会議室にて。
わたしの知る、倉林 美里ちゃんという人は、大手酒造メーカーの社長令嬢で、のんびりとした穏やかな少女だ。少しふくよかだけれど、その分、人に与える印象もふんわりとしたものだろうと思う。
三ツ村 綾花ちゃんは、大手流通企業の、同じく社長令嬢で、明るくハキハキとした物言いの元気な女の子である。彼女とは一年生の時からの付き合いだ。
この二人は3年生の時に同じクラスになって以来、仲良しで、全然別のタイプだからこそ、うまくいっているんだと思う。
この二人を巻き込んだ女子生徒が白河 涼音さんと、大原 友里恵さん、糸井 絵美里さんである。
そして、わたし、綾小路、貴彬を含め、現在八名の生徒と校長先生、それぞれの担任が会議室に座っていた。
防犯カメラの映像に一番最初に気付いたのは、やはり理事長だったようだ。教師から報告を受けた校長が、理事長に相談に行ったところ、映像を確認するようにと指示を受けたらしい。
ただ、今ここにいる生徒で、そのことを知っているのはわたしと貴彬、綾小路の三人だけである。
校長先生が騒ぎの事情を聞きたいと、担任を通して生徒たちを集めた。
白河さんたちは、お稽古事があるだとか、塾があるとか言い訳をしていたようだけれど、家に連絡を入れると言ったら黙ってしまって、この席に大人しく座ることになったらしい。
いわゆる波平さんヘアの校長先生は、恰幅もよく、いつもニコニコしている印象なのだが、さすがに今日はその笑顔は封印されてしまい、眉間に皺を寄せ、厳しい表情をして座っていらした。
学年主任の先生が、事の発端を説明している。
「……という出来事がありました。校長、これは由々しき問題です」
「なるほど、よくわかりました。ところで綾小路くん?」
「はい、先生」
「問題の万年筆は、いつ頃、失くしたものなのかね?」
「そうですね……夏前くらいだったと思います。いつもペンケースに入れていたのですが、いつの間にか失くなっていました」
「その万年筆が昨日、突然見つかったというわけですか……それは間違いなく、君の物なんだね?」
「はい、僕のイニシャルが入っているので。よろしければ、ご覧になってください」
綾小路は席を立ち、校長に万年筆を見せに行った。
「確かに、君のイニシャルが入っているね、なかなかいい万年筆だ、これからも大事にね」
「はい、ありがとうございます」
綾小路はペコリとお辞儀をして、また席に戻る。
「その万年筆、君の下駄箱に入っていたというのは本当かね?倉林さん?」
美里ちゃんは緊張からか、少し青ざめていたけれど、しっかりとした声で話し始めた。
「はい、昨日、登校すると、わたくしの上靴の上に、小さな紙袋がのっていて、その中に入っていました」
「そうですか。それで、どうしましたか?」
「履いてきた靴を履き替えてから、紙袋を開けました。そうしたら、立派な万年筆が入っていて、なんだろうと思っていたら……」
美里ちゃんが昨日のことを思い出したのか、段々と声が震えてきてしまった。頑張れ!美里ちゃん!わたしは目で一生懸命訴える。
美里ちゃんは、真向かいに座っているわたしに気付いてくれて、ひとつ頷くと、気を取り直して話し出した。
「突然、白河さんが現れて、それは綾小路さまの万年筆では?と言い出して……それで……わたくし、下駄箱に入っていた物だと説明したのですが、一切聞き入れていただけず、他の生徒たちの目の前で、わたくしがあたかも、その……」
「言いにくいなら、結構ですよ、倉林さん。ありがとう、辛い話をさせてしまったね」
校長先生が今度は白河さんに視線を送る。
「では、白河さん。君はなぜ、倉林さんの話に一切耳を傾けず、自分の主張を繰り返したのかな?」
「それは……倉林さんが手に持っていたからに他なりませんわ」
「ぱっと見ただけで、すぐ綾小路くんの物だと、どうしてわかったんだね?」
言葉に詰まってしまった白河さんを擁護するべく、大原さんが声を上げる。
「先生、それはイニシャルが入っていたからですわ!」
「大原さん、私は今、白河さんに話を聞いているんです、君は君の番がきたら、話してもらうから、少し待っていてください」
言い方は穏やかだけれど、校長先生の顔はちっとも笑っていない。さすがの大原さんも黙るしかないようだった。
「白河さん?どうなんですか?」
「イニシャルが見えたから……です。それで、倉林さんが言い訳をしているように思えたので、それで……」
