計画された罠
・・・いつもの軽口を叩くようなお調子者の雰囲気はそこにはなかった。
レイナの鬼気迫る様子に僕はあたふたと反応をしてしまう。
彼女がここまで焦った物言いをしてきたのは初めてかもしれない・・・・
僕の慌てる様子を見て逆に冷静になったのか、レイナは「ふぅ・・・」と一旦、一呼吸置いた。
「・・・急ぐから、早口で説明するわね」
「エノクも見たわよね?あの7つ目の箱を・・・!」
「う、うん・・・そうだね」
「・・・それで僕達はアビスミミックが入っていると思ったわけだけど・・・」
今まさに広場でクラウディア団長がその調査を行っている最中だ。
「問題なのは奴らが7つ目の箱をいつ手に入れていたか?ってことのよ」
「アダマンタイトの箱なんて、そんな容易に手に入る代物じゃないんでしょ?」
「劇団が移動しながらあんな箱を用意できたとは思えないのよ!」
「・・・・・」
レイナの言葉に僕は頷きながら黙って聞いていた。
僕はまだいまいちピンと来ていない・・・
彼女は何に引っかかって、こんなに焦っているんだ・・・?
「・・・まだ、分からない?」
「つまり奴らは行き当たりばったりに、いたずら目的でこんなことをやってないって事よ」
「あいつらは最初からこの状況を想定して、あの宝箱を用意していたってわけ」
「私達の様な追撃者を始末する事が最初から計画に入っていたって事」
「もしかしたら、7つ目の宝箱は劇団の協力者・・・つまり内部犯が用意したものかもしれない」
「内部犯からしたら、自分達の犯行がバレるのは避けたいと思うはずだからね」
「自分達の正体に気づけそうな奴は劇団に始末するように依頼していたとも考えられる」
「そう筋道を立てて考えると、あの宝箱の中には私達を始末するに足る何らかの罠が貼られている可能性が高いのよ」
「アビスミミックじゃないなにかが・・・!」
「・・・ううん」
彼女の言葉を唸りながら、レイナの今の言葉を考える。
「・・・でも、それこそアビスミミックを使って追手を始末しようと思うんじゃない?」
「今クラウディア団長が、アビスミミックを警戒して一つずつ調べているけど、あれじゃ対応として不味いのかい?」
レイナの言葉に僕はまだ要領を得なかった。
確かに奴らが罠を張っている可能性が高いのは分かったけど、
だったらアビスミミックの警戒を第一にするのは対応としてはおかしくない。
彼女がそこまで焦る理由がイマイチしっくりこなかった。
「・・・それが、不味いのよ・・・」
「奴らの立場で考えてみて?」
「奴らからしたら追手は当然まとめて始末したいと思うはずよね?」
「・・・今、追手の騎士団はどういう状況になっているかエノクは分かるでしょ?」
「・・・・えっ・・・・・・ああああ!!」
そこで僕は叫び声を上げた!!!
彼女の言わんとしたことがようやく分かったのだ!!
「・・・広場で一箇所にまとまっている・・・!!?」
「で、でも・・・流石に偶然じゃないのかい・・・・?」
つぶやく様にレイナに確認すると、彼女は静かに首を振った・・・
「・・・・違うわ」
「劇団を追ってきた経緯を考えれば分かるけど、これは偶然なんかじゃない」
「劇団が意図して私達を一箇所にまとめて始末しようとしている巧妙な罠よ」
「奴らにしてみれば追撃者がアビスミミックの情報を掴んでいるのは百も承知のはずよ」
「・・・というより、見世物小屋の出し物でアビスミミックを出している時点で、自分達の手の内は出しているわけだから当然追撃者はその情報を掴んでいるということを前提に奴らも動いている」
「つまり、追撃者は7つ目の箱があった時点でアビスミミックがあることを疑ってしまうという状況が想定できてしまうわけ」
「もし6つしか宝箱がなければ追撃者が罠に気づかず宝箱を開けてしまうかもしれない」
「だけどそれだと宿屋に調査に来た限られた人数しか始末ができない・・・」
「・・・・そこで考えついたのが今回の作戦よ」
「神話のアイテムが入っているかもしれないけど、宝箱のどれかにはアビスミミックが入っているからすぐには開けられない・・・」
「そうなるとクラウディアさん達がやったように魔力封じの檻に入れてから運び出すことになるわけだけど、」
「神話のアイテムが入っているかもしれない宝箱を警護をせずに運び出すなんてことは当然無理な話よね?」
「7つもある宝箱には周囲に警護の兵を常時配置しなければならず、あの宝箱は転送陣を通ってすぐに持ち帰ることも不可能」
「そうなると劇団をすぐにでも追いかけたい追撃者はどう考えるか・・・・」
「当然、手近な場所でアビスミミックが入っているか確認をして、宝箱を開けたいと思うはずよね?」
「・・・それが今の状況よ」
「・・・あ・・・あ」
レイナの説明を聞いて僕は背筋が凍りついた・・・
レイナの言う通り、偶然と片付けるにはあまりにも状況が閉塞していた・・・・
アビスミミックだけに注目していた僕達は気づかないうちに視野が狭くなっていた。
そして、今の状況に自然と追い込まれてしまっていたんだ・・・・!
