嫌な予感
「団長、対象の配置完了いたしました!」
「よしっ・・・!投擲するぞ!」
「お前たち檻から離れろ!!」
クラウディア団長の掛け声とともに、彼女の視線の先にある檻の周囲から騎士達が離れる。
7つある宝箱には魔力封じの檻が付けられており、それぞれの周りには2・3名の騎士たちが周囲の警戒に当たっていた。
クラウディア団長と第1、2小隊。そして輜重部隊の第5小隊が合流し、総勢30余名の騎士団が広場に集結している。
今、彼女たちの視線が集中する先には魔力封じの檻が被されたアダマンタイト製の宝箱が1つ置かれていた。
既に檻の周囲10メートル以内からは騎士の姿はなかった。
クラウディア団長は団員が避難したことを確認すると、手に持っていたポーションを中央の檻に向かって放り投げた!
ヒュッ・・・・
ポーションは緩やかな放物線を描き宝箱が置かれている檻の中へと入る。
パリン!
「・・・・」
「・・・・」
ポーションが入っていた小瓶が衝撃によって割れてしまう。
中身の液体が宝箱の表面を濡らすが、起こった現象としてはそれだけだ。
宝箱はうんともすんとも言わない。
クラウディア団長は反応があるかしばらく観察していたが、数分経っても宝箱は何も反応しなかった。
もし、アビスミミックが入っていたら既に反応しているはずだし、あれの中にはいないと見ていいだろう。
アビスミミックの出現に身構えていた一部の騎士たちの間で安堵のため息が漏れた。
「・・・ふむ、何もなしか」
「・・・すぐに次を出せ」
クラウディア団長の言葉を合図に、避難していた団員が駆け寄ってキャスター付きの檻を押していった。
入れ替わりですぐに次の檻が運ばれて来る。
設置が完了したのを確認するとクラウディア団長は檻の周囲にいた団員を避難させた。
「・・・よしっ。いいぞ、離れろ」
対象の檻の周囲にいた団員が離れたタイミングを見計らい、クラウディア団長は再度ポーションを投擲した。
ヒュッ・・・
先程と同じ様な光景が繰り返され、パリンと宝箱の上で割れたポーションの音が辺りに虚しく響いた。
・・・この箱も特に反応がなかった。
「よし・・・次を出せ!」
再びクラウディア団長の号令のもと、定位置に未確認の宝箱が運ばれる。
中央の檻へと騎士団の視線が集中する中、僕も固唾を飲んでその光景を見守っていた。
今のところアビスミミックは無さそうだな・・・
まだ、分からないけどこの距離なら当たりを引いても大丈夫だろう・・・
騎士団たちは中央に運ばれた未確認の檻から円を描くように10メートル以上離れた位置で身構えている。
先日アビスミミックを見ていた経験がここで活きてくるとは思わなかった。
アビスミミックについて本当に何も知らない状態だったら、どれくらいの距離から確認すればいいかも分からなかった。
何事も経験が活きてくるとはこの事だろう。
結果的にレイナと王都を観光していたことが劇団の情報を得ることに繋がったのだから世の中分からないものだ。
中央にまた運ばれていく未確認の宝箱を見守りながら、僕がそんな事を考えていた時だった・・・・・
トントントントントントントントントン!!!!
「・・・・ん?」
僕の抱えていた防護カバンからノックが何度もされた。
レイナからの合図だ・・・
『はい』、または『肯定』がノック1回。
『いいえ』、または『否定』がノック2回。
『もう一度言って』がノック3回。
それ以上の回数で乱打された場合は『至急!伝えたいことがあり』というレイナからの緊急の合図になる・・・
最近追加された新ルールだった。
えっ!?・・・どうしたんだ・・・!!?
ただ事じゃないノックの調子に僕は思わず焦ってしまう!
僕の焦りが伝わったのか、横にいたアイナさんが何事かと尋ねてきた。
「エノクさんどうしたんですか?」
「何か驚かれているようですが・・・」
「い、いえ!ちょっとその・・・トイレに行きたくて・・・」
「・・・・・」
アイナさんと僕の間に微妙な空気が流れてしまう・・・・
・・・もう、僕のバカ!
