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小さな誤解ー貴彬・華恵編ー

夕食の時間。


「お兄さま、お食事が終わったら、お部屋にお邪魔してもよろしいかしら?」

お兄さまは二つ返事で了承してくださった。わたくしはやっぱりお兄さまが大好き。


その様子を見てらしたお父さまがちょっとやきもちを妬かれて面倒だったけれど。

「華恵、私の部屋にも遊びにおいで」

「お父さまのお部屋に行っても、面白そうなご本がないんですもの」

「貴彬の部屋にはあるのか?では今度用意しておこう」

「お願いね、お父さま」わたくしはにっこりと笑ってお答えしたけど、お父さまのお部屋に行くと、お父さまはわたくしを膝の上に乗せてすりすりとなさるの。小さい頃はそれもうれしかったけれど、お父さまのお鬚が頬に当たると痛いし、わたくしはもう小さな子供ではないのだから、膝に乗せるのはやめていただきたいわ。


立派なレディなのに、失礼よね!


お兄さまのお部屋にお邪魔すると、紅茶のふわりとした香りが漂っていた。ソファに腰かけると、お茶菓子と紅茶が置いてあったわ。さすが、お兄さま!


「華恵、何か借りたい本でもあるのか?」

「いいえ、お兄さま。お兄さまにお尋ねしたいことがありますの」

「聞きたいこと?なんだ?」

「真莉亜さまのことですわ」

「真莉亜か……」

お兄さまは、真莉亜さまのお名前をお聞きになった途端に、眉間に皺を寄せて難しい顔をなさった。どうされたのかしら?

「お兄さま?」

「いや、なんでもない。真莉亜がどうかしたのか?」

わたくしは雄斗から聞いた話をお兄さまにお話ししたの。ほんのちょっぴり、わたくしの想像も混ざってしまったけど、それは仕方ないわよね?


「……な……んだと……?」

「お兄さま、どうなさったの?」

「い、いや、大丈夫だ、なんでもない」

お兄さまは明らかに動揺していらっしゃるように見えるけど、大丈夫だと仰られた……あら、わたくし、何か余計なことを言ってしまったかしら……。

ああ、でも、お兄さまが何か知っていらっしゃるかお尋ねしないと、雄斗も困っているようだったし。


「それで、お兄さまは何か……」「俺は知らないぞ!」

お兄さまが急に大声を出されたので、わたくしはびっくりしてしまったわ。

驚いて固まっていると、お兄さまが申し訳なさそうな顔をなさって、わたくしの頭を撫でてくださった。


「ごめん、華恵。急に大声を出したりして、びっくりさせてしまったな」

「いいえ、大丈夫ですわ。わたくし、何かお兄さまの気に障るようなことを申し上げてしまったのかしら?」

「そういうことではない、気にするな」

「本当に?」

「くどい」

「ごめんなさい……」

でも、お兄さま、お顔がとっても怖いですわよ?


「華恵の話はわかった。だが、俺は今は真莉亜とクラスが違うし、共通の友人である譲も別のクラスにいる。だから、あいつに関して何か知っていることがあるかと聞かれれば、ないとしか言いようがない」

「わかりました。お兄さま、お時間を取っていただいて、ありがとうございました」


「いや、いいよ。悪いが、これから残っている課題をやるんだ。そろそろいいか?」

「あ、はい、もちろんですわ。ではお兄さま、これで失礼いたします」


お兄さまも何もご存知ないのなら、わたくしが出来るのはここまでだわ。

明日、雄斗には何もわからなかったと伝えなければ。それにしても、お兄さまはどうして真莉亜さまのお名前を聞いただけで、あのように不快な顔をなさったのかしら?


気になるけど、今日のお兄さまにお尋ねするのはやめて正解だったわ。あんなに怖いお兄さまのお顔、初めて見たもの。

……ああ、いけない、お風呂をいただく前に宿題をしなくちゃ。


わたくしは、自分の部屋で宿題をするためにランドセルから教科書を取り出した。




......................................................................................................



ある日、学苑のティールームで、女子生徒三人と話をしていた。

一人は上級生で、二人は俺と同じ学年の生徒だった。


三人は譲のファンクラブの会員らしい。俺はよく知らなかったが、譲は女子生徒に人気があるんだな……そういえば、食堂でもよく囲まれていた気がする。あまり興味がないので、本人に聞いたことはなかったが。


三人のうちの一人、上級生は、そのファンクラブのことで理事長からお叱りを受けたんだそうだ。

なるほど、理由を聞くとさもありなん、仕方がないだろうと俺は思った。


その三人が何の用件だろうと思っていたら、俺にそのファンクラブのオブザーバーを引き受けて欲しいと言い出した。体のいいお守りじゃないか、冗談じゃないと断ったのだが、あちらも存続を賭けてのことだから、引き下がらなかった。

そもそも、なぜ俺に白羽の矢が立ったのか、理解出来ない。そのことを尋ねると、三人ともあまり答えたがらない。おかしい、裏で誰か糸を引いているんじゃないか、そう聞いてやったら三人とも目を逸らした。


図星じゃないか。


差し詰め、譲か。いや、違うな、もしかすると……俺が大道寺の名前を出した途端、三人とも否定していたが、その様子が必死過ぎて、逆に疑惑が確信へと変わった。


あいつめ、俺に面倒ごとを押し付けようとするとは、何が狙いだ?


