祝福と敬礼
「そうですか・・・そなたはそう決断したのですね」
「はい・・・・殿下のご期待に添えぬ形になってしまい誠に申し訳ございません・・・」
殿下に深々と頭を下げながら僕は詫びの言葉を口にする。
新たな決意を誓った翌日・・・僕は殿下の執務室を訪れていた。
殿下のお部屋は意外なほど質素で、とても華々しい英雄譚を持っている方のお部屋とは思えなかった。
部屋にはエレノア殿下とクラウディア団長。
副団長のエミリアさんにアイナさんと秘書のリーファさんがいる。
殿下は僕の言葉を黙って聞いてくれた。
口述が終わった後僕は殿下を仰ぎ見たがその表情からは感情を読み取れなかった。
達観の表情といえばいいだろうか。
殿下が今どういうお気持ちを抱かれているのか分からない。
お気を悪くされていないといいけど・・・
「残念ではない・・・と言えば嘘になります」
「特にそなたを推薦したクラウディアは誠に惜しいと思うはずです・・・」
「はい・・・申し訳ございません・・・・」
殿下の言葉に僕は謝罪しか返すことが出来なかった。
クラウディア団長にも申し訳なく思う。
エレノア様の横に彼女も控えているが、どんな顔をして僕を見ているのだろうか・・・
クラウディア団長と顔を合わせづらかった・・・
「・・・咎めるつもりはもちろんありませぬ」
「そなたも事情あってのことだと重々承知しています」
「しかし、理由を聞いても良いですか?」
「わたくしの誘いを断った訳を知りたいのです・・・」
「はい・・・」
エレノア様へのせめてもの返礼は、自分の気持ちを嘘偽ることなくお伝えすることだろう。
顔を上げた僕は殿下の視線を真っ直ぐに受け止めた。
「自分には夢がございます」
「魔法技師として今よりもさらに研鑽を積み、神遺物の創作をするという目標でございます」
「自分の人生を捧げても、私は古の技術を会得しカーラのため・・・そして人類の未来のために尽くしたいと思うのです」
「・・・・・」
エレノア殿下の側に控えているクラウディア団長にチラリと目線を移すと、彼女は驚きの表情をしていた。
彼女には僕の夢のことは話していたが、ここまで本気で僕が考えていたとは思っていなかったかも知れない。
まあ、それも当然だ・・・
あの時はまだ自分の目標は明確ではなかったし、本気でそれを目指そうとする腹も決まっていなかった。
半分本気、半分冗談だと捉えられても仕方がない。
それがこの土壇場・・・カーラの英雄である王妹殿下の誘いを断ってでも、その夢物語を追求したいなんて言い出したんだ。
一体僕の心境に何の変化があったのだと疑っているのかも知れない。
一方、エレノア殿下は僕の話を表情一つ変えず黙って聞いてくれていた。
殿下の心情をそこから読み取ることは出来ないが、今の僕に出来るのは誠心誠意話を続けることだけだ。
「自分の夢を成し遂げるために、私は大冒険者にも匹敵する力を身に付けなけねばなりません」
「その為には、カーラの地から離れ、数多の魔物を倒し、」
「そして、この広い世界を冒険して神遺物創作の謎を突き止める必要がございます」
「故に、自分は冒険することを決意いたしました」
「もちろん旅をする中で奪われた遺物の情報があった時はエレノア様にご報告申し上げる所存です」
「どうかご容赦の程、お願い申し上げます」
最後の言葉を言い終わると、再び膝を屈して僕は深々と殿下に頭を垂れた。
彼女たち全員誰一人笑うものはいない。
誰も僕の話を与太話と思わず、皆真剣に聞いてくれていた。
クラウディア団長以外にも、エミリアさんやリーファさんも僕の話を聞いて少なからず驚いている様子だった。
彼女たちから嘆息の声が聞こえてくる。
アイナさんだけは相変わらず無反応のままだったけど・・・
「・・・それがそなたの決めた道なのですね」
「なるほど私では引き止められぬ訳です」
「そなたの目を見れば分かります。そなたは全く嘘をついていない・・・」
「本気で己の人生を掛けてでも神遺物の創作をしようと考えている」
「どうやら私はそなたの事を見誤っていたようですね・・・」
エレノア殿下は僕の言葉を聞き終わると、晴れ晴れとした表情で僕を見つめた。
「エノク・フランベルジュ。そなたの行く道は誠に困難でしょう」
「幾度の試練がそなたの前に立ちふさがることでしょう」
「しかし、決して諦めてはなりませぬ」
