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窓口の男




思わぬ言葉を掛けられ、エノクが息を飲む。





・・・って、何言ってんねんこのおっさん!!


奴隷枠使えとかいきなりすぎでしょ!!





防護カバンの中で人知れず熱く反応する私。


エノクも流石にこの言葉に驚いたようだ。





「ど・・・奴隷枠っですか・・・」



「ちょっとそれは僕の頭の中には無かったのですが・・・」



「まだ、冒険者のパーティも満足に探していないですし・・・」





そう言って顔を引きつらせながらエノクはファリルさんに返答する。


エノクの言葉は最もだ。


この場で即断してギルドに隷属の契約を申し入れるなんて狂人も良いところだろう。


それか差し迫ってギルドの保護を得る必要がある者たちだ。


そう・・・隷属することにはなるが、ギルドの保護を得られるメリットも確かにある。


だけど、デメリットももちろん大きいから、今この場で即断しないほうがいいのは間違いない。


情報を十分に収集し、今の自分達の現状と将来のリスクを天秤にかけてそれでもやるメリットが上回る時に初めて奴隷枠という選択肢が浮かび上がる。


エノクも私と同意見だからこそファリルさんの言葉に抵抗を示したのだろう。


しかし、目の前のおっさんは前のめりになりながら、エノクに強引に話を持ちかけてくる。





「私はこう見えても人を見る目は確かだと自負がございます」



「エノク様は残念ながら前衛としての能力はお持ちではなく能力も戦闘向きではない」



「完全に後方支援の要因としての募集になりますが、残念ながらその職は競争率が高いんですよ」



「直接戦闘を行う冒険者は前線での死傷率も高く常に人手不足」



「その為常に人材の募集が掛けられているのですが、それに対してサポート部隊は生存率が高いのです」



「だから比較的替えも効くし、人手も余っている状態なんです」



「つまり、エノク様のように駆け出しの冒険者でレベルも低い者をわざわざ取ろうとするパーティなんかおりません」



「ギルドの奴隷枠を使用して、まずはご自身の強化をされる事を最優先にされるべきなんですよ」



「おわかりですかな?」



「・・・・・」





エノクはファリルさんの説明に黙り込んでしまう。


自分の今の状況が芳しくない事を考えてどうすればいいか悩んでいるのだろう。


ファリルさんがそんなエノクにニコリと微笑みかけて、今度は諭すように話を続けてきた。





「大丈夫ですよ、エノク様!」



「先程も言ったように奴隷枠というのはあくまでも名前だけです」



「実際は育成枠ということになりますし、無茶な作戦や依頼に育成枠の新人を投入するなんて事はそうはないですよ」



「だから、安心して登録して下さいませ!」



「・・・・・」





・・・こいつ・・・ちょっと、頭くるわね。


こいつの話を要約すると、エノクはどこも必要とされる事はないから、さっさと奴隷になれと言っているに等しい。


あんたにエノクの何が分かるっていうのよ!


怒った私は防護カバンを2回叩いた!





トントン!!





「・・・えっ・・・」





エノクが私のノックに反応した。


驚いた彼はファリルさんから目線を逸し、目をパチクリとさせながら防護カバンに視線を向ける。





「どうかなされましたか、エノク様?」



「返事をお聞かせいただいてもよろしいですかな?」





ファリルさんの鋭い視線がエノクに突き刺さる。


口元に笑みこそ浮かべているが、エノクの煮えきらない態度に不信感を抱いているようだ。





トントン!!





答えに窮しているエノクに向かって私はもう一度ノックを2回叩いた。


もちろんこれは申し出を断りなさいという意味だ。


・・・この男はどうも信用できない。


相手を見て態度を変えるところといい、相手をこけおどして自信を喪失させてから奴隷に勧誘させるところといい、やることがかなり汚い。


・・・というか詐欺師めいている。


エノクは私の合図にこくんと頷くと、ファリルさんに顔を向けた。





「・・・すみません。せっかくご提案頂いたのに恐縮ですが、いきなりすぎる気が――」



「―――お言葉ですが奴隷枠は今だけのチャンスですぞ!!!」





エノクの言葉を遮って突然ファリルさんは大きな声を上げてきた!


