見えた光明
「・・・どういうことだ?」
「巨大化の魔法があの巨人たちの正体だと言うのか?」
エノクを見据えて問いかける。
私も巨大化の魔法の存在は知識としては知っている。
セカンダリースキルとして強力な補助魔法らしいのだが、直に見たことは一度もなかった。
カーラの中では見かけない魔法だ。
「・・・はい。そうです」
「奴らが消えてしまったのも、足跡が無くなってしまったのも、奴らが巨大化した姿であるのなら説明が付きます」
「あの巨人たちは追跡部隊を振り切った後、巨大化を解き一般の旅人に紛れ込んだんじゃないでしょうか?」
「奴らが身に付けていたフルプレートも元のサイズに戻せば隠すのは容易です」
「・・・ちょっと待て」
私は手の平で制すと、言葉を挟んだ。
「・・・正直半信半疑なのだが、巨大化の魔法は本当に存在するのか?」
「私は直接見たことが一度も無いのだが・・・」
「はい。あります」
エノクは私の問いかけに迷うことなく頷く。
「巨大化魔法はあまり一般社会では見かけないですが、冒険者の間では使用する人もいると聞きます」
「他の魔法との掛け合わせの難しさや、効果時間が短いという弱点はあるものの、使用者の全能力が数倍に高められる強力な補助魔法だからです」
「それに僕の友人で使用できる人を知っています。僕も実際にその能力を見たことがありますので・・・」
「・・・そうだったのか」
確かに普通に生活している中では巨大化の魔法の使用用途は限られる。
冒険者など戦闘に特化している奴らなら会得者がいてもおかしくはないか・・・
「しかし、それでも疑問は残る・・・」
「巨大化の魔法はせいぜい3・4倍程度の効力だと聞いているぞ?」
「あの巨人たちは全長20メートルを超えているという報告があった」
「そうなると普通の人間の10倍以上はある計算になるが、さすがに大きすぎやしないか?」
私はまだ完全に巨大化魔法の存在を受け入れられていなかった。
頭の中に引っかかった事をそのままエノクに尋ねる。
エノクはしばし逡巡した後、少々の迷いを見せながら答えてきた。
「うーん・・・そうですね」
「確かに熟練の冒険者でも、3・4倍が良いところでしょうね・・・」
「・・・だけど、10倍くらいまでなら巨大化魔法で実現は出来るはずです」
「最近見た補助魔法効果の研究書では、Lv133の魔術師が8倍くらいの巨大化を達成してました」
「それ以上の使い手であるなら10倍は恐らくできるんじゃないでしょうか・・・?」
「あの巨人たちが相当の使い手であることを前提にした話にはなるんですが・・・」
「・・・・・」
しばし考え込む。
・・・今の説が正しかったとすると、あの巨人たちは英雄級冒険者にも迫る実力者だと言うことになる。
もし、接敵していたらジェラルド殿でも危なかったかもしれない・・・
私の心情的には信じがたいのだが、彼の話には説得力があった。
何より巨人たちや、足跡が消えた理由に説明がつくのが大きい。
「・・・エノク、分かった」
「さらに調査は必要だろうが、今の話は非常に興味深い」
「何よりお前の話には道理が通っている」
「奴らが巨大化魔法を使っていたという線でも調査をしてみるとしよう」
「・・・・はい!ありがとうございます!」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
「お前のお陰で、巨人たちの行方については突破口が開けそうな気がするよ」
「ありがとう。エノク」
私は表情を緩めながら、エノクに礼を言った。
正直全く想像していなかった回答だが、彼に聞いて良かったと思う。
私一人では巨大化魔法を使用していたという結論を導くのは難しかっただろう。
その柔軟な発想と魔法の知識は流石魔法技師といったところか。
「・・・巨人の方はそれで良いとして、神遺物の方はどうだろうか?」
「そちらの方ではなにか気になる点はあったか?」
私としてはやはりこちらの方が気がかりだった。
巨人達を倒したとしても肝心の神遺物が手に入らなければ意味がない。
しかし、その足取りを追うのもままならない現状だ。回答が難しいのは分かっている。
なにかキッカケがつかめる回答が得られれば十分だと思ったのだが、
ここで私はこの少年の凄さを目のあたりにすることになる・・・
「・・・はい。あります」
「宝箱の情報についてはもう少し詳細をラナさんに聞かなければ断定は出来ませんが、」
「巨人たちは宝箱を持っていなかったのではないでしょうか?」
「・・・なに・・!!?」
「・・・どういうことだ・・・!?説明しろ!!」
エノクの言葉に私は驚愕した。
奴らが奪った神遺物を奪還するために私達は動いていたのに、
実は持っていなかったなんて言われたら青天の霹靂もいいところだ。
しかし、私が急かすようにエノクを問い詰めたのが悪かったのか、彼はそれで尻込みしてしまった。
「・・・・・・あ、すみません」
「驚かせるつもりはなかったんです・・・」
「それに・・・僕もこれが確実のそうだと言えるほど自信があるわけでもないんです・・・」
「間違っていたらすみません・・・」
「・・・い、いや。いいのだ!すまない!」
「私が急かしてしまったな。お前の話を疑っているわけではない。ただ、ちょっと驚いてしまっただけだ!」
「間違っていてもいい!気にせずお前の考えを話してくれ!」
「・・・あ、はい。分かりました」
エノクが急にシュンと縮こまってしまったものだから、私は必死にその場を取り成す。
