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真莉亜と譲。

「はぁ……」

朝からため息しか出ない。


結局、相楽さんに相談に乗ってもらっても、なんの収穫もなく、ついにこの日を迎えてしまった。

季節は晩秋、よく晴れて清々しい朝だ。太陽の光がさんさんと降り注いでいるが、わたしの気持ちはどんよりしたままだった。


誰かを立ち直らせるなんて、そんなこと、わたしに出来るわけはないのだ。相楽さんじゃないけれど、結局は自分の力で立ち上がるしかないだろうと思う。だって、綾小路の場合は拗らせてるマザコンだろう、どう考えても。まだ、母親に甘え足りないのか、それとも、甘えん坊の弟に嫉妬しているのかはわからない。さて、どうしたものか。

わたしはクローゼットを覗きながら、悶々と考えていた。


綾小路邸へはお昼を過ぎた頃にお邪魔する予定になっている。結局、考えても何もいい知恵が浮かばないまま、時間だけが過ぎて行った。


「お母さま、では行って参ります」

綾小路家に持参する手土産を手に、車に乗り込む。綾小路の家は学苑の裏手なので、途中までルートはほぼ一緒だった。学苑に向かう道の一本手前の道を曲がり、大学部の校舎を通り過ぎ、角を曲がると白亜の豪邸が見えて来た。一旦門の前で車が停まり、健司がインターフォンで来訪を告げると、電動式の門が開いて行く。車で玄関口まで乗り付けると、綾小路家の使用人が車の扉を開けてくれた。


「ようこそ、お越しくださいました」

わたしが会釈をすると、白髪に黒いスーツを着た男性がにこやかに応じてくれる。

「私は当家の執事を勤めております、神保と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」

「初めまして、大道寺と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

短く一礼した神保さんが、ドアを開けてくれ、わたしは初めて綾小路邸に足を踏み入れた。


「どうぞ、こちらへ」

神保さんに案内されて、わたしは応接間に通される。そこにはすでに綾小路が座っていた。

「やぁ、よく来てくれたね」

わたしを入り口まで出迎える綾小路は、無駄キラ笑顔全開だった。なんだ、元気そうじゃないか。

「綾小路さま、本日はお招きいただきありがとうございます」

わたしが会釈すると、こっちに座ってと案内してくれる。


綾小路家の応接間は、大きな窓が天井近くまであって、とても明るい部屋だった。白とグレーのダマスクの壁紙にライトグレーのカーテン、そして応接間の革張りのソファは白で、全体的に白とグレーのイメージで統一されているようだ。


「こちら、お口に合うかどうかわかりませんが、よろしかったら皆さまでどうぞ」

わたしはソファに座ってすぐ、忘れないうちに手土産を差し出す。

「開けてみてもいい?」

「どうぞ、どうぞ」

綾小路は紙袋からパッケージを取り出す。


「チョコレートかぁ。ここのって最近人気なんだってね、さすが大道寺さんだ」

ふふん、一応お嬢様なんだ、このぐらいの芸当はわたしにだって出来るーーー実際はお母さまが田代さんに頼んで持ってきてもらったんだけどね。

「いえ、とんでもございません。それより、本城さまはまだいらっしゃっていないのですね」

「ああ、貴彬ね。なんでも急に予定が入ったって言ってたよ」

「え?じゃ、じゃあ……」

「そう、今日は大道寺さんだけ。どうする?僕の部屋に行く?」

綾小路の目が眇められる。もしわたしが頷いたらどうすんだ、この男は。


それにしても貴彬め、これじゃあ本当に全て丸投げじゃないか、とんでもない野郎だ。このオトシマエはきっちりつけてやるからな!首洗って待ってろよ!ーーーわたしは腸が煮えくり返る思いだった。


「行きません、行く理由がありません」

自分で思っている以上に冷えた声が出たのは仕方ないだろう。それに気付かないのか、綾小路はわたしの心の内など知る由もなく、肩を竦めてソファの背に寄りかかる。


「ま、そう答えるだろうと思っていたよ。でもちょっとは恥じらって欲しかったなぁ」

「は、恥じらう?!」

わたしは声が裏返った。わたしに恥じらいを求めるなんて、こいつ、なんか悪いもんでも食ったんかい!


