事件の真相
犯人の名前が僕の脳内で反響する。
一瞬自分の耳を疑ってしまう。
全く予想だにしてなかった回答だから、本当にその言葉であっているのか認識が遅れてしまった。
・・・実は僕も犯人について全く考えていなかったわけではない。
もしかしたら・・・と思っている犯人はいたんだけど、
それを思い浮かべた理由もただ単に“香り“が一緒だったという単純なものだった。
流石に馬鹿らしいな・・・ということで考えを捨ててしまっていたんだけど、
レイナが述べてきた犯人は僕の思い浮かべていた人物とも全く異なっていた。
「見世物小屋の劇団・・・・?」
「オークション会場に向かう前に、レイナと一緒に見学したあの劇団の事を言っているのかい?」
的を得ない感じで僕はレイナに質問をすると、彼女は当然とばかりにうなずく。
「・・・もちろんそうよ」
「というか見世物小屋の劇団と言ったら奴らしかいないじゃない」
「私の予想だとあいつら一味が宝箱を持ち去った真犯人ね」
レイナが当然とばかりに僕に念押しをしてきた。
どうやら僕の聞き違いでも、誤解でもないらしい。
レイナは確信を持って見世物小屋の劇団が犯人だと言っているようだ。
「・・・・ごめん。びっくりしちゃったよ」
「あまりにも意外な人たちが犯人と言われたのでまだ僕はピンときていない・・・・」
「分かるように説明してもらっていいかい?」
「分かった・・・ちょっと長くなるけど説明するわね」
レイナは僕の質問に頷くと、犯人が分かった経緯について説明を始めた。
「・・・そうね、まずはネクタルが落札されてからの流れをもう一度整理しましょう」
「あの時エノクは落札者の身元情報を掴むために2階席に上がろうとした」
「しかし、2階席への階段はカーラの騎士が出入りをチェックして追いかけることが出来なかった」
「その後エノクは人混みの中で乱れた衣服を整えるために化粧室に向かった・・・ここまではいい?」
「うん・・・そこまでは大丈夫」
まあ、そもそもこの話をレイナにしたのは僕なんだから分からないわけがないんだけど・・・
「ここで気になったのはさっきも確認したけど、ワーウルフの二人組と遭遇したことよ」
「この内の一人をエノクは見覚えあるって言っていたわよね?」
「そうだね・・・確かにあるよ」
ワーウルフのうちの一人は恐らく神の酒の落札に関与していた人物だ。
最終的に落札は出来なかったものの、多額の金額を拠出してまで神の酒を落札しようとしていた。
ネクタルの落札者とコンタクトをしようとしていた僕が彼のことを覚えていないわけがない。
「・・・そう。エノクはあのワーウルフを競売参加者として覚えていたようだけど、」
「恐らく私達はもっと前に彼らの姿を見かけているのよ」
「・・・あっ!」
今のレイナの言葉で僕はハッとなった!
・・・そうだ!
確かに僕は見覚えがあった・・・あの銀髪を。
彼らはいたんだよ。“あの場“にも・・・!
だけど、あの時彼らの顔を見ることまでは出来なくて、ワーウルフだと僕は分からなかったんだ・・・
「その顔を見る限りだと、エノクも気づいたようね」
「見世物小屋周辺にも銀髪で長髪の人物がいたわよね」
「“グリンカムビ“を見世物にしていた劇団に向かって“冷たい殺気“を放っていた人」
「その銀髪の後姿の人とエノクが化粧室前で遭遇したワーウルフの人は彼らのセリフと状況を考えると同一人物よ」
「そして彼の放った言葉こそ見世物小屋の劇団員が会場のあの場所にいたんじゃないかと疑うキッカケになったのよ」
「エノクはワーウルフから聞いたんでしょ?“なんであいつらがあんなところにいたんだ“・・・って」
「うん・・・そう言ってたね」
そう・・・あの時、化粧室から出てきたワーウルフの二人組の内、喧嘩っ早そうな方が誰かに対して憤っていたんだ。
それこそ、締めてやる!みたなことを言っていたんだけど、
結局もう一人に静止を受けてそのまま会場を去って行った。
あれが劇団員に対しての憤りなら確かに筋が通るな・・・
「そうなると、見世物小屋の劇団員はエノクが入る前から化粧室にいたと考えたほうが自然」
「・・・つまり、やつらは何かをするために化粧室にいたということになる・・・」
「そこで鍵になってくるのが化粧室の中にあった姿見よ」
「・・・・姿見?」
さっきもレイナが僕に質問してきたな・・・
僕が首を捻りながら、レイナの言葉を反芻する。
「そう・・・姿見」
「見世物小屋の出し物の中に姿見に宿ったモンスターがいたでしょ?」
「エノクが見世物小屋からの帰りの馬車で、いろいろモンスターについて解説してくれたじゃない」
「“ドッペルゲンガー“は大きな鏡の中に宿るモンスターだって」
「・・・えっ・・・ああ!!」
そこで僕は驚きの声を上げた。
そっか!そうだよ!!
