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真莉亜の憂鬱。


「みなさま、もうご存知かもしれませんが」

お昼休み、新しいクラスで仲良くなった、鳥飼 みやびちゃんが、声のトーンを落としてみんなに話しかけてきた。


わたしはまだ、鶏のレモンソースがけを頬張っている最中だったので、首を傾げて(何かな?)と問いかける。


「ああ、申し訳ありません、召し上がっている最中に」

「いいえ、大丈夫ですよ」無事、咀嚼し終わったので、続きを促した。

一緒のテーブルには、神林かんばやし 美園みそのちゃん、藤島 文乃ふみのちゃんが座っている。


わたし達が仲良くなったきっかけは『ゆずさまの会』だ。綾小路には迷惑千万と立腹していたのだが、こうなると感謝しなきゃいけないかなとも思う。

わたしには、ゲームの真莉亜と違ってカリスマ性もないし、人の上に立つような風格もない。要するに、どこにでもいる、まさにモブキャラが相応しい性質だ。

けれども、前世が営業職だったせいか、人当たりだけはいい。


最初、本城家、綾小路家と親しい大道寺家の娘ということで、遠巻きにされていたようだけど、雅ちゃんが『ゆずさまの会』メンバーだったことと、席が近かったこともあって、挨拶を交わすうちに親しくなり、雅ちゃんと文乃ちゃんが元々同じクラスで友達だったので、お昼休みが少しずつ賑やかになった。


わたしとしては、【本城家、綾小路家と親しい】という部分を大いに否定したいのだけれど、パーティでのエセモデル活動やら、綾小路の教室での嫌がらせ活動で、女子生徒の間では確定事項となっているらしかった。

火消ししたくとも、初期消火に失敗している以上、もう諦めるしかない状況だ……後はこれ以上、話が盛られないことを祈るしかない。


ーーー雅ちゃんがヒソヒソと話し始めた。

「わたくし達が『ゆずさまの会』というものがあると知りましたのは、入学してひと月ほど経った頃でしたわ。上級生の方々の間でも、本城さまと綾小路さまは覚えも目出度い方々だったそうで」

そうだろうねぇ……きっと入学前から話題になってたんじゃないかな、綾小路なんて理事長の孫だしね。


「特に綾小路さまは、上級生の方々のお心をがっちりと掴んでしまわれたそうで。それで有志の方々で『ゆずさまの会』というのが出来たんですの」

なるほど……あれ、そういえば綾小路が食堂にいないなぁ……いつも女子生徒が囲んでるから、目立つんだけどね。


雅ちゃんの話は続いた。

『ゆずさまの会』は口コミで会員を募り、今はかなりの人数になっているが、みなルールを遵守して、仲良く綾小路を愛でていた。だが、一部に過激な行動をする生徒が出始めたらしい。


わたしは黙って頷いていたけれど、盗撮も十分過激なんだからね?と内心でツッコんでおいた。


雅ちゃんが言うには、過激な行動をする生徒に対して、自制を促したり、罰則を設けたりと『ゆずさまの会』としても、綾小路本人に迷惑がかかる行為をするのは本末転倒だと思ったのだろう、色々と努力をしたようだ。

まぁ、綾小路本人がアレだしね、女子生徒に囲まれるのを嫌がってはいなかっただろうと思うんだけど……。


「ついに、理事長様のお耳に入ってしまいまして……」

「あら……」「そうでしたの……」「それで、どうなったのです?」

雅ちゃんの話に耳を傾けていたわたし達は、三者三様に声をかけた。

「会長が呼び出されまして、きつくお叱りを受けたと聞いております」

そうだよなぁ……過激の種類にもよるけど、綾小路に何かあってからでは遅いもんね。

わたし達は、それも仕方がないことだろうと納得したのだが、その話にはまだ続きがあった。なんと、綾小路本人が取りなしてくれたと言うのだ。


ただ、理事長が飲むにあたっての条件があって、オブザーバー的な誰かを付けた上で、活動報告を上げるということになったそうだ。なんだ、それ、アイドルの事務所みたいだな、よく知らんけど。

晴れて公認となったはいいが、今までの同人活動的なものに、急に運営が出てきて条件が厳しくなった、みたいな感じなんだろうか。


「色々と大変なんですわねぇ……」文乃ちゃんがしみじみと言ったので、わたしや美園ちゃんはうんうんと頷いていた。

「ですので、せっかくお昼休みを綾小路さまと過ごせていたのですが、それも禁止になってしまいましたの」

諸々が解決するまでは、綾小路と『ゆずさまの会』会員としての接触は禁じられてしまったのだそうだ。クラスメイト、友人としての関係はそれまで通りということらしいけど、そうなると仲良く出来る人間は限られてしまう。

だから、食堂の名物となっていたお昼の光景を最近見なくなっていたのか。


会員の中に友達がいるわたしとしては気の毒だとも思うけど、理事長の指示は絶対なので、それは仕方のないことだろうなぁ……ん?なんだか視線を感じるんだけど、気のせい?