その突然の豹変ぶりと、剣幕の凄さにエノクが硬直してしまう。


それを見逃さないかのようにファリルさんはさらに捲し立ててくる。





「先程も言いましたが、エノク様の今の状況で実績のある冒険者パーティに参加するのは非常に困難です!」



「しかし、貴方は誠に運が良い!!!」



「奴隷枠は競争率が高く枠に入るのは困難ですが、先の王都の事件のせいで、より多くの冒険者の需要が増えましてな」



「増員のために一時的に枠を拡大しているのですよ。これはまさに千載一遇のチャンスなのですぞ!!」



「これを見逃すとは貴方は折角の幸運を自ら手放すことになる!!」



「貴方は冒険者という職業がいかに困難な道なのか分かっていない!!」



「冒険者は財宝をめぐり、時にお互いが殺し合うことすらある実力がすべての世界!」



「良い冒険者のパーティを引けるとも限らない!!」



「しかし、今だったらギルドの保証を受けながら自身のレベルアップと一攫千金を狙うこともできる!」



「これを利用しないとは貴方はアダマンタイトを捨てて、そこらの鉄を拾うようなもの!!」



「すぐに応募されることをおすすめしますぞ!!!」



「・・・あ・・・え、と・・・」





彼の勢いに押されて、エノクは言葉を一旦失ってしまう。


一方、私の方は意外にも彼の言葉に納得する部分もあったので驚いていた。


なるほど・・・こいつの言うことにも道理が無いわけではないわね・・・


彼が言ったように冒険者同士が殺し合うことがあり、実力が全てだというのはもっともな話だろう。


良い冒険者パーティに都合よく参加できる可能性が低いのも道理だ。


だけどね・・・・・


そこで私は改めてファリルさんとエノクの顔を交互に伺う。


ファリルさんはエノクの悩んでいる姿を見て表情こそ変化していないが、その目の奥に獲物を狙うかのような鋭い眼光がエノクを捉えていた。


エノクも彼から暗黙の内に放たれる威圧感に当然気づいているはずだ。


この人は自分を”狙っている”と・・・・


彼の手口を見ると、まずは相手を不当に貶め、自信を喪失させる。


そして、ふっと湧いた様に時限付きの幸運を眼の前にチラつかせて、相手を飛びつかせようとする。


エノクの能力やこれまでの経歴を詳しく知らないにも関わらず、ただレベルと魔法技師という点だけで彼はエノクの既存パーティへの参加が厳しいなんて言い出したことがまずおかしい。


それに自由がきかずいざとなったらギルドの命ずるままに死地に赴くことが強制される奴隷枠にそう簡単に人が応募しに来るだろうか?


戦争で国内が乱れている時は、日々の食い扶持を求めるために傭兵に身をやつしたり、軍に志願するなんてことも確かに多いだろう。


しかし、今は平時だ。


この平和な王都でそれなりに裕福な暮らしができている人間が多い中、奴隷へ志願しに来るやつが後を絶たないなんて状況は俄に信じがたい。


加えて、この人の必死な勧誘ぷりを見ていると、勧誘に成功したらこの人になんらかのキックバックが入るのかもしれない。


人を集めるのに苦労する状況だからこそ、キックバックの報酬も高くなる。だからこそ、ファリルさんは必死なのだろう。


・・・まあ、これは完全に私の邪推だけど、それを疑えてしまう状況なのがもうアウトよね。


彼の言葉をそのまま真に受けるなんて私には到底出来なかった。


私がそう結論づけると、しばらくしてエノクも考えがまとまったようだ。


少し間を置いてからエノクはファリスさんに言葉を返す。





「・・・ファリルさん。ハッキリと言います」



「僕は今すぐに奴隷枠を利用するつもりはありません」



「勧誘頂いたのに恐縮ですが、この場では見送らせていただきます!」





エノクの言葉にファリルさんは先程よりも少し目を大きく見開いた。


エノクの言葉に少なからず驚いたのだろう。


先程まで自分のカモだと思っていた獲物が、ハッキリと拒否の言葉を口にしたことを・・・・


エノクはどちらかと言えば調和を重んじる性格だ。


相手との関係性をこじらせまいとして、曖昧な返事をしてこの場をやり過ごすという選択肢もあっただろう。





へえ、驚いたわよエノク・・・


そんなハッキリと拒絶の言葉を言える人間だったんだ・・・


そのまま押し切られて、奴隷になっちゃうかもと心配してたのだけど・・・杞憂だったようね・・・





私がエノクに感心していると、ファリルさんは意外な反応を示す。





「・・・・ふむ、そうですか。なら、結構です」



「アイナ様の知己の方だというから良い案件を提示したというのに、私の好意を分かって頂けないとは残念ですな」



「私の権限で奴隷枠に斡旋できるのは今日までです」



「明日以降はお受けかねますので、ご承知おき下さいませ」



「・・・はい。あはは・・・」





この親父は・・・!


ゴリ押してきたと思ったら、今度は途端に関心がなくなったかのように手を引っ込めてきた。


エノクもその態度の豹変ぷりに苦笑いを返すしかないようだ。


押してだめなら引いてみる・・・これも詐欺師の常套手段だろう。


人は利益が失われようとすると途端に惜しくなるものだ。


これを行動経済学の世界では”プロスペクト理論”と言う。


人間は与えられた情報から、事象が発生する確率とリスクに比例して物事を判断するのではなく、状況や条件によって、期待値を歪めて判断してしまうと言われている。


プロスペクト理論では損失回避性の傾向が人間にはあると言われ、利益が失われる状況では誤った判断を下しやすいというのだ。


・・・えっ?なんでそんな専門用語知っているのかって?


私も色々苦労したのよ・・・・


まあ、とにかく、こういう時は安易に判断を下すのは危険だということね。


静観が正しいだろう。


しかし、このおっさん・・・この感じだと今後もまともに紹介してくれそうもないわね・・・


・・・まあ、冒険者ギルドはここだけじゃないし、窓口の担当者は他にもいる。


いざとなったら斡旋なんか使わずに自分達でパーティを探して参加を打診することもできる。


実績のあるパーティに参加するのは大変だろうけど、コネを使うなり、モノで釣るなり、事前に情報を掴んで空きが出そうなタイミングで声を掛けるとかやりようはあるはずだ。





「・・・さて、もう一点の要件は冒険者の”情報”でしたな」



「こちらが当ギルドが扱っている冒険者の目録一覧になります」




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