「うん、そういう大道寺さんを見てみたいなぁって……」

綾小路の目が妖しく光る。いや、勘弁してもらえないでしょうかね、そもそも、そういう目的で訪れた覚えはないんだが。わたしが困惑していると、綾小路はプッと吹き出す。


「冗談だよ、冗談」

「全く……相変わらずですわね」

わたしは軽く綾小路を睨みつける。すると、綾小路は楽しそうにキラキラ笑顔を振りまいた。

「だって、大道寺さんをからかうのって面白くて。他の女の子とは反応があまりにも違うから」

え、ちょっと待て。女の子を部屋に誘ったりしてんの?嘘でしょ?!わたしが驚いたのがわかったのか、綾小路は慌てて訂正してきた。


「あ、勘違いしないでね、部屋に誘ったりはしてないよ」

わたしはほうっと胸を撫で下ろした。いくらなんでも駄目だろう、男女7歳にして席を同じうせずじゃ、バカタレが。

「せっかく来てくれたんだから、家の中を案内するよ。今日は僕しかいないしね」

「どなたもいらっしゃらないんですの?」

「うん、お祖父様は会合だって言ってたし、父と母は弟の幼稚園の行事かなんかで出かけてる」

「幼稚園の行事……綾小路さまはご一緒しなくてよろしかったんですか?」

「僕は行く気はさらさらないからね」

綾小路の冷たい声と、その強張った顔はなんだか痛々しいと思った。


綾小路の案内で、家というよりは屋敷の中を見て歩く。二階のプライベートなところはともかく、一階のほとんどを案内してくれたんじゃないかと思うが、やはりというか、当然というか、めちゃくちゃ広かった。

途中、お仕着せを来た何人かの女性ともすれ違ったが、うちと使用人の数も違うし、貴彬の屋敷もそうだけど、やっぱりお金持ちなんだなとしみじみ思った。


屋敷の中の案内が終わると、応接間に戻ってきた。すると、この窓から庭に出られるんだよ、と言って大きな窓を開け放つと、そこには見事なお庭が広がっていた。


「わぁ……綺麗ですねぇ」

サルビアやマリーゴールド、それにあれはポインセチアかな、赤と黄色のコントラストに緑が色を添えて、とても美しいお庭だった。

11月の暖かな日差しに、風がそよぐと花々が揺れて、しばし見入っていたが、ふと車の音が聞こえてくる。

「どなたかお帰りになったんでしょうか?」

「ああ、幼稚園から戻ってきたんじゃない?」

「ではご挨拶を……」

「必要ない」

わたしの言葉を遮って、綾小路が珍しく語気を強めたので、わたしは思わず綾小路の顔を凝視してしまった。

「……綾小路さま、ご両親がいらっしゃらない家にお邪魔しているのです。わたくしはご挨拶も出来ない家の娘だと思われたくありません」

わたしは静かな声で、でもきっぱりと告げる。綾小路はまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、わたしの表情を見て諦めたのか、小さくため息を吐いた。

「わかったよ……じゃあ、こっちに来て」


綾小路の案内で玄関ホールへ行くと、ちょうど綾小路のご両親と弟である暁くんが入ってきたところだった。綾小路と一緒にいるわたしの姿を認めると、綾小路の両親がおや、と言う顔をした。

「初めまして、大道寺 真莉亜と申します、ご不在の折にお邪魔して申し訳ありません」

わたしが会釈をすると、綾小路の母である篤子さまが、あら、と一言漏らして、それからにっこりと笑顔になった。

「初めまして、あなたが大道寺さんね。譲と仲良くしてくださってありがとう」

篤子さまは、線の細い『(たお)やか』という表現がぴったりの美しい方だった。綾小路はきっと母親に似たに違いない。綾小路の父である正仁さまは、暁くんを抱っこしてニコニコしている。

