謁見と報奨
「エノク・フランベルジュ・・・前へ進み出られよ!」
格調高いキースさんの声が僕の鼓膜を刺激した。
その声の高さと大きさに僕の脳髄すらも揺さぶられそうだ。
「・・・っはい!」
若干緊張が残る声でキースさんの呼びかけに応える。
心臓の高鳴りが先程から止まらなかった。
辺りには厳粛な雰囲気が流れ、これまで経験したことのない数多の人の視線が僕に集中しているのが分かる。
僕の視線の先には憧れの人が僕を見据えて佇んでいた。
カーラの若き英雄・・・・エレノア殿下その人だった・・・・
僕は彼女の少し前まで進み出ると、片膝を屈して深々と頭を垂れた。
拝謁の予行演習をこの日の為に何度練習したか分からない・・・・
謁見の間に通される間にもエレノア様に失礼がないように何度も頭の中でシミュレーションを重ねた。
いざ本番となって上手く出来たかは不安だけど、自分としてはヘマだけはしなかったと思いたい・・・
謁見の間は玉座までの通りに赤い敷布が敷かれ、クラウディア団長旗下の第9近衛騎士団が道の両脇を固めていた。
クラウディア団長はエレノア様のすぐ横に控えており、他にもアイナさん含め、僕が見知った顔も何人かこの場にいる。
「・・・面を上げなさい。エノク・フランベルジュ」
透き通るようなエレノア様の声に導かれるように僕は顔を上げた。
見目麗しいエレノア様が僕に微笑みかけて来ていた。
その瞬間・・・僕は殿下に心を奪われる。
キラキラと輝く瞳が僕を覗き込むように捉え離さなかった・・・
それは作り物の笑顔だったのかもしれない・・・
だけど、紛れもなく僕の為に殿下が作られた笑顔だった。
一臣民の僕の為だけに、殿下がそのようにしてくれたと考えただけでもう胸が一杯になってしまった・・・
「・・・そなたが、エノク・フランベルジュですか」
「この度は誠に大儀でありました」
「私の要望に応じ、神遺物を取り戻すために大層力を尽くしてくれたとクラウディアより聞き及んでいます」
「そなたが神遺物を持ち去った犯人を突き止めてくれたこと」
「また、犯人によって仕掛けられた罠を見破り、我が騎士団の危機を未然に防いだとも報告を受けています」
「危うく私は神遺物のみならず、掛け替えのない我が配下の忠臣達も失うところでした・・・」
「・・・まさにそなたの先を見通す智慧は“ミーミル“にも勝るとも劣らないものと言えるでしょう」
殿下からお褒めの言葉を賜り、落雷を受けたかのように身体に震えが走る!
その刹那、地面についた手と膝に力が上手く伝わらず、気を抜けばそのまま倒れてしまうかのようなふわふわした感覚が僕を襲った。
・・・あの殿下が僕にこんな言葉を掛けてくれるなんて・・・・!
僕は緊張と興奮と喜びが入り混じった頭で、必死に殿下に返答する言葉を導き出した。
これももちろん予行演習で考えてきた台詞だ。
「・・・・あ、ありがとうございますっ!」
「私のような者には身に余る言葉です!」
「また、この様な場を頂き誠に光栄の極みでございます!!」
「本日、エレノア殿下に直接お会いできたこと僕の終生の誉れとする所存です!!!」
殿下が僕の言葉を受け取ると、一瞬キョトンとした顔になる。
殿下の反応の意味が分からず、僕の頭が真っ白になった。
えっ・・・!?
僕が言葉に窮していると、エレノア様は口元に手をやり何故かクスッと笑われた。
「ふふっ・・・そなたも私のことを“エレノア“と言ってくれるのですね」
あっ・・・・!!しまった!!
この場合はエレオノーラ殿下だった・・・!!!
“エレノア“というのはカーラの臣民が王妹殿下を親しみを込めて呼ぶ名前ではあるが、正式名称ではない。
エレノアという名前はまだ殿下が英雄と呼ばれていなかった頃・・・
殿下に謁見に訪れた幼子がエレオノーラと言うべきところを、「えれのーあ様」と発音してしまったことがある。
しかし、殿下はそれを訂正することなく「はい、私がエレノアよ」と微笑みながら幼子を迎えたという話から来ている。
カーラの臣民達はその話を美談として捉えているが、当の本人である殿下にしてみれば茶化されていると思うかもしれない。
「・・・も、申し訳ありません!!エレオノーラ殿下!!」
「ご、ご無礼をどうぞお許しください!!」
僕は恐縮して再度頭を下げた!
