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真莉亜11歳の冬。

ティールームから庭園を眺める。

今の時期は咲いている花々も少なくて、春に比べると寂しい感じが否めない。


窓の内側は暖房が効いているけれど、窓際に佇んでいるとガラス越しに冷気が伝わって、ぶるりと震える。


わたしは月に一度の報告義務を全うすべく、ティールームで頭を悩ませながら理事長への報告書のテンプレを作っていた。

営業をやっていた時には毎日、営業日報を書いていたし、ミーティングの時の資料作成もやっていたけれど、ああいったものはひな形というものがあるし、ミーティング資料にしても、過去に作成したものを参考にすればよかった。


だけど、今回のは……テンプレすらもなく、そもそもの活動にしたって、そう大した内容があるわけじゃない。理事長の鬼畜っぷりに涙目になりそうだ。


貴彬は『俺は忙しい』の一言、名目上のオブザーバーでしかなく、結局はほとんどの雑用はわたしに回ってきた。

わたしは、レポート用紙を前にうんうんと唸っていたのだけれど、書くネタに困ってしまって、こうして冬の庭園を眺めていたのだ。


わたしだって、ちょっとは忙しいんだよ?家庭教師の先生だって変わらずにいらっしゃているし、剣道の稽古に、学苑の予習復習に、宿題……。夏期講習で反省したわたしは、ちゃんと予習、復習もやっているのだ。

なぜなら、わたしのチート能力の効力が低下したからである。


小学校5年生で、すでに勉強チートの限界を迎えるとは、いかにわたしがポンコツであるかがわかる。

要所、要所はわかるんだけど、細かいことは忘れてるんだよね……算数の公式なんて、エンジニアはともかく、一般的には使わない。使わないから、ま、いっかの結果、チートじゃなくなったのだ。

やり直しの人生で、勉強もやり直しである……。


主に勉強でそれなりに忙しいわたしが、面倒ごとを押し付けられた原因は、綾小路が困っているらしいと理事長のお耳に入っちゃったからで。

そういえば、綾小路を困らせるような過激なことってなんだったんだろう?綾花ちゃんや雅ちゃんから『過激なこと』としか聞いてなかったから、具体的なことは何も知らないのだ。


(うー寒っ)

わたしは本格的に寒くなってきてしまったので、テーブルに戻り、ポットに入っていた紅茶をカップに継ぎ足した。ふぅ……一口飲むと、紅茶の温かさが身体に染み渡る。

わたしはフレーバーティよりも、茶葉の香りだけの紅茶のほうが好きだ。今はアイスで飲むのが一般的なアールグレイを飲んでいる。

香りは強いけど、ちょっと渋みがあるんだよね。でも、こういう作業の時は渋みがあったほうがいい。意識が覚醒するから、眠くなりそうになってもなんとか堪えることが出来る気がする。


あーあ……なんて書こうかなぁ……。


現会長の桐嶋さんから、お話だけは聞いているんだけど。

とりあえずは止まっていた会報誌の発行を目指しているっていうことと、綾小路本人の公認FCになったから、写真掲載も大丈夫でしょ……その二つくらいしか書くことがない。


あー後は昼休みに綾小路の周りに集まる人数が多すぎるから、グループごとに分けたって言ってたっけ、そのくらいかな。


さて、やるか。

とりあえずはテンプレを作ってしまわないと面倒だし、桐嶋さんから聞いた話はメモで箇条書きにしておいて、それを貴彬に見せてから家にあるPCで清書しようと思っている。

家にあるPCはお父さまの書斎にある一台だけなので、お父さまが帰っていらっしゃらない時、なおかつお父さまの許可がないと、PCは使わせてもらえない。

一度、こっそり使おうと思ったら、しっかりパスワードがかけてあった……まさか、家のPCにプロフェッショナル入れてあるとは思わなんだよ、お父上。


ネカフェに行くという手もあるだろうけど、スマホも母上保管のわたしには、検索する術がない。


あーあ、PCがあれば、手書きなんて面倒なことを省いて一発作成出来るのになぁ……自分専用のパソコン、欲しいなぁ……。

だがしかし、現状では手書きでしか作れないので、わたしはシャーペンと定規を駆使してテンプレ作りに励んでいたのだが。

足音が近付いてきて、わたしの手元に影が落ちた。

ふいっと顔を上げると、そこには貴彬が立っていた。


「あら、お忙しい本城さまではございませんか、ごきげんよう」

わたしはにっこりと微笑む。

「嫌味を言わないと気が済まないようだな」

貴彬は面白がっているような目の色だった。ふぅーん……随分と人当りが良くなったな、なんでだろ?