「そなたなら失われた錬金術の秘技も解き明かせるかも知れません」
「そして“新たな世界“を開くことも夢ではないかも知れませぬ・・・」
「私はこれ以上何も出来ませんが、せめてそなたの旅の無事を祈るとしましょう」
「そなたの行く末に偉大なるリーヴ神とヘルヴォルの導きがあらんことを・・・」
エレノア様は白いグローブが嵌められた右手を高々と僕の頭上に掲げられた。
右手を上げる意味はその人の立場や職種によって違うが、この場合は「祝福」を意味する。
殿下が僕をお認めになった証だ。
「殿下・・・ありがとうございます・・・!」
殿下に深々と再び頭を下げた。
エレノア様は頷くと、クラウディア団長に顔を向けた。
「クラウディア・・・エノクを我が騎士団に迎え入れられなかったのは残念ですが、これもノルンの導きなのかもしれません・・・」
「旅立ちまで彼を出来るだけ助けてあげなさい。それが彼へのせめてもの礼でしょう」
「・・・・はっ!承りました」
エレノア殿下の言葉にクラウディア団長も頭をさげる。
僕を騎士団に推薦してくれたのは他ならぬクラウディア団長だ。
表情には出ていないが、彼女にも当然思うところがあるだろう。
旅立ちの前にクラウディア団長に直接会ってこれまでのお礼と挨拶をしなければならないな・・・・
「では、行きなさい。エノク・フランベルジュ」
「はい!殿下失礼します」
エレノア様に別れを告げ、僕はアイナさんと一緒に執務室を退室した。
部屋の外に出るとアイナさんは僕に一瞥くれる。
そして、そのまま付いてこいと言わんばかりに歩き出す。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言のまま僕たちはエレノア様の離宮を離れ騎士団宿舎に向かった。
うっ・・きまずい・・・
事実上僕は騎士団との決別を宣言したに等しい。
クラウディア団長やアイナさんには多大にお世話になったということもあるから、彼女たちとは気持ちよく別れをしたいものだ。
下を向きながらどうすればいいだろうと僕が悩んでいると・・・
「・・・意外でした」
「・・・・えっ」
突然の言葉に僕は反応が遅れる。
アイナさんが前を向いて歩きながらふと僕に語りかけてきた。
「エノクさんは王妹殿下の提案を間違いなく受け入れるだろうと隊長も私も思っていました・・・」
「貴方にとっても悪い提案ではなかったはずですからね」
「それにあなたの王妹殿下への忠誠と敬愛は本物だとも思っていましたから・・・」
「・・・・・」
アイナさんの独白にも似た言葉に何も返せなかった・・・
僕だってカーラの英雄であるエレノア様に仕えられたらどんなにいいだろうと思う。
その気持ちは今も変わりはしない。
しかし、自分の夢はまた別にあると僕は気づいてしまった。
その為には僕は己を鍛えることを優先しなければならない。
自らの夢を叶えられる実力を身につけた後は僕は王妹殿下に仕えたいとも思っている。
流石にこれは虫が良すぎるからこんな事は誰にも言えないけどね・・・・
それに殿下はもう僕を誘うことはないだろうし、僕が望んでももう受け入れないだろう。
従って、この場でアイナさんにどう回答したところで彼女に満足のゆく答えは返せない。
「殿下への忠誠は本物です!」なんて下手に取り繕ってしまえば彼女の心象を今よりも悪くするだけだ。
だから僕は黙っているしかなかった・・・
アイナさんは僕の沈黙を察してか、それ以上何も言ってこなかった。
しかし、宿舎の部屋に到着した後、別れ際彼女から思わぬ言葉を掛けられる。
「エノクさん・・・勘違いされているかもしれないので言っておきます」
「私はあなたの選択に驚きはしましたが、正しい選択をしたと思っています」
「私としてもエノクさんに騎士団に入って欲しかったですが、貴方が冒険を優先する理由も理解できるのです」
「王妹殿下の要望に応えることは国家の大義に叶うものですが、あなたの成し遂げようとする目標はそれ以上・・・全ての種族と世界の繁栄に関わるもの」
「あの場であんな事を言われてしまっては誰も貴方を引き留める事は出来なかったでしょう」
「私達は想像以上の大人物を勧誘していたのかも知れませんね・・・・ふふっ」
そう言い終わると、珍しくアイナさんは破顔した。
「貴方の旅立ちまで私は引き続きサポートするつもりです」
「何なりとおっしゃってください」
「・・・では!」
バタン!
