そう言えば・・・
彼が生存者の1人だという報告が来た時は、驚きと同時に安堵の気持ちでいっぱいになった。
彼が知己の弟子だということもあるし、個人的にあの少年の事は嫌いではなかった。
自分が信じるものへ真っ直ぐに情熱を傾けることが出来る少年。
私からとうに失われた純朴さを彼は持っていた。
そういう意味で応援したくもあったのだろう。
先日彼が囚われた時には王妹殿下の大赦を利用して、一晩だけ地下牢に拘留という形にしたのだった。
だが、それが彼の命を脅かすことになるとは思わなかった・・・
地下牢からの脱出者で生き残ったのは僅か“2名“という報告を受けた時、私はショックを隠しきれなかった。
私の裁断によって結果的に彼を殺してしまったのではないかと後悔の念が私を襲ったのだ。
幸いなことに彼がその2名のうちの1人だと分かった時は、思わず安堵のため息を盛大に漏らしてしまう。
あの時周囲にいた団員達が驚きの表情で私を見ていたのは内緒だ・・・
「・・・その少年のことは少し気になるな」
「一応確認なのだが、その少年の髪の毛は栗色だったか?」
「さらに、着ていた服は前袖が短いフロックコートで、下に履いていたズボンは白だった」
「え、ええ・・・その通りです。よくご存知で」
「・・・もしかして、お知り合いの方ですか?」
「ちょっと心当たりがあったものでな・・・その少年については私の方でも後で調べるとしよう」
やはりエノクで間違いない。
それにしてもまさかあの少年がこんな所にも顔を出しているとはな・・・
先日の尋問でエノクは事件と関係ないことをミーミルの泉が示してくれている。
ルーン結界の部屋に来た理由も、ネクタルの落札者の情報を得るためと見て間違いないだろう。
彼は事件の貴重な生還者であり目撃者でもある。改めて事件当時のことを色々と聞かねばなるまい。
エノクには既に通達を出しており、今日の午後に出頭してくるはずである。
「・・・クルトよ、最後にもう1つ確認しておきたいことがある」
「ゲイル殿を含め、更衣室で発見された遺体には“巫女の腕輪“がなかったそうだ・・・」
「あの日ゲイル殿は腕輪を身につけていなかったか?」
「え?・・・いえ、そんなはずありませんよ。小隊長殿含め俺たちは全員身に付てたはずです」
「巫女の腕輪は王国軍の支給品ですし、腕の立つ魔法技師に作らせた特注品ですからね」
「あれがなきゃ俺たちの持ち味を活かせないし、任務のときには肌身離さず身に付けてましたよ」
「・・・多分、犯人に奪われちまったとかじゃないですかね?」
「・・・うむ、そうだな。私もそう思う」
クルトの言葉に私も頷く。
・・・確かに、当初から身につけていなかったとは考えにくい。
ルーン結界は王宮の警備レベルが高い施設では漏れなく張られている。
重要施設の警備の際、腕輪を身につけることは王国の兵士にとって日常的なことだ。
遺体となって発見された者全員が忘れたとも考えにくい。
やはり内部犯に奪われたと見るのが妥当だろう。
「・・・クルトよ、質問は以上だ」
「貴公のおかげで事件の真相が少し掴めた。協力感謝する!」
私は感謝の言葉を口にしながら、彼に握手を求める。
「いえ、そんな・・・俺は大したことはしてませんよ」
「・・・でも、クラウディア団長の御役に立てなんなら、俺も鼻が高いですよ」
彼は頭の裏をかきながら、もう一方の手で私の手を取る。
私達は握手を交わすとそのまま席を立った。
「アイナ!彼を入口まで送ってやれ」
「はっ!」
アイナにそう命じた後、私とクルトはお互い敬礼を交わした。
彼はアイナに連れられそのまま部屋を出ていく。
ガチャン!
