愚鈍な者への訓示
ファリルさんはそう言うとA4サイズくらいの紙が綴じられた目録を窓口の上においた。
結構厚みがある。
「後で文句言われても面倒なので初めに言っておきますが、この目録に載っている者は情報開示に同意した冒険者のみになります」
「我がマルバスギルドは王国最大の冒険者ギルドであり、登録をしている冒険者の数は優に5千名を超えておりますが、全てが情報の開示に同意しているわけではないんでね」
「そこに載っているのも情報開示に同意した500名くらいです」
「それを承知でご覧ください」
「・・・あ、はい。ありがとうございます」
ファリルさんが手で示すと、エノクは目録を受け取る。
さっそくエノクは中を開いてパラパラとページをめくった。
ファリルさんがその間に説明を続ける。
ただし、その口調はどこか投げやりになっており、エノクの方にも顔を向けていなかった。
「・・・冒険者一人ひとりにはそれぞれ情報としての値段が付けられておりまーす」
「高ランクの冒険者の情報は非常に高価になります」
「その目録に載っているのは、冒険者の”名前”と”ランク”、そして情報提供料の”値段”のみです」
「もし、それ以上の詳細な情報が欲しければ出すものを出して頂かなければなりませんなぁ・・・」
「まあ・・・出せるんだったらの話ですがねぇ」
「以上です」
もう、こちらに興味をなくしたのか、あるいはそれも演技の一つなのか定かではないが、
ファリルさんのこちらへの対応が明らかにおざなりになっていた。
たっく・・・これでよく上客の窓口を担当しているわね。
人選間違えているんじゃないのぉ!!?
防護カバンの中で私はそんな感じで憤慨していたのだが、
一方エノクの方は苦笑いを浮かべながらもあくまでも冷静だった。
「・・・あはは、はい。ありがとうございます」
「ちなみにこの目録は頂けるのでしょうか?」
「情報提供して欲しい冒険者の洗い出しは持ち帰ってからしたいと思っているんですけど」
エノクが目録をめくりながらファリルさんにそう応答する。
そしたらファリルさんは待ってましたと言わんばかりに、ニヤァと嫌らしい笑みを浮かべてきた。
「・・・エノク様」
「・・・まさか、タダで情報を得ようなんて思っていませんよねぇ?」
「目録だけとは言え、それも我がギルドで提供している立派な情報提供資料です」
「ええ、ええ。家に持ち帰って検討して頂くのは大いに構いませんが、払うものは払って頂かないと困りますなぁ!」
「目録代として”10万クレジット”頂きます」
「それも払えないというなら、すぐに目録を返してお帰り下さい」
「私も忙しいので冷やかしはお断りさせて頂きたいものですなぁ!」
うわぁ・・・・本当嫌なやつねぇ・・・
目録だけで10万クレジットとか、足元どんだけ見てくるのよこいつ・・・
このおっさんのがめつさに思わず引いてしまう。
ちなみにアイナさんの方はというと、時折視線を向けてこちらの様子を伺っていた。
その視線は当初より険しくなっている。
彼女もなにかファリルさんに思う部分はあるのだろう。
この場では部外者だから傍観に徹しているようだが、
これが騎士団のことやエレノアさんに話が及びそうなら彼女も黙ってなさそうな雰囲気だ。
アイナさんも彼がこういう性格なのは分かっているのかもね・・・
それでもエノクに紹介したということはなんらかのメリットがあるからだろう。
バカとハサミは使いようという格言があるが、彼にも使い道があるのかも知れない。
まあ、私はこんな人と別に無理に付き合う必要はないと思うけどね・・・
一方、10万クレジット払えと言われたエノクは目録をパラパラと最後までめくると、パタンとそれを閉じて顔を上げた。
「・・・分かりました」
「すみませんが、本日は持ち合わせがありません」
「こちらはもうお返し致します」
エノクはそう言うと、目録をファリルさんに手渡した。
彼は鼻を鳴らしながらそれを受け取る。
「ふん、そうですか・・・結局目録は買われるのですかな?」
「今回はサービスでお見せしましたが、これは今回だけの特別待遇です」
「次回は10万クレジットを最低でも用意してからいらっしゃっることですな!」
彼はそう言って嫌味ったらしくエノクに言うのだが・・・
「・・・あ、目録はもう大丈夫です!」
「”中身は全部覚えた”のでもう必要ありません」
「・・・へっ・・・?」
エノクの思いがけない言葉にファリルさんは硬直してしまった!