「・・・ドッペルゲンガーがいたんだ・・・!!」
僕はあまり注目していなくて頭の隅に追いやっていたんだけど、確かにいた・・・
「ドッペルゲンガーを化粧室に持ち込んだ理由は、会場の人間に成りすます為というのは言うまでもないわね」
「・・・まあ、私もどうやってあそこまでドッペルゲンガーを連れてきたかはしらないけど、」
「作業員を装えば化粧室に姿見を持っていくことも出来たんじゃない?」
「さすがに正面玄関から持ち運ぶことは難しそうだけど、VIP専用口からならノーチェックで会場に持ち運べる」
「つまり奴らのバックにはVIP待遇の内部犯がいると考えるべきね。まあ・・・これは今更だけど」
「・・・・・」
確かにクラウディア団長も言ってたな・・・
今回の事件では王国の上層部に位置する何者かが内部犯にいる可能性が非常に高いと・・・
劇団員はその内部犯とつるんでいたと考えれば確かに化粧室にも持ち運べるだろう。
・・・いや・・・でも待てよ・・・
あれはどうするんだ・・・・?
「レイナ、一つ大きな事を忘れてないかい・・・?」
「会場はルーン結界で能力の発現が制限されていたんだよ?」
「ドッペルゲンガーを確かに持ち込むことは出来るだろうけど、複製能力は使えなかったはずだ」
「あれは補助能力の一種だから、当然ルーン結界にはじかれ――――」
・・・・!!?
そこまで言って、僕は気づいた・・・・
“例外“があったことを・・・・!
「そうか・・・“巫女の腕輪“か!!」
僕の言葉にレイナが相槌を打ってくる。
「そう。“巫女の腕輪“よ」
「兵士が持っていた真鍮の巫女の腕輪は低級の補助能力が解禁される」
「クラウディアさんが事情聴取で兵士から聞いているんでしょ?」
「化粧室から兵士達の遺体が発見され、なぜか巫女の腕輪がなくなっていたって・・・」
「つまり奴らは、兵士たちを殺して巫女の腕輪を奪い、自分達の物にしたってわけよ」
「当然ドッペルゲンガーにも腕輪は持たせていたでしょうね」
「・・・・・」
レイナの言葉が衝撃とともに脳髄を揺り動かす。
ばらばらだったパズルのピースが当てはまっていく感覚を僕は感じていた。
「・・・さて、ではドッペルゲンガーのターゲットが何だったのかという話に移るんだけど・・・」
「これは当然“ルーン結界“だったでしょうね」
「能力の制限がされた状態では、襲撃も満足に行うことが難しいのだから、当然奴らは結界の破壊を目論んだはずよ」
「エノクはルーン結界が張られていた小部屋に行った時、そこで守備隊の小隊長さんとすれ違ったんでしょ?」
「私が思うにそいつはもうドッペルゲンガーよ」
「その時点で小隊長さんは既に殺されており、巫女の腕輪を奪われていたんじゃないかしら?」
「・・・なるほど・・・確かにそう考えると色々と辻褄が合うね・・・」
レイナの言葉に頷きながら肯定の返事をする。
クラウディア団長に聞いた話の中にルーン結界を守護していた北門警備連隊第1小隊の話が出てきた。
第1小隊の小隊長・ゲイルさんは、事件後に更衣室から遺体が発見されたという。
「レイナの推理が正しいとすると、化粧室で兵士が倒れていた理由も説明が付くね・・・」
第1小隊の隊員の一人である“ラルフ“さんは化粧室でお酒によって倒れている兵士を見かけたという。
これは僕も直接その光景を見ているから間違いない。
「・・・あれは劇団員が眠り薬入のお酒を兵士に仕込んだんだろうね・・・」
「介抱している間に巫女の腕輪を奪った・・・」
「そしてドッペルゲンガーに兵士をコピーさせて、用済みになった後は、化粧室の裏で密かに始末した・・・」
