クールな女騎士
ガラガラガラ・・・
馬車は街道を突き進んでいく。
先程浮島への検問を抜けて、今は長い橋を渡航している最中だ。
ゴールド通りの喧騒は徐々に過ぎ去り、月明かりが反射した内堀の光が馬車の中を照らしている。
内堀にある河は王都に隣接する大河から流れ込んでおり、大河から吹き込む風によって時折馬車の窓をガタガタと揺らしていた。
私は防護カバンの中から車内に腰掛ける二人の様子を見ていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は対面で腰掛けたまま、お互いに視線を向けることもなく物思いにふけっていた。
一人は私もよく知っているエノク。
そして、もう一人は“アイナさん“というクラウディア団長の部下の騎士だ。
彼女を一言で表すとすればクールビューティーという言葉がぴったりだろう。
後ろのクリップで綺麗に結えられ、耳にかかったロングボブの青髪。
アイシャドウで整えられた切れ長の目。高さがありつつ真っ直ぐに通った鼻筋。
そして、気品が感じさせられる程度にリップが薄く塗られたキューピッドボウの唇。
知的でクールな雰囲気があると同時に、彼女は気高さと勇ましさも持ち併せているようだ。
目線を下げ彼女の身体を観察する。
胸当ての上からでもハッキリ分かる膨らみが女性らしさをアピールしつつ、
盛り上がった腕の筋肉や引き締まった脚が彼女の身分を物語っていた。
「・・・・・っ」
エノクはアイナさんに視線を合わせようとせず、さっきからずっと落ち着きがない。
その少し火照った顔や、せわしなく動く視線を見ていれば、
彼の気持ちが手に取るように伝わってくる・・・
まあ、そうりゃあね・・・・
こんな美人がこんな狭い空間の中で目の前にいるんだから、
初心な少年のエノクにとっちゃ刺激が強すぎるわよね・・・
それにこのバラの香りも卑怯だわ・・・・
馬車に入ったときから上品な香水のかおりが鼻腔をくすぐっていた。
同性の私でさえ彼女の魅力に惹かれそうになる。
ましてや異性で女性経験に乏しいエノクがそれに抗うなんて無理な話だろう。
向こうにすれば私達を籠絡する気なんてさらさらないだろうが、
結果的に感情をかき乱されて、不利な心理状態に追い込まれてしまっている。
女性ばかりで構成されたこの騎士団において「美」は明確な武器になるということだ。
こんな刺客をエノクに差し向けて来るとは・・・・
クラウディア・・・奴は油断ならん!
一方、そんな事を思われているとはつゆ知らないアイナさんはじっと窓の外を眺めていた。
その眼光は時折鋭く変化し、馬車に近づく外部のものに警戒を払っていた。
詳しい話はエノクから聞いていないが、彼女はエノクの案内役兼護衛役で付いてきているらしい。
先程のエノクとのやり取りを思い出す。
彼女は言葉のやり取りは丁寧だが、あまり積極的にコミュニケーションを取りたがるタイプではなさそうだ。
馬車に乗り込む前に簡単な事務連絡を交わした以降、彼女からは一切会話を振ってこなかった。
まあ・・・それはエノクも同様なのだけどね・・・
ただ、エノクは決してコミュニケーションを取りたくないわけではないだろう。
彼の性格から考えたら初対面の人間とはむしろ積極的に取りたいと思うはず。
それをしないというのは目の前の女性に気後れしているか、単純に緊張してどういう言葉を掛けていいか迷っているだけだろう。
まあ・・・・いずれにしろ私は見守るしかないわけだが・・・
頑張れ・・・エノク・・・・・
防護カバンの片隅から彼の健闘を祈っていると、
祈りが通じたのかエノクは顔を上げてアイナさんを見据えた。
「あ、あの・・・・・」
「前にもお会いした事ありましたよね・・・?」
ナンパか!!
掛ける言葉に困ったからといって、それはないわよ・・・
心のなかでエノクに思わずツッコミを入れてしまう私。
だが、展開は意外な方へと転がる。
「ええ、そうですね」
アイナさんはエノクに顔を向けると肯定の返事をしてきた。
ええっ!?
そうなの・・・?