「ファリルさん、本日は色々教えて頂きありがとうございました!」
「また依頼ある時に伺わせていただきますね!」
「その際はどうぞよろしくお願いいたします」
「では、アイナさん行きましょう!」
「・・・・・」
エノクはアイナさんに目配せをした後、ファリルさんに一礼してから受付窓口を離れる。
一方、エノクの別れの挨拶にも反応できずにファリルさんは呆然と私達を見送った。
その見事な呆け顔は、カメラが手元にあったら撮りたいほどだった。
それで私の溜飲も大いに下がる。
m9(^Д^)←注:レイナの顔
ぷっ・・・あはははははは、いい顔!!ザマァないわね!!!
残念でした。エノクに本を渡した時点で、そうなるのは当たり前じゃない。
エノクの能力をよく知りもしないで、甘く見るからそうなるのよ。
これに懲りたらもう変な小細工はしないことね。
・・・そう、やっぱり天才少年の名は伊達じゃないのよね。
エノクは別に完全記憶能力があるわけではないのだけど、
それが本に書いてあることだったら、信じられないくらい早いスピードで内容を覚えてしまう。
500人くらいのリストだったら、彼だったら1分もあれば覚えるのに十分だろう。
本当羨ましい能力よね・・・私も欲しいくらい・・・
防護カバンの中でガッツポーズをしながらエノクのファインプレーの余韻に浸る。
結局、窓口ではギルドのシステムと冒険者の目録の中身が分かっただけだけど、まあ今日の収穫としてはこれで十分だろう。
エノクはアイナさんとともに受付を離れると、そのまま1階の商店街へと足を運んだ。
そして、その道中・・・
「癖のあるお人だと感じましたか?」
「・・・え、ええ。そうですね・・・」
アイナさんが前を歩きながらエノクに声を掛けてきた。
やはり、アイナさんもファリルの物言いに思うところがあったようだ。
彼女の問いにエノクは苦笑いをする。
「マルバスギルドの窓口の人はああいう方が多いのですか?」
「なんていうか・・・凄い強引というか、ガメつい印象を僕は受けました・・・・」
「言っていることは正しいとは思うのですけど・・・・」
しみじみとエノクがそう感想を述べると、アイナさんが頷いた。
「そうですね・・・まあ、あのファリルさんほど我を出す人は中々いないですけどね」
「しかし、冒険者ギルドは多かれ少なかれ、そういう性質を持つものですよ」
「依頼人からの受注や、冒険者への依頼の斡旋は公示される契約書に基づき施行されますので、その内容は信用できます」
「しかし、逆に言えば契約に基づかない口約束ほど怖いものは無いでしょう」
「彼らも信用を全く重視しないわけではないですが、彼らの価値観では実力が最優先であり、騙す騙されるも騙される方が悪いということになります」
「奴隷枠やギルドの構成メンバーを除けば、冒険者ギルドと冒険者はあくまで対等な関係です」
「つまりそこには交渉事が存在し、駆け引きが行われます」
「愚鈍な者では冒険者家業をやっていくのは難しいでしょうね」
「・・・・・」
アイナさんの言葉にエノクは顔を引き締める。
私も彼女の言葉を聞き先程までの浮かれていた気分が消え失せた。
そう・・・私達はそういう道に足を踏み入れたのだ。
今回の件はある意味アイナさんから私達への訓示だったのかもしれない・・・・・