
これが知識しかない者と経験者の差というものだろう。
経験者の助言は貴重だということがよく分かるわね・・・
まさに目から鱗が落ちるというのはこの事だ。
・・・ともかくこれで選ぶ武具の方向性はある程度決まった。
エノク達はその後、銃が置いてある武器屋と、
体術用の身動きが取りやすい武具が置いてあるエリアを回っていく事になる・・・・・
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