鋭き刃3
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――これは天下統一を補佐したとある剣豪の物語
昔ある村に男の子が生まれました。
男の子は少々血の気が多く、やんちゃばかりして両親を困らせます。
それでも村のみんなの手伝いもあり、僅かばかり暴走気味でもほどほどに真っすぐ育ちました。
10歳の少年となったころ、村が襲われてしまいます。
都は戦乱の世、常にどこかの国が戦を起こしていた時代。
少年の村は市井から離れた辺鄙な場所にあったために暫くは難を逃れていましたが、ついに戦火が村を飲み込んでしまいました。
村に蓄えられていた食料は根こそぎ奪われ、報復をされぬよう村人全てが土に還され、炎に巻かれててしまいます。
少年は偶然にも村の裏手の森へと水を汲みに行っていました。
おかげで死ぬことは免れましたが、村へ帰った少年は目に映る光景におおいに哀しみ、怒りに震えました。
少年は両親の遺体を発見します。
もはや人とは思えぬほどに刻まれた父の手には、最後の抵抗をしたのか家紋の入った布が握られていました。
学のない少年もその家紋は見たことがあります。
一度だけ街に連れて行ってもらった時に目に入ったものと同じ。
少年は仇を定めます。
一も二もなく、駆け出しました。
まだ遠くに行っていないはずだと。
少年の背後から赤々と立ち上る炎が、彼の向かう先を応援しているようでした。
道中、だれも手に入れることは無いだろう錆びたなまくら刀を発見します。
それは獣にやられたであろう浪人が残していったもの。
近くに着物の切れ端と遺骨が少量落ちています。
他人様の持ち物であったが、今は仏。
なれば自分が使う事に何の問題があろうか。
そう思い、少年は抜き身のなまくらを手にさらに駆け出します。
腹が減れば木の皮を食み、森の恵みを食し、喉が渇けばそれなりに仕留めやすかった蛇の血を飲む。
それはまさに修羅の如き所業、甲斐あって子供の足だというのに数日で追いつきました。
敵の姿を視認した少年は、はたとわずかに冷静さを取り戻し、如何にして殺すかを考えます。
力の差は歴然、少年は夜襲をすることにしました。
一人、また一人と仇兵たちは少年によって減らされます。
3人が行方不明となった時、さすがに訝しく思った将は罠を張りました。
そんな事とはつゆ知らず、上手くいっていたという慢心も手伝って少年は囚われ、一刀の下に斬り捨てられました。
そして、その瞬間少年の人生の転機が訪れたのです。
少年は5日間生死の境をさまよい、目を覚まします。
目を覚ました時、少年を救った男。
彼は少年の仇である国と敵対している国の主だったのです。
主はほんの少しだけ少年の手際と殺意を見ていました。
そして、その奥に潜む底知れぬ能力を見出していたのです。
何としても欲しい。
そう思った矢先に少年が斬られ、慌てて介入しました。
命が助かった少年は、主の目論見通り彼の下へと入ります。
それから少年はメキメキと頭角を現し、青年と呼べるほどに成長したときには隊長の位を得るほどになりました。
戦場に置いての彼の役割は遊撃と攪乱。
そのころには普段の彼は異常なまでの殺意は形をひそめていました。
しかし、戦場ともなればその戦ぶりはかつての修羅。
荒々しい獣のような覇気を身にまとい、咆哮とともに駆け出せば狼の如き俊足。
繰り出される斬撃は猪のように真っすぐで雄々しく、攻められれば熊の如き力強さで押し返す。
近づけばそこに待っているのは絶対なる死。
やや不利だった戦況は、彼が参戦するようになってから瞬く間にひっくり返されたのです。
そして大局を迎えたある日。
破竹之勢で勝利をつづけた彼らの軍勢は、敵国の策略により壊滅の危機に瀕してしまいます。
天地を揺るがすほどの快進撃は知らず知らずのうちに緊張を緩めてしまったのです。
このまま自軍の将が討たれればその後の瓦解は必至。
青年は決死の覚悟を決め、捨て石になることを選択します。
彼の主は必死に説得を試みますが彼の決意は固く、頑として譲ろうとはしません。
主も頭ではわかっていました。
それが現在とれる一番良い策だと。
彼は自らの部隊のみを率いて敵国の大軍を相手に足止めを行います。
それは、かつて復讐心に駆られていた当時のようであり、信を持つ漢のようでありました。
その戦ぶりはまるで悪鬼羅刹の如く、彼らの足元には死屍累々と屍が積みあがって行きました……。
そして戦乱は終わりを告げたのです。
あの逃走戦のあと、主はせめて埋葬だけでもと帰ってこなかった彼の遺体を探させました。
彼の遺体を探しに行った調査隊は驚くべき光景を目にします。
どす黒く変色しているまるで河のように溢れかえる血。
むせかえるような死臭立ち込める街道。
そして、その道を塞ぐようにそびえる千を超えるかに見えるほどの遺体の山。
その上で正面を睨み敵国側を警戒しながらも、休んでいるかのような侍。
全身に矢を受け、いくつもの刀傷を身体に残した巨大な刀を肩に担ぐ男。
今にも「よう」と声をかけてきそうな生々しさが残るが、触れて見れば身体は冷たく、流れ出た血は既に乾いていました。
それはどう控えめに見ても骸でした。
数人がかりで動かそうとしましたが彼は微動だにせず、もう来ることが無い敵を警戒しながらも決して背後には通さない。
そんな意思が宿っているように感じます。
調査隊は仕方なく彼をその場にて火にくべ、早馬を出しました。
数年後、その道には小さな祠が建てられています。
それは戦で討ち死にした兵たちを弔うと共に、平定の道を拓いた武神を祀るもの。
祠の奥では神の使いし刀が道行く旅人の安全を守っているそうです。
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ココはとある場所にある箱庭。
今はもう誰も訪れる事のない筈だったこの場所に生える一本の巨大な樹木「世界樹」。
その根本にある切り株に腰かけで本を読み続ける一人の紳士がいた。
その顔は朧気で、目の位置だけ穴を開けたようなシンプルなもの。
燕尾服に身を包み、一つ一つの文字をかみしめるようにページをめくる姿は優雅の一言。
誰にも邪魔されることのないその場所で彼は今日も本を読み続け、傍らに当たり前のように座る少女はお菓子を片手に絵本を眺めている。
ふと、遠くからサフサフと草を踏みしめる音が聞こえた。
少女は隣にいるのにと紳士は顔を上げる。
そこには野太刀を携えた隻眼の逞しい侍が歩いてくる姿があった。
紳士は帽子を持ち上げて軽く挨拶をする。
侍に気が付いた少女も慌てて口元のクッキーをほろい、頭を下げた。
その様子に侍は獰猛な笑みを浮かべて二人に告げる。
「よう、姉さんに御大将。会いたかったぜ」