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長い夏休み。

もう季節はすっかり夏である。


無事一学期が終わって、通知表を貰って中を見て青ざめたーーー。


これは……まずい、非常にまずい。ぽやーんとしていた結果がこれか……。

どうしよう、家に帰りたくない。いや、帰らないで済む方法なんてないけど。


それもこれも相楽さんのせいだ!完全な八つ当たりだけど!本人には言えないけど!


わたしはとぼとぼと車寄せまで歩いた……雄斗のほうが先に車に乗っている、ああ、帰りたくない……。

健司がドアを開けてくれて車に乗り込む。

わたしが屍のようになっているのを見て、雄斗が心配そうな表情をしていた。

「姉さま、どうしたの?大丈夫?」

「雄斗……姉さま、家に帰りたくない……」

「え……何かあったの?今朝は家を出るとき何もなかったじゃない」

「……通知表が……」

わたしが一言そう言うと、雄斗はわたしをじとーーっと見た。ちょっと、なんか言ってよ!


「なんだ、そんなことか」

「ええっ!一大事じゃない!」

「姉さま、僕がこの間までどれだけ心配したか、ちゃんとわかってる?!」

「はい、重々承知しております……」

車の中で雄斗のお説教を右から左に聞き流しながら、わたしはお母さまに見せたくない、本当にこれはヤバいと焦っていた。


ーーーー貴彬の励ましもあって、わたしは華麗に復活を遂げた。とどのつまり、自分自身を保てていればいいことだと開き直った。まだ現れてもいないヒロインに怯えるのは、幽霊を怖がるのと大差ないじゃないかと思ったのだ。

見えないから怖いのであって、そこら中にお化けが見えたら『あ、またいるんだー』なんて思ったりしないかな。

それはそれで、なかなかカオスな気もするけど。


ただ、わたしの知らないところで、雄斗と華恵さまが暗躍…じゃない、二人なりに心配してくれていたことは知らなかったので、後で二人には適当な理由を言ってお詫びをしたんだけれど。


わたしが大学生に恋をして、恋煩いでおかしくなっていたと二人は結論付けていたらしい…なんでやねん!


どう知り合ったかまで白状させられてしまった。わたしが図書館に行くことまで批判されてしまう始末。

いいじゃないか、わたしはあそこが好きなんだから。これからも通うぞ、こんなことで行けなくなるなんておかしいじゃないか。


そういえば、貴彬にはオブザーバーの件をネチネチ言われて、あの日は感動の涙に打ち震えるところだったのに、涙も引っ込んでしまったし、せっかくの笑いの余韻も吹き飛んでしまった。

わたしの考えには納得してたけどね、ほーら見ろ、やっぱり適任じゃないか。

その件は夏休みを挟んで持ち越しになってしまったらしく、まだ解決していないと雅ちゃんが残念がっていたけど。


それにつけても、通知表である。


家に帰ると、お母さまが笑顔で玄関先で待ち構えていた。実際はいつも通り迎えてくれただけなのだけれど、こちらの気持ちの問題である。

今日のわたしの目には借金の取り立て屋か、はたまた地上げ屋にしか映らなかった……お母さま、ごめん。


お母さまと一緒に和室へと入る。雄斗ももちろん一緒だ。

お母さまは上座に正座をすると、ひょいと両手を出された。わたしと雄斗はその手に通知表をのせる。


………あ……これは……あかんやつや…。

お母さまがわたしの通知表を開いた途端に、その目が見開かれ、どんどん形相が険しくなっていく……。

「真莉亜、これは一体どういうことなの?」

あ、『ちゃん』が抜けた。これは相当怒ってるパターン……。

「お母さま、申し訳ありません!」

わたしは畳に頭をこすりつけるようにして、お詫びした。だが、お母さまの怒りの声が頭の上から降ってきた。

「家庭教師の先生もお願いしているというのに、どうしてこんなことになったの?それに、先生から授業中にぼんやりしているって書かれているじゃないの!お母さまもあまりくどくどとは言いたくないけれど、授業はきちんとお受けなさいな、学生の本分はお勉強でしょう!」


うわー……これは相当起こっていらっしゃる。一息で言ったお母さまは、少々息が苦しそうだ。そりゃそうだ、普段大きな声で、こんなにまくしたてるようにお話しないもの。


こんなに怒ったお母さまを見たことがなかったわたしと雄斗は震え上がった。わたしは図太いので、そういう体だったけれど、雄斗は本当に怖がっているみたいだ、すまんな、出来の悪い姉で。


