善は急げ
レイナの推理を聞いて僕は興奮で打ち震える。
王国側の人間で僕達だけがこの真相に辿り着いている。
犯人の目星をつけるのはまだまだ先のことだと思っていたし、解決を担当するのは僕の役目ではないのは分かっている。
だけど、事件に関わった一人として事件を解決したい気持ちはあったし、
あわよくば、王妹殿下の報酬を貰えないかな・・・なんて妄想を抱くこともあった。
まさか本当に報酬に手が届くかも知れないなんて夢にも思わなかったけどね。
僕は尊敬の眼差しでレイナを見つめる。
「・・・レイナ。本当に凄いね」
「こんなにあっさり犯人が分かっちゃうなんて・・・」
「これだったら、エレノア様から報酬も貰えちゃうんじゃないかなぁ・・・?」
浮かれ気味にそんな感想を呟いてしまう。
僕たちは報酬を目当てにこの話をしていたわけではないが、
手が届く範囲に来ると途端に欲が出てくるのが人の性というものだ。
しかし、当のレイナは僕とは対照的に冷静な反応を返してくる。
「・・・うーん。確かに報酬が貰えるんだったら嬉しいんだけどねぇ・・・」
「まだ喜ぶのはちょっと早いんじゃない?」
「犯人が分かったと言うより、正確には“犯人の目星が付いた“ってだけよ」
「状況証拠は揃っているけど、奴らが本当に宝箱を持ち運んだという物的証拠はまだ得られていないわ」
「報酬を確実に得るのだったらちゃんとした証拠を見つけないとね」
「・・・・・」
レイナの言う事は最もだった。
浮かれ気分だった僕の気持ちも少し収まる。
「・・・確かにそうだね」
「そうなるとまずは劇団の検問を担当した衛兵に聞いてみるのが良いかな?」
「もし劇団が宝箱を持ち運んでだとしたら城門の衛兵は間違いなく覚えていると思うし・・・」
・・・何も知らない衛兵からすれば、劇団はアビスミミックを7つも運んでいる事になる。
1個だけでも強烈なインパクトがあるのに、
それが7つあるなんて言われたらトラウマも良いところだろう・・・
しかし、逆に言えば希少なアビスミミックを奴らが7つも持っているわけがないんだから、それは物的証拠になり得るわけだ。
「そうね・・・まずはそこに確認してみるのがいいかも」
「上手く行けば奴らが向かった先も突き止めることも可能でしょ」
「そこでエノクに質問なんだけど、カーラ王国から出るには王都からどの方角に向かうのが一番早い感じ?」
「北は除いてね」
レイナの質問に僕はしばし考える。
「・・・うーんとそうだね・・・一番はやく出るとしたら王都から西だろうね・・・」
「王都から南に向かえばクレスの町だし、東に向かえばカーラの領内が続きその先はクレジット加盟国の国々がある」
「一方、西は亜人・獣人が住む国々との国境が割りと近い距離にあるんだ」
「直線距離で言えば200kmもないよ」
僕の言葉にレイナが頷く。
「・・・なるほどね」
「それなら最初は西門を調べてみましょうよ」
「・・・後はアイナさんが調査に付いてきてくれたら良いんだけどねぇ・・・」
そう言いながらレイナが渋そうな顔して願望を言う。
確かにアイナさんがそこまで僕たちを護衛してくれるかは分からない。
だけど、これは神話のアイテムの行方を掴める絶好のチャンスなんだ・・・!
僕としてもこんな情報を知ってみすみすダンマリを決め込むなんて事はできなかった。
善は急げだ!
「・・・僕、さっそくアイナさんに頼んでみるよ!」
「レイナはちょっとここで待っててね!!」
僕はエプロンを外して、部屋の扉に手をかけた。
「・・・えっ・・・エノク・・・?」
「頼むって・・・今ぁ!?」
「ちょ、ちょっと、待ちなさ―――」
ガチャ!
部屋を出ていく時にレイナがなにか素っ頓狂な声を上げていたが、気にせずそのまま廊下に出る。
僕はそのまま対面にある部屋にノックをした。
コンコンコン!!
「アイナさん!アイナさん!」
「すみません!僕です!エノクです!」
「取り急ぎお願いしたいことがあります!」
・・・・・・
・・・・・?
しかし、ノックをしても部屋の中から応答はなかった。
アイナさんは出かけているのだろうか?
