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2度目の再会




私は奴の後ろ姿を見送りながら、その場に崩れ落ちる。


足から力が抜け落ち、全身には冷や汗とやり場のない怒りが烈火の如く巡っていた。





ドン!!!





「・・・くっ!!!」





背後の壁を思いっきり叩いた。





「私が貴様の后だと・・・!」



「ふざけるな!!!」





考えただけでおぞましい。


あんな男と結婚するくらいなら、魔物と結婚したほうがマシだというものだ。


奴に口づけされた首筋を手の甲で必死に拭う。


近衛騎士ともあろうものがこの様な事で脱力するとは情けなかった。





「くそっ!!」





この猛る怒りは私に対する仕打ちだけが原因ではない。


私の事だけならまだいい。


あろうことか奴は私の敬愛するエレオノーラ様を貶したのだ。





貴様がこうしてのうのうとカーラの王子をやっているのは誰のおかげだと思っているのだ!!


王妹殿下がいなかったら今頃貴様はスラムの地べたに這いつくばって物乞いをしているはずだ!!!





いや、それすらまだ良い方だ。


もしクーデターが起きて、王宮が占領されればそこにいる王族は皆殺しにされるだろう。


100年前カーラ王家が政治の権威を取り戻した時、国内を牛耳っていた門閥貴族が一掃された。


門閥貴族の家族もろとも文字通り皆殺しにされたらしい。


当然、貴族もそれは知っている。


クーデターが成功すれば、仕返しとばかり今度は王族を皆殺しにするだろう。


・・・歴史は繰り返すのだ。





「私は絶対に認めない・・・!」



「必ずエレオノーラ様の権威を復活させて、貴様を引きずり下ろしてやる・・!」



「カーラを・・・殿下をお守りせねば・・・!」





新たな決意が私の中にみなぎってきた。


私は立ち上がると、足早にヘルヴォルの館を去った。







「団長、お帰りなさいませ」



「15時にお約束されていた出頭者が団長に面会を求めております」





騎士団の詰所に戻ると、執務室にいたディーナが私に声を掛けてきた。


私は気のない返事を彼女にしてしまう。





「・・・・ああ」



「・・・?」





ディーナが心配そうに私の顔色を伺う。





「団長・・・どこかお加減が悪いのですか?」



「顔色があまり良くないようですが・・・?」



「・・・いや、大丈夫だ・・・」





私は手を上げて彼女の視線を遮った。


先程の事は誰にも悟られたくない・・・





「それよりディーナ、役目ご苦労」



「出頭者のエノク・フランベルジュはどこだ?」



「さっそく事情聴取を始めるぞ。お前も準備をしろ!」





私は意識的に声を張り上げて、彼女に威勢を見せた。


ディーナも少し違和感を感じただろうが、私がいつもの調子を見せるとそれ以上深入りはしてこなかった。


私の質問に彼女もハツラツと返事をしてくる。





「・・・はっ!」



「出頭者は応接間に通しております!」



「今回の事情聴取では私とアイナが同席する予定です」



「うむ、分かった。よろしく頼む」





彼女に相槌を打つと私はそのまま応接間に向かう。





ガチャ!





