そして彼女は言った
「――――それで、僕とアイナさんは宿屋に向かったというわけなんだ」
トントントン!
まな板の豚肉を切りながらレイナにこれまでの経緯を語る。
時間にして1時間以上は話していただろうか。
既に仮設住宅の組み立ては終わっており荷解きも済んでいた。
今は今晩の料理を作っているところだ。
既に夜もだいぶ更けており、この時間では市場も閉まっているだろう。
今晩はショルダーバッグに詰めてきた食材の余りを使えばいいが、明日は市場に買いに行く必要がある。
幸いなことにここの調理場にはフライパンや、包丁、まな板など基本的な調理道具や食器類が予め用意されていたので
これらを準備する必要がないのは助かった。
持ってきた調理道具はあったが、さすがに手持ちだけだと心もとない。
一式揃えるだけでも経費が馬鹿にならないから、僕にとってこれは嬉しい誤算だった。
「・・・・・♪」
少し鼻歌を交えながら作業を進める。
いつもより料理が楽しく感じられた。
肩の荷が少し下りたということもあるだろう。
「・・・・うーん」
「なるほどね・・・とりあえず経緯は分かったけど・・・」
んっ・・・・?
レイナの声の調子が気になり、ちらりと目線をやる。
彼女は新しく出来た仮設住宅の前のクッションの上で何やら考え込んでいた。
浮かれ気分の僕とは対照的だ。
「何か気になったことがあったのかい?」
「うん・・・まあね・・・・」
彼女は頷きながら、肯定の返事をしてきた。
「・・・いくつかあるけど、特に気になったのは巨人たちの行動ね」
「巨人たちがオークション品を持ち去った理由がなんかしっくり来ないのよ・・・」
「えっ・・・?」
意外な言葉を聞いて僕は包丁を動かす手を止める。
「クラウディア団長が推測した理由がしっくりこないってことかい?」
「・・・うん。具体的にはそう」
「巨人たちはあんな虐殺と目立つ強奪劇を繰り広げてまでオークション品を奪ったのよ?」
「それなのに、その目的が神遺物を王都のどこかの宝物庫に隠すためっていうのがどうもね・・・」
「うーーん・・・・」
レイナの言葉に僕も考え込む。
確かにそう言われてみれば、なんか目的がしょぼく感じる・・・
「リスクとリターンが見合っていないのよ」
「あれだけのことをやるんであれば、カーラ王国の監視の目が届かない遠い場所まで宝箱を運ぼうと思うはず」
「私がもし犯人一味だったら、王都のどこかの宝物庫でゆっくり宝箱を開錠してから持ち出すなんてことは考えたりしないわ」
「なんとかして、そのまま巨人たちに持ち逃げさせる方法を考えると思う」
「王都の中から検問をパスして外に運び出す事だって一苦労だろうし、」
「そもそも王都の中に隠していたら、場所がバレた時点でそれまでの犯行が全て水の泡になっちゃうもん」
「・・・・・」
レイナの言う事にも一理ある。
しかし、事実として巨人たちは宝箱を持っていなかった可能性が非常に高い。
結局、彼らも宝箱を持ったままの逃走は不可能だと結論づけたんじゃないかと僕は思ったわけだ。
クラウディア団長も僕の意見に賛同してくれたからこそ、王都の他の宝物庫に隠したという推測に至ったわけだし。
「確かにちょっと肩透かしを食らったような感覚にはなるね・・・」
「だけど、巨人たちはそれだけ宝箱を持って逃げるリスクを恐れていたという事なんじゃないかな?」
「あの宝箱を持っていたら捕捉されずに逃げ切ることはほぼ不可能だ」
「そして、カーラ王国にはLv200を超える英雄級冒険者を始め、腕利きの冒険者が揃っている」
「巨人たちは確かに恐ろしい存在だけど、冒険者もまた規格外の化け物揃いなんだよ」
「王国の冒険者が集結してしまえば、あの巨人たちと言えどもひとたまりもなかっただろうからね」
「・・・それはそうかもしれないけど・・・」
レイナは首を捻りながら、険しい表情で考え込んでいた。
彼女はまだ納得していないようだ。
「・・・でも、それならなおさら巨人たちを使ってあんな目立つ強奪をする必要はないんじゃない?」
「だって単純に宝箱を盗んで、王都の他の場所に移動させるだけなら奴らはたぶん出来たと思うのよね」
