追跡
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「・・・新しい住居はどうだエノク?」
クラウディア団長が僕にそう尋ねてきた。
彼女は相変わらず忙しくしているようで、その顔には少し疲労の色が見て取れる。
そんな忙しい合間に訪ねたにも関わらず彼女は僕を快く執務室に招き入れてくれた。
「凄い良いところで快適に過ごせそうです」
「お心遣いに感謝いたします、クラウディア団長!」
慣れない敬礼でクラウディア団長の問い掛けに僕は答える。
彼女はニコリと微笑むと敬礼を返してきた。
そしてちらりと僕の後ろに控えていたアイナさんにも視線を送る。
「・・・アイナ。護衛の任務ご苦労」
「何か支障は出てないか?」
「はっ!今のところ問題ございません!」
アイナさんは敬礼をしながら覇気のある言葉で応じる。
日頃は冷静で、どちらかと言うと寡黙な彼女もクラウディア団長の前では立ち振舞が全く異なるようだ。
それだけアイナさんがクラウディア団長を敬愛しているとも取れるし、軍の規律の高さを示しているといえるかもしれない。
クラウディア団長はそんなアイナさんの言葉に無言で頷くと、僕に視線を戻してソファを手で示してきた。
それを合図に僕はソファに腰掛け、彼女も僕の対面に座る。
僕を見据えたクラウディア団長は早速話を促してきた。
「・・・さて、要件を聞こうか」
「何か事件で分かったことがあるとのことだが・・・それは本当か?」
「はい、そうです」
彼女の言葉に僕は相槌を返す。
僕は西門から王宮に戻ると、すぐにクラウディア団長に面会をお願いした。
もちろん、事件の犯人について話すためだ。
レイナと僕以外の第3者に語るのはこれが初めてであり、アイナさんにもまだ詳細は伝えていない。
僕とレイナはもう間違いないと思っている犯人像をクラウディア団長は果たして素直に受け入れてくれるだろうか・・・
僅かな緊張が僕の手のひらに汗を滲ませる。
ふぅ・・・と一息付いて僕は気持ちを落ち着かせた。
これまでの事件の事を頭に思い浮かべながら、僕はゆっくりと話を切り出した・・・
「・・・実は、宝箱を持ち去った犯人の目星が付きました」
「なにっ!!?」
僕の言葉に彼女の目が大きく見開く。
流石にこの言葉は彼女も驚いたようだ。
昨日レイナが話してくれたことをなぞるように、僕は彼女に説明した・・・
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「―――と言う訳です」
「以上のことからも、宝箱を持ち去った犯人は“見世物小屋の劇団“の可能性が非常に高いです」
「是非とも奴らの追跡をお願い致します!」
ガタッ!
僕の言葉を聞き終わるやいなや、クラウディア団長はすっと席を立ち上がった。
「・・・アイナ!!」
「はっ!」
クラウディア団長の鋭い視線がアイナさんに向けれられる。
「ただちに、第1小隊と第2小隊を転送棟に招集しろ!」
「戦闘態勢でだ!」
「はっ!承知いたしました!」
覇気のある言葉で応じたアイナさんは、すぐに執務室を飛び出していった!
アイナさんの後姿を見送ったクラウディア団長は僕にも視線を向けてくる。
先程までと打って変わり、別人のような厳しい表情だった。
「エノク、奴らを追うぞ!お前も同行してくれ」
「この礼は必ず弾む!!」
クラウディア団長の言葉に僕は力強く頷く。
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シュン!