ビシッ!っと僕に敬礼をしてからアイナさんは部屋を出ていった。
「・・・アイナさん」
彼女の言葉に僕は胸がいっぱいになる。
彼女は別に怒ってはいなかった。
むしろ僕の背中を後押ししてくれた・・・
彼女には本当感謝しか無いな・・・
「良い人ね、アイナさんって・・・」
僕がアイナさんの言葉の余韻に浸っていると、仮設住宅で僕の帰りを待っていたレイナが顔を見せた。
「そうだね・・・僕が断った後でも彼女は自分の任務を全うしようとしている」
「クラウディア団長と騎士団の人達が高潔さを持っている事がよく分かるよ」
「カインとその部下たちとは大違いだよね・・・」
「ふふっ・・・・」
レイナが僕の言葉に苦笑する。
僕がカインとクラウディア団長達を比べたのがおかしかったのだろう。
クラウディア団長もカインも貴族の家柄であるけど、その性格や志は天と地ほども違うといって良い。
同じ貴族でもここまで違ってくるのかと驚くばかりだ。
人と直接接することによってその人となりが初めて分かる。
今回の件で僕は少なからず、貴族にも立派な人がいるんだとわかったのはとても良かった。
クラウディア団長に会うことがなければ僕は貴族そのものに不信感を抱き、変な偏見を持ちつづけてたかも知れない。
「・・・断ったこと、少し後悔している?」
レイナが顔色を伺うかのように尋ねてきたので、僕は首を振る。
「・・・いいや」
「確かに少し名残惜しさはあるけど後悔はないよ」
「殿下も僕に理解を示してくれて、最後には祝福までしてくれたんだ」
「むしろ今日断らなかったら、僕は後悔していただろうね」
今の僕には後悔はなくただ安堵感があるのみだった。
細かく言わなくてもレイナは僕の気持ちを察してくれたのだろう。
「・・・そっか」
と僕の言葉に感慨深げに呟く。
僕がエレノア殿下をとても敬愛している事をレイナも重々承知している。
冒険の為に殿下の誘いを断る選択したとはいえ、殿下の理解を得られるに越したことはなかった。
事態が丸く収まって今はホッとしているというのが僕の正直な感想だ。
「・・・これからどうするつもり?」
レイナの問いに僕はしばし考え込む。
「そうだね・・・まずはやっぱり旅に必須なアイテムの調達かな」
「軍資金は十分手に入ったことだしね」
そう言って僕はテーブルの上に置かれたものに視線を移す。
・・・テーブルの上には高級そうな布袋の中に溢れんばかりの金貨が入っている。
ブルッ・・・
・・・昨日はエレノア様との謁見で頭がいっぱいになってたからあまり実感がわかなかった。
だけど、今になって僕はその額面の多さに身震いしてしまう。
300万クレジット・・・とてつもない金額の報奨金だ。
これだけあれば当面お金の心配をする必要はないだろう。
もちろん、未開の地へと赴く大冒険者が買うような装備やアイテムの購入は無理だろうけど、
駆け出しの冒険者が赴くようなダンジョンや魔物討伐に必要なアイテムだったら十分揃えられそうだ。
「それと、冒険者ギルドにも行って見るつもりだよ」
「旅に必要なアイテムの情報収集や魔物の情報なんかも仕入れたいしね」
「それに今後所属する冒険者ギルドも目星を付けておかなきゃいけないと思うし」
・・・まあ、順当に考えたら、マルバスギルドになるとは思うけどね・・・
マルバスギルドは国内最大の冒険者ギルドで、カーラ王国が運営しているギルドだ。
所属している冒険者の数も質もピカイチだ。
最も大きいギルドで探したほうが自分の条件に合うパーティーも早く見つけられるだろう。
「うーん。そっか、冒険者ギルドに行くのね・・・・」
レイナは僕の言葉を聞くと、何か考え込み始めた。
彼女の視線が宙に向いている。
その視線の先には当然冒険を見据えた何らかの計画が練られているのだろう。
「・・・だったら私も付いて行こうかな」
「後、ちょっとお願いもあるんだけど・・・」
レイナはそう前置きをすると僕に要望を話してきた。
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