「嫌味だなんて、とんでもない!お忙しい本城さまがどうしてこちらに?」

「お前なぁ……まぁいい。どうだ、進んでいるか?」

さすがにしつこかったかな、一瞬キレるかと思ったんだけど、大人になったねぇ…お姉さんは嬉しいよ、うんうん。


「ええっと……桐嶋会長からお聞きした内容がこちらにメモしてあります。それで、報告するためのひな形を作ろうとしている最中で……」

わたしが説明していると、貴彬が不思議そうな顔をしていた。この間といい、表情が豊かになってきたね。


「……なにか?」

「ひな形ってどういう意味だ?」

ああ、そうか、うっかりしてた、小学生にひな形って言っても意味がわからないよね。

「テンプレートの事です。文書作成ソフトにはデフォルトの物が入っているので、そちらをアレンジすればいいのですよ」


わたしの小学生の頃と決定的に違うこと、それはパソコンを授業で習う事だった。

鳳仙は少し遅めで小3からカリキュラムに入ってきた。学苑のパソコンで、インターネット検索や簡単な文書作成、表計算ソフトを使った計算式などを勉強している。


「なるほど、だが、なぜパソコンを使わない?お前の話を聞く限り、手書きで書く必要性を感じないんだが」

仰る通りでございます、でもさ、使えないんだよ、そのパソコンがっ!

「家のパソコンが使えなくてですね……」

「そんなことか。だったら学苑のを使えばいいだろう」

学苑のパソコンルームを使えるのは当然ながら授業の時と、クラブ活動の時だけだ。

「先生の許可がないと使えませんし……」

「理事長に出すものを作ってるんだから、教師に言えば貸してもらえるはずだろう。お前は肝心なところが抜けているな」

「仰る通りです……」

先生に事情を説明するのが面倒だっただけなんだけどね。


「お前のことだから、面倒だとかなんだとか考えていそうだな」

なんと!貴彬はただでさえハイスペックなのに、人の心が読めるのか?

わたしが黙っていると、図星かと言われてしまった。

「当たらずとも遠からず、ですわ」

「仕方ない、俺が交渉してくる。お前はここで待っていろ」

なんと!貴彬がこのものぐさに代わって、先生に頼んできてくれるそうだ!物言いが高飛車なだけで、本当はいい奴なんだな、さすが俺の嫁だっただけのことはある、うんうん。


貴彬が職員室へと行っている間に、わたしは化粧室へ行っておこうと立ち上がった。ちょっとね、冷えちゃったみたいでね。


化粧室の個室へ入っている間に、2~3人入ってきたようだった。


「もう、なんなのかしら!あの人たちは!」

「本当、綾小路さまだけならともかく、本城さまと親しくお話しているなんて、許せないわ」

「ねえ、懲らしめてやりましょうよ」

……なんだ、なんだ?出られない雰囲気だぞ……。


「あら、何か妙案でもあるの?」

「そうねえ……ああ、そうだ。上靴を隠しておくというのは?」

「わたくし、他人の上靴に触るなんて嫌よ」

「そうねぇ……では、みんなで無視するのはどうかしら?」

「賛同者が多くなければ、意味がないわ」

なんと、いじめの作戦会議に遭遇してしまった!これは困った、本当に出られない。というか、こういう話をする時はほかに人がいないか確かめてからにしようね!


「わたくしにいい考えがあるの……」

個室のドアに耳を付けても、今いち会話が聞こえなくなってしまった。三人はその『いい考え』とやらについて話しているようだけど、内容がよくわからない。

「それは名案だわ!」

「でしょう?」

どうやら作戦は決まったようだ、一体何をするつもりなんだか……。

そこへ、携帯のバイブ音が着信を告げる。


「あ、いっけなぁい、わたくしこれからお母様とお買い物だったわ」

「いいわねぇ、どちらにいらっしゃるの?」

「今日はねぇ………」

はしゃいだ声が遠ざかっていく。わたしはたっぷりと時間をとってから、個室を出た。


声だけでは、どの生徒かはわからないが、同学年の生徒だろう、無視を決め込むなら、下級生や上級生ではあまり意味がないからだ。綾小路や貴彬とここのところ話していた人物ーーー。心当たりがあるのは綾花ちゃん、雅ちゃんに美里ちゃんか。桐嶋さんは六年生だから、除外されると思う。彼女たち以外の『ゆずさまの会』メンバーは、桐嶋会長が持っている名簿を見ないとわからない。


わたしが化粧室から戻ってくると、わたしの座っていたテーブルで貴彬が優雅に紅茶を飲んでいた。

「お待たせしてしまって、申し訳ありません」

「どこへ行っていたんだ?腹でも壊したか?」

デリカシーに欠ける発言は聞かなかったことにしよう、待たせたことには変わりない。


「いえ、どこも具合は悪くありませんよ」

「それにしては顔色が悪いぞ」

あら……本当に体調を気遣ってくれたのか、顔色が悪い原因はわかっている、あんな話を聞いてしまったからだ。どうしよう、ここは相談すべきだろうか……?