「失礼するぞ」





私が扉を開けると応接間の椅子で静かに腰掛けているエノクの姿が目に入ってきた。


彼は先日会った時のような正装ではなく、工房で着用する作業着を来ていた。


ガングマイスター工房の意匠であるハンマーのワッペンはカーラの人間なら誰でも知っている。


魔法技師である事の身の証明にもなるし、本来の彼はこの作業着姿なのだろう。


彼は私を認識すると椅子から立ち上がり、お辞儀ボウ・アンド・スクレープで挨拶をしてきた。





「・・ク、クラウディア団長!」



「こんにちわ!先日は大変お世話になりました!!」



「改めてお礼申し上げます!!」



「今日は事件解決のためぼく・・私に何なりとお尋ね下さい!!」





テンパるように声を裏返しながらのぎこちない挨拶だった。


しかし、慣れない貴族の作法を頑張って披露しているその姿に私の心は暖かくなる。


先程までの悶々とした感情が洗い流された気がして、思わず破顔してしまう。


私は彼に手を差し出して、微笑みながら声を掛けた。





「・・・エノク・フランベルジュ」



「無事で何よりだ」



「まずはお互い無事だった事を喜び合うとしよう」



「今日は良く来てくれた。再び会えて嬉しいぞ」



「・・・・は、はい!ありがとうございます!」





エノクは私の手を取り照れくさそうに笑った。


彼の純真さと感謝の気持ちが伝わってくる。


やはり彼の純真さは私にとって暖かく癒やされるもののようだ。


あの時地下牢で尋問した時も、彼の話を聞いている内に妙に同情させられる気分になったのを覚えている。


私達は握手を交わした後、応接間のテーブルを挟んで着席した。


応接間の扉の前にはアイナ。


そして、筆記係としてディーナがペンを取り私達の様子を伺っている。





「・・・エノク。色々積もる話はあるだろうが、それは後にしよう」



「今日お前に出頭令を出したのは他でもない」



「先日のオークション事件について事情聴取をするためだ」



「犯人討伐と神遺物の奪還のため是非協力して貰いたい」



「・・・はい。もちろんです!」



「僕で良ければ、クラウディア団長のお役に立てるよう全力で頑張ります!」





エノクの返事に私は深く頷くと、私は立ち上がり彼にお辞儀(カーテシー)をした。





「・・・ありがとう、エノク」



「よろしく頼む」





先程の彼のお辞儀に対する返礼だった。


そして、惜しみない協力の申し出に対する私の最大限の感謝の現れでもある。


ディーナとアイナが少し驚いた様子を見せていたが、私にとっては別におかしなことではない。


彼はあの事件で牢に投獄した私を責めることもなくただ純粋に感謝と協力だけを表明してくれている。


そんな彼に礼をするのは貴族の令嬢として、いや、王妹殿下に使える者として当然のことだろう。


私は再び着席すると、彼を見据えて本題に入った。





「では、早速だが始めるとしよう」





私の言葉にエノクも頷いた。


ミーミルの泉は今回用意していなかった。


前回のことでエノクの人柄は知ることが出来たし、


彼は事件の黒幕との繋がりもない以上この場で隠し事をする理由がない。


彼への信頼を示す為にも使う必要はないと判断した。





「まずはそうだな・・・ギルド会館に入る前のところからだ」



「お前の見てきたことを私に話してもらえるか?」



「出来るだけ詳細に。どんなつまらなく、細かいことでも構わない」



「前回尋問したことと内容が被ってもいい。お前が会場を出るまでの事柄を順を追って話してくれ」



「・・・・分かりました」





私の言葉にエノクは大きく頷くと、あの日彼が見てきたことをゆっくりと語り始めた・・・







「・・・それで、僕は間一髪会場から脱出できたんです・・・」



「あと少しエレベーターの到着が遅れていたら僕は踏み潰されていたでしょう・・・」



「これが僕が会場で見てきた事です・・・・・」





エノクがオークション会場に入る所から、脱出するまでの長い話が今終わったところだ。


彼がエレオノーラ様と神遺物を初めて見て感動した話。


謎の老人との会話。


ネクタルの落札者を追った際のいざこざ。


地下牢での摩訶不思議な塔の伝説。


・・・そして、巨人たちに遭遇して九死に一生を得た話。


エノクの姿を見れば、彼の得た恐怖が言語を絶するものだった事は容易に想像が付く。


巨人と遭遇した話になるとエノクの身体は小刻みに震えていた。


その表情は強張り、時折嗚咽のような声が交じる。


彼に語らせているこちらのほうが申し訳ない気持ちになってしまった。





「・・・そうか。それは大変な思いをしたのだな」



「話してくれて感謝する、エノク」



「いくつかまだ聞きたいことがあるのだが・・・その前に一息入れるとしようか」





私は長い陳述をしてくれたエノクに礼を言うとともに、入口に立っていたアイナに顔を向けた。





「アイナ、彼に何か飲み物を持ってきてやってくれ」



「はっ!承知いたしました」





アイナは執務室の横に設置されている給湯室に行くと、ジュースが入ったグラスを持ってきた。





「どうぞ。葡萄ジュースです」



「あ、ありがとうございます・・・」



「でも、あの・・・これって」





アイナからグラスを渡されたエノクはグラスの中に入ったジュースをまじまじと見つめた。


彼が狼狽えている様子がおかしくて、頬が緩んでしまう。





「安心しろ。それは普通のジュースだ」



「ワインではないよ」



「・・・あ、そうなんですね。頂きます」





ゴクゴクと葡萄ジュースを飲む彼を微笑みながら見つめる。


彼は政略や闘争とは無縁の世界の住人であり、自分の信じるものに真っ直ぐな少年。


私とは真逆な世界に生きている彼を見ていると何故か私も救われた気分になる。


彼のおかげで巨人たちの容貌とその行動について詳細に知ることが出来た。


これは捜査における大きな前進だといえよう。





「・・・・ふう」





ジュースを飲み終わったエノクは深く息を吐く。


休憩を入れた事によって彼もどうやら落ち着きを取り戻したようだ。





「おかわりはいるか?」



「いえ、大丈夫です」



「それより僕の方からも聞いてもよろしいでしょうか?」



「・・・あの後、事件はどうなったのでしょうか?」



「良ければ巨人たちや神話のアイテムがどうなったのか詳しく教えて欲しいのです!」



「お願いします!」



「・・・・・」





エノクの質問に私は考え込んでしまう。


どう回答すべきか悩むな・・・


彼は事件に無関係ではないとは言え、軍務には関係ない一般人だ。


普段ならにべもなく回答を断っているのだが、


ここまで協力してもらいながらこちらからは何も出さないというのは正直気が引ける。


それに事件が公にされてしまっている以上、隠してももはや意味はないかもしれない。





「・・・ふむ。そうだな」





私がどう回答するか悩んでいると、エノクの方から話を振ってきた。





「・・・あの!僕は興味本位で聞いているのではありません!」



「王妹殿下や、クラウディア団長のお役に立ちたいのです!」



「僕は幸か不幸か、事件に深く関わって生き延びた貴重な当事者だと思うんです!」



「当事者でしか分からない事件の見方もあると思いますし、僕は魔法技師でもあります」



「もし、事件解決が難航しているのなら何かお役に立てるかもしれません!」



「・・・それと、これは親方からの手紙です」





エノクはそう言うと懐から手紙を取り出して、私に手渡してきた。





「・・・ブラッドフォード殿が!?」





私は思わぬ人からの手紙に驚きながら、手紙を受け取った。


すぐに手紙を開封して中身に目を通す。





ペラ





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クラウディアの嬢ちゃん



久しぶりだな。


すまんが、俺の弟子が迷惑を掛ける。


どう使ってやってくれても構わん。役に立ててくれ。


それと、最近は何かと物入りだろ。


今度、武器や魔道具の新調が必要な時は俺んところ来い。


礼は弾むぜ。




ブラッドフォード・ガング



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短く、端的な要件の手紙だった。





「・・・ふっ。ブラッドフォード殿らしい」




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