悪魔の奴隷
壮年に入った小太りの人の良さそうなおじさんが私達を出迎えた。
以前、アモンギルドでエノクの対応をしたオールバックの男の人と対称的だった。
あの人は氷のような冷徹な表情をして一切表情を崩すことはなかったけど、この人はニコニコと営業スマイルを惜しげもなくアイナさんに振りまいている。
「ご無沙汰してます。ファリル殿」
「今日は私の知人で依頼主を連れてきました」
そう言ってアイナさんは、後ろについていたエノクを手で示す。
「ほう・・・お知り合いですか?」
「王妹殿下や騎士団の関係者の方でしょうか?」
ファリルさんと呼ばれたオジサンが口に笑みをたたえながらエノクに目線を向けると、その瞳の奥に鋭い眼光が垣間見えた。
人を査定するような視線がエノクの全身をくまなく見渡す。
外見上は穏やかな表情をしているように見えるが、その内面ではエノクを好意的に評価してくれているかは定かではない。
エノクの事ジロジロ見て失礼な奴ね・・・・
腹に一物を抱えてそうな狸親父って感じ・・・
私の第一印象は正直言ってよくなかった。
「そんなところです」
「隊長から宜しくと言われています」
「是非彼の依頼を聞いて上げて下さい」
「ほう!そうだったのですか!それはそれは!」
クラウディアさんの名前を出した途端彼の口角がさらに上がり、目尻にシワが寄った。
うわぁ・・・露骨な態度ねぇ・・・
自己の利益になりそうだからと言って急にエノクにも愛想を振りまいてきた。
無愛想だけど、アモンギルドの受付の人は人を見て態度を変えることはしなかった。
依頼者の立場からしたらこの人はあまり付き合いたいタイプではないだろう。
「アイナ様には日頃大変ご贔屓にさせてもらっております」
「その知人の方とあらば私の裁量の範囲で、可能な限り協力させて頂きますよ!」
「・・・恐縮です。ファリル殿」
アイナさんはそう言うと、お辞儀をしながら上品に挨拶をした。
ファリルさんと呼ばれた人はおほん!と1つ咳払いをすると、エノクに顔を向けてきた。
「・・・それで、そちらの方のお名前は何というのですか?」
彼の問いにエノクは前に進み出る。
「初めまして。エノク・フランベルジュと申します・・・」
「本日はよろしくお願いいたします」
エノクが恭しく頭を下げると、ファリルさんは両手を頬に当て、驚きの表情を浮かべてきた。
「おおっ!これはなんと聡明なお顔立ちをされた若君なんでしょう!」
「流石クラウディア公女閣下やアイナ様の覚えめでたきお人ですなぁ~」
「私としてもあなたのような方と交流を持てるのはこの上なく幸運なことですよ!」
「ご用命あらば、私めになんなりとお申し付け下さいませ!」
「あっ!はい。はは・・・ありがとうございます」
彼は大仰な言葉でエノクを出迎え、握手を求めてきた。
エノクは愛想笑いをしながらファリルさんに応じる。
「・・・さて、エノク様ご挨拶が遅れましたな」
「私はファリル・ファゴットと申します」
「ゴブリン、インプ、オーク、オーガ級の冒険者への斡旋と、ギルド上客のご依頼主様の受付を担当させて頂いております」
「以後、お見知り置き下さいませ!」
そう言って恭しく彼は頭を下げてきた。
ゴブリン、インプ、オーク、オーガ級とはギルドに登録されている冒険者のランクのことね。
冒険者のランクによって魔物の名前が与えられ、高ランクになると、称号も強モンスターの名前になっていく。
オーガ級までが一般の冒険者の括りになり、オーガ級を卒業してゴーレム級にランクアップすれば晴れて熟練の冒険者の仲間入りが出来るという。
つまりこの人は初級、もしくは中級程度の冒険者が受注する依頼を専門に扱っているということだ。
「それで本日のご要件はなんでしょうか?」
「はい、2点ありまして・・・」
ファリルさんが本題に入ってきたので、エノクは依頼内容を話し始めた。
今回私達がマルバスギルドに来た目的は大きく分けて3つある。
1つ目は冒険者のパーティを探すことと、その参加条件の確認。
2つ目は冒険者の”情報”を得ること。
そして、3つ目は武器やアイテムの調達。
ただし、3つ目に関して言えば、今回はあくまでついでだ。
掘り出し物があれば調達するという程度で、メインは1つ目と2つ目になる。
冒険者ギルドの窓口では冒険者の登録や他パーティーへの斡旋業務。
また、冒険者の登録情報そのものの売買も請け負っているという。
「・・・ふむ。なるほど要件は分かりました」
「エノク様は冒険者登録もまだということですよね?」
「それでしたらまずは当ギルドの制度も踏まえてお話させていただきましょう・・・」
エノクの話を聞き終えるとファリルさんはマルバルギルドのシステムについて話し始めた。
その話を要約すると次のようになる。
・・・当たり前だけど、冒険者のパーティも戦力になる冒険者を求めている。
世知辛い話だけど、企業だろうが、冒険者パーティだろうがどこも”即戦力”を求めるのは変わらないということだ。
