騎士団宿舎
既に外は漆黒の闇が支配していた。
アイナさんの言葉を受けて僕は窓の外を伺う。
馬車の外には赤レンガで造られた2階建ての建物があり、
月明かりと外壁の魔光灯によってライトアップされた建物が見える。
これがアイナさん達が起居している騎士団の宿舎なのだろう。
商人ギルド連盟の会館や冒険者ギルドのように芸術性に凝った作りはしていないが、
レンガ造りということもあり、シックで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
入り口横には兵士が立って周囲を見張っている。
ガラッ
アイナさんは馬車の扉を開けると、こちらに振り返って僕の荷物に目線をやる。
「・・・さすがに大荷物ですね」
「私が持ちましょうか?」
そう言ってアイナさんは僕の私物が入っている旅行カバンを指差してきた。
今回の避難は一時的なものを想定しているとは言えかなり大荷物になってしまっている。
荷物の中身はレイナの仮設住宅(折りたたみ式)や工房ギルドで使う仕事道具。
それに加え、僕の着替えや包丁やフライパンなどの調理器具などだ。
普段携帯しているショルダーバッグに加え、巨大な旅行カバン2つ。レイナが入っている防護カバンを合わせると荷物が合計4つにもなってしまっていた。
今回の荷物で特に重いのはこの巨大な2つの旅行カバンだ。
流石にこれを女性に持ってもらうのは酷というものだろう。
「ちょっと大変ですが、大丈夫です」
「それにその2つは特に重たいので女性に持たすわけにはいかないですよ」
そう言って僕は控えめに断ろうとしたのだが、彼女はそれで眉をひそめてしまう。
「・・・エノクさん。どうやらちょっと誤解されているようですね」
「ちょっと失礼しますね」
彼女はそう言うと、僕の横まで来て巨大な旅行カバン2つ同時に馬車の外へ引っ張った。
そして、外に出るとひょいっと軽い食器でも持つかのように片手で持ち上げてしまう。
「えっ・・・」
僕は目を疑ってしまう。
・・・アイナさんは確かに一般的な女性より筋肉質な身体はしていた。
しかし、それでも全体的には女性らしさを感じさせる華奢な体型であり、身長も僕より少し高い程度。
とてもじゃないがあんな巨大で重量がある旅行カバンを軽々と持ち上げてしまうようには見えなかった。
アイナさんは目を丸くした僕を涼し気な目で見てくる。
「・・・理解して頂けましたか?」
「鍛えている私達にとってはこんなの大した重さではないのですよ」
「そちらもお持ちしますよ」
アイナさんはそう言って、僕のショルダーバックや、レイナが入っている防護カバンも指さしてきた。
「いえいえ!!これは僕の方で持ちますんでいいです!」
「割れ物とか、取り扱い注意なものが入っているんで、本当にこれは大丈夫です!!」
「・・・そうですか」
さすがにレイナが入っているカバンを乱暴に持たれるわけにはいかないのでお断りを入れた。
アイナさんの表情は相変わらずクールだったが、その表情は僅かに残念そうな色を帯びていた。
少しだけ彼女の感情を読み取れるようになってきた気がする。
僕は防護カバンとショルダーバックを慎重に持って、馬車の外に出ると赤レンガの建物を見上げた。
「これがアイナさんたちが居住している騎士団の宿舎なんですね・・・」
周囲を見回すと同じ様な建物が何棟もここら一帯に密集していた。
どうやらこのエリアは兵舎棟があるエリアのようだ。
先日の事件の影響なのだろう。
兵舎棟のいくつかは倒壊しているものもあり、現在修繕が行われているものがちらほらと見受けられる。
周囲をキョロキョロと見回しながらアイナさんに続いて宿舎の中に入る。
アイナさんが片手で荷物を持ちながら、もう片方の手で見張りの兵士に敬礼をした。
僕も建前上はこの騎士団に新しく着任した魔法技師ということもあり、彼女を真似て敬礼をしながら中に入る。
ギィ・・・
宿舎の中に入ると、奥行きがある空間が広がっていた。
赤レンガの空間があるのは外面と変わらないが、
入り口には白いスズランの花が活けてあり、高級さと上品さを醸し出している。
建物全体からはバラの良い香りが漂ってきており僕の嗅覚を刺激してきた。
いい匂いなんだけど、なんか目眩がしそうだ。
ちょっと慣れるのに時間がかかるかもしれない・・・
ガングマイスター工房は男性の割合が圧倒的に多かったので、こういう女性ばかりが在居する空間は初めてだった。
クラウディア団長が僕の「居心地の良さは保証できない」と言った意味がちょっとわかった気がする・・・・・
「部屋は2階にあります」
アイナさんが僕に目配せした後、階段を上がっていく。
騎士団の居住する兵舎はどんなところだろうと思っていたが、一般的な宿屋の内装とそんな変わらないようだ。
騎士団の団旗や甲冑が飾られているところはさすが兵舎という感じはするが、そこまで無骨な感じは受けない。
アイナさんに連れられ2階の廊下の最奥まで来ると、彼女は部屋のドアノブに手を掛けた。
「ここです」
ガチャ!
