事件の裏を取れ
二クラスさんと名乗った隊長が僕に視線を向けてくる。
アイナさんの後方に控えていた僕は彼の言葉を受けて前に進み出た。
「はじめまして、魔法技師のエノク・フランベルジュです」
「・・・この度は僕の要望にお応え頂きありがとうございます」
敬礼をしながら挨拶をする。
慣れない動作で、手に力が入りすぎてしまい言葉にも緊張の色が出てしまう。
「・・・いえ、第9近衛騎士団の方々のお役に立てるのは我々としても名誉なことです」
「この様な事ならいつでもご協力させていただきますよ」
しかし、彼は愛想よく僕の挨拶にも応えてくれた。
僕は建前上騎士団を名乗っているが騎士の甲冑を身にまとっているわけではない。
年も若く女性を中心に構成された騎士団の中において男の僕は異質と見て良いだろう。
疑念の目を向けてこられると思ったけど、彼の様子を見るにそういう態度を全く見られなかった。
エレノア殿下の直属の騎士団という肩書のおかげなのかもな・・・
建前とは言えそういう騎士団に配属されたことに嬉しさを感じる。
僕はニクラスさんに会釈を返すと話を切り出した。
「・・・アイナさんからお話があったと思いますが、検問をする上で有用な魔導具の調査がしたいのです」
「魔導具製作に当たり、現場の方の意見を是非聞きたいと思っております」
「荷物検査の時に大変なことや、あったら嬉しい魔導具の機能の要望をお聞かせください」
まずは無難な所から聴取を試みる。
・・・話の流れの中で劇団のことを出した方が自然だろう。
「なるほど・・・そういうことですか」
「それでしたら、いくつかお話出来ると思います」
「・・・そうですね、身の上話を踏まえてのお話になってしまいますが―――」
そう言って、ニクラスさんはこれまでの体験談を語り始めた。
王都入場時に支払う関税を逃れるため、連れてきた動物の中に財宝を隠した者の話。
身代金目当てで上流階級の子供を攫って王都から逃げ出そうとした人さらいの話。
諸外国の輸入物資の中に紛れ込んだ密入国者や、大量の麻薬を摘発した話、等々。
危険物の持ち込みや、軽微な犯罪は毎日なんらかは発生しているという。
しかし、実は隠されたものを探すというのはそこまで難しいわけでもないらしい。
むしろ隠されている事や怪しいと分かっているにも関わらず、調べることが出来ないもどかしさが多くあるというのだ。
具体的には商人ギルド連盟の対応がそれだという。
彼らの持ち運ぶ荷物の量は膨大で一つ一つチェックするのは物理的に難しい。
その為、商人ギルド連盟の商人も入場の際には検問の対象にはなるが、その手続は大幅に簡略化せざるを得ない。
加えて、連盟は高度な自治権が認められていることから、厳格な審査をすること自体がタブーになってしまっている節がある。
検査をする中で商品に傷でも付けられたら検問の担当者がドヤされるどころでは済まない。
事実上彼らの検査はスルーパスになってしまっているのが現状だという。
「―――というわけで、商品や荷物に触れずに不審物の判定が出来る事が我々の求める魔導具の必須条件だと言えるでしょう」
「特定の危険物や、魔力を帯びた商品、関税が高い物品関係を選別できるような魔導具であればなお嬉しいです」
「効率的に不審物を確認する事ができればそれだけ我々にも実益があるんでね」
「・・・良い魔導具が出来たら、我々も是非購入させて頂きますよ!」
ニクラスさんは人差し指と親指でお金のマークを作って、ニヤリと僕に笑って見せた。
どうやら、不審物の摘発をすれば彼らの報酬にも反映されるようだ。
ちゃっかりしてるなぁ・・・
しかし、魔導具製作の一環として彼の意見は参考になりそうだ。
今回はこれが主題ではないが折を見て本当に製作しても良いかもしれない。
工房ギルドのメンバーとして顧客の需要を知っておくことは非常に重要だ。
自分の作りたいものを作るだけではプロとしてはやっていけないからだ。
カキカキカキ・・・
彼の要望をメモに書き連ねていく。