「何かあったな、お前は本当にわかりやすい。さっさと話せ」

そんなにわかりやすいか……隠し事には向かないタイプだというのは、よくわかっていたけれど。


仕方がないので、化粧室であったことを私見をなるべくいれないようにして話をした。

貴彬は何事かを思案していたが、もう外が薄暗いことに気付いたのだろう、今日のところは帰ろうと促された。

ふと窓の外を見ると、日がすっかり落ちてしまっている。


車寄せまで一緒に歩きながら、放課後でクラブ活動がない日ならパソコンを貸してもらえることになったと教えてくれた。理事長から言われたことだと言ったら、先生からあっさり許可が下りたらしい。


「どう説明されたのです?」

「理事長に頼まれて、資料を作ると言っただけだ。お前のことだから、譲のファンクラブについてくどくどと説明しようとしていたんだろう」

くどくどとは失礼な!まぁでも当たっているだけに反論出来ない。


「わかりました、わたくしは雑用係に徹することにいたします……」

交渉事は貴彬に任せたほうが早い、適材適所というやつだ。

「そうだな、そのほうがいいだろう」

貴彬は満足げに頷いていた。


その日以降、パソコンルームを借りたわたしは、二日ほどかけて報告書を作ることが出来た。


報告書を作っていた放課後、一人で作業していると、ひょいっと綾小路が現れた。

「やぁ、大道寺さん」

「綾小路さま、ごきげんよう」

カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。綾小路はわたしの手元と、作っている文書を見比べて「へえ?」と言った。

わたしは、チラと綾小路に視線を流したけれど、すぐにディスプレイに戻す。今日中に仕上げてしまわないと、明日はクラブ活動があるから、急いでいるのだ。


「邪魔する気はないんだけど」

「なんでしょう?」

その間もわたしの手はキーボードを叩いている。


「大道寺さん、パソコンが得意なの?」

「得意というわけではないです、システムに詳しいわけではありませんし」

「でもさ、それ……タッチタイピングって言うんだっけ?ものすごく速いよね?」

「そうですか……?わたしはそんなに速いほうではないと思うんですが……」

前世でも、営業事務の子に比べたらミスタッチは多いし、変換ミスも結構やらかしていた気がするから、そんなに早いほうではないと思うんだけど……。


「それに、マウスをあんまり使わないよね?」

「そうですね、慣れちゃうとショートカットキーを使ったほうが早いですからね」

ショートカットキーをそんなにたくさん使えるわけじゃない、ごく一般的なことにしか使ってないんだけど。

「ふぅーん……大道寺さんって、なんだか面白い人だよね」

どういう意味なんだろう?わたしは、思わずディスプレイから視線を外して、綾小路の顔を見た。


「パソコンの授業は週に一度しかないし、そんなに早い人は僕のクラスにはいないよ。それに、その文書を作るのだって……まるで、大人が作ったものみたい」

「え?」

あ、わたしとしたことが……小学生ということをすっかり忘れて、これは確かに大人の社会で使うような報告書の体だと気付いた。

「どこかで勉強したの?それとも、そういうのが趣味?」

「趣味ではないですけど……テンプレートがあるので、それをアレンジしただけなんですけどね」

「それにしても、すごいね。僕がパソコンで何か困ったら、大道寺さんに教えてもらおう」

いや、だから、わたしはシステムに詳しいわけじゃなくてだな!……もういいや、めんどくさい、そういうことにしといてくれていいわ。とりあえず、邪魔してることは自覚してもらいたいんだけど。


「あの、綾小路さま」

「なにかな?」

「わたくし、今日中にこちらを仕上げたいと思っておりますので」

暗に邪魔だと言ってるんだ、用がないなら帰っとくれ。


「ああ、ごめんね。僕、これを渡しに来たんだ」

そう言って、綾小路は小さな紙袋を手渡してくれた。

「こちらは?」

「最近、話題になっているお店のマカロン。うちの母が貰ったものだけど、よかったらお裾分けしようと思って」

「よろしいんですの?」

わたしは中を開けてみた。コロンとしたマカロンが三つ、グリーンと赤、黄色のマカロンが入っていた。

「よかったら食べて。その……僕のことで迷惑をかけてるわけだし」


おや?綾小路くん、今頃気付いたのかね?ーーーゆずさまの会を焚き付けたのはわたしでもあるし、そう責任は感じなくてもいいと思うんだけど、そのことは口が裂けても言えないので、わたしは笑顔で受け取った。

「お気遣いいただいて、ありがとうございます。家に帰っていただきますわ、お母様にもよろしくお伝えくださいませ」

「うん、もらってくれてありがとう。じゃあ」

綾小路はキラキラしい笑顔で去っていった。


綾小路から貰ったマカロンは、家に帰って夕食の後のデザートと張り切っていたら、目ざとく見つけた雄斗にひとつ持っていかれてしまった。

わたしが口に出来たのは、ピスタチオのグリーンとフランボワーズの赤だった……甘すぎず、酸っぱすぎず、ちょうどいい風味で、わたしは幸せな気分を味わった。


近いうちに、綾小路にお店の名前と場所を聞いてみようと、呑気に考えていた。

































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