「・・・・ふぅ」
クルトの取調べが終わると、私は椅子にもたれかかった。
そのまま上体を大きくそらしながら一息つく。
「・・・団長お疲れ様でした」
「少しゆっくりされてはどうですか?」
「昨日も夜遅かったのですから・・・」
取調べ内容を筆記していたキースが私に労いの言葉をかけてくる。
「そうしたいのは山々なんだがな・・・」
「他の団員が必死になって手がかりを探している時に私だけのんびり休むわけにも行くまい」
「それに、犯人や神遺物の手がかりはまだ何も掴めていないのだ・・・」
目頭を押さえながら彼にそう返事をする。
遅々として進まない捜査の事が頭から離れそうもない。
休もうと思っても、目が冴えて勝手に起きてしまう。
まだ捜査を続けていたほうが気が休まるくらいだ。
「・・・有力な目撃情報はあれからあったか?」
「・・・いえ、残念ながら」
私の問いかけに、キースは浮かない顔をして首を振る。
「まともな情報はないに等しいです」
「王妹殿下の公示後、何人もの情報提供人がここを訪れておりますが、いずれも信頼に足るものはありません」
「比率としては3割が真偽が不明だが信頼性の低いもの。5割が明白なガセネタ」
「そして残り2割が襲撃犯を討ち取ったと申告してきて、魔物の一部や武具の一部を証拠として提供してくる者達です」
「鑑定するまでもなく、報告にあった巨人の物とは全くの別物でしたが・・・・」
キースは眼鏡を押さえながら、やれやれと言った感じで嘆息をした。
情報提供者は一日当たり百人を超えているが、有力な情報は未だに得られていない。
100人来たら70人は一目で嘘だと分かる情報を提供してくる者たちばかりだ。
しかし、エレオノーラ様が情報提供者を厚く遇するという告知をした手前、彼らを門前払いするわけにもいかない。
彼らには食事などで丁重に持て成した上でお帰り願っているが、対応する方はたまったものではない。
現在、我が騎士団の半数以上は情報提供者の応対に追われている状態だ。
キースが嘆息するのも当然だろう。
「すまないなキース。情報の取りまとめを一任させてしまって・・・」
「お前にはいつも苦労をかける」
「・・・ふふっ。いいんですよ」
「私が好きでやっていることですから・・・」
キースが私の言葉に微笑みながら、眼鏡のブリッジをクイッと上げた。
彼の名前は“キース・モールディング“。
我が第9近衛騎士団の書記官兼法務官兼財務官である。
女性の団員で構成されている我が騎士団の唯一の男性職員だ。
彼は輜重部隊である第5小隊の隊長でもあり、
文字通り我が騎士団の事務・兵站を一手に引き受けているエリート官僚である。
私もエミリアも外で動き回っていることが多いため、騎士団の運営は事実上彼に委ねられていると言っていい。
私がいなくなってもエミリアが職を代行できるだろうが、彼の代わりとなる者はいない。
そういう意味でいえば騎士団の最重要人物はこのキースと言えるだろう。
正直我が騎士団には勿体ないほどの人物である。
キースだったら内務省で大臣の補佐官としてもやっていけると思うのだが、
何故かその地位を蹴ってまで、彼はここに志願してきたのだ。
私としては願ってもない事だったのだが、彼の将来を考えたら引け目を感じてしまうことがある。
「・・・では、団長。私はこの後来客の応対に回らせて頂きます」
「午後の筆記はディーナに任せておりますので、後のことは彼女にお尋ね下さい」
「・・・分かった。お前も無理はするなよ」
「私に構わず適度に休め」
「はっ!ありがとうございます。失礼いたします」
ガチャン!
キースが敬礼をして部屋を出ていった。
後に残されたのは私とグレースのみだ。
私は懐中時計を取り出して現在時刻を確認した。
12:15
エノクが来訪するまで少し時間があるな・・・
今のうちにリーファ殿に会って、今後のことを相談しておこう。
クルトが先程話していた連盟職員の件もある。
連盟とのやり取りは配慮を要することが多々あるため、彼女を通したほうが良い。
私はそう思い立つと席を立った。
「・・・グレース。これからリーファ殿に会いに行く」
「お前もついて来い」
「はっ!お供いたします!」
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ガチャン!
グレースを伴い騎士団詰所を後にして、ヘルヴォルの館へ向かう。
今日のリーファ殿は侍従長へ経過報告に行っているはずだ。
王族の側近として使えている侍従は逐一その統括である侍従長に報告する義務がある。
侍従長は国王陛下の顧問大臣と同格であり、王族の情報は全て侍従長に集まる構造になっているのだ。
リーファ殿に話す内容を思い浮かべながら、ふと気になっていたことを私は思い出す。
「そう言えばなんだが・・・」
私は振り返り、後から付いてきていたグレースに声を掛けた。
「兄君の所在はその後分かったのだろうか・・・?」