しかし、アイナさんが対面の部屋に入った音は聞こえてきたしその後出ていった様子もない。
念のためもう1回僕はノックをしたが、それでも反応はなかった。
「・・・・アイナさん・・・いないんですか・・・?」
ガチャ
「あれ・・・?」
不思議に思い僕がドアノブを捻ったら、ドアの鍵はかかっていなかった。
ギィ・・・
ドアを押し込めて部屋の中を覗き見る。
しかし、ここからだとやはり人影は見えなかった。
仕方ないので部屋の中に入ることにする。
「すみませーん・・・アイナさん失礼します」
ゆっくりと音を立てないように僕は部屋の中に入った。
「・・・・あっ」
・・・そして、裸姿のアイナさんと目があってしまう。
彼女は濡れた髪を掻き上げながら、ちょうど浴室から出てきたところだった。
僕の視線が自然と普段見慣れないモノへと流れてしまう・・・
僕の視線を釘付けにするもの・・・アイナさんの見事な裸体が目の前にあった・・・
その上半身にある2つの双丘は張りのある美しい形状をしていて、
下線部に向かってくびれたお腹には無駄な脂肪が一切ついていなかった。
鍛えられた腹筋は大理石の彫刻で造られた女神像のように割れており、
スラりと長い引き締まった脚は男なら誰もが見惚れるほどしなやかな脚線美を描いている。
「・・・エノクさん」
「どうしたのですか。こんな遅い時間に?」
僕が明後日の方向に目線を向けているとアイナさんの方から僕に声を掛けてきた。
「ア・・・アイナさん!?いたんですか!?」
まさかいるとは思わなかった僕は甲高い声を上げてしまう。
アイナさんは僕の反応にも的を得ない感じで返事をしてきた。
「何をそんなにうろたえているのです?」
「エノクさんの部屋に賊でも現れたのですか?」
「・・・いえ、いえ・・・そうじゃなくて・・・!」
僕が何にうろたえているのか彼女が理解できるように、
僕は顔そむけながらアイナさんの裸体を指差した。
彼女はそれでようやく理解する。
「・・・ああ、そういうことですか」
「私の裸がお気に召さないということでしょうか?」
「申し訳ありません。私は殿方を受け入れられるように花嫁修業をしてきたわけではありません」
「従って、私は女性らしらさとは無縁であり、このような筋肉質な体は人によっては見苦しいと思うでしょう」
「ですが、どうかあまり気にしないで頂けると私としても嬉しいです」
「エノクさんがもし夜這いを出来るような相手を近場に望むのであれば、申し訳ありませんが今はご期待に添えかねません」
「また、夜這いを狙うのであれば事前にそういう事を相手に伝えておいたほうが無難であり、今回の用な急な来訪では相手の準備が整っていない可能性が高いです」
「もし、エノクさんがそういう事をお望みならば、まずは私はおしとやかさと女性らしさを身につける必要があります」
「それに加え夜這いを受ける準備も整える必要があり―――」
「―――ごご、ごめんなさい!!なんか、絶対怒ってらっしゃいますよね!!?」
「すみません!!出直してきます!!」
バタン!!
心臓をバクバクさせながらアイナさんの部屋から退散した。
アイナさんの雪崩のような言葉の節々に彼女の怒りを感じる事が出来てしまった・・・
無表情な顔をしながらあんなに饒舌に話されたら誰だって気に障っていることはわかる。
アイナさんって怒るとあんな風になるんだな・・・・・
だけど彼女が怒っている理由がイマイチ僕にはピンとこない。
なんか僕に裸を見られたことよりも、自分の身体が筋肉質であることを気にしていたようだった。
あんなに綺麗で男なら誰でも見惚れそうな身体をしているというのに、気にする理由が良く分からないんだけど・・・
はぁ・・・女の人って複雑なんだな・・・・
その後、廊下で時間を潰した僕は改めてアイナさんに会い明日の護衛を依頼する。
アイナさんは了承したが、その時の反応がなんとなく素っ気なかったのが悲しかった・・・・・
「ZZZ・・・」
ちなみに部屋に戻るとレイナはもうスヤスヤと寝ていた。
レイナ用に取り分けていた夜食の皿はしっかりと空になっていた・・・
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翌日・・・
「・・・西門に着いたようですね」
「私が衛兵に話を通しますので、エノクさんはここで待っていてください」
「・・・お願いします」
アイナさんの言葉を受けて僕は彼女に頭を下げる。
ガラッ!
彼女は頷くと、馬車の扉を開けて検問所の横に設置されている詰所に向かう。
時刻はすでに午後を回っていた。
昨日アイナさんには王都の西門と南門に用があることを伝え、護衛と衛兵たちへの執り成しを依頼した。
その要件は、衛兵たちが検問に当たりどのような魔導具を欲しているのか調査をする事だと話している。
なお、アイナさんにはまだ見世物小屋の劇団の事は伝えていない。
レイナの言う通りまだ物的証拠があるわけでもないし、憶測に過ぎない段階で伝えてもぬか喜びさせてしまうからだ。
「・・・エノクさん。話は通しておきました」
「ご案内しますので付いてきてください」
「・・・あ、はい!よろしくお願いいたします!」
戻ってきたアイナさんに促され僕は“防護カバン“とショルダーバッグを持って馬車の外へと出る。
今回はレイナにも付いてきてもらった。
レイナは最初馬車に乗るのを渋っていたが、
美味しいご飯を提供することを条件に我慢して付いてきてもらった。
昨日の夜は肉だったから、今日は魚にでもしようかな・・・・
そんな事を考えながら、アイナさんと一緒に詰所の中に入る。
中に入ると隊長と思われる人が僕達を出迎えてきた。
アイナさんが隊長に敬礼をしながら自己紹介をする。
「忙しい中失礼する!」
「私は第9近衛騎士団所属、アイナ・テグネールだ」
「こちらは同じく、魔法技師のエノク・フランベルジュ」
紹介を受けたので僕もアイナさんに倣って彼に敬礼をする。
まだこの挨拶の仕方に僕は慣れていない。
「役目お疲れ様です!」
「私は西門警備連隊、第1小隊隊長のニクラス・シェルストレームと申します」
「それで、そちらの魔法技師の方のご要件とはなんでしょうか?」