「大道寺さん、そろそろ行こう」

わたしが何か問う前に、わたしの手を掴んで引っ張っていく。え、や、ちょっと!まだほんとに挨拶だけしかしてないんだけど!わたしの抵抗も虚しくずるずると引きずられて行く。

結局、さっきまでいた応接間にまた戻ってきてしまった。


「綾小路さま、ご挨拶だけしかしてないんですけど」

わたしは綾小路に繋がれた手をやんわりと振り解くと、抗議の声を上げた。

「挨拶したいって言ってたじゃない、もう済んだんだからそれでいいでしょ」

「はぁ……」

わたしはわざとらしく大きなため息を吐いた。

「何?」

「何?じゃありませんよ、綾小路さまはいつもあんな風でいらっしゃるんですか?」

「あんな風って、どんな?」

「ですから、ご両親や暁さまの前で、駄々っ子のような振舞いをされていらっしゃるんですか?」

「どこがそんな風に見えるの?」

綾小路の目が鋭くなった。


「自分の見たくないものから目を反らして、我儘に振舞うのは駄々っ子と同じでしょう?違いますか?」

「大道寺さん、僕を怒らせたいの?」

綾小路の顔が怒りに染まる。

「いいえ、そうではありませんが、綾小路さまの振舞いはとてもじゃありませんが、見ていられません」

「見ていられないなら、見なければいい」

「そういうことをおっしゃるところが、駄々っ子と言うんですのよ!」

わたしは一歩も引く気はなかった。綾小路はこのままじゃ駄目だ、特段、思い入れがあったキャラじゃないけど、それでも一年生からの六年近く一緒に過ごしてきたんだ、これはゲームキャラとしての綾小路には抱けない感情だった。


「なんだと?」

綾小路の目が更に吊り上がる。そもそも、こんなに怒気を孕んだ声など、聞いたことがなかった。

「図星、ですわね。そうでなければ、そんなに怒るようなことではありませんもの」

綾小路が怒れば怒るほど、わたしは段々冷静になってくる。

わたしの言葉を聞いて、綾小路の拳がぐっと握られる。まさか殴りはしないだろうが、殴られても構わないと思っていた。


「綾小路さまとご両親、それに暁さまの間に何があるのかは他人であるわたくしにはわかりません。ですが、あれほど人の機微に敏感でいらっしゃる綾小路さまが、ご両親や暁さまが、どう思っておいでなのか気付いていないはずはないと思っております」

「だからなんだって言うんだ」

「綾小路さまがご不満を抱えていらっしゃることは、きっとご両親も気付いていらっしゃるはず。寮に入るまでに、きちんと話し合われたほうがよろしいと思いますわ。離れてしまえば、余計に言い出しにくくなって有耶無耶になるでしょうし、そうなったら後々(のちのち)ご自分に返ってきますわよ」

わたしは言いたいことを言うと、怒りに震えたまま立っている綾小路にごめんあそばせと声をかけ、さっさと応接間を後にした。


廊下を出て、使用人の女性に声をかける。

「わたくし、急用が出来ましたので、お暇いたします。申し訳ありませんが、お車をお借り出来ますでしょうか?」

「畏まりました、只今神保が参りますので、少々お待ちくださいませ」

彼女が去ってしばらくすると、神保さんがやってきた。


「急用だと伺いました、どうぞ我が家の車をお使いください」

「申し訳ありません、お手数をおかけします」

急用など何もないので、若干心苦しいが、健司を呼び出す時間がなかったから仕方ない。


綾小路家の車を借り、わたしは家路を急ぐ。こりゃ本格的に嫌われたかもなぁと思いながら。







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