しかし、殿下は怒ることなくむしろ上機嫌に僕に話を続けてきた。
「ふふっ・・・良いのです」
「そなた達市井の者が私の事を“エレノア“と言ってくれるのは私にとって嬉しい事なのです」
「私を偶像として祭り上げられた英雄などではなく、一個人のエレノアとして見てくれているという事」
「それは私とカーラの民を繋ぐ絆と呼べるものであり、民が私を愛してくれている証だと私は思うのです」
「ですので構いません。私のことはこれからもエレノアと呼んでください」
「・・・は、はい!」
そう応えるだけで精一杯だった・・・
僕は顔を伏せながら、そのまましばらく固まってしまう。
で・・殿下に気を使わせてしまった・・・
「・・・殿下」
僕達がそんなやり取りをしていると、殿下の横に控えていた妙齢の女性・・・恐らく秘書の人がエレノア様に何やら耳打ちをしてきた。
何を言っているかは聞こえなかったけど、殿下はそれに頷くと、跪いている僕に改めて視線を合わせてきた。
そして、今度は厳粛な雰囲気で僕に祝辞を述べてくる。
「・・・エノク・フランベルジュ。改めて礼を言いましょう」
「神遺物の奪還こそ今回はなりませんでしたが、そなたのお陰で我々が追うべき相手が明確になりました」
「先の告知の第2項で触れたように、そなたは“襲撃犯、又は神遺物の有力な手がかりを寄こした者“に該当すると言えるでしょう」
「よって、報奨として“300万クレジット“をそなたに下賜します」
「また、今回我が騎士団を救ったその功も評せねばなりません」
「そなたは騎士団の正式な一員でないにも関わらず、犯人追跡の任務に同行し、犯人の仕掛けた恐るべき罠を未然に防ぎました」
「それにより、グラーネの町の民と我が配下の騎士たちの命を救った功があると言えるでしょう」
「よって、そなたにはさらに名誉臣民勲章を授与し、“スヴェルの楯“を下賜します」
エレノア様は僕に祝辞を述べた後、側に控えていた秘書の持ち物に目を向けた。
秘書の人はヘルヴォルの盾が刺繍された旗を持っており、
その上には金貨が大量に入った袋と不思議な模様が描かれた楯が置かれていた。
あれが、スヴェルの楯・・・!?
噂には聞いていたけど、あれがそうなのか!?
・・金貨ももちろん魅力的に違いないのだが、僕の視線はその楯に釘付けにされてしまう。
もちろんあれはレアアイテムだ・・・それも伝説のアイテムの一種。
その楯には太陽と山と海の紋様が描かれ、太陽と山と海の間には両者を隔てるように一筋の壁が描かれている。
神話におけるスヴェルの楯は、太陽の前に置かれ、地上が燃え上がるのを防いだという逸話があるから、その情景を表現しているのだろう。
その名を冠する魔法アイテムだけあって効果も絶大だ。
死の呪い、石化、狂化、強制変身(変化)、毒化、呪縛、など、バッドステータスを除くあらゆる負の状態異常を3度防いでくれる。
世の中には一発で死に至る、もしくはその人の人間性が永久に喪失してしまうような恐ろしい状態異常が存在している。
未知の秘境やダンジョンの探索、あるいは魔物との戦闘など、そのような状態異常にかかる危険はあらゆる場面で出てくる。
その為、冒険をする上で状態異常対策は必須だが、このスヴェルの楯は大冒険者すら喉から手が出るほど欲しい垂涎のアイテムと言えるだろう。
エレノア様は秘書から金貨袋とスヴェルの楯を受け取ると、跪いている僕に差し出してくる。
僕は膝をついたまま両手を高々と掲げ、仰々しく下賜された品を受け取った。
パチパチパチ!!
謁見の間に拍手が沸き起こる。
周囲で報奨の授与を見守っていた騎士達からの祝福に、嬉しさと同時に気恥ずかしさを感じてしまう。
エレノア様や騎士団の人達にしてみれば、今回の件は全て僕の功績だと当然思っている。
しかし、本当にここに立つべき人・・・レイナの事を公表出来ないのがもどかしかった・・・
・・・王都に帰還して数日。
正式に報奨授与のためにエレノア様への謁見が決まった時・・・
僕はレイナに信頼できる人にレイナの事を明かしてもいいか聞いてみた。
もちろん僕がそう聞いた理由は本当に讃えられるべき人が讃えられないこの状況を憂いたからだ。
そしたらレイナは・・・・
『うーん・・・今は必要ないかな』
『クラウディアさん達の事は信頼してない訳ではないんだけどね』
『以前エノクには“あの兄弟“のことを少し話したと思うけど、私がこの世界に転生してきた時にちょっと酷い目にあっちゃってね・・・』
『若干エノク以外の人に対して人間不信感があるのよ・・・』
『それに私達は今、クラウディアさん達に依存している状況でしょ?』
『下手に私のことを話したら状況が思わぬ方向に進んだ時―――』
『―――例えば、私を騎士団で保護する事になるとか、今回の件で英雄として祭り上げられる状況に進むとか・・・』
『・・・まあ彼女たちが私を悪意を持って取り扱うことは無いと思うけど、それが善意だった場合は断りきれなくなると思うのよね』
『私のことを話すのは、私達自身が自立して、自分たちで身を守れるようになってからで良いんじゃない?』
・・・という返事をもらった。
僕自身が彼女のように小さくなったわけではないから、
彼女の立場を完全に理解しているわけではないけど、それでもレイナはとても用心深いと思う。
まあ、レイナの言うことも分かるし、僕も彼女から了解を得るまでは他の人に話すつもりはない。
・・・だけど、いずれはレイナのことを紹介出来たら良いなぁと思っている。
そんな若干のもどかしさを抱えながらも報奨を得た事自体はとても嬉しかった。
僕が報奨品を受け取ると、エレノア殿下は僕の目の前に白いグローブが嵌められた右手を差し出してきた。
「殿下のご温情ありがたく頂戴致します!」
片膝を付いたまま頭を下げて、僕は殿下のその右手にキスをした。
王族から特別な恩寵を頂いた時や大役を仰せつかった時に忠誠を表す動作だ。
「よろしい」
「立ち上がりなさい。エノク・フランベルジュ」