ちなみに横にいるアイナさんは僕達のやり取りを傍観しているだけで会話には一切参加してこなかった。
彼女は周囲に気を配っており、このような状況においても僕の護衛役に徹してくれているようだ。
しっかりしているな・・・とアイナさんの仕事ぶりに感心しつつ、僕はニクラスさんと会話を続ける。
・・・ここからがいよいよ本題だ。
「ちなみにですが・・・」
「ここ最近中身を検査したくても、検査を躊躇してしまうような荷物は何がありましたか?」
「危険物にも色々種類があると思います」
「魔力結晶体が入った箱とか、薬用で使うマンドレイクとか・・・」
「時には荷物の中に魔物が紛れ込んだりすることもあるとお聞きしています」
「それこそミミックの入った宝箱とかもあるんじゃないですか?」
話の流れで僕はさらっとミミックの話を持ち出した。
僕がこの話をした瞬間彼の顔色が変わる。
「・・・ああ、ミミックですか!!」
「ええ!ありましたよ!」
「あれは王宮で襲撃のあった翌日の事でしたらよく覚えていますよ!」
「へぇ、やっぱりそういうことあるんですね」
「・・・その話興味が湧いたんですけど、詳しく聞かせて頂いてもいいですか?」
案の定彼は反応を示してきた。
僕は冷静に聞き返したが、動悸が否が応にも高鳴ってくる。
「・・・実はあの時王都に見世物小屋の一座がいたんですが、」
「あいつらが持っている見世物の中にとんでもないミミックがいたんですよ、しかも大量に!」
「私達としても流石にあれには手が出せませんでしたよ」
「・・・!!」
僕の心臓がドクンと跳ね上がる。
やっぱり、レイナの予想は間違っていなかった・・・!
興奮で思わず舞い上がりそうになるが、何とか必死にその衝動を抑えた。
落ち着けまだ話はこれからだ・・・・宝箱の数と、奴らの行き先を突き止めないと・・・!
「その劇団が持っていたミミックとはどんなものだったのですか?」
「それと正確な数は分かりますか?」
必要な情報を再度二クラスさんに尋ねる。
「確か、劇団の団長はあれを“アビスミミック“と言ってましたね」
「魔力のあるもの全てを吸い込む特殊な個体です」
「あんなおぞましい魔物は初めてでした・・・・」
「・・・・数は正確に覚えていないですが、6つか7つほどあったかと思います」
・・・・よしっ!
「世界にはあんな魔物がゴロゴロしているのかと思うと恐ろしいものです」
「奴らは他にも多くの魔物を持ち運んでおりましたが、流石に我々は魔物の検問は専門外です」
「あんなものが王都に入ろうとしたら入場の時に絶対に止めていたと思うんですけどねぇ・・・」
「どうやって入り込んでいたのやら・・・やれやれ」
彼はそう言いながら無念そうに首を振った。
僕も彼の言葉に同情するかのように相槌を打つが、内心ではガッツポーズをしていた。
・・・これで証言が取れたわけだ。
劇団がオークション品の運び屋だというのはもうほぼ間違いなかった。
後は奴らの行き先を確認するだけだ。
「・・・なるほど、後学のために僕もそのアビスミミックを見てみたいですね」
「彼らはそのまま西の“ルリスターン連邦“に向かったのでしょうか?」
“ルリスターン連邦“とは亜人の連邦国家だ。
トール山脈の裾野にはルリスターン高原が広がっている。
そこには大小様々な亜人の部族が暮らしており、高原の中央にある竜人族が統括している緩やかな連合国家だ。
竜人族は干渉を嫌う種族だが、棲み分けがキチンとされていれば好戦的な種族ではない。
その為、カーラと陸で隣接している国家ではあるが、魔族との関係に比べれば僕達と非常に良好な関係を築けている。
「ええ、仰るとおりです」
「ただ、途中“ノイシュ侯“の“グラーネ“の町に立ち寄ると言っていましたね」
「あの者達がここを出たのが10日程前ですから、グラーネで興行をしているのなら、まだ滞在しているかもしれませんね」
まだ、劇団がカーラの領内にいるかもしれないだって!?
これはチャンスかもしれない・・・!!