「それで、そのオブザーバーと言いますか、活動を監視する人を探さなくてはいけないんですが……」

先ほどから、雅ちゃんの視線がこちらにしか向いていない、何、何なの?まさか、わたしにやれってことじゃないでしょうね?


「然るべき家柄で、綾小路さまともお親しい方となると、どうしても限られてしまいますの」

だからって、どうしてわたしのほうをじっと見るのかな?ん?

じーーーっとわたしの顔を見ている雅ちゃん。ヤバい、これ以上はここにいるのは危険だ。


「ああ、そうでした、忘れておりました。わたくし、本を返しに行かなくては」わたしは唐突に思い出したかのように、トレイを持って立ち上がる。もう綾小路には関わりたくないのだ、勘弁してほしい。

「申し訳ありません、お先に失礼します」と、にっこり笑ってその場を後にした。


雅ちゃんは残念そうな顔をしていたけど、気付かないふりをして、食堂を出る。

友達としてなんとかしてあげたいとは思うけど、監視役なんて無理だ、キャラじゃない。綾小路を囲むお昼休みだって、放課後の勉強会にしたって、そもそもの提案者はこのわたしだ。提案したことが遠因なのに、監視なんて務まるわけがない……責任を感じなくもないので、ちくりと胸が痛むけど。


図書館へと急ぎ足で歩きながら、なんとかしてあげたいけど、わたしじゃない誰かいないかなぁと頭を悩ます。一人だけ、適任者を知ってるけど、わたし以上に嫌がるだろうと予測が付くので、無理だろうな。


受付に行って返却をし、戻ろうと踵を返すと、わたしの目の前にこの間の大学生の青年が立っていた。

「やぁ、こんにちは」

黒いジャケットを羽織って、クレリックのシャツに細身のタイを締め、スキニージーンズという出で立ち、この間は気づかなかったけど、この人ってばオシャンティ。


「こんにちは、先日の本、とても面白かったです、ありがとうございました」

わたしはお礼を言って、出口へと向かうけど、その人はなぜかまた、わたしに話しかけてきた。

「また何か、お勧めを持ってこようか?」


「ありがとうございます、ですが、お昼休みが終わってしまうので……」

その人は腕時計に目を落とすと、ああと頷いた。

「そうだね、初等部は大学と違うからね」「はい、それでは」

今度こそ、図書館の扉を開けて外へ出ると、なぜかその人も一緒に出てきた。


「ねぇ、僕は相楽さがら 祐平ゆうへい。君の名前は?」

えーーなんで教えなきゃいけないのーー?わたしが不満そうな顔をしていたのにすぐ気付いた相楽さんは、苦笑しながらこう言った。


「僕は教職課程を取るんだけど、実習で君に会うかもしれないなぁと思っただけだから。あまり深い意味はないんだ、警戒させちゃったならごめんね」


ふーーん……まぁ名前くらいならいいか。本当に実習に来てからでもいいと思うけど。


「わたくし、大道寺と申します。申し訳ありませんが、本当に時間がございませんので、これで失礼いたします」

わたしは振り返りもせずに、初等部の校舎へと歩き出した。


なんだかよくわかんない人だなぁ……相楽さんねぇ……相楽、相楽……。


ああっ!

わたしは記憶領域を本当に使わない女なんだと猛省しなければならない。それか、海馬がイカれてんのか?アルツなのか?!アホや、いくらなんでも、アホや!


あれが、第四の男。

攻略対象の相楽 祐平だ……思い出した途端、膝から崩れ落ちそうになる足を、なんとか堪えて立っていた。

教育実習と言っていたから、やはり教師としてヒロインと関わるのか……教師とキャッキャウフフか……わたしはおっさん萌えはないよ、だから、全然!羨ましくなんかないんだからね!


それにしても、ヒロインより先にわたしが遭遇することになろうとは……。


ゲームでの相楽 祐平は、CV含めて全く萌え要素がなかったので、記憶としてはかなり曖昧だ。隠し要素もなかったと思うんだよなぁ……なんかあったっけ?

