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慈愛の大樹

現行の作品が詰まってしまったので気分転換で書いたものです。

現行作品をお待ちの方には申し訳ないです、はい。

ココはとある場所にある箱庭。

今はもう誰も訪れる事のないこの場所に生える一本の巨大な樹木「世界樹」。

その根本にある切り株に腰かけで本を読み続ける一人の紳士がいた。


その顔は朧気で、目の位置だけ穴を開けたようなシンプルなもの。

燕尾服に身を包み、一つ一つの文字をかみしめるようにページをめくる姿は優雅の一言。


誰にも邪魔されることのないその場所で、彼は今日も本を読み続ける。





あくる日、いつものように軽く帽子を持ち上げて両目を「へ」の字にしニコニコと世界樹に挨拶をしてから切り株に腰かけ、本を開く。

穏やかな時間が流れていたそのとき、唐突にバリバリと空気を劈く音が聞こえ始めた。


いったい何だろうと本から目を離して紳士が顔を上げると空間に亀裂が入った。

パリンとガラスを割ったような音と共に箱庭に何かが飛び込んでくる。

何かはゴロゴロと飛び込んできた勢いのまま転がって行き、ドシンと世界樹に激突して動きを止めた。


紳士は慌てる事無く本を切り株に置いてその「何か」に近づく。

なんとそこには頭の上にぴよぴよヒヨコを回している幼女が座り込んでいた。


ここに誰かが来るなんて。

そう思いながらも過去には居ない事も無かった事を思い出し、そういう事もあるかと納得する。

いつもと違う刺激に少々ワクワクしながらも、紳士はとりあえず幼女の為にお茶の用意をして待つことにした。


お茶の用意が終わり、お菓子を用意した切り株のテーブルに置いたころ幼女が目を覚ます。

プルプルと頭を振って自分が無事なのを確認し、顔を上げた幼女は紳士と目が合った。

紳士はゆったりとした動作でお茶を入れて幼女を招く。

あたたかな湯気を立てる紅茶に甘いお菓子は幼女には魅力的で、促されるままにこれまた切り株で出来た椅子に腰かけると顔をほころばせながらお菓子にかぶりついた。


目を「へ」の字にしてニコニコと幼女がお菓子を食べ、お茶を飲み干したのを眺めた後、紳士は幼女の頭をふわりと撫ぜて地面に絵を描いた。

紳士は口がなかった。

それでも、端的で分かり易い紳士が描いた絵をみて幼女は自分がどうしてここに居るのかを理解する。

続けて描かれた絵は以前はどうしていたかという問いかけだった。

幼女は首を傾げる。

紳士は困ってしまった。

それが伝わったのか幼女も少しだけ泣きそうな顔をする。


何か閃いた紳士はポンと手の平で作った受け皿を反対の拳で上から軽く叩き、おもむろに立ち上がる。

幼女は紳士の動向を見つめていた。

紳士が向かった先は幼女が飛び込んできた亀裂。

徐々に狭まっているが覗くには充分なサイズ。


紳士が何をしようとしてるのか理解した幼女はトテテと付いて行き、一緒に亀裂の向こうを眺めて見る。

そこは箱庭だった。

驚いたのはそこが一面荒野だった事。


紳士はさらに困ってしまう。

幼女も亀裂の向こう側をみてビックリしていたのでまるで記憶にないのだろう。


紳士は自分の本に目を向ける。

そのあと幼女の顔を見てからウンウンと考えて一つの結論をだした。


切り株の上に置きっぱなしだった本を手に取って再び亀裂に戻って来た紳士は何やらムニャムニャと念じ始める。

すると手に持った本は「パン!」と数枚のページに別れ、亀裂に張り付いたページは瞬く間に亀裂を扉に変えて元の本に収まる。

幼女は驚いたが、目の前の幻想的な光景に瞳をキラキラさせて喜んだ。


紳士は扉を開けて荒野にすすむ。

幼女もそれについてくる。


周りはかつて青々と萌えていたであろう痕跡の残った乾いた大地。

少し進めばポッカリと口を開けている窪み。

ここには多分泉か何かがあったのだろう。

今は枯れ果てている。


紳士にはソコがどういう場所なのかわかっていた。

ふと横を見れば、やや後ろをトコトコついて来ていた幼女が何かに気づいたように中心部へと走って行く。


中心と思しき場所には以前は力強くそびえていたであろう大樹の亡骸があった。


思い出せないはずなのに幼女はその枯れ折れてしまった切り株を見つめて涙を浮かべている。

きっと大事なモノだったのだろう。


どうにか出来ないかと念入りに調べていたときに違和感を覚える。

よくよく見てみると根がしっかりしているのだ。

どうもまだ完全には枯れていないと判断した紳士は幼女を待たせ、一度世界樹の庭に帰り湖の水を汲んでくる。

再び幼女の下へと戻って来た紳士は手に持っていた湖の水を枯れた大樹へと振りかけた。


キラキラと光を反射する水を受けて僅かながらに変化が現れる。

コテンと首を傾げる幼女に紳士は小さな小さな変化が起きた場所を指さしてみせる。


そこにあったのは可愛らしい芽。

それを確認した幼女は花が咲いたような笑顔に変わる。


ニコニコと目を「へ」の字にしながら紳士は幼女の頭を一撫でする。

その日はまた扉をくぐって箱庭に戻った。

紳士が用意した食事を幼女は堪能し、世界樹の幹に寄りかかると疲れていたのか幼女は紳士の膝を枕に穏やかな寝息を立て始める。


それを見た紳士はコンコンと二回、世界樹をノックするとハラハラと木の葉が舞い落ちてきて幼女の上に覆いかぶさった。

目を「へ」の字にしてニコニコしながらウンと一度だけ頷く紳士。

優しく頭を撫でるとそのまま紳士も目を閉じた。

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