俺が断ったにも関わらず、その日以降も、三人は何かにつけて訴えてきた。あまりにも必死過ぎて、逆に興味が湧いたので、一体なぜそんなに必死になるのか尋ねてみた。


譲のファンクラブは、中身は譲を崇めて騒いでいることが楽しいんだな。女の考えることは俺には理解出来ないが、会報誌まで作っているくらいだ、よほど楽しいのだろう。


ただ、それとオブザーバーを引き受けるかどうかは話は別だ。俺は三人に返事は保留と言い含めた。なぜなら、大道寺に真意を問い質してから考えようと思ったからだ。


ただ、大道寺とはクラスが離れてしまったため、あいつの動向が今一つ掴めなかった。あいつの教室まで行って、俺が話があると言えば済むことなのだが、どうしてもしたくない。

俺の中のよくわからないプライドが邪魔をしていた。


そして、今夜、家で華恵から衝撃的な話を聞いた。


あいつの様子がおかしい、何かあったのではないか、もしかして恋でもしてるんじゃないか……。

恋だと?あいつに、そんな感情を持つ相手がいるのか?そもそも、俺はまだ返事も貰っていないんだぞ?


……そんなもの、俺たちのような家に生まれた者には必要がない。俺は家庭教師や親父殿からそうやって教育されてきた。あいつの家だって同じようなものだろう。

それに、俺の話のほうが先だ。もしそういう相手がいるのなら、はっきり断るのが筋というものだろう。いや、いっそあの話も取り消すべきだろうか。


華恵にはああ言ったが、課題には全く手が付かなかった。俺の申し出をなんだと思っているんだ、あいつは。段々と腹が立ってきて、一言、言ってやらねば気が済まないと、俺はイラついた気持ちを持て余す。

それに譲のファンクラブの件もある。俺をオブザーバーにさせようと画策するなど、言語道断だ。

明日こそ、あいつのクラスに出向いて呼び出してやろうと、俺は意気込んだ。



..................................................................................................



朝食の席でのお兄さまは、昨日ほどではなかったけれど、とても不機嫌でいらして、学苑に向かう車の中では一言も口をきかずに、何か考え込んでいらっしゃるようだった。

わたくしは触らぬ神に祟りなしと思って、大人しく座っていたの。


学苑に着いて、教室へ向かう途中に雄斗に会ったので、早めに伝えようとしたのだけれど、雄斗も様子が変だわ、あら、どうしたのかしら……。


「おはよう、雄斗」

「ああ、華恵、おはよう……」

「どうしたの?なんだか元気がないみたい」

「華恵の言う通りかもしれないんだ……」

わたくしが意味がわからず首を傾げると、雄斗が沈んだ様子でこう言ったの。


「姉さま、華恵の言う通り、恋をしているかもしれない」

「あら!お相手はどんな方なのかしらね」

「相手は……」

え?お相手はもうわかっているの?お兄さまだったらどうしよう、なんだか複雑だけれど、真莉亜さまならいいかしら……。


「大学生かもしれない」

「えっ!……」

だ、大学生ですって?真莉亜さまは年上がお好きなのかしら?……恋する気持ちは自由ですもの、お相手が結婚されていなければ、別によろしいと思うのだけれど……ちょっぴり残念な気もするわ。


雄斗はブツブツとまだ何か言っていたけれど、わたくしは肝心なことを伝えてなかったことを思い出して、お兄さまは何もご存知なかったとちゃんと言ってあげたのに、雄斗は上の空で返事をしたのよ、失礼しちゃうわ。


それにしても、大学生の方とどうやって知り合うのかしら?

今度機会があったら、真莉亜さまにお尋ねしてみようと、まだブツブツ言っている雄斗を置いて、わたくしはさっさと自分の教室へ向かったの。



.....................................................................................................



譲の件も含めて、色々と話し合わねばならないと思った俺は、仕方なく大道寺のクラスへと出向いた。


俺が教室のドアから中を覗き込むと、あいつは席の近くの女子生徒と何事か話している最中だったが、その中の一人が俺に気付いて近付いてきた。


「本城さま、おはようございます。わざわざ出向いてくださったのですか?」

この生徒は、先日、譲の件を話しに来たうちの一人で、鳥飼と名乗った女子生徒だ。


「いや、お前たちの件ではない。大道寺と話したいのだが……」

「真莉亜さまですか……?」

鳥飼が首を捻って、大道寺へと視線を向けたが、あいつは俺が来ていることに全く気付いていなかった。


「あのように、わたくし達と一緒にいらっしゃっても、心ここにあらずで……」

女子生徒に囲まれてはいるものの、あいつはただ、笑顔を貼り付けてそこに座っているだけの、まるで人形のようだった。

「わたくし達も心配しているのですが、何も仰らないので、どうしようも出来ないのです」

鳥飼は本当に心配そうな顔を大道寺に向けていた。


「放課後、あいつに話があるから、これを渡してくれ」

「わかりました」

俺は鳥飼にメモを手渡した。あいつのあんな姿は初めて見た。恋をしているという話だったが、とてもそんな風には見えない。

どちらかと言うと、大きな悩みがあってそれを誰にも話せずにいる、俺が見た印象はそんな感じだ。


雄斗は弟のくせに何もわかっていないな。


俺はあいつに腹を立てていたはずなのに、あの姿を見ていたらその気持ちも萎んでしまった。

放課後、あいつの話を聞いてみたい、何を悩んでいるのか、俺でよければ話を聞いてやりたい、そう思っていた。
















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