ダメだ、ポンコツ脳過ぎて、全く思い出せない……。


ゲームの相楽に比べたら、大学生の相楽さんはちょっと線が細すぎる気はするけど、爽やか青年という感じだ。ゲームのほうはもっとクールで拗らせてる系だったんだよな、病み要素が一番強かったキャラだったし。

あの爽やか青年がどうして拗らせたのか、すごく気になるけど、大学生と小学生では接点が無さ過ぎて、わかりようがない。

日常を淡々と過ごしていると、ここが花宵世界で、自分が『大道寺 真莉亜』であるということをついつい忘れがちになっていたけれど、こうして四人が全員揃ったということは、ヒロインも確実に現れるということだ。


ヒロイン……そうだった。


大切なことがもう一つーーーアルツ脳が思い出せない重要なことがあったのを思い出した。


……ヒロインの名前である。


自分がプレイした乙女ゲーの中でちょっと珍しい要素だったのが、ヒロイン無名というものだった。無名のゲームもあったけど、『花宵』は、自分でヒロインの名前を設定するゲームだったのだ。


ヒロインをなんて名前にしたのか、名付け親であるわたしが思い出せないのだ、これは致命的だろう。


もう、なんなの?!


自分のポンコツ具合に腹が立つけど、思い出せないものは仕方ない。

華恵さまの関係上、全てに変化が起きている可能性を否定出来ない状況では、中等部と高等部で入学してくる全ての女子生徒の中にヒロインがいるということで、その中でヒロインを探し出すというのは、かなり困難なミッションだと思う。


後は、入学早々、攻略対象紹介を兼ねたイベントが起きている女子生徒、しかもその場面にわたし自身が遭遇しなければわからないのだ……乙女ゲームはいつから無理ゲーになったのだろうか……。


名前さえ思い出せればなんということもないんだけど……。


ああ、いかん、お昼休みが終わってしまうーーーわたしは、考えがまとまらないまま、校舎へと駆け出した。


ーーーー放課後。


ぼんやりと考え事をしていたお陰で、先生に当てられまくってしまった。まだ得意な国語だったからよかったものの、これが算数だったらと思うとぞっとする。

わたしは風流を愛する文系なのだ、理系脳には憧れるけど。


帰り支度をしていると、雅ちゃんがこちらの席にやってきた。

「真莉亜さま、少しお話したいことがございます」

ああ、そうだ、こっちもや……わたしは諦めて了承すると、立ち上がった。


案内されたのは、音楽準備室だった。

音楽室からは、クラブ活動中の生徒が、それぞれの楽器で演奏の練習をしている音が聞こえる。


準備室には綾花ちゃんもいて、雅ちゃんと二人から先ほどの件の説明を再度受けていた。

「……わたくしはお力添えすることは出来ません。力不足なのは、自分でもよくわかっておりますので」

改めてお断りをしたのだが、二人にはなかなか聞き入れてもらえなかった。


「ですが、わたくし達もこのままでは解散ということになってしまいます」

綾花ちゃんが悲しそうな顔をして、切々と訴えてきた。ああ、やめて、そんな顔されると罪悪感でいっぱいになってしまう。


仕方ない、最後の手段を使おう。但し、了承してもらえるかはわからないが。

「わたくしから、お一人、推薦させていただきますわ」

二人は顔を見合わせた。

「どなたですの?」

雅ちゃんが、そんな人いるの?という顔をしてわたしを見ていた。

「本城 貴彬さまですわ」

「「ええーーっ!!」」

二人とも、驚いて声を上げる。でも、貴彬が一番適任だと思うんだ。然るべき家柄で、綾小路とも親しく、なおかつ、ここが一番重要なのだが、女子同士では起こりうる不平不満が出ない、これに尽きる。


女の子同士では、絶対に起きるであろうことが、貴彬なら起きる可能性はほぼないのだ。ただ問題は、こんな面倒なことを貴彬が引き受けるかどうか、なのである。


「一番の適任者ですが、説得するとなると容易ではないでしょう」

二人とも、ため息を吐いているが、わたしの適任者の意味はわかっているのだろう、否定はしなかった。

「でも、交渉する価値はあると思うのです。いかがですか?」

しばらく三人とも黙っていた。その間に、音楽室からはこの場にはそぐわない、軽快なメロディーが流れてくる。


「真莉亜さま……いえ、これは真莉亜さまを頼るべきではありませんね」

綾花ちゃんが決心したようだ、目に強い光を感じる。

「わたくし達の会のために、本城さまにお願いしましょう、ね、雅さま」

綾花ちゃんと見つめ合った雅ちゃんも頷く。


「きっと、お二人のお気持ちは、本城さまにも伝わると思いますよ」

わたしは心から、二人にエールを送る。

わたしの友達でありながら、わたしに頼もうとしない二人を、貴彬ならわかってくれるだろう、きっと。

それくらいの気概はある男だと、わたしは思っていた。




















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