彼女とともに僕も部屋に入った。
「・・・これが僕の部屋ですか・・・!?」
荷物を持ちながらゆっくりと部屋の中に入ると、僕は予想外の部屋の広さに驚いた。
部屋の中にはテーブルや衣装棚。ダイニングテーブルやキッチンなどの家具・設備が整っていた。
さらに寝室と執務室はそれぞれ別にあって、バスルームももちろん備えてある。
明らかに僕の自宅より広い。
「・・・お気に召しませんでしたか?」
「いえいえいえ!逆です!!」
「こんな広い部屋をむしろお借りしちゃってもいいんですか!?」
アイナさんが訝しげな視線を向けて質問してきたので、思わず身振りを交えながら僕は否定した。
「それはお気になさる必要はありません」
「ここは元々隊長が使う予定だったのですが、結局使われずに空いてしまったお部屋です」
「隊長の使う予定のお部屋だったという事もあって、他の団員が遠慮して中々使おうとしないのです」
「宿舎の部屋はまだ空きに余裕がありますし、今回の件はちょうどよかったと思うので是非ここをお使いください」
クラウディア団長が使う予定だった部屋を僕なんかが使って良いのかな・・・?
「・・・そんなお部屋をぽっと出の僕なんかが使っちゃっていいんですか?」
「ちょっと恐縮してしまうんですけど・・・」
顔をひきつらせながらアイナさんに尋ねる。
「大丈夫ですよ」
「隊長もようやく人が埋まったということで喜ぶと思います」
アイナさんはそう言ってピシャリと僕の懸念を一蹴する。
彼女の表情は相変わらずクールで、返事も淡々としたものだった。
暗にこの部屋で我慢しなさいと言われている気もしなくもない・・・・
この部屋は2階で建物の一番奥にあるし、僕の護衛をする上でも都合がいいのかもしれない。
ここは素直に頷いておこう。
「・・・分かりました」
「ここを使わせていただきます」
僕が相槌を打つと、アイナさんも本題を切り出してきた。
「それでは生活するに当たり、いくつかお伝えしておきましょう」
「この宿舎を出て、中央街路の内側に進めば日用雑貨や食料品が売ってある市場があります」
「そこに行けば基本的な生活必需品は揃うはずです」
「先程正門で貰ったその通行許可証は肌身離さず持っていてください」
「王宮から入退出する時は必ずそれの提示が求められますので・・・」
僕は先程もらったカードを確認する。
カードには盾と白薔薇の印章が印字されていた。
一番下には、第9近衛騎士団 魔法技師 エノク・フランベルジュの文字も入っている。
「それと改めて言わなくても分かると思いますが、私がエノクさんの護衛役を引き受けます」
「王宮内であれば大丈夫ですが、もし外に出るのであれば事前に仰ってください」
「この部屋の対面の部屋が私の部屋になっています」
「午後は基本的にいるようにしますので、ご用命があったらいつでもお越しください」
そう言ってアイナさんは任せなさいと言わんばかりに自分の胸に手を当てた。
先程の彼女の怪力を見たから・・・って言ったら失礼かもしれないけど、自分より明らかに強い人からそう言われると安心する。
本当は自分の身は自分で守れるようならなきゃいけないんだけどね・・・
だけど、今は無い物ねだりをしてもしょうがない。
ここは素直にアイナさんの言葉に甘えるとしよう。
「・・・分かりました。ありがとうございます」
「その時はよろしくお願いいたします」
親方に上流階級の挨拶として教わったお辞儀で彼女に深々と頭を下げる。
アイナさんはそんな僕に微笑みを返すと、荷物を置いて敬礼をしてきた。
「それでは、私はこれで・・・」
ガチャン!