絡み合った謎がスルスルと解けるかのように、頭の中に答えが浮かんできた。
ドッペルゲンガーが巫女の腕輪を使って背後で動いていたと考えると、事件の裏で起こっていたことが繋がっていく。
あの時僕はオークション会場の至る所で小さな疑問を感じていた。
しかし、大した事ではないと思って頭の隅から追いやってしまった事がたくさんあったのだ。
レイナが先程話したワーウルフが喋っていたセリフのこと。
兵士が任務中にも関わらず酔っ払って倒れていたことや、化粧室の中にある更衣室がいつの間にか埋まっていたこと。
ルーン結界の小部屋から出てきた僕を完全にスルーした守備隊の小隊長のこと。
その小隊長がオークション途中だと言うのに隊員に交代を告げたこと。
ルーン結界がいつの間にか消失したこと。そして、それから間もないタイミングでオークション会場から衝撃音が発生したこと。
これら全ては背後で動く劇団という内部犯の存在を想定したら、驚くほどスムーズに説明が付く。
「そう考えると、地下牢に幽閉された“オロフ“さんもたぶん劇団員の被害者ということかな・・・?」
僕の推理にレイナが相槌を打つ。
「・・・そうね。彼も劇団員に眠り薬を盛られたんでしょうね」
「確か、オロフさんは“第1小隊の奴らが差し入れか何か持ってきた“みたいなことを言っていたんでしょ?」
「・・・彼は地下牢に連行されたから、劇団に殺されることはなかったのだろうけどね・・・」
「・・・・・」
僕はそれについては何も言うことが出来なかった。
・・・確かに劇団員には殺されずに済んだだろうけど、
彼のその後を思えばやるせない気持ちになってしまう。
レイナは僕の心情を察したのか、オロフさんについてはそれ以上何も言ってこなかった。
「・・・話を戻しましょう」
「つまりオークション会場での劇団の役目はルーン結界の破壊だったという事よ」
「その目的は神遺物の強奪部隊・・・つまり巨人たちの宝物庫への侵入と脱出の援護ね」
「オークション会場の裏手にある狭い通路を巨人サイズで進むことは出来なかっただろうから、宝物庫へ行くまでは通常の大きさで侵入することになる」
「その時ルーン結界が破壊されていれば、強奪部隊の能力が解放されて、宝物庫に至る警備を突破することが容易になるというわけ」
「そして、神遺物が手に入ってしまえば奴らを縛るものは何もなくなる」
「巨人になって兵士を蹂躙することや壁をぶち壊す事も出来るわけだしね・・・」
「脱出の援護すら必要なかったかもしれないわ・・・」
「・・・うん。そうだろうね」
レイナの言葉に僕も頷いた。
僕自身が巨人の強さと怖さを痛いほど分かっている。
実際会場には僕が目撃した5人の巨人たち以外の襲撃犯は見かけなかった。
劇団員も巻き添えを喰らわないように会場から退散していたと考えるのが妥当だろう。
「・・・巨人たちは会場の人間を皆殺しにした後、宝箱を持ったまま外へと脱出した」
「その光景は遠目からだけど私も目撃している」
「奴らは、ゴールド通りをずんずんと駆け抜けて行ってそのまま王都北門を蹴破ってミンツ方面へと脱出した」
「これはクラウディアさんからエノクも聞いた通りだと思う」
「・・・うん」
・・・そう、あの時僕は気を失ってしまい、巨人たちの正確な行方については知らなかった。
周囲は既に箝口令が敷かれていたし、巨人たちがミンツ方面へ逃れたと知ったのはクラウディア団長からの情報で初めて分かったんだ。
「・・・ここで、宝箱はいつ巨人たちの手から離れたかという事なんだけど」
「実は奴らは一瞬だけ動きを止めた瞬間があったのよ」