転送陣がどうやら無事に発動したようだ。
転送前とは見知らぬ建物の中に僕は転送される。
周囲には魔法陣の他に、通行を管理している魔術部隊の人間がいるだけだった。
これが、テレポーテーションか・・・凄い・・・
転送陣を使ったのは初めての経験だった。
無邪気にはしゃぎ回って魔法陣を調べ尽くしたい衝動が湧き起こるが、何とかそれを抑える。
クラウディア団長や他の部隊は魔術部隊に無言で敬礼をすると、そのまま建物の外へと出た。
僕はアイナさん達と一緒に第1小隊の隊員と行動を共にしている。
ギギギィ・・・
重々しい扉の音と共に外の日差しが僕達の目を眩ます。
隊員たちが全員外に出るとクラウディア団長は各団員に指示を出した。
「よし・・・ただちに散開し劇団の情報をかき集めろ!!」
「・・・分かっていると思うが、奴らは王国の兵士を影で始末するくらいの手練れだ」
「行動は常に組として、単独行動は避けろ」
「奴らがまだこの町に滞在しているかは不明だが・・・もし見つたら必ず生かして捕らえるように」
「逃走や激しく抵抗した場合は、“足の健を切って“無力化しろ」
「以上!行動開始!!」
「はっ!!!!」
ザッザッザ・・・・・
クラウディア団員の言葉を受けて団員達は一斉に散開していった。
後に残されたのは、クラウディア団長に、宮廷服姿の書記官の男の人。
そして、アイナさんと僕だった。
「アイナ、キース、エノク・・・お前たちは私について来い!」
「我々は町の中心部を当たるぞ!」
「はっ!」
クラウディア団長の後に続いて、僕達はグラーネの町の中心街へと足を運ぶ。
グラーネの町はノイシュ候の領地で、ルリスターン連邦とカーラ王都の中心に位置している交易都市だ。
カーラ王国の中で最も人と獣魔が共存している都市と言える。
歩きながら周囲を伺うと、市内では多くの亜人の姿を見かけることが出来る。
防護カバンの中にいるレイナも市内を興味津々で伺っている事だろう。
彼女は前々から外に出たいと言っていた事だし、意図せず今回その要望に答えた形になる。
まあ、流石に今は観光という気分じゃないけどね・・・・・
クラウディア団長、アイナさん、そしてキースさん・・・彼ら3人の周囲を伺う目はとても厳しい。
劇団の痕跡を見つけ出そうと、殺気にも似た気迫が伝わってくる。
僕も気を引き締め直して劇団の姿を探す。
劇団が滞在しそうな酒場や商店、劇を催していそうな広場などを僕達は手当たり次第当たっていった。
しかし、彼らの姿を見かけることは出来なかった・・・・・
ただし、彼らがこの町に立ち寄ったことはどうやら間違いないようだ。
聞き込みを行っていく中で、何人もの人が彼らの姿を目撃しているという証言をしている。
・・・そんな中、僕達はついに奴らの尻尾を掴むことになる。
「・・・なに!?まだ、ここに滞在しているというのか!!」
「・・・ああ、そうだが」
「人数が多いのでこの建物の2階を全て貸し出しているんだよ・・・」
「・・・なっ!!」
クラウディア団長がある宿屋の主人に尋ねたときの事だった。
彼はまだ劇団がここに滞在していると答えたのだ。
驚きの回答にその場に居合わせた僕達も驚きの声を上げる。
宿屋の主人は僕達に訝しげな視線を向けながらも、話を続けてきた。
「・・・お前たち劇団の一座を探しているんだよな?」
「しばらく滞在するって言って、1ヶ月分ほど先払いで代金を頂いているよ」
「外に出払っていることが多いので中々部屋には戻って来ないけどな」
「ここ数日姿を見かけてないが、荷物自体は置いているしそのうち帰ってくると思うぞ?」
荷物が置いてあるだって・・・・?
僕の前にいるアイナさんとキースさんがお互い顔を見合わせる。
クラウディア団長もどうやら同じところに引っかかったようだ。
「・・・主人。彼らの客室に案内してくれ!」
「奴らは王都で起きた事件の重要参考人だ」
「お前にも奴らの確保に協力してもらうぞ?」
「仕方ねぇ・・・分かった。付いてこい」
宿屋の主人はあまりいい顔をしなかったけど、
王妹殿下直属の騎士団の頼みとあれば流石に断ることは出来なかったようだ。
僕達は彼の後に続いて宿屋の2階へと上がった。
「ここだよ・・・」