学苑にて。
月曜日ーーー
教室に入ると、お友達である綾花ちゃんと佐央里ちゃんが駆け寄ってきた。
「真莉亜さま!」
「もう大丈夫なんですか?!」
入院騒ぎで重病認定されてたのか、二人とも物凄く心配してくれてたみたいだ。
「ええ、大丈夫です 大事を取ってお休みさせていただいたので、もうすっかり元気です」
笑顔を見せながら話すと、二人ともほっとした顔をしていた。
本当に心配してくれていたことが伝わって、ありがたかった。
「よかったですわ、本当に」
長い髪をお下げにして、おっとりと微笑んでくれるのは佐央里ちゃん。
「本当に、お元気そうで何よりです」
と、元気いっぱいの満面の笑みを見せてくれるのは綾花ちゃん。綾花ちゃんはわたしと同じくらいの髪の長さをハーフアップにして、ピンクのリボンを結んでいる。
「お二人とも、ご心配おかけしました」
ペコリと頭を下げると、二人とも「とんでもない!」と声を合わせて言ってくれた。
見事なハモり具合だったので、思わず三人で顔を見合わせてぷっと吹き出してしまった。
そこでちょうど予鈴が鳴ったので、わたし達はそれぞれ席に着いて一時限目の準備を始めた。
本鈴が鳴って朝の会の後、授業が始まった。
授業の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
真莉亜の中の人であるわたしは、いい大人なので小学一年生で習うものは聞かなくてもわかる。
それを良いことに、華恵さまのことを考えていた。
土曜日の夜、ばあやがわたしの部屋を訪ねてくれて、お誕生会の本番をホテルでやることがわかった。
日曜日にお母さまより、ダメ押しで招待状のお話があったので、来週の土、日は本城祭りということになる。これが花宵のイベントなら、喜んで二日とも午前と午後の部、両方チケットを申し込むところだ。
だが、リアルなコレは正直行きたくない……行きたい人は山ほどいるだろうに、本音では行きたくないけれど、華恵さまのこともあるので、お母さまには両方出席させていただくとお返事した。
お母さまの中では決定事項だったとは思うけど、一応、わたしの意思を確認したかっただけだと思う。
土曜日はわたしだけ、日曜日は、華恵さまと同じ幼稚園に通う雄斗もご招待いただいたので、お母さまもご一緒されるらしい。
ホテルか……ちょっと面倒な場所だなぁと素人のわたしでもわかるので、ばあやー我が家の狗たちにとっても面倒なことだと思う。
ばあや達一家は先祖代々、我が家に仕えてくれているお抱えの忍のような者たちだ。
元々、武家であった大道寺は昔からそういう者たちが仕えてくれている。我が家では『狗』と呼んでいるが、他家ではまた違う呼び名を持つ者たちがいるのかもしれない。少なくとも武清の高柳家にもそういった者たちがいることは知っていた。
後はばあや達がもう少し何かを掴んでくれることを祈るだけだ。
そうして思考の海を彷徨っていたら、あっという間にお昼休みになった。
わたしと仲の良い綾花ちゃん、佐央里ちゃんと連れ立って、食堂へと向かった。
鳳仙はお弁当を持ってくる子も中にはいるけれど、ほとんどが食堂でビュッフェスタイルのランチを食べる。和洋中なんでもありで、本城グループ系列のホテルから派遣されているシェフたちが作ってくれる料理は、とても美味しいので、アレもコレもと取っていると食べきれない量になってしまうから恐ろしい。
華恵さまの件をしばし忘れて、三人でおしゃべりしながらお昼を食べていると、皆の視線が集まっていることに気付いた。
なんぞ?とふと周囲を見渡すと、本城と綾小路が連れ立ってこちらに真っすぐ向かってくる。
げ……。
「ちょっといいか?」
こちらの都合など、お構いなしの本城のお坊ちゃんが話しかけてくる。
「申し訳ございませんが、今食事中ですので、後にしていただけると助かるのですが」
「では、そのまま聞いてくれ 華恵の……」
「あの!!」
や、ちょ、それ、今ここで言うことかな?!
「本城さま、申し訳ありませんが、ティールームに伺いますので、お先にいらしていただけませんか?」
わたしからの申し出に、これでもかというくらい不満顔の貴彬。
これだから俺様野郎はーーーっ!!
「大道寺さんは食事中なんだし、あっちでゆっくりお茶を飲んで待っていたほうがいいと思うよ、貴彬」
幼馴染の綾小路がやんわりと貴彬を窘めてくれた。
綾小路 譲ーーーサラサラとした黒髪の、まつ毛の長い細めの奥二重で、顎の線の細い、こちらもさすが攻略対象だな!と思わせる風貌の、将来が非常に楽しみなイケメン候補生の一人である。
誤解しないでもらいたいのだが、わたしはイケメン大好物である。
そして花宵の貴彬は、わたしの中の二次元嫁のトップの座に長いこと君臨していたほどの、大好物である。
だが、この世界で貴彬と関わることは、己が人生を破滅に導くことに他ならないので、出来るだけ関わりたくない、遠目でグフフと妄想だけさせていただければ、それで満足な存在なのだ。
それ故、わたしと貴彬が個人的に親しいなどと、誤解されるような行為は厳に慎まなければならない。
口の端に上るようなことも、あってはならないのだ。
ゲームの中の真莉亜も、周囲からの声で大勘違いをし、貴彬に特別な存在と思われていると思い込んでしまう、イタい女だったのだから。
本城と綾小路が去っていくと、綾花ちゃんと佐央里ちゃんがほうっと桃色のため息を吐いた。
気持ちはわかるよ、気持ちはね。
「真莉亜さま、よろしいんですの?早く行って差し上げては?」
綾花ちゃんに言われてしまうが、わたしはこのお肉と本城なら、迷わず肉を取る。
「食事はしっかり摂るのが、我が家の家訓ですので」
しれっと答えて、お肉を頬張った。