もう少しまともな返答は思いつかなかったのかな・・・・
自分のアドリブ力のなさに落ち込んでしまうが、
アイナさんはあくまで冷静に言葉を続けてきた。
「・・・護衛は必要ですか?」
「・・・い、いえいえ!大丈夫です」
僕は頭と手をブンブン振りながら彼女の提案をお断りする。
周囲で見守っている騎士団員の何人かが僕に冷ややかな視線を送ってきていた。
「そうですか・・・お気をつけて行ってください」
「ここは敵地です。まだ、劇団がこの街に潜んでいる可能性もあります」
「何かありましたら、用を足している最中でも恥ずかしがらず大声を上げて助けを呼んでください」
「それがエノクさんの身を守る術になります」
「は、はい・・・すみません。すぐに戻りますので・・・」
アイナさんに平身低頭の姿勢で、僕はそそくさとその場を離れる。
そして、近くの建物の影に潜むと大きく息を吐いた。
はぁ・・・アイナさんに悪いことしちゃったな・・・
彼女はあくまで僕の身の安全を最優先に考え、あのように言ってくれたんだ。
とっさに出た言葉とは言え、彼女に嘘を付いた事に引け目を感じてしまう。
後でアイナさんにはそれとなく謝っておこう・・・
「っと・・・・いけない」
「レイナお待たせ!」
一息付いてゆっくりしたいところだが、
当初の目的を思い出した僕は直ぐに防護カバンの口を開いてレイナに言葉を掛けた。
「・・・あっ!エノク!」
「遅いわよ、もう!!」
レイナはいまかいまかと待ち構えていたようで、
僕が覗き込むとぴょこっと顔を出してすぐに反応してきた。
「・・・ごめん!訳は後で話すけど、エノクにすぐに確認したいことがあるの!」
「なんか、嫌な予感がよぎっちゃったのよ・・・」
「単刀直入に聞くけど、あの箱の中にアビスミミックがいる可能性ってあるの!?」
「箱の外見が見世物小屋で見たものと全然違っているじゃない?」
「なんでそれでみんなあんなにアビスミミックを警戒しているのかしら?」
「・・・ああ、そうか。そこは説明していなかったね」
レイナのやけに慌てた様子に僕は少し面食らう。
・・・嫌な予感がよぎると言ったのが少し気になるところだけど、
レイナの疑問点については取り敢えず僕も承知していた。
彼女の言う通り、見世物小屋でアビスミミックが入っていた箱と、オークション品の箱は外装が全然異なっているのだ。
見世物小屋で見たアビスミミックの外装は金メッキが施された木箱。
そして、今広場で確認しているオークションの箱は全面に宝石が散りばめられたアダマンタイト製だ。
箱の材質も、見た目の豪盛さもまるで違っていた。
彼女はそれでアビスミミックがそもそも入っていないんじゃないかと疑ったのだろう。
「・・・確かに、レイナの言う通り箱の外装は見世物小屋で見た時とまるで異なっているね」
「しかし、それでアビスミミックが入っていないと判断するのは実は危険なんだ」
「ミミックの錬成スキルを活用する研究は盛んに行われていてね」
「その中には、ミミックの箱の移し替えの研究もあるんだよ」
「箱だけ取り出せれば、錬成された上質な魔法アイテムを手に入れることが出来るからね」
「・・・・!」
レイナが僕の言葉に大きく目を開いた。
「そして箱の移し替えの研究が盛んということは、それだけミミックがトラップとしても転用されていると言うことなんだ」
「・・・まあ、アビスミミックを移し替える事が出来るかは僕もさすがに分からないけどね」
「でも、もしもの事を考えたらアビスミミックがいると想定して対処するのは当然だよ」
「それにオークションの箱は凄い大きいでしょ?」
「極端なことを言えば、あの木箱をそのままアダマンタイトの箱の中に入れる事も出来るんだ」
「アビスミミックがオークションの箱の中に潜んでいる可能性は十分にあると思うよ」
レイナにそう説明すると、彼女は何故かさらに顔をしかめた。
「・・・つまり、エノクは当然として・・・」
「クラウディアさんや他の騎士達も、あの場でアビスミミックを警戒したというのは当たり前の流れということか・・・」
「ごめん!さらに一つ質問!」
「アビスミミックがいないことが確認できたら、箱を開ける前にアナライズして中身を調べることは出来る?」
「・・・・・」
レイナは何をそんなに恐れているんだろうか・・・?
確かに宝箱にトラップがある可能性はもちろんあるから、警戒するに越したことはないんだけど・・・
「・・・それは無理だね」
「アビスミミックを抜きにしても、あのオークション品の宝箱は鉄壁の防御性能を誇っているんだ」
「伝説の金属であるアダマンタイトはその硬さに加え、外からのあらゆる魔法を打ち消す効果を持っている」
「それを打ち破るくらいの魔法効果があれば話は別だけど、今の僕達には不可能と言って良い」
「そういう意味で言えば、中身を確認できるのはパスコードを掛けた連盟魔術師くらいだろうね・・・」
「・・・だけど、神話のアイテムが入っているかどうかを確認することはこの場にいる僕達でも出来るから大丈夫だよ」
「もし、まだロックがかかって開くことが出来なかったら、劇団は連盟魔術師のパスコードを突破できなかったということだし、」
「逆に素直に開いてしまえばやつらはもう中身を持ち去ったと判断することが出来るからね」
「アビスミミックさえいないことが分かれば確認することは容易だよ」
僕がそう説明すると、レイナは頭を抱えた。
「はぁ、なるほどね・・・やっぱり開けて確認することになっちゃうのか・・・」
「ならすぐにクラウディアさんに言ったほうがいいわよ・・・!」
「あの宝箱絶対あけちゃだめだって!!!」
「・・・えっ!?」




