真莉亜の決意。
もう一度気を失うわけにもいかず、茫然自失状態のわたしは、とりあえずベッドで目を閉じた。
一体何がどうしてこうなっているのかーーー。
病室の扉が開いて、お母さまが入ってきた。
「真莉亜ちゃん」
呼びかけられたので、目を開く。
「ごめんなさいね、一度お家に帰っても大丈夫かしら?雄斗のことも気になるし」
「わたしは大丈夫、お母さまはゆうくんのところに行ってあげて?」
「また後で来ますからね」
「はい、お母さま」
お母さま、大丈夫だよ、真莉亜は中身はお母さまより年上だからね?
そう言ってあげたいけれど、それが叶うことはない。
後ろ髪をひかれるように、振り向き、振り向き、お母さまは病室を出て行った。
ぶつかられた時はともかく、二度目は誰のせいでもないしね。
お母さまが出て行かれ、シンと静まり返った病室。
当たり前のことだけど、個室だ。中身のわたしは個室になど入ったこともない。
本当にお金持ちのお嬢様なんだなと、今更ながら実感する。
ひとつ、大きく息を吐いて再び目を閉じた。
どうせゲーム世界の住人になるのなら、アイドル育成型恋愛AVGのヒロインと仲良くなるサブキャラだとか、猫をお供にハンター稼業を営んでみたかった。
力と力のぶつかり合い、己の技量と武器と防具を駆使して村人のリクエストに応えるのだ。
依頼が多すぎて辟易したこともあったけれど。あぁ、肉も焼いてみたかったな~ウルトラ上手に焼ける自信、もちろんあるぜ!
そんな現実逃避したところで、状況が変わるわけでもなくーーー。
大道寺 真莉亜というキャラを思い出すと、どっと落ち込んでくる。
それが自分だなんて、ありえない、信じられない、信じたくないっ!
今後の事を考える上でもかかせない攻略メンバーたちは「本城 貴彬」「綾小路 譲」「大道寺 雄斗」。
あと一人については、今のところ名前すら思い出せない。恐らくコンプするためだけに攻略したんだろう、選択肢までスキップ機能を使いまくった覚えがあるから、あまり記憶に残っていないのだ。
本城 貴彬の幼馴染にして、鳳仙学苑理事長の孫、綾小路 譲と、我が弟の大道寺 雄斗。
舞台はわたしの通っている鳳仙学苑。
庶民として育ったヒロインが天涯孤独となってしまい、母方の祖父に引き取られるところから物語は始まる。
その祖父から学苑に通うように言われ、高等科から入学してくるのだ。
そして、3年間かけて本城たちと少しずつ親しくなっていき、卒業とともにお嫁入り、めでたしめでたしの大団円。
3年間という設定の割には、だいぶ端折られてはいたけれど、ボリュームのあるシナリオだった。
その中でお気に入り、推しメンは本城だった。
俺様なのが玉にキズだったけれど、クーデレ最強、クーデレは正義!!と興奮気味にヲタ友に暑苦しく語ったものだった。
彼女のお気に入りは綾小路だった、彼女はチャラいけど実は一途系に弱い。
真莉亜という女は、庶民としての暮らしが長かったヒロインが攻略キャラたちと親しくなっていくにつれ、少しずつ本性を現していく。自分の手は汚さずに、取り巻きを使って陰湿な嫌がらせを繰り返していたっけ。
そもそも、乙女ゲームの中のNL(ノーマルラブ、男女のカップリングのこと)AVGにおいて、悪役というのはあまり見られない。ヒロインと仲良くなって、ヒロインを助けるキャラというのがほとんどなのに、そういう意味でも珍しいキャラ設定だった。
お伽噺ではよくあるけどね、シンデレラの意地悪姉さんたちとかさ。
プレイ中はかなり、いやほとんど、この真莉亜って女、マジうぜぇんだけど?と思いながらシナリオを進めていた。
真莉亜はプライドが高すぎる上に、ある意味、痛い女だった。
自分は本城に愛されて当たり前だと思っているし、条件としては綾小路も悪くないと思っているし、雄斗のことは病的に可愛がるブラコン。
今、わたしが思い出せないキャラにも粉をかけていたのは間違いない。
存在していること自体がウザすぎて本当に鬱陶しかっただけに、それが自分の外身だとか、本当になんの罰ゲームだよ!!と叫びだしたい気持ちになるのは仕方ないんじゃなかろうか?
本当に一体どうして、と長い溜息を吐く。
中身のわたし自身もある意味痛い女であった自覚はある。真莉亜のようなプライドの塊というわけではなく、二次元に心酔したまま、人生の半分近くまでを過ごしていたのだから。
ただ、誰かに迷惑がかかることではなかったことは救いだった。両親には迷惑をかけたと思うけれど、この世界にいる以上、親孝行をすることも出来ない。それだけが心残りだけれど、せめて今の両親は大切にしようと、改めて思う。
真莉亜は現在7歳。
7歳の真莉亜では、行動もやれることも制限されていると思うが、18歳まであと11年ある。
これが高等科3年の真莉亜では間に合わない。そう、どのルートでも悲惨な末路を辿る真莉亜になる可能性が極めて高いのだ。
この間に、攻略対象メンバーとは出来るだけ接点を持たず、回避し続けていれば、己の悲惨な人生を少しでも好転出来るのではないだろうか。
この世界で生きていく運命ならば、少しでも幸せになりたいじゃないか。
そうだ、落ち込んでいる暇はない、真莉亜を幸せにするために、これからやれることをやっていこう。
そう決心したところで、病室の扉がコンコンと軽い音を立てる。
誰だろう、お母さまにしては早いと思いながら「どうぞ」と声をかけたのだった。