じゃあ、企業のいうところの新卒枠が無いのかと言えば、そういう訳でもない。
強者が都合よく応募や登録に訪れることなんてことはそうそうない。
その為、冒険者ギルドが主体としてレベルが低い冒険者の育成を掲げている所があるという。
マルバスギルドはもちろんそれを掲げているギルドの一つだ。
国内最大の冒険者ギルドであるマルバスギルドはともすれば王国の軍の戦力にも直結するため、
王国が資金を投じて冒険者を育てる依頼を発信しているらしい。
通常なら、報酬が高く割がよい依頼は高ランクの冒険者に独占されてしまうらしく、中々新人まで回ってこない。
だけど、こういった育成目的の依頼のものは新人の冒険者に依頼を割り当てさせるから、
新人でも多額の報酬を手に入れられて自身のレベルアップのチャンスを得られる。
育成を掲げているか、そうでないかは駆け出しの冒険者にとって非常に重要な選択基準になるわけだ。
もちろん、こういった育成目的の依頼を受けられるようにするためにはそれ相応の代償が求められる。
通常冒険者ギルドと冒険者の間柄は”ドライ”な関係だ。
依頼による受発注がなければお互いに契約で縛られることもない。
依頼が完了してしまえば、冒険者ギルドから給料も出る事はないし、
”冒険者ギルドに迷惑を掛けさえしなければ”、ギルドが冒険者に干渉することもない。
しかし、冒険者がギルドの” |悪魔の奴隷《 メフィスト・サーヴァント》枠”を利用して冒険者ギルドに登録した場合は事情が異なってくる。
これは名前こそ物騒だが、要は育成枠のことだ。
この育成枠で一度冒険者登録したら、長い長い契約期間を設けられ、他の冒険者ギルドへの移籍も制限される。
冒険者ギルドは一部の例外を除き、掛け持ちを許していないから、育成枠の冒険者は基本的にそのギルドに忠誠を誓わされるわけだ。
また、ギルドからの依頼は冒険者の意思によって受託をするかしないか選択をすることが出来るが、
悪魔の奴隷になった冒険者にはその選択の自由はなく、ギルドからの依頼は強制的に受けなければならない。
さらに、パーティの編成においても依頼ごとにギルドが冒険者を選定して、即席パーティを組まされるという。
もし、それを拒否してしまえば、”血の契約”によりギルドが冒険者に制裁を課してくる。
つまり・・・ギルドの裁量において私刑・リンチが認められているということだ。
契約を破棄したり、無視すればいいじゃないかと思うかも知れないが、そんな甘い話は通用しない。
ギルドとの契約は血の契約・・・つまり誓約による呪縛が契約者に掛けられる。
約束を破ったらどんな酷い目に合わされるかわかったもんじゃないし、
仮に呪縛を解除できたとしてもギルドが自身の面子にかけて違反者を排除にかかるという。
ギルドというのは自分たちの権益を守る為に設立された経緯があるから、違反者には厳罰を持って償わせる習慣があるらしい・・・
この説明を聞いた時私は肝を冷やさざるを得なかった。
冒険者ギルドが悪魔のギルドと言われるのは伊達ではない。
冒険に出れば自由な道が開けるかもと少し空想してしまってたけど、これを聞く限りそんなのは幻想だ。
新人の冒険者にはかくも厳しい現実が横たわっている。
まったく・・・世知辛い世の中よねぇ・・・
冒険ぐらい好きにさせてくれって思うけど・・・
まあ、これも一人前になるための試練の一環かしらねぇ・・・
ただ、意外だったのは”悪魔の奴隷枠”へ志願する冒険者は後を絶たないらしい。
しかも競争率が高いから、志願したとしても必ずこの枠に入れるわけでもないという。
ギルドに隷属する形にはなってしまうが、契約は永遠というわけでもないし、
ギルドとしてもせっかく育てようとしている人材を使い潰すなんてことはしない。
育成にとてつもない手間と費用が掛かることを考えたら、使い潰したらそれこそ利に反してしまうからだ。
その為、悪魔の奴隷になった冒険者の待遇は意外に良いという。
自由は制限されるけどね・・・
・・・まあ、奴隷になるかどうかは各々が自由に決めることだ。
最初から名のある冒険者のパーティに運良く所属できればそんな枠を使わずとも冒険者として名を上げていくことは出来るだろう。
まずは自分たちだけでやってみてそれから判断してからでも遅くはない。
そうなると、既存の冒険者パーティに入れてもらうか、
パーティーに所属しない個人プレイの冒険をするかの選択肢しかなくなるが、後者はもちろんオススメできない。
個人で冒険を続けられる者なんて余程の強者のみだ。
初心者の中には自分の力を過信して一人で旅立つ者もいるらしいが、そういう者のその後の足取りは消えてなくなるのが世の常だ。
・・・というわけで私達が狙うのは当然前者なのだけど・・・・
「――――ふむ、今は支援系の冒険者を募集しているパーティは少ないようですね」
「残念ながら、今のエノク様の状況ではご要望の斡旋は厳しいと言わざるを得ませんな」
「”奴隷枠”を志願されてはいかがでしょうか?」