「・・・レイナ!あの宝箱の中には何が入っているというんだい!?」
レイナに思わず僕は聞き返してしまった。
彼女だったら箱の中身について、もう予測が付いているんじゃないかと思ったからだ。
案の女レイナはすぐに返答してくる。
「ぱっと思いついたのは何らかの“爆発物“ね」
「・・・状況から推測すると、あの宝箱の中身は広場に集まっている騎士たちをまるごと始末出来る何かだということ・・・」
「王宮に爆発物が仕掛けられていたでしょ?」
「今回の宝箱を提供した人物が同じ内部犯であればその可能性が高いと思う・・・・」
「でも、あくまでこれは推測よ。もっと恐ろしいものが中にあっても可笑しくないわ・・・・」
レイナは厳しい表情をしながら思索を巡らせていたが、すぐにハッとなって顔を上げた!
「・・・てっ!そんな事より今はクラウディアさんに早く知らせなきゃ!!」
「中身の詮索は後回しよ!!」
「・・・そ、そうだね!分かった!!」
レイナの言葉に頷くと僕はすぐさまその場を駆け出した!
彼女が防護カバンの中に引っ込んだことを確認した後、広場を遠目に確認する。
「・・・まずい!」
僕は思わず驚きの声を上げてしまった。
幸いなことに宝箱はまだ開封されていないようだった。
しかし、魔力封じの檻は既に取り外されており、7つある宝箱の周囲には騎士たちが集っていた。
もしアビスミミックがいたら、檻がない状態であの距離に近づけば自殺行為も良いところだ。
・・・どうやら、アビスミミックはいなかったらしい。
明らかにこれから宝箱を開けようとしている様子が見て取れた!
「・・・す、すみません!!」
「ちょっと、その宝箱を開けるの待ってくださーーーーい!!」
「開けちゃだめだ!!」
そう大声で警告の声を発しながら、僕は広場に駆け戻った。
僕のただ事じゃない様子に騎士たちは何事かと疑惑の視線を向けてくる。
アイナさんも僕の様子に驚きの表情を浮かべていたが、今はそれに構っている余裕はない。
中央に控えていたクラウディア団長に向かって再度声を張り上げた!
「・・・クラウディア団長!」
「宝箱を開けるのは待ってください!!」
「開けちゃだめです!!」
クラウディア団長は騎士達に配置の指示を出している最中だった。
彼女は僕の声に反応してこちらに振り返ると、腕組をしたまま鋭い視線を向けてきた。
「エノク!?・・・急にどうした!?」
「今の言葉はどういうことだ!!?」
僕の姿を捉えたクラウディア団長の表情にははっきりと戸惑いが出ていた。
彼女は今まさにこれから号令を掛けて宝箱を開けようとしていたのだろう。
間一髪だった・・・!!
クラウディア団長の側に駆け寄ると、僕は一旦膝に手をついて乱れた呼吸を整える。
「・・・ふぅ、すみません!!!」
「至急お伝えしたいことがあるのです!!」
顔を上げてクラウディア団長を見据えた僕は、事情を話し始めた――――
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