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真莉亜の相談。

階段を上って行くと、相楽さんは専門書の背表紙を眺めていた。その横顔はとても端正で、しばらく見とれてしまう……いかん、いかん、目的を果たさなければ。いざゆかん、鎌倉へ!


「相楽さん」

少し声のトーンを落として話しかけると、相楽さんがこちらを見た。わたしを見ると、にこやかに近付いてくる。

「やぁ、大道寺さん。珍しいね、こっちに来るなんて」

相楽さんの言う『こっち』とは、専門書の置いてある二階に来るなんて、という意味に違いない。確かに、わたしがいくら年増女でも、こっちの本までは読めない、というか、読めても意味すらわからない。

「ちょっと、相楽さんに聞いていただきたいお話がございまして」

「僕に?……未来の生徒からの相談かぁ……じゃあ、僕も先生になったつもりで聞こうかな」

相楽さんは楽しそうに笑うと、階段を下りて出口へと向かおうとしていた。


「相楽さん、どちらへいらっしゃるんです?」

「せっかくだから、大学のカフェに行こうかと思って。さすがに大道寺さんも行ったことないでしょう?」

「それはもちろんそうですけど、あの、初等科の生徒がそちらへ行って、何か言われません?」

「そんなことはないよ。だって同じ学苑の生徒じゃない」

「でも、相楽さんが初等科のカフェにいらしたら、きっと大騒ぎですわ」

わたしの発言を聞いて、相楽さんは当たり前だよと笑った。


「初等科はいいお家の子息令嬢が通ってるんだから、大騒ぎになるのも当然だよ」

わたしの言いたいことと、大幅に違う答えが返ってきたのには、どう返答していいか迷った。わたしは相楽さんがカッコいいから大騒ぎになると言いたかったんだけど、まぁいいや、面倒くさいから。


図書館を出て、そんなとりとめのない話をしていたら、相楽さんの友人らしき男子大学生から声を掛けられた。

「あれ?相楽の妹?」

「うちは妹はいないよ」

「だよなぁ?え、まさか誘拐?」

「おま、冗談でもそんなこと言うな!」

そんな軽口のやり取りを聞いて、思わずクスっと笑ってしまった。


「何なにぃ?紹介してよ」

「バーカ、紹介するほどの子じゃないよ」

「んだよ!じゃあ、またな!」

おうと手を挙げて、その人と別れると、相楽さんがこちらを向いて苦笑していた。


「ごめんね、紹介するほどの、なんて言っちゃって。大道寺さんの迷惑になると思ったんだ」

「わかってますわ、大丈夫です」

ここで下手に大道寺の名前が出れば、わたしも相楽さんも人の口の端に上ってしまうのは避けられない。わたしは卒業するからいいけど、相楽さんはこれから教職を目指すのに、変に勘繰られても困るだろう。


しかし、この制服で歩くのは目立つんじゃないだろうか、カフェというのはまだなのか、と思っていたら、ここだよと教えられたのは、図書館と大学の校舎の間ぐらいにある、ひっそりとしたカフェだった。

「こんなところに、カフェがあったんですね」

「意外と知られてないから、常連ぐらいしかいないんだよ」

そう言うということは、相楽さんは常連なんだろうな、と当たりをつけて、相楽さんに続いてカランと鳴る音と共に店内へ足を踏み入れた。

店内は大学内のカフェとは思えないほどこぢんまりとしていて、確かに数人の学生が本を片手にコーヒーを飲んだり、PCで何かをカタカタと打ち込んでいるだけで、店内に静かに流れるクラシックの音色だけが聞こえるような、そんなカフェだった。

わたしはボックス席に座ると、物珍しそうに辺りを見回した。鳳仙の中にあると思えないほど、古めかしいが歴史を感じさせる店内だ。


「ちょっと意外ですね、こういう雰囲気のカフェが鳳仙にあるなんて」

「なんでも、昔からあるらしいよ。鳳仙がここまで大きくなる前からね」


へぇ、鳳仙の歴史はパンフレットに書いてあることしか知らなかったけれど、調べてみるのも面白いかもしれない。

相楽さんと一緒に飲み物を注文すると、相楽さんは相談について聞いてきた。


「で、僕に相談って何かな?」

「実は……」

わたしは掻い摘んで綾小路の話を相楽さんにしてみた。もちろん、綾小路個人の名前は出していない。さすがに理事長の孫の相談をされているなんて知ったら、腰が引けるだろうと思ったからだ。


「……そっか。僕とは真逆な子だね」

「え?」

「いや、なんでもない。その子のことはわかった。でも、君に出来ることは、たぶんないと思う」

えーーーっ!そんなぁ……。わたしはその場に崩れそうになった。わざわざ図書館で待った数日を返してもらいたい……勝手に待ってたくせに、それはそれで酷い話だが。


「言い方がまずかったかな、僕が言いたいのは、結局はその子自身が納得しないと意味がないことなんだよ。大道寺さんだって、人がなんと言おうが、自分がそう思わないと納得しないでしょ?」

どうかな……確かにそうか。誰がなんと言おうと、限定版を買う時は全く後悔しなかったし、うっすい本が例え高価だったとしても、買いたいと思えば買った。うん、なるほど、よくわかった。

「そうですわね、仰る通りですわ」

「ただ、その子が大道寺さんに助けを求めて来たら、ちゃんと手を差し伸べてあげればいいと思うし、君ならそれが出来ると思う」

「そうでしょうか」

「だって、その子のために、連絡先も知らない僕に相談するために図書館で待ってたんじゃないの?違う?」

実際は貴彬に脅しつけられたも同然なんだけど、もちろんそんなことは言えない。

「ええ、まぁ……」

「その子のこと、凄く真剣に考えてるってことが、相手に伝われば大丈夫だよ」

そんなに真剣に考えてはないけどね、どちらかというと面倒だと思ってるんだけどな。

「そうでしょうか」

「うん。ところで、その子って大道寺さんが好きな子?」

「は?え?なんでそうなるんです?」

「そうだったら、その子は幸せ者だなぁと思ってさ」

相楽さんはニコっと笑って、まるで微笑ましいとでも言いたげな表情だった。


「残念ながら、そんなことはありません」

「そっか、残念」

相楽さんは、その白い歯を見せて笑った。




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