脅しを掛けてくる居候
・・・ガヤガヤガヤ
公示人の解散の掛け声が掛かると、傍聴していた群衆は喧騒とともに散開していった。
今の告知にどよめきの声を上げる者もいれば、
報酬の豪華さに興奮している者など彼らの反応は様々だった。
「・・・噂は本当だったんだな。まさか、神話の魔法アイテムが奪われるなんてな」
「確かそのアイテムってご先祖様が必死になって手に入れたって言うあれだろ?」
「・・・ああ、大昔にいろんな種族と血みどろの争奪戦をしてようやく手に入れたって言うあれだ」
「一攫千金のチャンスだな!取り戻せば一気に貴族様への昇進も夢じゃないぜ!」
「お前は呑気だな・・・下手すりゃ戦争になるかもしれないっつーのに」
「おいおい!なに辛気臭い顔してんだよ!!」
「そのアイテムを1つでも取り戻せば、大金持ちになることはおろか、エレノア様を娶る事も出来るかもしれないんだぜ?」
「ばかっ!殿下がお前のような奴を相手にするかよ!!殿下を手に入れるのは俺だ!!」
「お前こそねぇよ!」
・・・やけに周囲の男たちの声が色めき立っていた。
エレノア王女が自分の身を捧げるなんて宣言したものだから、それに反応して広場の男達の間で狂騒の渦を引き起こしている。
エノクから聞くところによるとエレノア王女はあのクラウディアさんに並ぶくらいの美女らしい。
大衆にチヤホヤされるというのはどういう感覚なのかしらね・・・
まあ、悪い気はしないのだろうけど・・・
こういう欲望の対象にされるのは私は御免被りたいわ・・・
いくらオークション品を取り戻すとは言え、自分を景品にするとはエレノア王女は相当肝が据わっていると見える。
それだけカーラ王家が追い詰められているかもしれないわね・・・
「レイナ、ごめん」
「ちょっと、気分転換という感じでもなくなっちゃった・・・」
「このまま一旦家に帰るね・・・」
・・・トン
私は了解の返事をした。
確かにあんな告知を聞いた後じゃ気分転換は難しいだろう。
広場の人々が散開するに従いエノクもギルド街を後にする。
その後の私達は図書館には戻らず、食材を購入して家路についた。
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「なんか、大変なことになっちゃったね・・・」
家に着いて開口一番エノクがそう言ってきた。
「そうね・・・エレノア王女がこんなに早く自分から暴露するとはちょっと驚いたわよ」
「・・・まあ、バレるのは時間の問題だったと思うし、」
「自分たちから秘密を明けて民衆に協力を仰いだ方が良いと判断したんじゃない?」
私の言葉にエノクは微妙な表情を浮かべながら頷いた。
「・・・それに関しては確かにそうだね」
「ただ、具体的な襲撃の内容について語られなかったのが僕は気になるよ・・・」
「事実を公表したと言ってもそれは神の遺物が奪われたって箇所だけで、襲撃犯の容貌はあの公示では分からない」
「・・・会場で起こった事件については言及を避けたような感じを僕は受けた」
「人々に混乱が広がる可能性があるから、あえて話さなかったのかもしれないけどね・・・」
「・・・・・」
エノクは奥歯に物が挟まったように感想を述べてきた。
彼は事件を目撃し、会場の空気感や恐怖を直に感じている。
その経験から言えばただ神の遺物を強奪されたという内容にどこか違和感を感じざるを得ないのだろう。
襲撃犯が巨人だということも明かしていなかったし、会場で凄惨な殺戮劇があった事もあの告知は全く触れていなかった。
確かに民衆に恐怖を植えつける野暮ったいことはする必要はないし、
混乱が広がる可能性を考えたら明言を避けるのは自然かもしれないけど・・・・・
ただ、私はこの時別の理由も頭に浮かんでいた。
それが商人ギルド連盟による隠蔽工作の線だ。
エレノア王女と商人ギルド連盟に繋がりがあるのは周知の事実。
連盟が告示に干渉して、会場の事件に関わる事柄をスパッと抜いた可能性がある・・・