「雄斗、あなたはどうなの?」

怒りの勢いのまま、雄斗の通知表を見たお母さまは、ほっとした顔をなさった。

「雄斗、よく頑張りましたね。あなたはもう行っていいわ」

雄斗は神妙な顔をしていたけど、お母さまのその言葉を聞くと、そそくさと退散していった。


雄斗は無罪放免か……。あーあ、こりゃ当分お説教だなぁ……。


わたしは、自分がボロ雑巾になったんじゃないかと思うくらい、それはもうこってりと絞られた。恐らく、大道寺に生まれてここまで叱られたのは初めてではないか。

怒っていらしたお母さまの血圧が、心配になったほどだもの。あの場でそんなことを言ったら、火に油どころか、ロケット燃料くらいの勢いだったので、黙っていたけれど。


……ということで、わたしは綾小路家が経営する学習塾の、夏期講習に行くことになった。

綾小路家は、学校経営とともに、全国展開する学習塾も経営している。他に通信教育や教育書籍販売など、教育産業を生業としているのだ。


進学塾だけを経営しているのかと思ったら、学校の授業についていけない子供向けの、補講メインの塾もあるらしい。今年の夏は一か月間、みっちりそちらで補講である。あーあ、今年は旅行はなしか……。

さすがのお母さまも、わたしを置いて雄斗やお父さまと出かける気はないらしい。別に行ってきても構わないのにね、わたしの自業自得なんだから…。まぁ、ちょっとイジけるとは思うけど。


そうそう、最近の通知表事情は、聞いた話によると、絶対評価なんだってね。わたしの子供の頃は相対評価だったので、どんなに頑張っても、同じクラスに賢い子が何人もいたら、3しか貰えなかったけど。

だから、鳳仙に通っている子で、わたしのようなアヒルさんが大行進みたいな子はいないと思っていたのに。


……なんと、鳳仙の子がいたのだ。


しかも、あの天宮さんのグループにいた、清野さんだ。最初は雰囲気が少し違っていたので、気付かなかった。

わたしのような意味で通っているのではなく、復習のためなのかもしれないな、なんて真面目なんだ!

見た目からして真面目そうだけど。


塾に通い始めて一週間くらいは、お互いに知っているのに知らないフリを決め込んでいたのだけれど、ある時、教室に入る時にばったり出会ってしまったので、さすがに無視は出来ないだろうと、挨拶したのがきっかけだった。


それでも、わたしとは距離を置こうとしていたんだろうと思う。わたしも面倒なことはご免だと、積極的には関わろうとは思わなかったのだけど。


ある日、清野さんが必死な形相で、授業が終わった教室で探し物をしていた。周りの生徒たちは、最初は自分の周囲を見回していたけれど、そのうちパラパラと教室を出て行った。

わたしも筆記用具を片付けて、同じように見回し、特に落し物らしきものもなかったので、席を立ったのだが、あまりに必死な様子が気になって、清野さんに声をかけた。

「お手伝いしますわ、どんな物をお探しでしょうか?」

「…いえ、大丈夫です」

わたしの申し出に、顔を上げた清野さんは、とても悲しそうな表情だったのが気になって、はいそうですかとは言えなかった。

「わたくし、お節介なものですから、勝手に探しますわね」と宣言して、床に膝をついて隅の方から凝視する。

「だ、大道寺さん、そんな、膝をつかれてなんて!」

悲鳴のような声が聞こえたけど、しゃがんで探すより膝をついたほうが探しやすいだけだよ?

わたしは、床を凝視しながら「だって、大切な物なんでしょう?」と言ったら、清野さんは黙ってしまった。

それにしても、どんな物なんだろう?形状くらいは言ってくれるといいんだけど。

「本当に小さい物なんです、だから、もう……」

清野さんはオロオロしているようだけど、諦めるのは早いと思うんだ。だってこの教室にあるのなら、探せば見つかる可能性があるんだから。

「お節介なのは承知しております、ですが、この教室内にあるのが確実なら、見つかると思うんです」

「大道寺さん……」

うーん、どんなものなんだろう?

わたしはもう一度丁寧に床を見ていく。ん……あれ、なんだろう?


わたしは立ち上がって、前から二番目の席の机の脚元を見た。

……このコロンとした、パーツみたいな物を探してたのかな……。

「清野さま、こちらですか?」

わたしは清野さんの傍まで行って、手のひらにのっている物を見せた。

「あっ!……これです、本当にありがとうございますっ!」

清野さんはそれを宝物のように手に握りしめ、わたしにお礼を言ってくれた。


「どういたしまして。見つかってよかったですわね」

わたしはニコっと笑って、自分の席へ戻ると鞄を手に持った。

「それでは、わたくしはこれで。ごきげんよう」

鞄を持って教室を出て、塾のあるビルのエレベーターへ向かう。それにしても、特に高価な物ではなかったように思うんだけど……まぁ、人によって大切な物は違うしね。


ビルを出て、アスファルトの照り返しでむわっとした歩道を歩く。時刻はそろそろ16時になろうとするのに、まだまだ外はうだるような暑さだった。あーあ……避暑地の涼しい夕方が恋しい……軽井沢の別荘だと、この時間はそろそろ過ごしやすくなるんだけどねぇ……。