「他の生徒もいる前で、罵倒したと?もし私の認識が間違っているなら、訂正してください。違いますか?」
「いえ、その通り、です……」
「そうですか。同じ学苑の生徒を罵倒するなど、品位を下げる行為に他なりません。ディスカッションやディベートなら大歓迎ですが、一方的な主張のみを繰り返して人を貶めようとするなど、言語道断です」
校長先生に断罪されて、白河さんは青ざめてしまった。
「では、大原さんに聞きましょう。先ほど、イニシャルが見えたといいましたね?」
「ええ、見えました。ですから、わたくしも白河さまと同じように、綾小路さまのものだと思ったのですわ」
「そうですか。綾小路くん、申し訳ないが、もう一度万年筆を見せてもらえるかな?」
「はい」
「ありがとう……大原さん、この万年筆のイニシャルが、どこに入っているか、君には見えるかな?」
「え……ええと……」
え、どこに入ってるの?わたしは全然見えないけど。
「今、君が座っている位置からでは見えないなら、下駄箱で君が見えたと思った距離でもかまいませんよ。こちらに来てください」
大原さんは、のそりと立ち上がると、校長先生の傍に立った。
「どうですか?見えますか?」
「み……見えません……」
「そうでしょうね、持っている私ですら、老眼鏡がないと見えません。キャップリングの所に小さく彫られているのですから。これが見えたのなら、超人的な視力の持ち主と言わざるをえないでしょうね。大原さん、どうぞ席へ戻ってください」
大原さんは悔しそうに唇を噛みしめながら、席へと戻っていった。
「では、最後に糸井さんですが……」
「校長先生、わたくしは、この二人に無理矢理あの場に連れて行かれただけなのです!ですから……」
糸井さんは自己保身に走ったか。この三人の中では表面的には何もしていなさそうな、糸井さんだけれど。
「そうでしたか……では、この手紙ですが、これは三ツ村さんのクラスにいる友人に頼んで、三ツ村さんの机に入れてもらったものではないですか?」
「それは……三ツ村さんに、ちょっとしたいたずらをしようとした…だけです…」
「ちょっとしたいたずらですか。それにしては、大道寺さんに関する誹謗中傷に溢れた内容ですね?」
「だ、大道寺さんがいけないんです!綾小路さまだけじゃなく、本城さまとも親しくされて、お二人とも女子生徒の憧れなのに!悔しかったんです!」
貴彬と綾小路が驚いて顔を見合わせている……女は怖いぞ、君たちも気を付けろい!
「では、最後の質問です、三人に聞きますが……倉林さんの下駄箱に、綾小路くんの万年筆を入れたのは、君たちで間違いないかな?」
「「「違います!」」」亀裂が入りながらも、美しき友情かな、きれいにハモった三人だけれど。
この校長の聞き方で、悟れないとは危機管理能力が無さすぎる。
わたしだったら、素直に認めてかつ丼くらいおねだりしちゃうところだ。
「本当に?認めるなら、今のうちだよ?」
校長先生は優しいなぁ……これなら、うな丼でもおねだり出来ちゃいそうだな。
校長先生の言葉で、やっとネタが上がってることに気付いたらしい三人は、一転、素直に認めた。
認めたが最後、今度は泣き落としにかかってきた。
泣き喋りはウザ過ぎるので割愛するが、まぁ三人とも、いかに自分たちが不遇かを嘆いているだけだった。不遇と言っても大した内容ではなかった。要するに、甘やかされすぎているから、思うとおりにならない事への苛立ちを抑えきれないだけだ。それならば、思い通りに事が運べるように姑息な真似はせずに、上を目指せばいいのに。三人もいい家のご令嬢なんだから。
わたしが内心で不満をタラタラと思っていると。
「いい加減にしろ!!」
貴彬が一喝した。ちなみに、先生方も全員揃っていらっしゃる場でだ。この男にはやはり恐れるものなど何もないらしい。
泣き喋っていた三人がビクッと肩を震わせる。
「先ほどから、お前たちの泣き言を聞いていたが、くだらなさすぎて腹が立つ。いいか、俺たちは家柄だけじゃなく、それぞれに見合った努力を積み重ねているんだ。何もせずにいるわけではない。他人を羨む暇があったら、自分を磨く努力をしろ。それもせずに、ただいい思いをしたいだけなら、この学苑にいる意味などない、自ら退学を申し出るんだな」
ひぇーっ!最後通牒を突きつけちゃったよ、おい。理事長でもないのに、理事長みたいだ。
そして、綾小路を挟んだ隣にいるわたしを見て、また一言。
「お前もくだらぬ情けをかけるな。この程度の人間だぞ」
え、ちょっと、何それ、その言い方、ムカつくんだけど。