「場所は浮島へ渡す橋の手前、エノクが私をちょうど観光案内していた辺りのエリアだったと思うわ」
レイナがそこまで言って、チラリと視線を僕に向けてきた。
さすがにここまで来れば彼女の言いたいことは誰でも分かる。
「・・・なるほど、見世物小屋があったエリアというわけだね?」
「つまり巨人たちは北門から脱出する前に、見世物小屋の劇団に宝箱を密かに引き渡したということかな?」
僕の言葉にレイナも満足気に頷く。
「そういう事よ」
「宝箱の運び屋は見世物小屋の劇団だったというわけ」
「一方、巨人たちの方は宝箱を引き渡した後は派手な囮部隊を担っていたというわけね」
「王国の兵士や冒険者達もまんまと巨人たちに踊らされて、奴らを追うことに目が行ってしまった」
「巨人たちへ王国の戦力の注意が向かっている間に、見世物小屋の劇団達は悠々と王都から脱出したんでしょうね」
「そっかぁ・・なるほどぉ!!」
レイナの推理に僕は思わず感嘆の声を上げてしまう。
今ので、巨人たちが宝箱を持っていなかった理由も、途中で奴らが姿を消してしまった理由も全て説明が付いてしまった。
そして極めつけは何と言っても、宝箱が探知魔法で引っかからなかった理由さえも説明がついてしまう。
僕もようやく劇団が宝箱を持ち逃げするのに最適な配役だと気づいた。
「・・・レイナ凄いね・・・よく気づいたね」
「見世物小屋の劇団が宝箱を持っていたと僕も確信したよ・・・今」
「彼らは“檻“を持っていたんだったね・・・」
しみじみと僕がそういうと、レイナが頷いて説明をしてくれた。
「・・・そう、あの劇団の団長が言ってたわよね」
「あいつらが持っている檻は、ミスリル製の特殊な結界が張られた檻で、“魔力探知系の能力や霊的生物の透過を遮断する効果“があるって」
「つまりあの檻の中に宝箱を入れておけば、連盟の探知魔法にも引っかからなかったというわけ」
「まさに劇団は宝箱を持ち運ぶのに最適な運び屋だったということね」
「・・・・・」
あれ・・・でも、そうすると・・・
ふと、そこで僕の頭の中に疑問が湧く。
「・・・ごめん、レイナ」
「茶々を入れるつもりはないんだけど、一つだけ気になることが出来たよ・・・」
「・・・うん、なに?」
レイナが問い返してきたので、僕は話を続ける。
「宝箱を檻の中に入れていたら、王都の出口で流石に検問に引っかかると思うんだ・・・」
「見世物小屋の劇団はあれだけ大所帯で、荷物も多いし、隠れて出ることは困難だ」
「さらに檻の中に御大層に置いてある宝箱なんてあったら、絶対に探索される」
「バレずに出ることは無理なんじゃないかと思うんだけど・・・・」
そう言って恐る恐るレイナに尋ねたんだけど、彼女はあっさりと僕の疑問に答えを返してくる。
「・・・ああ、そのことね。それは問題なく通ると思うわよ」
「宝箱を調べようとして、誰も吸い込まれたくないでしょ?」
「奴らは“アビスミミック“を持っているのよ?」
「・・・・あっ!!」
僕はそこでまた驚きの声を上げてしまう。
そうだった・・・!
あいつらはそれも持ってたんだった!!
「宝箱を全てアビスミミックだと偽って兵士を最初に脅せば、調べようなんて思わなくなる」
「劇団達は宝箱を探知もされず、調べられることもなく、安全に外に運び出すことが出来たってわけよ」
「これが宝箱が消えた事件の真相だと思うわ」
「・・・・・」
空いた口が塞がらなかった。
僕はもうレイナの推理に疑念を挟むことはなかった。
・・・というか、状況を考えたらもう奴らしか考えられない・・・
宝箱を持ち逃げした犯人は見世物小屋の劇団だったんだ・・・!!