ちなみに、塾へは電車で通っているのだ、家の最寄駅からはたったの三駅だけど。

駅からは、迎えの車で帰ることになっているので、塾に通うことで買ってもらったスマホを取り出し、お母さまにメッセージを送る。

この塾に通うにあたって、両親の間で色々と話し合ったみたいだ。


家から車で来ることも可能だけれど、この辺りは商業施設も多いせいか、道が混雑しやすい上に、車を停めておく場所の確保が難しい。それに、中等部に入ってしまうと、電車に乗る機会もなくなってしまうため、社会勉強の一環ということで、電車で通うように言われたのだ。


お母さまからそう言われた時、わたしは思わずヨッシャーと叫びそうになった。もちろん堪えたけどね。


この世界に生まれて、初めて電車に乗って移動する……。たった三駅だけど、おら、わくわくすっぞ!状態であった。車で送ってもらった後、駅中をじっくり観察して、まずはICカードを買った。この世界もタッチ式で通れる改札があったので、これは買うべきだろうと思ったのだ。

そして、駅の路線図をこれまたじっくりと見た……わたしの前世の世界となんら変わりない路線図がそこにあって、思わず前世の自分の住んでいた駅、会社のあった駅を探してしまい、ここからそう遠くはないことを知った。

同じであっても、同じではない世界。並行世界って言うんだっけ、前世の家や会社に行ってみたら何が起こるんだろう?


前世の両親や弟、そして何より、あいつに会ってしまったら……。


あまりに長いこと駅の路線図を眺めていたせいか、親切な女性が声をかけてくれて、我に返った。

「どこに行きたいの?」

「あ、いいえ、大丈夫です。ご親切にありがとうございます」

わたしがペコリとお辞儀をすると、その女性は微笑んで気を付けてねと言って去って行った。

おお、まずい、初日に遅刻してしまうのはヤバいだろうと、わたしは急いで改札口を抜け、来た電車に乗り込んだ。


久しぶりの電車はなんだか新鮮だった。車窓を流れる景色を見ながら、ああ、あんなところに煙突があるだとか、あのビルはなんだろうとか考えながら乗っていると、三駅なんてあっという間で少々物足りなかった。前世では通勤ラッシュで毎日ヘロヘロになっていたというのに、我ながら現金なものだ。


そして、今日もだけれど、駅で電車を待つ間の密かな楽しみが、駅ナカコンビニだった。さすがに大きな袋菓子は買って帰れないけど、ちょこっと食べられるサイズのお菓子が売っているので、それを二つ三つ買うのが楽しい。全部一気には食べないけどね、太っちゃうし。


わたしが嬉々としてコンビニ探索を楽しんでいると、ふと視線を感じて振り返ると、清野さんが立っていた。あーヤバい、こんなところを見つかるなんて……清野さんは寄らないだろうと思ったんだけどな。

「先ほどは、ありがとうございました」

清野さんが改めてお礼を言ってくれる。わたしはこの状況をどう説明しようかと思案したけど、わたしの手にはすでにチョコレート菓子が握られているので、もう言い逃れは出来ない。


「い、いいえ、とんでもございません」

わたしは白々しく笑って、さっさと会計を済ませて帰ろうと、そのお菓子を持ってレジへ向かった。すると、清野さんの手がそっとわたしの洋服を掴んだ。

「え?」

「あの……お代はわたくしがお支払いしますので、こちらも追加していただけないですか?」

「はい?」

どういうことだろう?清野さんは、他のお菓子を二つ手に持っていたけれど、意味がわからないわたしの手からお菓子を奪い取り、さっさとレジへ向かってしまった。

え、何、どういうこと?さっきのお礼ってことなのかな?


意味がわからないけど、とりあえず清野さんのお会計が終わるのを出入り口で待っていた。すると……レジのお姉さんから、何かを手渡されてる……あれは……缶バッジ?


「お待たせしました、はい、どうぞ」

清野さんから、追加された分を含めたお菓子が入ったコンビニの袋を渡されて、わたしは困惑していたが…あれは、もしや。

「あの、清野さま。先ほど、レジの女性から何やら手渡されていたような……」

「ああ……こちらです」

清野さんが見せてくれたのは、前世のわたしもそこそこ好きだった兄弟キャラクターの缶バッジだった。


「これは……ちか梅さんの缶バッジではありませんか!!」

「えっ……大道寺さん、ご存知なのですか?」

あ……言っちゃった……。


だがしかし、覆水盆に返らず、零したミルクは戻らないのである。


「このメーカーのお菓子を三つ買うと、これをもらえるキャンペーンをやっているんです」

清野さんが嬉しそうに言う。

「それで、追加を?」

わたしの言葉に、清野さんがこくりと頷いた。


「さすがに食べ飽きてしまったのと、わたくし、そんなに甘いものが好きではないので……」

それはさぞ苦行だったことだろう、わたしに任せてくれればよかったのに。

「大道寺さんにここで会えたので、これは!と思って。後一つでコンプリートだったので、ご迷惑だとは思ったんですけど……」

コンプがかかってたんじゃ、それは仕方ないだろう、全然おっけーさ。


「わたくしのほうこそ、一つのつもりが三つに増えて、しかもお代まで……ありがとうございます」

わたしがお礼を言うと、清野さんはちょっと恥ずかしそうに笑った。























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