「本城さま、それはあまりの仰りようではありませんか!彼女たちだって、彼女たちなりに努力はしてきたと思います。でも、すぐに結果が出なくて焦ったり、腐ったりしてしまう、人はそんなに強いものではありません。本城さまのように、優秀な方ばかりではありませんのよ?」
「何を庇いだてしているんだ、お前を貶めようとしたんだぞ?」
「庇ってなどしておりません!確かに貶めようとしたかもしれませんけれど、彼女たちなりに思うことはあったんでしょうし、わたくし自身にも、そういう隙があったのかもしれません。そう思われないために、わたくしもより一層精進しないといけませんわね!」
わたしと貴彬がまるでトラと狼のようにやり合っているのを、みな唖然として見ていたことに気付いた時には後の祭りだった。
「ま、まぁまぁ、二人とも、そう熱くならずに……」
「なってない!」「なっておりません!」
綾小路が取りなしてくれようとしても、わたしと貴彬は睨み合って一歩も引かなかった。
「素晴らしいディスカッションだね、息もぴったりだ」
校長先生ののんびりとした声でやっと我に返った。貴彬もようやくクールダウンしたらしい。
あばばば……ど、どうしよう……貴彬とやり合ってしまった……今更だけど、もう時は巻き戻らない。貴彬がわたしを挑発したからいけないんだ、くそーーっ!!
わたしと貴彬がやり合っていたのを見ていた、白河さんたち三人は、何か感じ入るものがあったようだ。
「校長先生、わたくし、学苑の方針に従います。どんなお咎めも受けます」「わたくしも」「わたくしも、お受けします」
え、どうして、あの言い合いでそうなるの???
「大道寺さま、わたくし、誤解しておりました。申し訳ありませんでした」「すみませんでした」「本当にごめんなさい」
「本城さまに、あそこまで言える女子生徒は他におりません、媚びていらっしゃるのかと誤解しておりましたが、そうではなかったのですね……」
は?どうしてわたしが媚びなきゃならんのよ。
「そして、倉林さま、三ツ村さま、お二人にも謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」「ごめんなさい、本当にごめんなさい」「すみませんでした、申し訳ありませんでした」
三人はわたしに謝った後、美里ちゃんと綾花ちゃんに深々とお辞儀をして謝っていた。
白河さんたちと美里ちゃん、綾花ちゃんは一足先に会議室を出て行った。
わたしと貴彬、綾小路は、校長先生のお話に耳を傾ける。
「この会議室にはカメラがついているので、今の内容は全て理事長もご覧になっています。その上でご判断されるとは思いますが、君たちの意見を聞いておこうと思ってね」
「俺は退学もやむをえないと思う」貴彬は即座に返答した。
「僕は……そうだな、一度くらい、チャンスを上げてもいいんじゃないかなと思うけど」綾小路らしい意見だなと思う。
「わたくしは……そうですわね、彼女たちが今後どうするのか、見てみたい気がします」
「そうですか、君たちは我が学苑にとって、とても有益な人材です。これからも頑張ってください」
校長先生はいつもニコニコとした表情でそう仰ると、会議室を出て行かれた。
先生たちに促されて、わたし達も会議室を出る。
「それにしても、君たちの言い合いは迫力があるね」
うぉぉぉぉ胃が、胃がぁぁぁ……今頃になってキリキリと……。た、頼む、綾小路よ、武士の情けをかけておくれでないかい。
「そうか?あそこまで見事に術中に嵌るとは、面白いほどだったぞ?」
……な、なんだと?
わたしが唖然としていると、綾小路と前を歩いていた貴彬が楽しそうに振り返った。
「俺がああいう言い方をしたら、必ずお前は反論してくると思ったからな。三人をなんとかしてやりたかったんだろう?」
なんと!貴彬のシナリオ通りに動かされていただけだったとは!!ぐ、ぐやじぃーーー!
悔しいけど、確かにそうだ、そのおかげであの三人は素直になれたんだから、感謝すべきなのか……いや、わたしのこの胸のモヤモヤはどうしてくれよう。
「へえ?いつの間に、そんなに仲良くなったの?本当に息ぴったり、校長先生も太鼓判を押すくらいだしね」
「お二人とも……わたくしを馬鹿にしてません?」
「してない」「やだなぁ、するわけないでしょ」
いや、してるな、こいつら、絶対わたしを馬鹿にしてるだろ!
楽しそうな二人とは対照的に、わたしはぶんむくれで校舎を後にした。