ふぅ・・・いかんいかん。つい騎士団の他の者達と同じように接してしまった・・・
彼はやり手の魔法技師とは言え、多感な年頃の少年なのだ。
私も気を長く持たねばいかんな・・・
「うほん!・・・それで、何故そう思ったのかな?」
ニコッ
今度は柔らかく、穏やかに言った。
エノクもそれで気を取り直したのか、続きを話し始めた。
「・・・ええと。そうですね」
「巨人たちが隠蔽スキルを使っていたにしろ、巨大化魔法を使っていたにしろ、あの宝箱を捕捉されずに逃げるのは出来ないと思ったのです」
「あの宝箱のプロテクトは、よほど強い魔力を込めた時は別として、あらゆる補助魔法を無効化するはずです」
「あれを外界から遮断するには宝箱をスッポリと多い隠せるほどの大きさで、かつ魔力を遮断する術法が掛けられた特別な囲いがなければいけません」
「神話のアイテムの魔力は膨大ですし、捕捉するのは意外に容易だったと言われています」
「魔力が漏れてしまう場所だったら、簡単に外部から位置を特定されてしまいます」
「だからこそ、太古の昔から争奪戦が行われてきた歴史がありますし、連盟やギルドの宝物庫といった場所でしか神話のアイテムを安全に保管できなかったのです」
「巨人たちはもちろんそんなものは持っていませんでした」
「もし、持ち運んでいたら必ず目立つものですし、人目に付かず運ぶのは不可能です」
「・・・それで、奴らはそもそも宝箱を持っていなかった可能性の方が高かったんじゃないかと僕は思ったんです」
エノクの今の言葉を聞いて私はハッ!として、彼の顔を伺った。
その考えは私には無かったものだ。
だが、確かに言われてみれば隠蔽スキルを巨人が使ったとしても、あの特別な術法が掛けられた宝箱も消せるとは考えにくい。
それに英雄冒険者の追跡があることも想定したら、宝箱を持っているリスクは非常に高いのだ。
奴らとしてもさっさと手放せるのならそうしたいと思ってもなんら可笑しい話ではない。
完全に盲点だった!
なんということだ・・・!
こんな事を見落としているとは、私はどうかしていた・・・
「・・・・エノク。流石だな・・・驚いたよ」
素直に彼に賛辞を送ると、彼はゆっくりと首を振りながら否定した。
「いえ、僕が今気づいたことはこれくらいしかありません・・・」
「ではどこにあるのかと言われても分からないです」
「もしかしたら、王都のどこかの宝物庫に密かに隠されていると思ったのですが、余り自信はありません・・・」
「・・・・・いや、だが、その視点は私には全く無かったものだ」
「なるほど・・・内部犯が絡んでいるとしたらそれもあり得る話だ!」
「巨人達は王都から逃走する前に密かに内部犯に宝箱を渡し、内部犯はそれを位置を特定できない宝物庫に保管した・・・!」
「時間さえ稼ぐことができれば神遺物の宝箱のパスコードも解錠出来るだろう!」
「中から取り出せてしまえば連盟魔術士の追跡を振り切って持ち運ぶことも可能だからな・・・!!」
エノクの助言を得て、私の口から流れるように推理が飛び出す。
今までの閉塞していた空気。
八方塞がりで淀んでいた空気が一気に窓から開放された感覚だった!
今後の調査の方針について悩んでいたのが嘘のように私の心は晴れやかになる。
「早速、神遺物が保管可能な王都の倉庫を洗ってみるとしよう!!」
「流石ブラッドフォード殿の弟子だな」
「感謝するぞ、エノク!お前のおかげで新たな光明が見えたよ」
「・・・あ、ありがとうございます」
「・・・クラウディア団長のお役に立てたのなら僕も嬉しいです」
私の言葉を受けて、エノクはほっと一息ついた。
そんな彼の姿を見て私も和む。
だが、和んでばかりもいられない。
今後の方針がようやく決まったのだ。早速手筈を整えねばなるまい。
光明が見えたと言っても課題はまだまだ多い。
宝物庫の調査をさせてくれなんて言っても誰も聞き入れてくれないだろうし、内部犯に感づかれてしまっては意味がない。
調査の立ち入りには慎重を期す。保管場所の特定にも時間がかかるだろう。
だが、王都の中にまだ神遺物があるのなら少しは時間の余裕があると言っていい。
例え首尾よく宝箱から取り出せたとしても、王都の外へと持ち運ぶのは至難の業だからだ。
転送魔法陣は軍が押さえているし、王都の出入口は衛兵達によって厳格に出入りを管理され、荷物検査も徹底されている。
下手に隠して出ようものなら、神遺物の内部から出る魔力波動で周囲の者がすぐに違和感を感じることが出来るだろう。
エノクの言うように特別な囲いでも用意しなければいけないだろうし、あの宝箱を覆えるような囲いなら衛兵が気づかぬはずがない。
念の為、衛兵達には今まで以上に検問を厳しくするよう伝える必要があるだろう。
後は、時間との勝負だな・・・・・
私は思考を一旦区切ると、改めてエノクに向き直った。
実は先程から気になっていたことがある。
「・・・エノク。協力感謝する!」
「・・・だが、一つ聞きたい」
「私や王妹殿下の為に事件解決に協力したかったというお前の気持ちを疑っているわけではない」
「しかし、それだけだったらわざわさブラッドフォード殿の手紙を持ってくる必要はなかったのではないか?」
「ブラッドフォード殿が述べている“弟子が迷惑を掛ける“という文章が気になるのだ」
「お前は事件解決に協力する見返りを私に何か求めようとしているのではないのか?」
「・・・・はい。仰るとおりです」