もちろん、例の“ストーンウォール“の件を秘匿するためだ。
もし、この予想が当ってしまっていたら、かなり面倒くさいことになる・・・
商人ギルド連盟が権力を使ってまで隠蔽に動くほど、ストーンウォールの件が漏れるのを危険視していることになる。
そうなるとカインより商人ギルド連盟の方が今はリスクが高い。
カインは近づかなければ今のところ危害を加えては来ないだろうが、
商人ギルド連盟はエノクを能動的に“排除“してくる恐れがある。
現段階ではまだ憶測の域を出ないが、ちょっと無視できない段階になってきたかもしれない・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
その後、私もエノクもしばし無言で時を過ごす。
先程の告知は間違いなくこれからのカーラの趨勢を左右しそうな出来事だった。
お互い一息ついて考え事をしたいと思う時もあるだろう。
私達は今回に限らず無言で過ごすことが結構ある。
エノクが読書が趣味だということもあるし、私はそこまで饒舌に会話を楽しみたいと思う人間でもない。
過度に人からの干渉を良しとしない性格同士なのか、こういうなんとなく無言の時間があっても私達は自然に時を過ごせる。
もっと人を楽しませる話題の研究とか、女子が好みそうな流行を追いかけるとか、
キャピキャピした趣味や社交辞令を学ぶとか、女子力を上げるために何かした方がいいのだろうか・・・
告知の内容を考えていたはずなのに、いつの間にか明後日の方向に考えが行きそうになったので、
私は一回頭をぶんぶんと振って強制的に思考をリセットさせた。
女子力向上については今後の課題ということで一旦は置いておくことにする。
とりあえず目下の課題としてはあの告知内容によって私達の日常がどの様に変化するかを考えることが重要だろう。
先程も考えていたように、エノクの周辺環境ではリスク要因がいくつかあることが分かっている。
今すぐそのリスクがエノクに危険を及ぼすのかどうかは正直分からない。
最悪を考えて行動するなら、今すぐ立場も家も捨てて逃げ出すことだが、さすがにそれはそれでリスクが発生するから現実的ではない。
国の福祉も満足に整っておらず、魔物も存在するこの世界では備えもなしに外の世界に飛び出すなんてことは自殺行為に他ならない。
今のエノクは職を得ていて、屋根がある家に住んでおり、食べ物も毎日不自由なく得られる生活を送る事が出来ている。
その生活から逃げるということは、衣食住を手放す恐れがあり、最悪路上で野垂れ死にする可能性さえ出てくる。
現状は逃げても地獄。逃げなくても期限がわからない時限付きで地獄。
さて、どうすればいいかしらねぇ・・・
結局先立つものが無ければどうしようもないのだ。
そして、私達にはそんなものはない。
もう、思い切って冒険者になるとか・・・?
冒険者になるのなら、商人ギルド連盟やカインの影響下から脱することは出来るだろう。
しかし、ちゃんとした冒険者になる為には、準備にこれまたお金が掛かる。
エノクにちらっと冒険に出るときの事を話した時、身の回りの整理をしたらいくら位になるかと聞いたことがある。
彼が言うには家財道具を全部売っ払っても10万クレジットにもならないとの事だ。
これでは冒険の準備を整えるのに心もとない。
ディバイドストーンを売るのはもちろん論外。
冒険に出るための準備を整えようとしているのに、冒険の必須アイテムを売るなんて事は出来ない。
・・・まあ、冒険者ギルドは世界各地にあるようだし、駆け出しの冒険者も受けられるような簡単な依頼もあるはず。
カーラ王国の外に出ても、日々の糧を得ることくらいは出来るかもしれない・・・リスクはもちろんあるが。
一応、これは窮状を脱する案の一つとして考えておこう。
・・・後はもうエノクのツテを使って一時的に匿ってもらうか、援助をして貰うしか手はないのではないか?