予想外の返事に私は驚く。
「やっぱり・・・そうでしたか・・・」
「僕を地下牢に連行したときでしたよね・・・」
あっ、なるほど。あの時か・・・
エノクの今の言葉で私も合点がいった。
「はい。私があなたを後ろから見張っておりました」
「大した記憶力ですね」
「あの時あなたは満足に私を見ている余裕もなかったはずです」
「顔を覚えられているとはちょっと驚きました」
抑揚をつけず、アイナさんは淡々とそう語る。
エノクは苦笑いをしながら、そんな彼女の疑問に答えた。
「その、失礼ですけど印象に残っていたんです・・・」
「・・・グレースさんとは対照的な髪の色をされていたので」
「・・・ああ、なるほど」
少し間をおいて、アイナさんは僅かに目を見開く。
それはささやかな感情の表出で、彼女のクールな表情は変わらなかった。
基本的に感情をあまり表に出したがらない人のようだ。
「髪の色の対比で覚えられているとは盲点でした」
「今度グレースと組む時は気をつけるとしましょう」
アイナさんはそう述懐した後、言葉を続けてくる。
「しかし、やはりあなたの着眼点は変わっていますね」
「そのおかげで今回調査に進展があったのです」
「あなたのその変わったところも肯定的に捉え直すべきかもしれません」
「私はあなたには期待していなかったんですけどね」
彼女は涼しい顔をしながらさらりと心を抉ってきた。
結構、ハッキリモノを言うのね。この人・・・
エノクも今のアイナさんの言葉に苦笑いをしてしまう。
「・・・あ、あはは・・・」
「率直に聞きますが、初対面の僕はどういう印象だったんですか・・・?」
エノクが自ら地雷を踏みに行った。
おい・・・やめときなさいよ・・・
また、気になって仕事に集中出来なくなっちゃうわよ、エノク・・・
心のなかでエノクにそう突っ込みを入れるが、
もちろん口に出して言う訳にはいかない。
アイナさんはエノクを見据えると、表情を崩さず案の定毒を吐いてきた。
「率直に言って頼りない印象が大きかったです」
「貴賓席に紛れ込んで、リスクを考えない行動を取るあたり、」
「状況判断が出来なく目の前のことにしか集中できない浅はかな少年といったイメージです」
「私は地下牢での尋問の詳細を知っているわけではありませんが、」
「後で隊長があなたの安否を気にされていると聞いた時、正直理由が分かりませんでした」
「あの後事件に遭遇してあなたが死んだとしても、自業自得だと思いましたからね」
「う・・・・」
アイナさんの容赦のない言葉がエノクに突き刺さる。
エノクは彼女の言葉を咀嚼しきれずに固まってしまった。
まあ、しょうがない・・・・
これは少なからず私も思ったことだ。
「しかし、先程のあなたの推理を聞いて考えを改めなければなりません」
「私もまだまだ人を見る目は未熟だったようです」
「やはりその道のプロフェッショナルの考えは一聴に値する事がよく分かりました」
「お見事でした」
「あ・・・えっ・・・はい?」
まさかの突き落としからの持ち上げ・・・これは混乱するわ・・・
・・・ていうかアイナさん。
そんな感情がこもらないで淡々と言われちゃ、こっちも褒められてるんだか貶されているんだか分からないわよ・・・
彼女は相変わらず無表情のままだった。
「・・・・あの・・・今、褒めていただいたんですよね?」
エノクが恐る恐るアイナさんに聞く。
「・・・?」
「はい、そのつもりで言いましたが・・・?」
彼女は眉をひそめて首を捻った。
ここで初めて彼女が明確な感情を表に出す。
悔しいけど、そんな挙動ですら彼女は絵になった。
ふむ・・・これが噂のクールビューティー系女子か。
これは私も彼女の挙動を勉強せねばならんな・・・
「・・・あの、アイナさんはいつもそうなんですか?」
「感情が読みにくいというか、掴みどころがないんです・・・」
「それとも、なにかアイナさんに気に障ることを僕はしてしまったのでしょうか・・・?」
エノクが躊躇いがちに彼女に尋ねた。
エノクに指摘されたことを受けて、アイナさんの表情に少し変化が表れる。
「・・・ああそうですよね。失礼」
「これは職業柄意識してこうしているのです」
「護衛の任務は常に冷静沈着さが求められます」
「特に護衛対象となる方の傍らにいる時は常に周囲に気を張らなければなりません」
「エノクさんのせいでは決してないですよ」
「だから、そんなにお気になさらないでください」
そう言うとアイナさんはニコリとエノクに微笑みかけた。
それは彼女の初めて見せた喜びの感情。
インパクト絶大な天使の笑みだった。
「・・・・・」
エノクは顔が真っ赤になって固まってしまう。
これを見たのは2回目・・・
1回目はクラウディアさんとアモンギルドですれ違った時だ。
つまり、クラウディアさんの騎士団に彼は2回も魅了を受けて固まったことになる。
まあ、この無感情ギャップからの笑顔は卑怯よね・・・
ていうかエノクさんよ・・・私にはそんな反応見せた事1回もないんじゃないのぉ!?←鈍感
彼女にはエノクを赤面させる魅力があって私にはないとでも言うのか。
私だって女だし、そんなイケてないわけじゃないと思うんだけどなぁ・・・なんかムカつくんですけど。
ガラガラガラ・・・・・
馬車はそんな私の愚痴など気にもせず、ひたすら目的地へと進んでいた。
ちなみに、固まっているエノクとは対照的に、アイナさんはもう元の状態に戻っていた。
クールな表情でまた周囲の警戒に当たっている。
馬車は緩い傾斜がある小高い丘を上っていき、見晴らしの良い場所へ出る。
先日事件があったばかりの欲望の塔の横を通り過ぎ、程なくして王宮の正門の前に到着した。
警戒に当たっていた衛兵たちが馬車の側にやってくると中を伺ってきた。
ガラッ!
アイナさんは自分から客室車の扉を開けた。
兵士に敬礼をしながら、先程までとは打って変わり威厳と覇気のある声で兵士に呼び掛ける。
「役目ご苦労!」
「私は第9近衛騎士団第1小隊所属、アイナ・テグネールだ!」
「我が近衛騎士団専任の魔法技師として、ここにいる同行者のエノク・フランベルジュが着任する」
「今後この者の王宮への出入りが発生するのでご承知願いたい」
エノクが近衛騎士団所属の魔法技師として紹介される。
隠れ家を利用するにあたり、そういう扱いにした方が都合がいいのだろう。
アイナさんの言葉に兵士も敬礼を返した。
「はっ!お勤めお疲れ様であります」
「クラウディア騎士団長より承っております」
「・・・こちらが出入りに当たる通行許可証になりますのでどうぞお持ち下さい」
「うむ、受け取った」
アイナさんは兵士から許可証となるカードを受け取ると、そのままエノクに手渡してきた。
エノクは衛兵とアイナさんに会釈をして感謝の意を表す。
「開門!!」
ガラガラガラ・・・・
衛兵の大きな言葉とともに、王宮正面ゲートが開いた。
馬車は王宮の中に馬の蹄の音を響かせながら入場していく。
それから王宮の中をゆっくりと進んでいき、10分ほど経った地点でその歩を止めた。
「・・・着きました」
「ここが第9近衛騎士団の宿舎です」
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