「内部犯はオークション会場の奥深くにも入り込むことができ、何人もの兵士が裏で殺されているんでしょ?」
「それに王宮に大規模な爆発物を仕掛けられるくらい王国の内部にも精通している」
「警備の穴を縫って秘密裏に宝箱を持ち運ぶという事だって計画できたはずよ」
「・・・そ、それは・・・確かにそうだね」
僕も感じていた拭いきれない違和感をレイナは的確に突いてくる。
「・・・私に言わせれば、巨人たちが襲撃したことにより冒険者達の余計な介入を招いてしまっている」
「本当に宝箱を王都のどこかに隠す事が目的なら、巨人たちはいないほうが都合がいい」
「だけど、巨人たちは実際に犯行に加担しているのだから、私達の見立てている敵の目的の見当が外れていると考えるべきよ」
「そうなると、やっぱり襲撃の計画の段階で王都の外へ持ち運ぶ算段はつけていると思うのよねぇ・・・」
「でも、巨人たちは宝箱を持っていない可能性が高いし、宝箱はロストしたまま・・・」
「何か見落としていないかなぁ・・・」
「・・・・あれ、でも待てよ・・・・」
「・・・・・」
最後の方はもう僕に向かって話しかけていなかった・・・
彼女は自問自答を繰り返した後、視線を虚空に漂わせながらそのまま黙り込んでしまった。
深い思考の渦の中に入り込み、事件への洞察を巡らせているのだろう。
・・・この状態のレイナを僕は過去に2度見たことがある。
1度目はオーゼットさんに謎掛けを仕掛けられ対応に困っていた時。
2度目はつい先日、エレノア様の告知が出てクラウディア団長から出頭令が届いた時だ。
両方とも僕の進退を大きく左右する重要な瞬間だった。
そしていずれの時も、レイナの助言が僕を大きく助けてくれたんだ。
今はレイナの邪魔をしないほうがいいな・・・
僕は視線を厨房に戻すと、料理を再開した。
今の僕に出来るサポートは彼女のお腹を満たすくらいのものだ。
切った豚肉と野菜をフライパンで炒めながら味付けの調味料を加えていく。
フライパンを振りながらも頭に浮かんでくるのは先程のレイナの言葉だった。
彼女の言葉を聞けば聞くほど、犯人たちの目的が別にあるのだと思えてくる・・・
レイナの洞察力は前から凄いと思っていたけど、改めてその凄さを実感している。
あんなに小さな体だと言うのに、その内にある智慧に大きく頼っている僕がいた。
・・・もっとも、彼女の考えが理解できずに最初は驚かされることも多い。
そして案の定今回も僕を驚愕させてくるのだけど・・・・・
「ねぇ、エノク」
「さっきの話でもう1度確認したいことがあるんだけど・・・」
「・・・うん、なんだい?」
僕が料理を食器に盛り付けている時だった。
考え事をしていたレイナがふと僕にそう尋ねてきた。
僕は手を止め、彼女へ目線を向ける。
「ネクタルのオークションが終わった後に、確か化粧室に立ち寄ったんでしょ?」
「化粧室に大きな姿見があったというのは間違いない?」
「えっ?・・・・・うん、それは間違いないけど・・・・」
突飛な質問を投げかけられ僕は困惑した。
「・・・あと、化粧室に入る時に二人組の銀髪のワーウルフの人にも会ったと言ってたわよね?」
「“あいつらなんであんな所にいるんだ?“的な事を愚痴ってた人」
「・・・えーっと、うん・・・確かに会ったね・・・・それが、どうしたんだい?」
なんでそんなことを急に聞いてくるんだろう・・・?
レイナの意図が読み取れず頭の中に?がいっぱい浮かんできてしまう。
「・・・ふーん。なるほどねぇ・・・」
「エノク・・・私、宝箱を持ち去った犯人分かったかもしれない」
「・・・へっ?・・・」
混乱している僕をよそに、レイナはとんでもない事を口走ってきた!!
ポカーンと口を開けて僕は固まってしまう。
「・・・え、本当?」
「・・・犯人が分かったって今言ったのかい!?」
信じられない気持ちで、僕はレイナに質問する。
犯人が分かったって・・・冗談だろう?
「・・・うん。そう言ったわよ」
「巨人たちの正体ではなく、あくまで宝箱を持ち去った犯人って意味だけどね」
「犯人はあの“見世物小屋の劇団“よ」