彼女が部屋を退出する。
僕はアイナさんが部屋を退出したことを確認してから、
ショルダーバッグと防護カバンをダイニングテーブルの上にゆっくりと下ろした。
「レイナ。お待たせ」
カバンを置いてから中にいるレイナに声を掛けた。
蓋を掛けるとレイナがぴょこっと顔を出す。
「ふぅ、はぁ・・・」
「やっと出れたぁーー」
レイナが盛大に深呼吸と溜息を繰り返した。
今回はアイナさんが同行していたこともあって、レイナはずっとカバンの中だった。
揺れる馬車の中で長時間じっとしていたのは大変だっただろう。
僕はレイナにねぎらいの言葉を掛けた。
「お疲れ様。大変だったね」
「本当よ!もう!」
「しばらく馬車には乗りたくないわ・・・」
うんざりという感じでレイナが愚痴をこぼしてきた。
レイナはそのままカバンから出てくると大きく伸びをする。
「それにしても、ここが避難場所か・・・なんかVIP待遇受けているみたい・・・」
彼女は周囲をキョロキョロと見回しながらそう言う。
彼女の言葉に僕も頷きながら答えた。
「確かに・・・僕もこんなにいいところ紹介してもらえると思わなかったよ」
地下牢でも取りなしてもらったし、今回はこんなにいい場所を提供してもらって、さらにアイナさんという護衛まで付けて貰っている。
しばらくクラウディア団長には頭が上がりそうもない。
「・・・まあ、何はともあれこれで住居は何とかなったわね」
「とりあえずお疲れ様」
レイナの言葉が心に染みる。
僕の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
「うん。ありがとう」
「レイナもお疲れ様」
レイナの前に人差し指を出す。
彼女はそれを認識するとニコリと笑い、人差し指を握り返してくれた。
お互いの健闘を称え合う小さな握手。
ひと仕事終わった感じはするけど、大変なのはこれからだ。
あくまでこれは一時的な避難生活。
いつまでもクラウディア団長の厄介になっている訳にはいかない。
自分達自身で今の状況を打開していく必要がある。
「さて、とりあえずは荷ほどきしないとね・・・・」
「レイナの仮設住宅も急いで組み立てちゃうよ」
僕はアイナさんが運んできてくれた巨大な旅行カバンの中を開け、道具を引っ張り出した。
そして、そのまま組立作業に入る。
「うん。ありがとう!」
「作業しながらでいいんだけど、クラウディアさんとどういう話になったか私にも教えて欲しいな」
レイナが僕の作業を見ながらそんな言葉をかけてきた。
「・・・あっ、そうだね」
「分かった。作業しながら話すよ」
僕は頷くと、仮設住宅を組み立てながらこれまでのいきさつを話し始める。
僕が神遺物捜査へ協力を申し出たこと。
クラウディア団長が巨人たちを追って手掛かりを見失ったこと。
また、事情聴取で分かったオークション事件のこと。
そして、それに対する僕の見解と推理を披露したこと。
商人ギルド連盟が告知にやはり干渉していたこと。
クラウディア団長が僕の要望を快く引き受けてくれて、避難場所と護衛を付けてくれたこと、等。
僕はクラウディア団長とのやり取りを事細かくレイナに共有した。
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