幸いなことにエノクには何人か頼りになりそうな友人や知り合いがいる。
まあ、と言っても2人だけなんだけどね・・・
工房の親方とクラウディアさんだ。
この2人はエノクのことを多かれ少なかれ気にかけてくれているはずだ。
エノクが自分の窮状を訴えれば、無下に断ることはしないはずだろう。
これは一応エノクにも話しておいたほうが良いかもしれないわね・・・
私がそう考えをまとめた時だった。
「あれ・・・?ポストに投函物がある・・・」
ふと、エノクが玄関を見て何かに気づいたようだ。
「えっ・・・投函物!?」
ここ1ヶ月半生活している中でそんな物は送られてきたことがなかったので少し驚いた。
何か変なものじゃないでしょうね・・・
一瞬、“例のリスク要因“だったり、先日の王宮を襲った爆破テロだったりとかの話を思い出してしまう。
「うん。そうみたい」
エノクが呑気な声で玄関に設置されていた郵便受けの中を覗く。
「えっ!、ちょ・・・ちょっと気をつけてよ。何か変なものじゃないでしょうね!」
一応エノクに警告はしたのだが、彼はあまり真剣に受け取らなかった。
「ははっ、大丈夫だって。ただの郵便だよ」
そう言ってエノクがポストから取り出したのは、一枚の封筒だった。
封筒は封蝋で封がされており、盾と薔薇の印章が彫り込まれたオシャレなものだった。
取りあえず何か身の危険を脅かすものではないとわかったので私は安堵する。
エノクは警戒心をもう少し持ったほうが良い気がするわね・・・
当の本人はそんな事露知らず、封筒を開封して中から手紙を取り出していた。
「これは・・・」
エノクが手紙の中身を確認すると、引き締まった表情に変わる。
「えっ?何?誰から?」
気になった私は彼に聞いてみた。
「王宮からだよ・・・」
「しかも、この手紙はクラウディア団長の署名が入っている・・・」
「ええっ!!?クラウディアさん!?」
「クラウディアさんって、エレノア王女の近衛騎士を勤めているというあのクラウディアさん!?」
「うん。そのクラウディアさん」
エノクが肯定の返事をしてくる。
思わぬ人からの手紙に私はびっくりしてしまう。
ちょうど相談先なら彼女だと当たりをつけていたところなので、当の本人からコンタクトがあったのはかなり驚いた。
「なんて、書いてあるの?」
「これは出頭令だね・・・」
そう言うとエノクは手紙の内容を私に見せた。
ペラ
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【出頭命令】
エノク・フランベルジュ殿
来たる 7/18 15:00 下記の場所へ出頭を命ずる。
「カーラ王宮 第9近衛騎士団詰所」
以上。
第9近衛騎士団 団長
クラウディア・フィリア・マリュス・ヒルデグリム
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手紙の内容はとても簡潔に要件だけ書かれていた。
文面だけでは何のための出頭命令かは分からないが・・・
状況を考えれば目的は自明だろう。
正直、これは渡りに船だ。
「出頭日は7/18か・・・今日が7/15だから明々後日だね」
「17日にここを出れば間に合うから、明日は仕事に行って親方に事情を話してくるよ」
そう言ってエノクが呑気にこれからのプランを私に言ってきた。
「・・・エノク。親方に事情を説明するのは良いけど、他の人には会わないほうが良いと思う・・・」
「出来れば仕事は休んだほうがいいんじゃない・・・?」
何となくそう言ってエノクを諍いから遠ざけるように仕向けようとする私。
「・・・ん?なんでだい?」
「別に犯罪を犯して裁判所に出頭するわけでもないんだから大丈夫だよ」
だがエノクはこちらの心配をよそに間の抜けた返事をしてきた。
んもう!自分のこととなると途端に鈍感になるわね、この子・・・
あんな報奨金が出された告知の後だ。
オークション襲撃事件を間近で見ていたなんて人がいると知られたら、どういう事になるか想像が付くでしょうに!
正直ほとぼりが冷めるまで身を隠してもいいくらいだと思っているんだけど・・・
・・・これはちょっとエノクに言い聞かした方がいいわね。
「大丈夫じゃないと思うわよ?」
「エノクは良くも悪くも、この後衆目を集めることになってしまう」
「良くて野次馬に取り囲まれる。悪ければ拉致られて、オークションのことを吐かされる」
「そして最悪は口封じの為に殺される・・・そんな感じ」
「は・・・はい・・・?」
突然私が物騒な事を言い出したものだから、エノクが面食らう。
私は自分の考えをエノクに話すとともに、これからの行動について思いを馳せるのだった。
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